冤罪人の恋文と、明けない夜のSOS

不来方しい

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第一章 初恋と事件

025 数年後のふたり

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 法律事務所から出ると、大きな満月が地上を照らしている。
 月の光りは影を伸ばし、見知らぬ人と重なって繋がる。が、一期一会の出会いのようにすぐに途切れる。影が一生重なり合う人と出会えたのは、神様からの贈り物だ。
 車に乗ろうとすると、微かだがすすり泣くような声が聞こえた気がした。
 木々の揺れに消されるくらいにおぼろげで、どこから聞こえたのかはっきりしない。試しに車のまわりを一周してみるが、誰もいなかった。
 自分の影に寄り添うように、小さな影が伸びている。
 振り返ると、自分の身長の半分にも満たない子供が泣きじゃくっていた。
 突然現れた異邦人に、心臓がひっくり返った。
 少年が着飾る衣服には見たことがあるエンブレムをつけていて、何なのか考えているうちに刻々と時間が過ぎていく。
 今はぼんやりしているひまはなかった。
「どうしたの?」
 小さな肩が大きく揺れる。瞳は涙に濡れ、月明かりが反照すると青い目がさらに濃く鮮やかになる。
「迷子?」
 問いかけると最初は挙動不審な様子だったが、ルカがしゃがんでもう一度声をかけると、少年は頷いた。
「じゃあ、警察に……」
 声に被さるようにして、パンという乾いた音が響いた。どこから鳴ったのか、何の音なのか一瞬の判断が追いつかず、二発目は横を過ぎて背後の木へめり込んだ。
 子供に手を引かれてようやく音の正体が銃弾だと理解し、ルカは子供を抱きしめて車の陰に隠れる。
 は、は、は、と短く息を吐き、神経を研ぎ澄ます。手は震え、足の感覚が失われつつある。
 ヘイ、という声が聞こえ、大柄の男性がこちらを見ている。
 子供を抱きかかえながら家の中へ入れてもらい、しばらくじっと待っていた。汗で濡れる背中が気持ち悪い。
「大丈夫?」
 子供に声をかけると、またもや小さく頷いた。
「助けて下さり、ありがとうございます。驚きました」
 子供の口調に驚き、ルカは息を詰まらせた。
 大人びていて、そこらの子とは思えない。明かりに照らされると、身につける衣服も上質なものだと判る。
「君はどこの子?」
「僕は…………、」
 扉が開き、突進の勢いで入ってきたのは、警察官姿のエドワードだった。
「エド……!」
「君の働く事務所の近くで発砲事件があったと聞いて、気が気でなかった。無事で良かった……」
 言い終わる前にエドワードに抱きしめられた。
 子供は不思議そうに見上げてくるが、気にしている余裕もない。
 彼の体温を感じ、とにかく抱きしめられたかった。昨日の熱帯夜が蘇り、腰の辺りが熱を帯びる。
「いったい、何があったんだ?」
「仕事が終わって車に乗ろうとしたら、この子が泣いていたんです。迷子みたいだったので警察のところへ連れて行こうとしたら、いきなり発砲音が鳴って……」
「そうだったのか。君も無事で良かった」
「ありがとうございます」
 少年は丁寧にお礼を言う。ほっとした様子を見せ、まだ目は赤かったが泣きべそをかいていた先ほどとは違う表情を見せる。
「君は……」
 エドワードは少年をまじまじと見つめて口を開こうとしたとき、同僚の警察官が入ってきた。
「君たちはパトカーに非難してくれ。話を聞かせてほしい。この子は?」
「迷子の子なんです。親御さんも捜しているでしょうし、お願いしてもいいですか」
 ルカはポケットからチョコレートを取り出し、少年の手のひらに乗せた。
「よく頑張ったね。あげる」
「ありがとうございます」
 少年は嬉しそうに笑った。
 澄んだブロンドヘアーが光り、眩しくてルカは目を伏せる。
 エドワードは少年の服を見つめ、眉間にしわを寄せていた。

 事件の翌日、ルカはパンをかじりながらリモコンを手に取る。
 エドワードはまだ寝ている。深夜に帰ってきたことはうっすら覚えているが、何時かまでは覚えていない。発砲事件の後で眠れないかと思いきや、しっかりと睡眠が取れた。
 ニュースもやはり持ちきりだが、まだ犯人は捕まっていないらしい。
「おはよう」
 エドワードが起きてきた。
「おはようございます。すぐに用意しますね」
「いや、自分でやるから大丈夫。ヨーグルトは?」
「食べたいです」
 エドワードが起きてきた。同棲し始めた頃は完璧なくらい身なりを整えていたのに、今は少し伸びた髭が愛おしく感じる。
 エドワードは自分の分のパンを焼き、ヨーグルトをふたつ持ってきた。ついでにコーヒーもセットしてくれている。
「まだ解決していないみたいですね」
「ああ。車で逃げたようだから、防犯カメラの映像を割り出している最中だが……偽物のナンバープレートをつけていたようなんだ。時間はかかるかもしれない」
「せめて犯人の顔を見ていたら……って思います」
「すぐに逃げて、生きていてくれさえすればいい」
 それがパートナーとしての願いだろう。ルカ自身も、エドワードが同じ目に合ったらきっと同じことを言う。
 朝食を食べ終えて、各々の時間を過ごしていると、インターホンが鳴った。
 いつまで経ってもエドワードがドアを閉める気配がないので覗いてみると、警察官が二人並んでいる。
 目が合うと手を上げたので、ルカも片手で答えた。
「君がルカ君か。昨日は疲れただろう?」
「ちょっと驚きました」
「怪我がなくてなによりだ。話があるんだ。昨日、君が助けた子供は覚えているかい?」
「はい」
「あの子の家族が君にお礼を述べたいと言うんだ」
「お礼ですか。そんな大したことはしていないです」
「親の不注意で子供から目を離してしまって、もしかしたら二度と会えなかったのかもしれなかったんだ。パーティーをやるから、君にもぜひ話を通してほしいと言われた」
 渡された招待状を受け取り、ルカは困惑しながら封筒を見つめる。
 子供が着ていた服にも、同じエンブレムがあった。
「このマークって、なんですか?」
「知らないのかい? 大統領家族のエンブレムだよ」
「大統領? うそ……」
「君が助けた子は、大統領の甥に当たる。昨日、子供がいなくなったと通報が来てから向かう途中、発砲事件があったんだ」
「じゃあ、もしかして子供を狙って……?」
「それも可能性は視野に入れている。君がパーティーへ行くなら、送迎はこちらが手配することになっているが……どうする?」
 話が大きくなりすぎていて、夢なのではないかと丹田辺りに力を入れてみる。変わらず警察官は白い歯を見せていて、現実なのだと頭を抱えるしかない。
「パーティーなんてそうそう行けるものじゃない。楽しんできたら? 大統領家族のパーティーなんて、滅多に行けるものじゃないしね」 
「じゃあ、お言葉に甘えます」
「美味しいものが出るといいね」
「はい、楽しみです」
 せっかく招待してくれたものだ。楽しまなくては相手に悪い。
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