4 / 34
第一章 初恋と事件
04 さらなる案件
しおりを挟む
付箋だらけのノートを開くが、何もかも手につけられなかった。
教授の授業も耳に入らず、昨日のことが頭から離れない。
任意聴取と聞いていたが、あれではまるで容疑者だ。すでに被疑者として扱われているといっても過言ではない。
こちらの情報を流したのはマークで、まさか親友が容疑者扱いされているとは微塵も思わず、根ほり葉ほり聞かれることをすべて話してしまったようだ。これで細かな情報が知られているのは納得できた。
いつの間にか授業は終わっていて、ルカはノートをしまう。
影が覆い被さり顔を上げると、教授が笑いながら見下ろしていた。
教授の笑顔に愛想笑いを浮かべる。
時折鋭い目になるのは、犯罪心理学を担当するだけあり、心眼が秀でているからだ、と結論づけている。
「やあ、今日は何か眠そうだね」
「すみません、あくびばかりしてしまいました」
「悩みか何か? 話を聞こうか?」
教授のヴィクターは、人懐っこい笑みを浮かべる。
「悩みってほどじゃないんですが……いろんな人に会って、疲れてしまって」
「気疲れ起こしたときは甘いものでも食べて、ひとりになる時間を設けた方がいいね。いろいろ事件が起こって、警察も出入りしているみたいだし」
「僕も聞かれました。初めての経験でしたから、やっぱり疲れているみたいです」
「執務室においで。君の好きなミルクティーでも淹れてあげよう」
ミルクティーに惹かれたわけではないが、甘いものを欲しているのは事実だった。決してミルクティーに惹かれたわけではない。
インスタントではなく、ヴィクターは茶葉からミルクティーを作ってくれた。
「ロイヤルミルクティー、大好物なんです」
「寮でも作るの?」
「いえ、ほとんどグリーンティーが多いですね。ミルクティーは日本メーカーが作っている缶をたまに飲む程度で……」
「授業中にもたまに飲んでいるもんね。さて、どちらが美味しいかな」
茶目っ気たっぷりに出してくれたミルクティーは、茶葉の香りも失われてはおらず、ミルクもほんのりと香る。
「美味しい……甘くて落ち着きます」
「落ち着いたところで、悩みがあったら聞くよ」
「悩みってほどじゃないんですが……警察とのやりとりで気疲れしたのは本当です。それと、親しかった人と久しぶりに再会して……」
「それは素敵な話だね……って言えたらいいけど、それが原因?」
「どうしたらいいか判らなくて。頭の中がぐちゃぐちゃなんです。自分でも整理ができない。何に悩んでいるのかも理解してないんです」
「いろんなことが一気に起こると、何から手をつけていいのか判らなくなるよね。そういうときは、考えるのを止めてみてもいい」
「考えるのを止める?」
「甘いものを食べて、寝て過ごす。すると自然と解決策が見えてくるときもある。君はちょっと心配性なところがあるからね」
「なるほど……」
「眠そうだ。ここで少し寝てから寮に帰ったら?」
「ええ?」
「俺はパソコンを使って仕事をするだけだ」
抑揚の少ない、優しい声が眠気を誘う。
目を開けようにも開けられない。ルカは重くなった瞼を閉じるしかなかった。
「おかえり! 心配してたんだぞ!」
寮に戻ると、マークが抱きついてきた。
勢い余って転げ落ちないように、しっかりと受け止める。
「ごめんごめん、教授のところで寝ちゃってさ」
「教授? なんで? なにかされてないか?」
「されてないって。いろいろ話を聞いてもらってたら、眠くなって。ミルクティーごちそうしてもらっちゃった」
「ご飯食べてないなら食堂に行こう。俺、腹減っちゃってさ。宿題も手につかないよ」
「いつもじゃん」
マークの心配そうな顔を見たとたん、いくらか気持ちが安らいだ。執務室で寝ていたおかげもあるが、寝起きなためか少しの頭痛がし、身体がふわふわしている。
トレーに乗ったポテトが喉を通らず、時間が経つたびにまずす萎びていく。ごめんなさいと謝罪しているかのように、ふにゃりと曲がる。
「そういや、ルカ宛に手紙が届いてたけど」
「誰から?」
「わかんない。ドアの隙間に挟まってたんだ。ルカの机に置いてきたから」
「うん。ありがとう」
「早く食べようぜ。それとも何か持ってこようか?」
「プリンが食べたいかな。ヨーグルトでもいいけど」
マークは合計四つ持ってきて、自分のトレーにも置いた。
気を使ってくれたのだろうと、ありありとわかる。
ポテトや肉は口にできなかったが、喉を通るプリンとヨーグルトはするすると胃の中へ入った。
寮に戻って机を見ると、マークの言っていた通り手紙がある。
真っ白な手紙に、手書きではなく印字された『ルカへ』と書いてある。裏には何も書かれておらず、誰からのものか判らなかった。
「いたっ…………」
鋭い痛みが親指に走り、手紙を落としてしまった。
白い紙には赤い液体が滲み、ルカは親指を恐る恐る見る。
封筒からはみ出る鈍く光る銀色の切っ先に、愕然とするしかない。
「どうした?」
「マーク……」
「手紙って誰から?」
「っ……触っちゃだめだ!」
拾おうとするマークの手のひらを強く掴んだ。
「え? ちょっと……指……なんで?」
滴る血を見て、マークは青ざめている。
すぐにティッシュを箱から抜き取り、ルカの指をくるんだ。
「手紙に……カミソリの刃が仕込んであった。送り主も判らない」
「なんで? どうしてルカに?」
マークの目がみるみるうちに滲んでいく。
ドアの隙間に挟まっていたのを見つけたのはマークだ。責任を感じているのだろう。
「ごめんっ……送り主がないのはラブレターかなとか思って渡したんだ」
「大丈夫。マークは何も悪くない。僕もマーク宛の手紙があったら、そのまま渡すし。普通のことだよ。たまたまカミソリの刃が入ってただけだ」
「それにしても、誰がこんなことを……」
「判らない。自分で言うのもおかしな話だけど、友人付き合いも多いわけじゃないし、人から怨まれるようなことはしてるつもりはない。でも判らないよね……ほんとに」
警察には爆破事件の容疑者扱い、手紙にはカミソリの刃だ。ここ数日間で踏んだり蹴ったりな日々を送っている。
「これ、警察に言った方がいいと思う」
「それがいいかな……」
「ルカ、もしかしたら手首切ってたのかもしれないよ。指先だったのは不幸中の幸いだ」
「うん……明日は授業もないし、朝一で行ってくるよ」
「俺も付き合う。ルカひとりにほっとけないし。もしかしたら、ストーカーかも。ルカ可愛いし」
「可愛くはないけど、用心するよ」
頼るべきはプロである警察だが、今のルカには不信感しかなかった。
状況証拠があるとはいえ、ルカの指紋つきの紅茶缶が爆発物として浮かび上がっても、ルカにとっては寝耳に水だ。
今は頼れるマークに感謝するしかない。
教授の授業も耳に入らず、昨日のことが頭から離れない。
任意聴取と聞いていたが、あれではまるで容疑者だ。すでに被疑者として扱われているといっても過言ではない。
こちらの情報を流したのはマークで、まさか親友が容疑者扱いされているとは微塵も思わず、根ほり葉ほり聞かれることをすべて話してしまったようだ。これで細かな情報が知られているのは納得できた。
いつの間にか授業は終わっていて、ルカはノートをしまう。
影が覆い被さり顔を上げると、教授が笑いながら見下ろしていた。
教授の笑顔に愛想笑いを浮かべる。
時折鋭い目になるのは、犯罪心理学を担当するだけあり、心眼が秀でているからだ、と結論づけている。
「やあ、今日は何か眠そうだね」
「すみません、あくびばかりしてしまいました」
「悩みか何か? 話を聞こうか?」
教授のヴィクターは、人懐っこい笑みを浮かべる。
「悩みってほどじゃないんですが……いろんな人に会って、疲れてしまって」
「気疲れ起こしたときは甘いものでも食べて、ひとりになる時間を設けた方がいいね。いろいろ事件が起こって、警察も出入りしているみたいだし」
「僕も聞かれました。初めての経験でしたから、やっぱり疲れているみたいです」
「執務室においで。君の好きなミルクティーでも淹れてあげよう」
ミルクティーに惹かれたわけではないが、甘いものを欲しているのは事実だった。決してミルクティーに惹かれたわけではない。
インスタントではなく、ヴィクターは茶葉からミルクティーを作ってくれた。
「ロイヤルミルクティー、大好物なんです」
「寮でも作るの?」
「いえ、ほとんどグリーンティーが多いですね。ミルクティーは日本メーカーが作っている缶をたまに飲む程度で……」
「授業中にもたまに飲んでいるもんね。さて、どちらが美味しいかな」
茶目っ気たっぷりに出してくれたミルクティーは、茶葉の香りも失われてはおらず、ミルクもほんのりと香る。
「美味しい……甘くて落ち着きます」
「落ち着いたところで、悩みがあったら聞くよ」
「悩みってほどじゃないんですが……警察とのやりとりで気疲れしたのは本当です。それと、親しかった人と久しぶりに再会して……」
「それは素敵な話だね……って言えたらいいけど、それが原因?」
「どうしたらいいか判らなくて。頭の中がぐちゃぐちゃなんです。自分でも整理ができない。何に悩んでいるのかも理解してないんです」
「いろんなことが一気に起こると、何から手をつけていいのか判らなくなるよね。そういうときは、考えるのを止めてみてもいい」
「考えるのを止める?」
「甘いものを食べて、寝て過ごす。すると自然と解決策が見えてくるときもある。君はちょっと心配性なところがあるからね」
「なるほど……」
「眠そうだ。ここで少し寝てから寮に帰ったら?」
「ええ?」
「俺はパソコンを使って仕事をするだけだ」
抑揚の少ない、優しい声が眠気を誘う。
目を開けようにも開けられない。ルカは重くなった瞼を閉じるしかなかった。
「おかえり! 心配してたんだぞ!」
寮に戻ると、マークが抱きついてきた。
勢い余って転げ落ちないように、しっかりと受け止める。
「ごめんごめん、教授のところで寝ちゃってさ」
「教授? なんで? なにかされてないか?」
「されてないって。いろいろ話を聞いてもらってたら、眠くなって。ミルクティーごちそうしてもらっちゃった」
「ご飯食べてないなら食堂に行こう。俺、腹減っちゃってさ。宿題も手につかないよ」
「いつもじゃん」
マークの心配そうな顔を見たとたん、いくらか気持ちが安らいだ。執務室で寝ていたおかげもあるが、寝起きなためか少しの頭痛がし、身体がふわふわしている。
トレーに乗ったポテトが喉を通らず、時間が経つたびにまずす萎びていく。ごめんなさいと謝罪しているかのように、ふにゃりと曲がる。
「そういや、ルカ宛に手紙が届いてたけど」
「誰から?」
「わかんない。ドアの隙間に挟まってたんだ。ルカの机に置いてきたから」
「うん。ありがとう」
「早く食べようぜ。それとも何か持ってこようか?」
「プリンが食べたいかな。ヨーグルトでもいいけど」
マークは合計四つ持ってきて、自分のトレーにも置いた。
気を使ってくれたのだろうと、ありありとわかる。
ポテトや肉は口にできなかったが、喉を通るプリンとヨーグルトはするすると胃の中へ入った。
寮に戻って机を見ると、マークの言っていた通り手紙がある。
真っ白な手紙に、手書きではなく印字された『ルカへ』と書いてある。裏には何も書かれておらず、誰からのものか判らなかった。
「いたっ…………」
鋭い痛みが親指に走り、手紙を落としてしまった。
白い紙には赤い液体が滲み、ルカは親指を恐る恐る見る。
封筒からはみ出る鈍く光る銀色の切っ先に、愕然とするしかない。
「どうした?」
「マーク……」
「手紙って誰から?」
「っ……触っちゃだめだ!」
拾おうとするマークの手のひらを強く掴んだ。
「え? ちょっと……指……なんで?」
滴る血を見て、マークは青ざめている。
すぐにティッシュを箱から抜き取り、ルカの指をくるんだ。
「手紙に……カミソリの刃が仕込んであった。送り主も判らない」
「なんで? どうしてルカに?」
マークの目がみるみるうちに滲んでいく。
ドアの隙間に挟まっていたのを見つけたのはマークだ。責任を感じているのだろう。
「ごめんっ……送り主がないのはラブレターかなとか思って渡したんだ」
「大丈夫。マークは何も悪くない。僕もマーク宛の手紙があったら、そのまま渡すし。普通のことだよ。たまたまカミソリの刃が入ってただけだ」
「それにしても、誰がこんなことを……」
「判らない。自分で言うのもおかしな話だけど、友人付き合いも多いわけじゃないし、人から怨まれるようなことはしてるつもりはない。でも判らないよね……ほんとに」
警察には爆破事件の容疑者扱い、手紙にはカミソリの刃だ。ここ数日間で踏んだり蹴ったりな日々を送っている。
「これ、警察に言った方がいいと思う」
「それがいいかな……」
「ルカ、もしかしたら手首切ってたのかもしれないよ。指先だったのは不幸中の幸いだ」
「うん……明日は授業もないし、朝一で行ってくるよ」
「俺も付き合う。ルカひとりにほっとけないし。もしかしたら、ストーカーかも。ルカ可愛いし」
「可愛くはないけど、用心するよ」
頼るべきはプロである警察だが、今のルカには不信感しかなかった。
状況証拠があるとはいえ、ルカの指紋つきの紅茶缶が爆発物として浮かび上がっても、ルカにとっては寝耳に水だ。
今は頼れるマークに感謝するしかない。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト
春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。
クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。
2024.02.23〜02.27
イラスト:かもねさま
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる