訪れたアキと狂い咲いた僕

不来方しい

文字の大きさ
上 下
5 / 22
第一章 アキと大地の物語

05 「またね」

しおりを挟む
「それじゃあ、また今度ね」
「はい。ごちそうさまでした」
 またねと言われ、つい対応するセリフで返してしまったが、果たしてまたねはあるのだろうか。
 後ろを振り返ると、達彦は優しく微笑んで見つめていた。アキとは大違いだ。彼は一切振り返らず、早歩きでさっさと帰る。
 居心地が悪くなり、大地は少し足を速めた。

 学校が休みの日はいつも昼頃まで寝ていて、朝食と昼食を一緒に取る。
 勉強の前に端末を弄ると、アキからメッセージが届いていた。
「……番号?」
 おはようでもこんにちはでもなく、十一桁の番号のみ書かれている。
──かけて。
 まさかとは思いつつ、一つ一つ確かめるようにタップしていく。
 緊張で指が震え、何度か押し間違えてしまった。
 ワンコールで出た声は、数か月ぶりに聞く低めの声だ。
「お、おはようございます……」
『おう、こんにちは』
 期待通りに彼へと繋がる番号だった。
『お前、一体どういうことだよ』
「ん?」
『他の男と会ったのか?』
「え? んん?」
『Tって男と』
「なんでそれを?」
『やっぱりあれはお前だったのか』
 心底がっかりしたと、深い深いため息だった。
「そんな言い方されたら傷つきます。でもどうして知ってるんです?」
『そいつのタイムラインにお前が載ってた』
「ええ?」
『一度切る』
 無理やり切られてしまった。すぐに達彦のSNSを覗きにいく。
「嘘でしょ……」
 カフェに来た書かれ、達彦が頼んだゼリーケーキの写真があった。それと胸元より下の写真で、特徴的なだぼだぼの袖とシフォンケーキも映ってしまっている。
 今度はアキからかかってきた。
『匂わせ写真ってやつだな』
「なんでそんなに機嫌悪いんですか……僕だって映ってる写真なら止めました。勝手に投稿されちゃったんです」
 ひどい間があった。
 久しぶりの会話であり、もう少し愛のある会話がしたかった。
「じゃあ、今度どこか連れていって下さい。ホテル以外で」
『水族館に行こう。明日』
「水族館?」
『嫌いか?』
「好きですけど……でもなんで?」
『……………………』
「行きます! デートっぽく出かけましょう!」
『……ああ』
 電話越しに、アキは微かに笑った。
 もう一度ベッドに倒れ込み、サイクロンの如く布団を巻き込んでのたうち回った。
「デート、デート、ふふふ……」
 追加のメッセージは、時間帯を知らせるメッセージだ。
──明日、十八時にいつもの駅で。
 泣きたくなるような一文だった。

 桜が散ると、風にはほのかに草花の香りが混じるようになる。アスファルトを敷きつめていた桜の花びらも、五月になれば跡形もない。
 後ろから頭を撫でられ、大地は振り返る。
「……お久しぶりです」
「久しぶり。少し髪伸びたか?」
 前髪に触れるついでに、触れるか触れないかくらいの弱さで唇を通り過ぎる。
「水族館!」
「はいはい。池袋でいいか? そこしか知らないんだよ」
「この辺りにまだいろいろあるのに?」
「池袋にある水族館は、テレビCMでやってたんだよ」
 ほとんど遊びに出歩かない人らしい。
 アキは電車よりもタクシーがいいと提案し、駅を出た。
 連休だけあって、家族連れで賑わいを見せている。水族館も一時間待ちで、並んでいる間はかいつまんで学校の話をした。
「なんでそんなに魚が好きなんだ?」
「北海道出身なので、懐かしい気持ちになるというか。あんまり良い想い出はないですけど」
「悪い想い出って?」
「ケイちゃんって幼なじみがいるんですけど、高校生のときに何を思ったのか告白したんです。振られたあげくに言いふらされてしまって。病気扱いです」
「まあそんなもんだろうな。人間なんて、自分にない世界は排除したがる。自分に害を与えるかもしれないって恐れているんだ」
「アキさんは、もし僕と同じ立場ならどうしますか?」
「相手にしたって仕方ないだろ。やられたらやり返す、は日本では認められていない。自分の視野を広げるために、まずは勉学に励む。な? 学生」
 校内放送が流れた。アシカのショーを行うようだ。あと十五分しかない。
 手に暖かい感触が触れ見上げるが、アキは大地を見ていなかった。
 引かれるままに屋上へ上がり、家族連れから一人分席を空けて座る。
 目の前にいる子供は五歳くらいだろうか。いまだに離れない手と大地を交互に見つめる。
 大地はいたたまれなくなりアキを見上げるが、彼は素知らぬふりを貫き通している。
「頭良いですね」
「そうだな。けどあちい」
 屋根のない席で、日差しが降り注ぐ。
 アキは袖で汗を拭うと、前髪が額に張りついた。
「あんまりフェロモン出さないでもらえます?」
「はあ?」
「むんむんしてる……」
「ジト目で見るな。襲うぞ、マジで」
「じゃあ泊まります? うちに」
「行く」
「嘘でしょ?」
「お前が言ったんだろう」
「でも……家には……」
 子供や妻がいるのではないのか。
 出そうになる言葉を呑み込んだ。
「親は北海道じゃ?」
「僕は一人暮らしですけど……」
「なら行く。カレー作ってくれ」
 結局、欲望には勝てないのだ。
 世の中のすべてに反した生き方で、愛する二人を引き裂く外道さは、どう転んでも地獄に落ちる未来しかない。
 こめかみを流れる汗をハンカチで拭ってくれる彼は、何を思って会おうとするのだろう。
 いつの間にかアシカショーは終わっていた。アイスクリームが食べたい、と漏らせば、アキは手を引いたまま立ち上がった。
「あの子供、ショー見に行くときもいたな」
 アキの視線の先には、つばのある帽子を被った少年がいた。
 辺りを見回すと、壁に寄りかかったままつまらなそうに俯く。
「どうした?」
 アキは少年の元へ行くとしゃがみ、声をかける。
「……………………」
「お母さんやお父さんは?」
「…………、どっちもいない……」
「そうか。じゃあ、今日は誰と来たんだ?」
 普段の無愛想な聞き方ではなく、新しい一面だ。
 アキが視線を送るので、近くに寄った。
「ちょっとここにいてもらえるか? 迷子だわ、多分」
「ええ?」
「なんだよその声」
「僕が呼んできます」
「なんで」
「……苦手」
「なら頼む」
 分かってくれたようだ。
 人には得意分野、苦手分野がある。そもそも子供の前でしゃがんで視線を合わせるなんて芸当はできない。幼稚園の先生が行う理由もあるのだろう。大地には思いつきもしなかった。それが差だ。
 迷子センターで事情を説明すると、すぐに駆けつけてくれた。
 戻るとアキは仲良くアイスクリームを食べていて、少年は笑顔を見せていた。
「わざわざありがとうございました」
「いえ、僕は何も……子供の扱いは慣れていなくて、言われるがままに動いただけですから」
 少年はアキだけではなく、大地にも手を振る。
 ぎこちなく手を振り返して、見えなくなるまで見送った。
「やっぱり子供好きだったんですね」
「やっぱりってなんだ」
「扱いが慣れてるみたいですし」
「妹がいるからな」
「そうなんですか?」
「なんで嬉しそうなんだよ」
「子供じゃなく妹」
「子供?」
 アキは素っ頓狂な声を上げた。
「どこから子供が出てきたんだ。いたらお前の家に泊まれないだろ」
 なら妻は、と言いかけるが、アキが手を引いたので何も言えなくなってしまった。
 夢物語のようであり、けれど途中でスーパーによってカレーの材料を購入した際には、現実なんだと落ち着かなかった。
「狭いアパートですけど」
 お決まり文句を口にするが、何を今さらと言いたげな視線を送るだけで、何も言わなかった。
 アキは後ろ手に鍵を閉める。
 スーパーの袋が落ち、野菜が転がっていく。
「……寝室は、」
「あっち」
 息が上がっても許してくれず、唇ごと吸い込まれる。
 この様子であれば、数時間コースだ。
 大地は覚悟を決め、彼の首に腕を回した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

執事の恋

たかせまこと
BL
梨本寛文は、こどものころから憧れていた執事の職に就いている。 同僚であり恋人である桐山暖己ともうまくいっている。 つまりは総じて順調に、自分が思い描いた道を歩んでいる。 そんな中、主人(候補)の試練の日のはずが、何故かその相手に押し倒されてしまう。 表紙はphy or phyr @何か書いてる(旧ツイッター@phy_ssk)さまに作っていただきました。 執事アンソロジー参加作品に加筆修正したものです。

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

処理中です...