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第二章 非日常

014 突然の告白

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 壁にかかる時計が一定の音を刻み、止まることもなく先を進み続ける。
 リチャードは辛抱強く、彼女が口を開くまで待った。
「いつからそう思っていたの?」
「少しずつ歯車がずれていた。誰が怪しいなど口にする者もいた。だが君の友人たちは、決まって君が怪しいとは言わなかった。おかしいくらいに。誘導尋問をしても、絶対に君の名前を口に出さなかった」
「それだけで?」
「ああ。それと冷房機を弄ったのは君か?」
「なんのこと? 知らないわ」
 ほぼ確定したのはスーツケースの四桁の数字だが、それだけじゃない。
 アビゲイルにイーサンを知らないかと尋ねたとき、彼女はリンダと一緒だと口にした。質問に対する答えではないのも確かだが、リチャードには庇っているようにしか見えなかった。それに凶器は刃物としか伝えていないのに、ロイドははっきりと包丁と言った。事情を知っているとすれば、十中八九身内の犯行と思っていた。
「大丈夫よ。そんな怖い顔をしなくても。もう終わったから」
「終わった?」
「限界が来てたのよ。確かに、私はイーサンと付き合ってた。彼ね、浮気をしていたの。いろんな人と。私が知っているだけでも、軽く二桁は超えていたわ」
「浮気が原因で?」
「ええ……そうね。いろんなことが積み重なって、その中でも許せなかったのは、アビゲイルも二桁の中にいたってこと。アビゲイルは私とイーサンが付き合ってるのは知っていたはずなのに、知らないふりをしてた」
「なぜ、イーサンはナオの部屋で?」
「聞いているでしょうけど、彼は自分好みの人なら男でも女でも関係なかった。あなたのいないところで、イーサンはナオを襲うような発言をした。いつもの冗談かと思ったら、本気で襲う計画を立てていたらしいのよ」
「らしい?」
「バーベキューをして、森に行ったとき。私は行かなかったから」
「そうだったな」
 スモアが食べたかったと言っていた。それが本当か疑わしきところだが、彼女が森へ行かなかったのは事実だ。
「ロイドから聞いて、イーサンに問いつめた。そしたら、ちょっと夜に遊んでやるだけだって。あの様子だと、本気でナオを襲うつもりだったんでしょうね」
 偶然にも、ナオの部屋の鍵は壊れていてセシルの部屋へ移動することになった。運が悪かったが神様が普段の彼を見ていてくれた。こればかりは感謝するしかない。
「凶器は君が持っていったのか?」
「いいえ、イーサンよ」
 頭がくらくらした。これではちょっと遊んでやる程度の話ではない。
 小柄なリンダが包丁を奪って大柄なイーサンを背中から刺した。不可能に近い。彼女は嘘をついているが、逆上させないためにあえて突っ込まなかった。
「もうすべてが終わったの。終わりなのよ」
「リンダ、終わりじゃない。確かに君は罪を償わなければならない。けれどやり直しはできるんだ。最後じゃない」
 願いは彼女が罪を認め、これ以上の犠牲者を出さずに終えることだ。



 泣きじゃくるアビゲイルが現れたとき、誰よりも早く立ち上がったのは彼女の両親だった。
「リチャードとリンダは?」
「同じ部屋にいるわ」
 ナオの問いに、彼女は真っ赤な顔を上げて答えた。
 ナオは嫌な予感がした。もし犯人が本当にリンダだったら? 経験のあるリチャードのことだからうまくやってのけるだろうが、絶対じゃない。完璧なら、世の中の警察官は殉職しない。
 すっかりナオに懐いていたオリバーは足下でおとなしくしていたのに、ナオと目が合うと立ち上がった。
「あっオリバー」
「ナオ!」
「セシルはここにいて」
 オリバーは迷うことなく階段を上がっていく。長い廊下を渡り、ドアが開けっ放しになっている部屋の前で止まる。
「リチャード!」
「ナオ、入ってくるな」
 振り返るリチャードは厳しい目をしていた。ナオは身を固くし、足が止まる。
「ちょうど良かったわ。あなたの大事な人が殺されたくなければ、持っている銃をベッドに投げて」
 リチャードは懐から銃を出すと、放り投げた。
 最悪のタイミングだ。彼の足を引っ張ってしまった。嘆いてもどうしようもなくて、せめてオリバーは助けようとゴーと向こうに指を差した。
「これ以上罪を重ねるな」
「それは私が決めること。後ろを向いて、ゆっくり階段を下りて。全員リビングにいるんでしょう?」
 ナオは頷いた。向けられているものが怖くて、声を出せず息をするのもやっとだった。
 リチャードはナオの肩に手を置く。心配するなと笑い、ナオを安心させた。
 一階へ下りると、セシルは声にならない悲鳴を上げる。他の皆もリンダの手に持つものに気づき、すべてを把握したようだった。
「アビゲイルとナオはここに残って。全員外に出て」
「俺が残る。二人は解放してくれ」
 リチャードは即座に声を上げた。
 迷いのない声に、ナオはもう諦めるしかなかった。命に対してではなく、押し留めた自分の感情に対してだ。例えFBIとしての言葉であっても、全力で守ろうとしてくれる人がこの先現れるだろうか。そして自身も相手のために命を落としてもいいと思える相手が。
 この人が好きだ。好きで好きで、どうしようもない。
「リチャード、行って下さい」
「ナオ、待て。俺が残る」
「……好きです。初めて会ったときから、とても大好きでした」
 ナオは声を震わせ、けれどまっすぐに彼の目を見つめた。
 リチャードだけではなく、その場にいた全員がナオを見て絶句している。
 会えるのは最期になる可能性だってある。そう思うと、いても立ってもいられなかった。
 それに、彼なら二段三段と、民間人を助けるべく最悪な状況にならないように考えているはずだ。場数を踏んでいる彼を信じ、今できることをやるしかない。
「皆を頼みます」
「……必ず助ける」
 リチャードは誰よりも優しい目で見つめ返し、声を出せずにいるセシルやアビゲイルの両親の背中を押した。
 全員がリビングから離れたのを確認し、リンダはアビゲイルに銃口を向けた。
「どうするつもりなの?」
「いつもいつも奪っていくわね。私が一生懸命解いた宿題も、好きだったネックレスも、いつもいつも私から奪っていく。挙げ句の果てにボーイフレンドまで」
「付き合ってるのを知らなかったのよ! 信じて!」
「信じない。復讐はあなたで終わる。三階の物置部屋に移動して。五秒以内に移動しないと撃つ」
「アビゲイル、言う通りにしよう」
 ナオはアビゲイルを連れて、階段を上っていく。
 アビゲイルは恐怖で身体が動かなくなっている。ナオが指揮を取るしかなかった。
 ステラが掃除をしたのか、綺麗に片づいている。窓から光が差しているが、埃は舞っていない。
「リンダ、これからどうするの?」
 ナオが問いかけると、目が左右に動いた。動揺しているのはあきらかだった。
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