冤罪人の恋文と、明けない夜のSOS

不来方しい

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第一章 初恋と事件

032 嘘に嘘を重ねた真実

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「お二人はこの家に来たことはありますか?」
「ないですね。猫を引き渡したのは、俺たちが住んでいる家の近くにある公園でしたので」
 家の前では近所迷惑を配慮して、公園まで移動した。その後に飼い主がやってきて引き渡したのだ。
「来たことがないのは判りましたが、我々は少しでも手がかりがほしいんです。何か気づいたことがあれば教えて下さい」
「……猫を大切に飼われてた」
 ルカが呟く。捜査には関係なさそうだが、あんなに猫から懐かれていたルカだからこそ気づくこともある。
「餌にもこだわってるし、おもちゃもすごいあります。猫中心の生活を送っていたんですね。……これ、」
 カーペットには染みができていた。
 血痕の跡とも違うが、大きく広がっている。
「吐いた跡ですね」
「猫が? ショックを受けて吐いた……とか?」
「健康面に問題がなくても、毛玉を出すためにこうして吐いたりするんです」
 色の変わったカーペットを、ルカは心配そうに見つめている。
「ルカ、きっと無事でいる。心配するなとは言わないが、思い詰めるのもよくない」
「そうですね……」
 抱きしめたいところだが、警察官という人目がある中でする気にはなれなかった。
 エドワードは誰が見ていようともハグもキスも上等だと思えたが、ルカはまた異なる。家にいると求めてくるが、普段は照れが優先される。
「三毛猫を求めて集まった人たちのことは覚えてますか?」
「人はほとんど警察官やエドワードが対応してくれたのであまり覚えていませんが、車体番号なら把握しています」
 皆一斉にルカを向いた。
「何か怪しいと思ったんですか?」
「怪しいというか……あの人たちの香りが、あまり好きじゃなくて。うまく説明できないんですが、胸が締めつけられるような臭いというか」
「ルカは鼻がいいんだな」
 以前にも硝煙の臭いをすぐに嗅ぎ分けていた。勘だとしても、第六感は侮れないところがある。
 数台あった車のナンバーを端末で保管していたようで、迷わず数字を読み上げていった。
 帰り道、ルカはやけに物静かだった。犬の散歩をしている人とすれ違うと、窓越しに食い入るように見ている。
「飼いたくて見ていたわけじゃないですよ」
 こちらの意図を察して、ルカはいち早く答えた。
「異種でも家族になれて、いなくなったらどれだけ寂しいんだろうって考えてました」
「きっと見つかるさ。元々猫を殺めるつもりなら、その場で殺せたはずだ。しなかったのは、おそらく売り飛ばそうとするため。動物の血痕は見つかっていないし、今もどこかで元気でいる」
「部屋の中を漁った跡もありましたね」
「中途半端なやり方だったから、猫のついでに金目のものがないか開けたんだと思う。あればラッキーくらいで。ルカみたいに異種であっても家族と見なせる人もいれば、金になるかどうかでしか考えられない人もいる。ルカは間違ってるとは思わないが、割り切らないといけない」
 頭では判っていても、心までは縛れないということだろう。
 一応頷いてはいるが、顔は納得していなかった。



 鳴き声が聞こえた気がして、ルカは目を開けた。
 カーテンの隙間から日は差していない。まだ真っ暗だ。
 耳を澄ましてみるが、猫の鳴き声は聞こえない。悩みすぎて声が夢に出てしまったようだ。
「起きちゃった?」
 エドワードは寝ぼけているようで、子供に問いかける言い方だ。新鮮で大人の色気じみた男性なのに可愛くて、胸にそっと抱き寄せた。
「猫の鳴き声が聞こえた気がしたんです。だいぶ重症みたいです」
「必ず犯人を捕まえるよ。そう時間はかからないさ」
 エドワードは濁したが、断定しているように聞こえた。
 さらさらの髪に顔をうめると、シャンプーと体臭が混じった香りがして、いつも安心させてくれる。
「しょっちゅう俺の匂いを嗅いでるな」
「エドと同じく、匂いフェチです」
「裸だから余計に濃く感じるな」
 わき腹や胸をつついたりくすぐったりしながら、いつの間にか眠ってしまった。
 再び起きると、すでに彼はいなかった。
 ルカは身支度を整えてから、外に出た。
 懸念がずっと頭を離れず、ずっともやもやしたものが残っていた。 
 ルカは警察官へ告げなかったことがある。以前、法律事務所へ猫の鳴き声がうるさいので訴えたいという相談者が来たことがあった。
 近所では猫屋敷と呼ばれるほど有名な家で、仕事はブリーダーや猫の動画サイトを立ち上げて生計を立てているという。
 試しに動画をいくつか観ると、妄信的なファンも多いが中傷や難癖をつける人も少なからずいた。
 家に近づいたときは特有の野生の臭いがし、近所に住む人は毎日嗅ぐことになるのでたまったものではないだろう。
 結局、相談者が引っ越しをするということで契約をせずに終わったが、あのときのことが胸に残っていたままだ。
 猫屋敷はロサンゼルスの郊外にあり、車を走らせた。
 家に近づくたびに特有の臭いがし、一匹ならまだしも何十匹と集合しているとなるとさすがに鼻にくるものがある。ルカは顔をしかめ、インターホンを押した。
『ハアイ。どなた?』
「初めまして。そちらの動画サイトを拝見しまして、猫を飼いたいと検討しています」
『ああ、そうなの』
「予約はしていないんですが、会わせてもらえますか?」
『ちょっと待ってねー』
 いったん切れると、奥から廊下を走る音が聞こえた。
 出てきたのは、四十代くらいの女性だった。
 廊下には数匹の猫がたむろっている。
「突然お邪魔してしまい、すみません。実は数か月前に飼っていた猫が亡くなって、いても立ってもいられなくて……」
「それは可哀想だったわね。一時間後くらいに予約が入っているのよ。それまでなら構わないわ」
「ありがとうございます」
 嘘をつくことは得意ではなく、心臓付近をさすりながら、家の中へお邪魔した。
 環境は劣悪で、動画で観たものとはまったく違っていた。
 悪臭もとにかくひどかった。獣の臭いと、カビや生臭さが充満し、近所に住む人を思うといたたまれない。
──生臭さ?
 ルカは足を止めた。猫のブリーダーをして、生臭さがするというのはどういうことだろうか。餌の臭いとも違う。あれだけ高鳴っていた心臓は静まり返り、指先が氷のような冷たさになる。
「こっちよ」
 気づかない女性は、ルカを笑顔で振り返る。ルカも引きつった笑みを見せた。
 案内された一室は、動画で観た部屋そのものだった。動画にする部屋のみ片づけて掃除も行き届いていた。
「にゃー」
 やる気のなさそうな鳴き声が聞こえ、落ち着いたルカの心臓は再び激しく動き出した。
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