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第二章 非日常

07 初めての事情聴取

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「昨日、何時に部屋に戻った?」
「ええと……確か二十二時くらいだったと思います。ハリーさんの声で立ち上がったのは覚えていて、すぐに時計を確認したので」
「その後の寝るまでの様子を、細かく教えてほしい」
「部屋に戻ったら、すぐにシャワーを浴びました。三十分くらいでシャワールームを出たら、ベッドでセシルが寝ていました」
「…………君たち同じ部屋で?」
「や、あの、男同士ですし! あ、でも僕は……じゃなくて、セシルは子供の頃から一緒です……から」
 言い訳じみた言葉は段々と小さくなり、語尾が消えた。そもそも、
大きいとはいえベッドは一つしかないのだ。つまり、そういうことだと暴露したようなものだ。
「ああいや、そういう意味じゃない。もしかして、ナオは自分の部屋にいなかったのか?」
「あ……そうです。言ってませんでしたね。ちょっといろいろあって」
「話してほしい。セシルも揉め事がどうのって話していた。後で全員からも聞く予定だが……おかしいと思ったんだ。君の部屋なのに、荷物は何も残されていなかった」
 話したくない、と態度で表すも、リチャードは見逃すはずもない。
 普段の穏やかなリチャードとは異なり、これがFBIなのかと身体が固まってしまう。
 リチャードは足を開き、前のめりになると少し威圧的に顔を向ける。
 こんな話は初恋の人に聞いてほしくない。何より恥ずかしかった。それと同時に、楽になりたい気持ちが勝り、ナオは頭を抱えながら小さな口を開いた。
 リビングでイーサンがレイプをしでかすような発言をしたこと、アビゲイルが笑いながら部屋を聞こうと助言したこと、ロイドが冷やかすようにあざ笑っていたこと。
「リンダは……よく分かりません。僕は二階にいたし、彼女は声が小さいから」
「その後は?」
「部屋に戻って鍵が壊れているのを発見して、セシルに相談しました」
「鍵?」
「僕のあてがわれた部屋ですけど、内側から鍵がかからないんです。錆びついていたんだと思います。イーサンたちの話も、唯一セシルには相談したんで彼だけは知っています」
「ふむ」
 リチャードは口元に手を添えて、人差し指で鼻を叩く。癖らしく、似た仕草を何度かしていた。
「そしたら、セシルが部屋においでって誘ってくれたんです」
「プライベートな質問をするが、トイレやシャワーなどは?」
「もちろん、セシルの部屋です」
「水は出したりした?」
「水?」
「二〇六号室で、誰かが使った形跡があったんだ」
「いえ、それは僕じゃないです。そこまで調べたんですか?」
「一応、念のため」
 リチャードはしばらく何か考え込んで、メモ帳から顔を上げる。
「何か質問はある?」
「質問……そうですね。イーサンが刺されたのは他の部屋で、運び込まれた可能性は?」
「引きずった痕跡もなかった。俺も大雑把に調べただけだから絶対とは言い切れないが」
「なぜ……僕の部屋なんでしょうか」
 リチャードは言葉を選んでいる。彼の気遣いに感謝と申し訳なさが溢れた。
「動機の部分に関係してくるのかもしれないが、それは君が気にすることじゃない。それに今は君の部屋ではないからな」
「…………ありがとうございます」
 隣の部屋で震え上がる恐ろしいことが行われていた。
 イーサンは何を目的で部屋にやってきたのか。
 彼が殺された現実より寝ている間に襲われていたかもしれないと悪い妄想ばかりが広がり、薄情で氷のように冷たい心だと、ナオは目の奥が痛くなる。
「本当は殺されていたのは……それに僕はイーサンに襲われていたかもしれない。イーサンを弔うより、次に狙われるのは僕なんじゃないかってそればかり考えてしまう」
「自分の心配をすることが悪いのか? ナオ、君は生きている。加害者側の気持ちは君には関係のないことだ。俺は君を全力で守る」
「……僕も、あなたを守ります」
「それは頼もしいな。こういう仕事をしていると、守られることなんて滅多にないんでね」
 リチャードはほっとした笑みを零した。彼も緊張していたのか、少し強張った表情をずっと保ち続けていた。
「何か思い出したら教えてくれ。次はセシルだが……身内だと聴取しづらいな」
 髪をかき上げる仕草は色気があり、ナオは膝の上で拳を作る。
「僕は録音だけでいいんですか?」
「メモを取るのも俺がする。君は俺がよからぬことをしないか見張ってほしい。口も挟まなくて大丈夫だ」
 ナオの聴取が終わり、ふたりでリビングに向かうと、寝ていたセシルが起きていて顔色も少し戻っていた。
「ステラがレモンジュースを作ってくれたんだ」
「よろしければ、リチャード様とナオ様もいかがですか?」
「いただこう。君も飲んだ方がいい」
「はい、ぜひ」
 ほのかに蜂蜜の香りがするレモンジュースだ。胃の中がすっきりする。ステラの手作りだろう。
 セシルを連れて談話室に戻り、ナオはリチャードの隣に座った。
 彼からはほとんど何も得られなかった。疲れた身体では夜中もぐっすりと眠り、外の雨音すら分からなかったという。
 ナオの部屋の鍵が壊れていたことも、ナオの発言とほぼ一致している。
 続いてアリス・ブラウン、クラーク・ブラウンと続いた。早寝早起きの二人は夜中もよく眠っていたらしく、朝は誰よりも早く起きてステラの朝食を食べたと発言した。
「では、そちらに」
「ああ」
 複雑そうな顔をしたリチャードの父・ハリーが目の前に座る。伸びた背筋と蓄えた髭が相まって、本物の探偵のようだった。
「なんだか複雑だな」
「息子より、FBI捜査官として今は接してもらえたら有り難いんで」
「心掛けよう。イーサンの様子だったな。昨日は君たちふたりが遅めに食堂へ現れた。イーサンたちとはすれ違いだった。バーベキュー、ディナーと続いて彼らはかなりお酒を飲んでいた。早急に部屋へ戻ったよ」
「戻ってからは?」
「いや、一度も見ていない。てっきり寝ているものだと思って疑わなかった。二十二時には戻って、シャワーを浴びた。本を読もうと思ったんだが……数ページで眠くなってしまったよ。朝は六時半には起きた。キッチンへ向かって……すまない、何時頃だったかは覚えていない。その後にディックが食堂へやってきた」
「ええ」
 リチャードはメモ帳から目を離し、顔を上げた。
 ハリーは最初から最後まで落ち着いていた。そもそも、彼にイーサンを殺める動機があるのだろうか。話を聞く限り、接点があるように思えない。
 アビゲイルの父と母であるカールとハンナは、終始保身に走っていた。ブランドの会社が乗りに乗っている状態で、マスコミに面白おかしく書かれたら、と頭を抱えていた。そんなふたりを見て、リチャードも頭を抱えている。なんせ本音を語ろうとしないのだ。
 仕事をいの一番に考えているカール、そして娘のアビゲイルは関係ないと間接的に否定するハンナ。
 ハンナが帰った後でリチャードは髪をかき上げ、ため息を吐いた。
「子を守る親って、凄まじいですね……美しいとも思いますが、ナイフの切っ先みたいな美しさです」
「小説家みたいだな。いや、小説家か。君も子供を望む?」
「将来の話ですか? 僕は子供は持てませんので」
「持てない?」
「ゲイですから」
 怪訝な顔のリチャードを遮るノック音が聞こえ、ナオは彼よりも早く返事をした。言うつもりもなかったが隠し事が嫌になり、話の流れでさらっと答えてしまったが、捜査の邪魔ではなかったかと後悔も生む。
「どうぞ、おかけ下さい」
 ろくに返事もせずにアビゲイルは座り、足を組む。余裕綽々といった態度だが、虚勢だと見え見えだった。
「昨日のバーベキューの時間帯から、覚えている限り教えて下さい」
 リチャードが昼の時間帯の話を持ち出したのは、アビゲイルが初めてだった。
「森に行ったわ」
「森で何を?」
「別に。野生動物がいないか探してただけ」
「では夕食中の出来事をお話し下さい。何を話したかや、食べたもの飲んだもの、なんでも構いません」
「夕食はバーベキューで余った肉をステラが焼いてくれて、それを食べたわ。あとお酒はかなり飲んだ。正直、お酒飲んだからほとんど覚えていないのよね。ママには飲み過ぎって怒られたけど」
「夕食後の行動も教えて下さい」
「リンダと一緒に部屋に戻って、軽くシャワーを浴びてすぐに眠ったわ。二十一時くらい……多分。私が先に寝たから、その後のことは覚えていないのよ」
「何時に起床した?」
「うーん……七時過ぎくらい? 起きてからもベッドでゴロゴロしてたから、寝ていたようなものね」
「深夜の話だが、」
「寝てたから何も答えられないわよ」
 アビゲイルはリチャードの言葉を遮り、少々強めの口調で言う。
 ナオは身体が飛び跳ねそうになる。聴取のときに話していなかったが、ナオは深夜にアビゲイルが廊下を歩いているのを見ていた。だが今になっては、あれは夢だったのではないかとも思う。自信がない。話すべきだろうか。捜査の邪魔にからないかとしどろもどろになる。
「リンダ、イーサン、ロイドの中で、様子がおかしかった人は? これは勘でも構わない」
「いない」
 アビゲイルは確証のない断言をする。しかも即答ときた。普通ならば、もう少し悩んでもいいはずだが。もしナオがセシルの様子に怪しいところがなかったかと聞かれたら、なくても何かあったかと探す。
 その後は何を聞いても知らないの一点張りだった。苛立ちの限界を超える直前を見極め、リチャードはリンダを呼ぶように伝える。
 アビゲイルが出ていった後、ソファーの背もたれに背中をつけると、手に何か触れた。
「あ、ごめんなさい」
 リチャードの大きな手に触れてしまい、慌てて離した。気を張っているせいか、汗ばんで熱い。
 リモコンを向け、もう少し温度を下げた。
「……………………」
「暑いと思って……余計でしたか?」
「いや…………」
 リチャードは唇に指を当て、数ページ先のメモ帳を開いた。
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