10 / 34
第一章 初恋と事件
010 一つずつ、一つずつ
しおりを挟む
「いないわ。恋人もいないし、家族とも離れて暮らしているもの。昨日観てたドラマの内容くらいしか証明できるものはないわね。でもこれって、アリバイにはならないんでしょ?」
「残念ながらそうですね。録画したものを観る方法もありますから。ですが、家にいたのならあなたが外へは出ていない証明をすることは可能かもしれません。防犯カメラの映像もあります」
「爆破事件は深夜だったみたいだけど、一人寂しく寝ていたわ。ドラマを観ながらワインを飲んで、そのままね。朝起きたらびっくりよ。テレビをつけて他人事みたいに大変ねーって思ってたら、私のバーが入ったビルなんだもの」
「わかりました。ありがとうございます。ちなみになんですが、中でマリファナを吸っていた人物はどれほどいましたか?」
ワシントンではマリファナは合法だが、隠れて非合法である覚せい剤などを売る輩もいる。
「タバコと同じで、いちいち数えちゃいないわよ。吸ってた奴が犯人なの?」
「念のための確認です。売人はいたりしました?」
「私の店なんだから他でやってとは言っていたけれど。隠れてしてたら止める手段はないわね」
「ご協力感謝します。ついでに、もう一人の経営者の方の入院先を教えて下さい」
受け答えもはきはきしていて、疑う余地はない。
彼の言う通り、自分の店を自分で壊すなんて馬鹿げた真似はしないだろう。
入院中であるもう一人の経営者も、怪我をするのを判って爆薬をしかけるわけがない。
「彼はシロよりだろう」
「一応、保険金がかかってないかも確認しないとな」
入院先に向かう途中、車で大学生らしき人物とすれ違った。
夏休みでどこにも行けず、家にこもる彼を思うと不憫でならない。
「おかえりなさいっ……」
ドアの開く音がして小走りで玄関に向かうと、靴を脱ぎかけたエドワードが硬直していた。
「ただいま。勉強してた?」
「はい。それと、夕食を作ってました」
「それは嬉しい。ろくに食べてなくてね」
「すぐに温め直しますね」
鶏肉たっぷりのキャセロールと、冷蔵庫にあった残り物の野菜で作ったスープだ。
「すごいな。テーブルにこんなに並んだのは久しぶりだ」
「母から教わったものなんです。そんなにレパートリーがあるわけじゃないんですけど」
エドワードは食べる前に皿のキャセロールを眩しそうに眺め、口に入れた。
「美味しい。すごく」
「よかった。キャセロールと鶏肉って相性良いですよね。オニオンも混ぜるの好きなんです」
「冷蔵庫にはなかったか。明日、よければ出かけないか?」
ルカは顔を上げ、まじまじと彼を見つめた。
「俺と一緒なら問題ないだろう?」
「いいんですか? 嬉しい……」
「君の安全のためになるべく外へ出てほしくないと行ったが、君の行動を縛るつもりで言ったわけじゃないよ。せっかくの夏休みなのにひとりで過ごしたら、気が滅入ってしまう」
「料理したりするのも気分転換になっていいですよ。それで、事件はどうですか? 進みましたか?」
「解決とまではいかないが、前進してる感じだ」
食後の皿洗いは彼が担当してくれて、その間に洗濯物をまとめようと、浴室へ向かった。
新婚みたいな夢心地で洗濯機の中へ入れていると、彼の着ていたシャツが目に止まる。
「……香水?」
彼のものではない残り香が漂う。
白いシャツにつく、何かが擦れたような真っ赤な跡。一瞬彼の血ではないかと疑ったが、赤黒くはない。
「ルカ? どうしたんだ?」
「これ……どういうことです?」
白いシャツについた血痕のような正体は、口紅だ。
つい咎める口調になってしまった。
「それは……」
エドワードは息を詰まらせた。どことなく慌てているようにも見えるが、仕事柄か彼は勢いに任せて感情を表に出すことはしない。
「違うんだ、ルカ。今日、仕事で参考人に話を聞きにいった。その、いろいろあって……」
「いろいろってなんですか」
「誤解を生んでいるようだが、俺の気持ちが向いているわけじゃない。つけられたんだ」
「つけられた?」
「ああ。やましいことは想像しなくていい。恋愛対象の相手ではないし、仕事柄会わなくてはいけない相手だったんだ」
「そうですか……」
「そんなにしょんぼりしないでくれ」
エドワードはルカの肩に手を置く。
距離が近くて喜んでいたいが、シャツがどうにも気に入らない。
「これ、全力で落とします」
「そうしてくれるか? 俺としても助かる。そうだ、ドーナツをもらってきたんだ。あとで食べないか?」
「食べ物で釣ろうとしてますよね」
「ああ。君が笑ってくれるなら、ドーナツでもケーキでもなんでも買ってこよう。それとも、甘いものはチョコレートがいいかな?」
「はい。好きです」
エドワードはルカの肩に手を置いたまま、目を瞑って唸る。
「……もう一回、言って?」
「え? ……チョコレート、好きです」
「……最初のは要らなかったが。わかった、今度はチョコレートでも買ってこよう」
「ぜひ、お願いします」
学生に嗜好品は高い。ここは素直に甘えることにした。
借りっぱなしだった本を大学へ返すべく、ルカは一度大学へ戻った。
その前にマークへ会いに行こうと、寮へ顔を出す。
「ルカ、久しぶり!」
「うん、久しぶり。元気にしてた?」
「めちゃくちゃ元気。あっでもルカがいなくて寂しいっ」
「僕も寂しかった」
「エドと仲良くやってる? 喧嘩してない?」
「喧嘩するほど家にいないっていうか……。仲良くやってるよ。この前、一緒に買い物にも行ったし。今度、動物園に行く約束してるんだ」
「デートじゃんそれ」
「デート? いやいや、夏休みにずっと家にこもってる僕が可哀想に思われてるだけだよ」
ふたり並んでカートを押したり、好きな紅茶を熱く語ったり、一緒にアイスクリームを食べたり、帰りはドライブを楽しんだ。最後はドライブというより誰かが追ってこないか遠回りをしただけだ。
デートだとどれだけ良かったかと、ルカは嘆く。
「僕がいない間、何か変わったことはあった?」
「野良猫が迷い込んできたくらいかな? めちゃくちゃ可愛くて、しっちゃかめっちゃか撫でられまくってた」
「それは見たかったなあ」
「ロブが飼うことになってさ、あいつの家には他にも猫五匹いるみたいで、慣れてるんだって。家族も賛成してくれたみたいだし。俺たちで飼うかって話にもなったんだけど、猫アレルギー持ちもいたからね」
「餌の問題もあるし、ロブに飼ってもらうのが一番かと思うよ」
ロブとはおっとした動物好きのクラスメイトである。動物を保護するボランティアにも積極的に参加していて、ぴったりと言えるだろう。
マークと別れ、学校の図書館へ向かう。なるべく人が多いところを通った。
無事に本を返却でき、事なきを得た。
「残念ながらそうですね。録画したものを観る方法もありますから。ですが、家にいたのならあなたが外へは出ていない証明をすることは可能かもしれません。防犯カメラの映像もあります」
「爆破事件は深夜だったみたいだけど、一人寂しく寝ていたわ。ドラマを観ながらワインを飲んで、そのままね。朝起きたらびっくりよ。テレビをつけて他人事みたいに大変ねーって思ってたら、私のバーが入ったビルなんだもの」
「わかりました。ありがとうございます。ちなみになんですが、中でマリファナを吸っていた人物はどれほどいましたか?」
ワシントンではマリファナは合法だが、隠れて非合法である覚せい剤などを売る輩もいる。
「タバコと同じで、いちいち数えちゃいないわよ。吸ってた奴が犯人なの?」
「念のための確認です。売人はいたりしました?」
「私の店なんだから他でやってとは言っていたけれど。隠れてしてたら止める手段はないわね」
「ご協力感謝します。ついでに、もう一人の経営者の方の入院先を教えて下さい」
受け答えもはきはきしていて、疑う余地はない。
彼の言う通り、自分の店を自分で壊すなんて馬鹿げた真似はしないだろう。
入院中であるもう一人の経営者も、怪我をするのを判って爆薬をしかけるわけがない。
「彼はシロよりだろう」
「一応、保険金がかかってないかも確認しないとな」
入院先に向かう途中、車で大学生らしき人物とすれ違った。
夏休みでどこにも行けず、家にこもる彼を思うと不憫でならない。
「おかえりなさいっ……」
ドアの開く音がして小走りで玄関に向かうと、靴を脱ぎかけたエドワードが硬直していた。
「ただいま。勉強してた?」
「はい。それと、夕食を作ってました」
「それは嬉しい。ろくに食べてなくてね」
「すぐに温め直しますね」
鶏肉たっぷりのキャセロールと、冷蔵庫にあった残り物の野菜で作ったスープだ。
「すごいな。テーブルにこんなに並んだのは久しぶりだ」
「母から教わったものなんです。そんなにレパートリーがあるわけじゃないんですけど」
エドワードは食べる前に皿のキャセロールを眩しそうに眺め、口に入れた。
「美味しい。すごく」
「よかった。キャセロールと鶏肉って相性良いですよね。オニオンも混ぜるの好きなんです」
「冷蔵庫にはなかったか。明日、よければ出かけないか?」
ルカは顔を上げ、まじまじと彼を見つめた。
「俺と一緒なら問題ないだろう?」
「いいんですか? 嬉しい……」
「君の安全のためになるべく外へ出てほしくないと行ったが、君の行動を縛るつもりで言ったわけじゃないよ。せっかくの夏休みなのにひとりで過ごしたら、気が滅入ってしまう」
「料理したりするのも気分転換になっていいですよ。それで、事件はどうですか? 進みましたか?」
「解決とまではいかないが、前進してる感じだ」
食後の皿洗いは彼が担当してくれて、その間に洗濯物をまとめようと、浴室へ向かった。
新婚みたいな夢心地で洗濯機の中へ入れていると、彼の着ていたシャツが目に止まる。
「……香水?」
彼のものではない残り香が漂う。
白いシャツにつく、何かが擦れたような真っ赤な跡。一瞬彼の血ではないかと疑ったが、赤黒くはない。
「ルカ? どうしたんだ?」
「これ……どういうことです?」
白いシャツについた血痕のような正体は、口紅だ。
つい咎める口調になってしまった。
「それは……」
エドワードは息を詰まらせた。どことなく慌てているようにも見えるが、仕事柄か彼は勢いに任せて感情を表に出すことはしない。
「違うんだ、ルカ。今日、仕事で参考人に話を聞きにいった。その、いろいろあって……」
「いろいろってなんですか」
「誤解を生んでいるようだが、俺の気持ちが向いているわけじゃない。つけられたんだ」
「つけられた?」
「ああ。やましいことは想像しなくていい。恋愛対象の相手ではないし、仕事柄会わなくてはいけない相手だったんだ」
「そうですか……」
「そんなにしょんぼりしないでくれ」
エドワードはルカの肩に手を置く。
距離が近くて喜んでいたいが、シャツがどうにも気に入らない。
「これ、全力で落とします」
「そうしてくれるか? 俺としても助かる。そうだ、ドーナツをもらってきたんだ。あとで食べないか?」
「食べ物で釣ろうとしてますよね」
「ああ。君が笑ってくれるなら、ドーナツでもケーキでもなんでも買ってこよう。それとも、甘いものはチョコレートがいいかな?」
「はい。好きです」
エドワードはルカの肩に手を置いたまま、目を瞑って唸る。
「……もう一回、言って?」
「え? ……チョコレート、好きです」
「……最初のは要らなかったが。わかった、今度はチョコレートでも買ってこよう」
「ぜひ、お願いします」
学生に嗜好品は高い。ここは素直に甘えることにした。
借りっぱなしだった本を大学へ返すべく、ルカは一度大学へ戻った。
その前にマークへ会いに行こうと、寮へ顔を出す。
「ルカ、久しぶり!」
「うん、久しぶり。元気にしてた?」
「めちゃくちゃ元気。あっでもルカがいなくて寂しいっ」
「僕も寂しかった」
「エドと仲良くやってる? 喧嘩してない?」
「喧嘩するほど家にいないっていうか……。仲良くやってるよ。この前、一緒に買い物にも行ったし。今度、動物園に行く約束してるんだ」
「デートじゃんそれ」
「デート? いやいや、夏休みにずっと家にこもってる僕が可哀想に思われてるだけだよ」
ふたり並んでカートを押したり、好きな紅茶を熱く語ったり、一緒にアイスクリームを食べたり、帰りはドライブを楽しんだ。最後はドライブというより誰かが追ってこないか遠回りをしただけだ。
デートだとどれだけ良かったかと、ルカは嘆く。
「僕がいない間、何か変わったことはあった?」
「野良猫が迷い込んできたくらいかな? めちゃくちゃ可愛くて、しっちゃかめっちゃか撫でられまくってた」
「それは見たかったなあ」
「ロブが飼うことになってさ、あいつの家には他にも猫五匹いるみたいで、慣れてるんだって。家族も賛成してくれたみたいだし。俺たちで飼うかって話にもなったんだけど、猫アレルギー持ちもいたからね」
「餌の問題もあるし、ロブに飼ってもらうのが一番かと思うよ」
ロブとはおっとした動物好きのクラスメイトである。動物を保護するボランティアにも積極的に参加していて、ぴったりと言えるだろう。
マークと別れ、学校の図書館へ向かう。なるべく人が多いところを通った。
無事に本を返却でき、事なきを得た。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト
春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。
クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。
2024.02.23〜02.27
イラスト:かもねさま
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる