薫る薔薇に盲目の愛を

不来方しい

文字の大きさ
30 / 32
最終章 エピローグ

030 エピローグ

しおりを挟む
 窓越しに見える太陽は傾いていて、影はおおいに伸びている。
「宮野さん、おつかれー」
「お疲れ様です」
 つくづく煩わしさのない職場だ。言い方を変えると、表面上の付き合いである。蓮にはこれが居心地がよかった。
 白衣を脱いでスーツに身を包み、会社を後にした。
 帰りの電車は、座れた経験がない。お金を貯めたら車を買う予定だ。持ち腐れている免許証は、いまだに日の目を見ることはない。
 隣にいる女子高校生が、辺りを見回している。何か気になることがあるのかと思えば、彼女と目が合った。
 挙動があきらかにおかしく、蓮は怪訝に思いながら背後の男に目をやった。
「何やってるんですか」
 蓮は咄嗟に声を上げた。誰が見ても不審なほど女性に近づきすぎている。
 回りいた気づいた男性たちは、不審者の手を掴んだ。正義のヒーローが大勢いる電車内だった。
 蓮は不審者と女性をなるべく離して声をかける。
「次の駅で降りられますか?」
「は、はい……」
 駅では警察がすでに待ちかまえていた。女性を預けてそのまま帰ろうとした矢先、女性に袖を引っ張られてしまった。
「君、家族? 友人?」
 警察に声をかけられたので、
「乗り合わせただけです」
 と手短に答えた。
「ちょっと話を伺いたいんだけど、いいかな」
「そんな話せるようなことは……」
「一応、回りの方からも聞きたいから」
「なら、家族に連絡取ってもいいですか」
 返事を聞くより先に、蓮は恋人へ電話をかけた。
「薫さん?」
『蓮? どうしたの?』
「すみません、ちょっと事情があって遅れます。理由は帰ってから説明します」
『わかった。あせらなくていいから事故に気をつけてね』
 女性の目は虚ろだった。あんなことがあったのだから、ショックを受けて当然だろう。
「大丈夫ですか?」
 そこで初めて別の違和感に気づいた。
 女性と目を合わせようにも、焦点が合わない。暗い世界を渡るつらさは誰よりも知っている。
「もしかして、目が見えていませんか?」
 女性は身を縮こませ、小さく頷いた。
「病気で……時々見えなくなるんです」
「そうですか。お薬はありますか?」
「目薬を……」
 女性は鞄の中へ手を入れて、手当たり次第に探している。
「処方のお薬じゃなく?」
 取り出したのは、どこのドラッグストアでも売っているような有名な目薬だ。
「どうせ治らないし……諦めたんです」
「警察との一連のやりとりが終わったら、病気に詳しい医師を紹介しますか?」
「え?」
「僕、薬剤師なんです。こちらのお薬だと、かすみ目には効きますが、根本的な解決にはならないですよ」
 女性の肩を支えながら、パトカーに乗せた。蓮は別のパトカーで聴取だ。
 すべてが終わると、女性は待っていた。目の調子が戻ったのか、今度はしっかりと目が合う。
「さっき親に連絡をして、来てもらえることになりました」
「それはよかったです。あとこちらが病院です。はっきり原因が判らないものでも真摯に向き合ってくれますから」
 メモ帳を切った紙に、薫の勤務する病院の地図と住所を書いた。実際に不明の目の病気でも治すと話題を呼び、北海道からもわざわざ通う患者がいるほどだ。
 一台の車が止まり、女性の母親がこちらへ向かってくる。
 急いで買ってきたのだろう、手土産と彼女の汗を見れば、充分に気持ちが伝わった。

 夕食後のデザートとして、もらったお茶請けを食べながら薫の淹れたコーヒーを飲んだ。
「それで、俺の勤務する病院を紹介したんだ?」
「行くかどうかなんとも言えませんけど。病院なんて辟易してる顔してましたし」
 コーヒー味のゼリーが挟まったクッキーだ。さくさくしていて、中のゼリーはほろ苦い。
「よく対応したね」
「薫さんの顔が浮かんで、ほっとけなかったんですよね。気持ちが判りますし」
「ああいや、それもだけど。電車でよく対応したと思って」
「それは……僕もびっくりしました。でも回りの人たちも見て見ぬふりじゃなかったのは日本で良かったって思えました」
 もう一つのクッキーは、紅茶味だ。うちでは紅茶は滅多に飲まないが、癖もなく食べやすい味だ。
 お茶の後は、薫は伸びに伸びた小松菜を収穫している。水耕栽培も慣れたもので、土いらずな分、回りも汚れず良い面も多い。だが庭の菜園は土の匂いがあるからこそ収穫の喜びを感じられるのだ。
「これ……どうしよう」
「小松菜は簡単だから、いっぱい植えちゃうんですよね。おひたしは飽きました」
「やっぱり? 俺も。炒め物もしたし、煮物も作った。いっそクッキーとか作れないかな?」
「ほうれん草のお菓子があるくらいだし、小松菜もいけるんじゃないかと思います。お菓子を作るなら、パウンドケーキはそんなに難しくないですよ。牛乳パックがあれば作れます」
「それは美味しそうだ。明日作ろうか」

 身体の節々に痛みはあるものの、十時まで寝れば頭はすっきりしていた。
 昨日の残骸は綺麗に片づけられていて、ゴミ箱だけが重く受け止めている。いつもありがとう、と心の中でお礼を伝えた。
 朝食は用意されていて、蓮は少し遅い朝食を取った。キッチンには見覚えのある弁当箱が置いてある。薫へ届けるついでに、買い物をしてこようと家を出た。
 病院のロビーでは、薫が女性ふたりと何か談笑をしている。
 先に薫がこちらに気づき、手に持つ弁当を見て苦笑いを浮かべている。表情の変化が百面相で笑ってしまった。
「ごめんごめん。わざわざ届けにきてくれたの?」
「買い物もしようと思って」
「そっか。忘れたことすら気づかなかった」
「あっ」
 女性ふたりと目が合うと、ほぼ同時に声を上げた。
「この間の……ありがとうございました」
「こちらこそ、お菓子ありがとうございました」
「先生がすごく丁寧に診て下さって、心療内科も紹介して頂いたんですよ」
「それはよかったです。なかなか難しいことかもしれませんが、少しでも良くなるよう願っています」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

赤い頬と溶けるバニラ味

hamapito
BL
在宅勤務が選べるようになっても出社し続けているのは、同期の岡野に会うためだった。 毎日会うのが当たり前になっていたある日、風邪をひいてしまい在宅勤務に切り替えた。 わざわざ連絡するのもおかしいかと思ってそのままにしていたけれど……。    * 岡野はただの同期。それ以上でも以下でもない。 満員電車に乗ってでも出社している理由だって「運動不足になりそうだから」って言ってたし。 岡野に会えるのが嬉しい俺とは違う。    *

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】

まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【第二章開始】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する

とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。 「隣国以外でお願いします!」 死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。 彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。 いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。 転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。 小説家になろう様にも掲載しております。  ※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。

「好きって言ったら負け!」完璧すぎる生徒会コンビの恋愛頭脳戦は今日も平行線です~恋は勝ち負けじゃないと知るまでの攻防戦

中岡 始
BL
「好きって言ったら負け」 それが、俺たちの間にある、たったひとつのルールだった。 星遥学園の顔、生徒会長・一ノ瀬結翔と副会長・神城凪。 容姿、成績、カリスマ性――すべてが完璧なふたりは、周囲から「最強ペア」と呼ばれている。 けれどその内側では、日々繰り広げられる仁義なき恋愛頭脳戦があった。 ・さりげない言葉の応酬 ・SNSでの匂わせ合戦 ・触れそうで触れない、静かな視線の駆け引き 恋してるなんて認めたくない。 でも、相手からの“告白”を待ち続けてしまう―― そんなふたりの関係が変わったのは、修学旅行での一夜。 「俺、たぶん君に“負けてもいい”って思いかけてる」 その一言が、沈黙を揺るがし、心の距離を塗り替えていく。 勝ち負けなんかじゃない、想いのかたちにたどり着くまで。 これは、美形ふたりの駆け引きまみれなラブコメ戦線、 ついに“終戦”の火蓋が落ちるまでの物語。

処理中です...