25 / 34
第一章 初恋と事件
025 数年後のふたり
しおりを挟む
法律事務所から出ると、大きな満月が地上を照らしている。
月の光りは影を伸ばし、見知らぬ人と重なって繋がる。が、一期一会の出会いのようにすぐに途切れる。影が一生重なり合う人と出会えたのは、神様からの贈り物だ。
車に乗ろうとすると、微かだがすすり泣くような声が聞こえた気がした。
木々の揺れに消されるくらいにおぼろげで、どこから聞こえたのかはっきりしない。試しに車のまわりを一周してみるが、誰もいなかった。
自分の影に寄り添うように、小さな影が伸びている。
振り返ると、自分の身長の半分にも満たない子供が泣きじゃくっていた。
突然現れた異邦人に、心臓がひっくり返った。
少年が着飾る衣服には見たことがあるエンブレムをつけていて、何なのか考えているうちに刻々と時間が過ぎていく。
今はぼんやりしているひまはなかった。
「どうしたの?」
小さな肩が大きく揺れる。瞳は涙に濡れ、月明かりが反照すると青い目がさらに濃く鮮やかになる。
「迷子?」
問いかけると最初は挙動不審な様子だったが、ルカがしゃがんでもう一度声をかけると、少年は頷いた。
「じゃあ、警察に……」
声に被さるようにして、パンという乾いた音が響いた。どこから鳴ったのか、何の音なのか一瞬の判断が追いつかず、二発目は横を過ぎて背後の木へめり込んだ。
子供に手を引かれてようやく音の正体が銃弾だと理解し、ルカは子供を抱きしめて車の陰に隠れる。
は、は、は、と短く息を吐き、神経を研ぎ澄ます。手は震え、足の感覚が失われつつある。
ヘイ、という声が聞こえ、大柄の男性がこちらを見ている。
子供を抱きかかえながら家の中へ入れてもらい、しばらくじっと待っていた。汗で濡れる背中が気持ち悪い。
「大丈夫?」
子供に声をかけると、またもや小さく頷いた。
「助けて下さり、ありがとうございます。驚きました」
子供の口調に驚き、ルカは息を詰まらせた。
大人びていて、そこらの子とは思えない。明かりに照らされると、身につける衣服も上質なものだと判る。
「君はどこの子?」
「僕は…………、」
扉が開き、突進の勢いで入ってきたのは、警察官姿のエドワードだった。
「エド……!」
「君の働く事務所の近くで発砲事件があったと聞いて、気が気でなかった。無事で良かった……」
言い終わる前にエドワードに抱きしめられた。
子供は不思議そうに見上げてくるが、気にしている余裕もない。
彼の体温を感じ、とにかく抱きしめられたかった。昨日の熱帯夜が蘇り、腰の辺りが熱を帯びる。
「いったい、何があったんだ?」
「仕事が終わって車に乗ろうとしたら、この子が泣いていたんです。迷子みたいだったので警察のところへ連れて行こうとしたら、いきなり発砲音が鳴って……」
「そうだったのか。君も無事で良かった」
「ありがとうございます」
少年は丁寧にお礼を言う。ほっとした様子を見せ、まだ目は赤かったが泣きべそをかいていた先ほどとは違う表情を見せる。
「君は……」
エドワードは少年をまじまじと見つめて口を開こうとしたとき、同僚の警察官が入ってきた。
「君たちはパトカーに非難してくれ。話を聞かせてほしい。この子は?」
「迷子の子なんです。親御さんも捜しているでしょうし、お願いしてもいいですか」
ルカはポケットからチョコレートを取り出し、少年の手のひらに乗せた。
「よく頑張ったね。あげる」
「ありがとうございます」
少年は嬉しそうに笑った。
澄んだブロンドヘアーが光り、眩しくてルカは目を伏せる。
エドワードは少年の服を見つめ、眉間にしわを寄せていた。
事件の翌日、ルカはパンをかじりながらリモコンを手に取る。
エドワードはまだ寝ている。深夜に帰ってきたことはうっすら覚えているが、何時かまでは覚えていない。発砲事件の後で眠れないかと思いきや、しっかりと睡眠が取れた。
ニュースもやはり持ちきりだが、まだ犯人は捕まっていないらしい。
「おはよう」
エドワードが起きてきた。
「おはようございます。すぐに用意しますね」
「いや、自分でやるから大丈夫。ヨーグルトは?」
「食べたいです」
エドワードが起きてきた。同棲し始めた頃は完璧なくらい身なりを整えていたのに、今は少し伸びた髭が愛おしく感じる。
エドワードは自分の分のパンを焼き、ヨーグルトをふたつ持ってきた。ついでにコーヒーもセットしてくれている。
「まだ解決していないみたいですね」
「ああ。車で逃げたようだから、防犯カメラの映像を割り出している最中だが……偽物のナンバープレートをつけていたようなんだ。時間はかかるかもしれない」
「せめて犯人の顔を見ていたら……って思います」
「すぐに逃げて、生きていてくれさえすればいい」
それがパートナーとしての願いだろう。ルカ自身も、エドワードが同じ目に合ったらきっと同じことを言う。
朝食を食べ終えて、各々の時間を過ごしていると、インターホンが鳴った。
いつまで経ってもエドワードがドアを閉める気配がないので覗いてみると、警察官が二人並んでいる。
目が合うと手を上げたので、ルカも片手で答えた。
「君がルカ君か。昨日は疲れただろう?」
「ちょっと驚きました」
「怪我がなくてなによりだ。話があるんだ。昨日、君が助けた子供は覚えているかい?」
「はい」
「あの子の家族が君にお礼を述べたいと言うんだ」
「お礼ですか。そんな大したことはしていないです」
「親の不注意で子供から目を離してしまって、もしかしたら二度と会えなかったのかもしれなかったんだ。パーティーをやるから、君にもぜひ話を通してほしいと言われた」
渡された招待状を受け取り、ルカは困惑しながら封筒を見つめる。
子供が着ていた服にも、同じエンブレムがあった。
「このマークって、なんですか?」
「知らないのかい? 大統領家族のエンブレムだよ」
「大統領? うそ……」
「君が助けた子は、大統領の甥に当たる。昨日、子供がいなくなったと通報が来てから向かう途中、発砲事件があったんだ」
「じゃあ、もしかして子供を狙って……?」
「それも可能性は視野に入れている。君がパーティーへ行くなら、送迎はこちらが手配することになっているが……どうする?」
話が大きくなりすぎていて、夢なのではないかと丹田辺りに力を入れてみる。変わらず警察官は白い歯を見せていて、現実なのだと頭を抱えるしかない。
「パーティーなんてそうそう行けるものじゃない。楽しんできたら? 大統領家族のパーティーなんて、滅多に行けるものじゃないしね」
「じゃあ、お言葉に甘えます」
「美味しいものが出るといいね」
「はい、楽しみです」
せっかく招待してくれたものだ。楽しまなくては相手に悪い。
月の光りは影を伸ばし、見知らぬ人と重なって繋がる。が、一期一会の出会いのようにすぐに途切れる。影が一生重なり合う人と出会えたのは、神様からの贈り物だ。
車に乗ろうとすると、微かだがすすり泣くような声が聞こえた気がした。
木々の揺れに消されるくらいにおぼろげで、どこから聞こえたのかはっきりしない。試しに車のまわりを一周してみるが、誰もいなかった。
自分の影に寄り添うように、小さな影が伸びている。
振り返ると、自分の身長の半分にも満たない子供が泣きじゃくっていた。
突然現れた異邦人に、心臓がひっくり返った。
少年が着飾る衣服には見たことがあるエンブレムをつけていて、何なのか考えているうちに刻々と時間が過ぎていく。
今はぼんやりしているひまはなかった。
「どうしたの?」
小さな肩が大きく揺れる。瞳は涙に濡れ、月明かりが反照すると青い目がさらに濃く鮮やかになる。
「迷子?」
問いかけると最初は挙動不審な様子だったが、ルカがしゃがんでもう一度声をかけると、少年は頷いた。
「じゃあ、警察に……」
声に被さるようにして、パンという乾いた音が響いた。どこから鳴ったのか、何の音なのか一瞬の判断が追いつかず、二発目は横を過ぎて背後の木へめり込んだ。
子供に手を引かれてようやく音の正体が銃弾だと理解し、ルカは子供を抱きしめて車の陰に隠れる。
は、は、は、と短く息を吐き、神経を研ぎ澄ます。手は震え、足の感覚が失われつつある。
ヘイ、という声が聞こえ、大柄の男性がこちらを見ている。
子供を抱きかかえながら家の中へ入れてもらい、しばらくじっと待っていた。汗で濡れる背中が気持ち悪い。
「大丈夫?」
子供に声をかけると、またもや小さく頷いた。
「助けて下さり、ありがとうございます。驚きました」
子供の口調に驚き、ルカは息を詰まらせた。
大人びていて、そこらの子とは思えない。明かりに照らされると、身につける衣服も上質なものだと判る。
「君はどこの子?」
「僕は…………、」
扉が開き、突進の勢いで入ってきたのは、警察官姿のエドワードだった。
「エド……!」
「君の働く事務所の近くで発砲事件があったと聞いて、気が気でなかった。無事で良かった……」
言い終わる前にエドワードに抱きしめられた。
子供は不思議そうに見上げてくるが、気にしている余裕もない。
彼の体温を感じ、とにかく抱きしめられたかった。昨日の熱帯夜が蘇り、腰の辺りが熱を帯びる。
「いったい、何があったんだ?」
「仕事が終わって車に乗ろうとしたら、この子が泣いていたんです。迷子みたいだったので警察のところへ連れて行こうとしたら、いきなり発砲音が鳴って……」
「そうだったのか。君も無事で良かった」
「ありがとうございます」
少年は丁寧にお礼を言う。ほっとした様子を見せ、まだ目は赤かったが泣きべそをかいていた先ほどとは違う表情を見せる。
「君は……」
エドワードは少年をまじまじと見つめて口を開こうとしたとき、同僚の警察官が入ってきた。
「君たちはパトカーに非難してくれ。話を聞かせてほしい。この子は?」
「迷子の子なんです。親御さんも捜しているでしょうし、お願いしてもいいですか」
ルカはポケットからチョコレートを取り出し、少年の手のひらに乗せた。
「よく頑張ったね。あげる」
「ありがとうございます」
少年は嬉しそうに笑った。
澄んだブロンドヘアーが光り、眩しくてルカは目を伏せる。
エドワードは少年の服を見つめ、眉間にしわを寄せていた。
事件の翌日、ルカはパンをかじりながらリモコンを手に取る。
エドワードはまだ寝ている。深夜に帰ってきたことはうっすら覚えているが、何時かまでは覚えていない。発砲事件の後で眠れないかと思いきや、しっかりと睡眠が取れた。
ニュースもやはり持ちきりだが、まだ犯人は捕まっていないらしい。
「おはよう」
エドワードが起きてきた。
「おはようございます。すぐに用意しますね」
「いや、自分でやるから大丈夫。ヨーグルトは?」
「食べたいです」
エドワードが起きてきた。同棲し始めた頃は完璧なくらい身なりを整えていたのに、今は少し伸びた髭が愛おしく感じる。
エドワードは自分の分のパンを焼き、ヨーグルトをふたつ持ってきた。ついでにコーヒーもセットしてくれている。
「まだ解決していないみたいですね」
「ああ。車で逃げたようだから、防犯カメラの映像を割り出している最中だが……偽物のナンバープレートをつけていたようなんだ。時間はかかるかもしれない」
「せめて犯人の顔を見ていたら……って思います」
「すぐに逃げて、生きていてくれさえすればいい」
それがパートナーとしての願いだろう。ルカ自身も、エドワードが同じ目に合ったらきっと同じことを言う。
朝食を食べ終えて、各々の時間を過ごしていると、インターホンが鳴った。
いつまで経ってもエドワードがドアを閉める気配がないので覗いてみると、警察官が二人並んでいる。
目が合うと手を上げたので、ルカも片手で答えた。
「君がルカ君か。昨日は疲れただろう?」
「ちょっと驚きました」
「怪我がなくてなによりだ。話があるんだ。昨日、君が助けた子供は覚えているかい?」
「はい」
「あの子の家族が君にお礼を述べたいと言うんだ」
「お礼ですか。そんな大したことはしていないです」
「親の不注意で子供から目を離してしまって、もしかしたら二度と会えなかったのかもしれなかったんだ。パーティーをやるから、君にもぜひ話を通してほしいと言われた」
渡された招待状を受け取り、ルカは困惑しながら封筒を見つめる。
子供が着ていた服にも、同じエンブレムがあった。
「このマークって、なんですか?」
「知らないのかい? 大統領家族のエンブレムだよ」
「大統領? うそ……」
「君が助けた子は、大統領の甥に当たる。昨日、子供がいなくなったと通報が来てから向かう途中、発砲事件があったんだ」
「じゃあ、もしかして子供を狙って……?」
「それも可能性は視野に入れている。君がパーティーへ行くなら、送迎はこちらが手配することになっているが……どうする?」
話が大きくなりすぎていて、夢なのではないかと丹田辺りに力を入れてみる。変わらず警察官は白い歯を見せていて、現実なのだと頭を抱えるしかない。
「パーティーなんてそうそう行けるものじゃない。楽しんできたら? 大統領家族のパーティーなんて、滅多に行けるものじゃないしね」
「じゃあ、お言葉に甘えます」
「美味しいものが出るといいね」
「はい、楽しみです」
せっかく招待してくれたものだ。楽しまなくては相手に悪い。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト
春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。
クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。
2024.02.23〜02.27
イラスト:かもねさま
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる