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第二章 新生活
026 薄っぺらな愛情
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徐々に目が見えるようになり、蓮はばれないようにそっと息を吐いた。盲目との戦いはいつだって怖い。このまま目が見えないままだったら……と、暗闇の中で心が悲鳴を上げている。
「どう? よくなった?」
「かなり良い感じです。光が見える……よかった」
「呼吸して、全身に酸素を行き渡らせるようなイメージ。目も酸欠するからね。……頼んでおいて、ちゃぶ台に乗るかどうか考えてなかった」
「ピザを真ん中にして、横にチキンとポテトと……サラダ。飲み物もか。取り皿はなしにします? そうすれば入るかと」
「そのままフォークで刺して食べよう。あと、もう少し大きめのちゃぶ台も次の休みに見にいってみようか」
頼んでいたピザが来た。ミックスピザを頼んでいたが、いろんな具材がごちゃ混ぜになっている。
「属性がとんでもないことになってますね。海鮮? 餅? メインはなんだろ」
「パイナップルはなしにしたよ」
「賢明な判断です。あれはいらない」
脂肪が分解されるというなけなしのお茶で乾杯し、さっそくピザにありついた。
日常にはいつだって幸せが満ちている。だからこそ、母親の存在で壊したくなかった。
ゴールデンウィークに入った朝、蓮はプランターに植えておいた小松菜を収穫した。暑さにも寒さにも強いという初心者にうってつけの野菜は、過保護な世話を必要ともせず立派に青々とした葉が太陽に向かって伸びた。
収穫したばかりの野菜で炒め物を作り、朝食に出した。
「今日、お出かけの日だよね?」
「はい……何時に帰れるかわかんないです」
「了解。夜までには帰ってきてほしいな。夕食作って待ってるから」
「楽しみにしています」
蓮は目を逸らしながら、炊き立てのご飯を頬張った。
重い足を無理やり引きずりながら、京都駅へ向かう。
母はすでに待っていて、息子の顔を見るや近寄ってきた。蓮は反射的に胸元を手で押さえる。
「少し背伸びた?」
「そう、かな……」
過去に薫にも同じ台詞を言われたことがある。
成長は他人に見せるものではなくても、見守ってくれている人がいるのは心が暖かくなる。
「昼ご飯は食べたの?」
「まだだけど、ホテルで食べない? 荷物起きたいのよ」
「じゃあそうしよっか」
ホテルは京都駅からさほど離れてはおらず、十分ほどでついた。
「いいホテルだね。噴水がある」
「部屋もけっこう広めのはず。何平米だったかな……」
部屋の鍵をもらい、エレベーターで上がる。
今日の母親はいやにおとなしい。それがかえって不気味に思えた。
部屋に入ると、背後で施錠する音がした。次の瞬間、首に圧迫感を感じ反射的に目を瞑る。
母に首を絞められていると思ったときには、柔らかなベッドに押し倒されていた。
「母さん…………?」
「あんたって子は! いつもいつもいつもいつも……一人じゃ何もできないくせに! そうやって勝手に何でも決めて!」
「な、なんのこと……?」
「大学よ! 医者になるんじゃなかったの! なるっていいなさい!」
「……ならないよ。薬剤師目指すことにしたんだから」
母は蓮の腹に乗ると、そのまま息子の首に手をかけた。
「うちは医者の家なのよ! わかってるでしょう!」
死への恐怖がじわじわと沸いてくる。この母親ならやりかねない、と蓮は死期を悟った。
「大学も辞めなさい。母さんの側にいて、医者を目指しなさい。すぐに荷物をまとめて、京都を出ましょう」
「……っ…………」
母親は何も変わっていなかった。むしろ昔より精神が崩壊し、ひどくなっている気さえした。
「医者になるって言うまで、ここから出さないから」
心が絶望一色に染まる。身動きが取れないと、助けを求めることすらできない。
むしろ呼んでしまえば、大事な人まで危険にさらされてしまう。親が諦めるか、自分が人生を諦めるしかなかった。
用意周到な母は、ロープまで持ち込んでいた。
逃げられないように息子の手を手錠をするようにロープでまとめた。
窓から見える日は帰りの時間だとオレンジ色を放っている。
母はずっと独り言をぼやいて、部屋をうろうろしていた。
逃げる方法もだが、その後どうするかも考えなければならなかった。
頼りたい人はいるが、頼るわけにはいかない。息子を監禁するような人と対峙させたら、何が起こるか判らないからだ。
部屋の電話が鳴り、蓮は顔を上げた。
母は不機嫌そうな声色で電話に出る。
「サービス? お金は取らないの?」
どうやら飲み物を一杯サービスするという電話らしい。
母はコーヒーを一杯頼んだ。二杯ではなく、一杯。薄ら寒い母の愛情はその程度だ。
次にインターホンが鳴ったときがチャンスだが、彼女の薄情な愛が垣間見え、何をする気にもならなかった。
やがてインターホンが鳴り、蓮は目を瞑る。
「コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう。廊下に置いておいて」
「失礼ですが、必ず手渡しでなければなりませんので……」
母は一度こちらを向いてからすぐに顔を逸らし、鍵を開けた。
「お連れのお客様がいらっしゃるとお聞きしましたが」
「ええ。でも頼んだコーヒーは一つ分よ……ちょっと! 何するのよ!」
扉が勢いよく開くと、部屋に警察と薫が入ってきた。夢ではない。薫は「蓮!」と名前を呼び、こちらに向かって走ってくる。
「良かった……本当に良かった」
薫に強く、とても強い力で抱きしめられた。蓮の身体はいろんな意味で身体が震える。
ロープを解いてもらうと、一目散にトイレへ駆け込んだ。
感動の再会にならなかったが、目の前で漏らすのは避けたかった。
「大丈夫? 他に身体は痛くない?」
「ちょっと意識が朦朧としてました……。首、締められちゃって」
「赤くなってる。すぐに病院へ行こう」
薫はそっと蓮の首に触れる。
「薫さん……どうして判ったんですか……」
「蓮の様子がおかしかったから。蓮の実家に電話かけたんだ」
「まさか……母と話したんですか?」
「ん? おばあちゃんが出て、てっきり蓮が俺に今日のこと話してるものだと思ってた」
薫の中では、蓮の実家は祖父母の家という認識らしい。
警察も近寄ってきて、まずは病院だときつめの声で忠告してくる。
パトカーに乗せてもらい、すぐに総合病院へ向かった。
「どう? よくなった?」
「かなり良い感じです。光が見える……よかった」
「呼吸して、全身に酸素を行き渡らせるようなイメージ。目も酸欠するからね。……頼んでおいて、ちゃぶ台に乗るかどうか考えてなかった」
「ピザを真ん中にして、横にチキンとポテトと……サラダ。飲み物もか。取り皿はなしにします? そうすれば入るかと」
「そのままフォークで刺して食べよう。あと、もう少し大きめのちゃぶ台も次の休みに見にいってみようか」
頼んでいたピザが来た。ミックスピザを頼んでいたが、いろんな具材がごちゃ混ぜになっている。
「属性がとんでもないことになってますね。海鮮? 餅? メインはなんだろ」
「パイナップルはなしにしたよ」
「賢明な判断です。あれはいらない」
脂肪が分解されるというなけなしのお茶で乾杯し、さっそくピザにありついた。
日常にはいつだって幸せが満ちている。だからこそ、母親の存在で壊したくなかった。
ゴールデンウィークに入った朝、蓮はプランターに植えておいた小松菜を収穫した。暑さにも寒さにも強いという初心者にうってつけの野菜は、過保護な世話を必要ともせず立派に青々とした葉が太陽に向かって伸びた。
収穫したばかりの野菜で炒め物を作り、朝食に出した。
「今日、お出かけの日だよね?」
「はい……何時に帰れるかわかんないです」
「了解。夜までには帰ってきてほしいな。夕食作って待ってるから」
「楽しみにしています」
蓮は目を逸らしながら、炊き立てのご飯を頬張った。
重い足を無理やり引きずりながら、京都駅へ向かう。
母はすでに待っていて、息子の顔を見るや近寄ってきた。蓮は反射的に胸元を手で押さえる。
「少し背伸びた?」
「そう、かな……」
過去に薫にも同じ台詞を言われたことがある。
成長は他人に見せるものではなくても、見守ってくれている人がいるのは心が暖かくなる。
「昼ご飯は食べたの?」
「まだだけど、ホテルで食べない? 荷物起きたいのよ」
「じゃあそうしよっか」
ホテルは京都駅からさほど離れてはおらず、十分ほどでついた。
「いいホテルだね。噴水がある」
「部屋もけっこう広めのはず。何平米だったかな……」
部屋の鍵をもらい、エレベーターで上がる。
今日の母親はいやにおとなしい。それがかえって不気味に思えた。
部屋に入ると、背後で施錠する音がした。次の瞬間、首に圧迫感を感じ反射的に目を瞑る。
母に首を絞められていると思ったときには、柔らかなベッドに押し倒されていた。
「母さん…………?」
「あんたって子は! いつもいつもいつもいつも……一人じゃ何もできないくせに! そうやって勝手に何でも決めて!」
「な、なんのこと……?」
「大学よ! 医者になるんじゃなかったの! なるっていいなさい!」
「……ならないよ。薬剤師目指すことにしたんだから」
母は蓮の腹に乗ると、そのまま息子の首に手をかけた。
「うちは医者の家なのよ! わかってるでしょう!」
死への恐怖がじわじわと沸いてくる。この母親ならやりかねない、と蓮は死期を悟った。
「大学も辞めなさい。母さんの側にいて、医者を目指しなさい。すぐに荷物をまとめて、京都を出ましょう」
「……っ…………」
母親は何も変わっていなかった。むしろ昔より精神が崩壊し、ひどくなっている気さえした。
「医者になるって言うまで、ここから出さないから」
心が絶望一色に染まる。身動きが取れないと、助けを求めることすらできない。
むしろ呼んでしまえば、大事な人まで危険にさらされてしまう。親が諦めるか、自分が人生を諦めるしかなかった。
用意周到な母は、ロープまで持ち込んでいた。
逃げられないように息子の手を手錠をするようにロープでまとめた。
窓から見える日は帰りの時間だとオレンジ色を放っている。
母はずっと独り言をぼやいて、部屋をうろうろしていた。
逃げる方法もだが、その後どうするかも考えなければならなかった。
頼りたい人はいるが、頼るわけにはいかない。息子を監禁するような人と対峙させたら、何が起こるか判らないからだ。
部屋の電話が鳴り、蓮は顔を上げた。
母は不機嫌そうな声色で電話に出る。
「サービス? お金は取らないの?」
どうやら飲み物を一杯サービスするという電話らしい。
母はコーヒーを一杯頼んだ。二杯ではなく、一杯。薄ら寒い母の愛情はその程度だ。
次にインターホンが鳴ったときがチャンスだが、彼女の薄情な愛が垣間見え、何をする気にもならなかった。
やがてインターホンが鳴り、蓮は目を瞑る。
「コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう。廊下に置いておいて」
「失礼ですが、必ず手渡しでなければなりませんので……」
母は一度こちらを向いてからすぐに顔を逸らし、鍵を開けた。
「お連れのお客様がいらっしゃるとお聞きしましたが」
「ええ。でも頼んだコーヒーは一つ分よ……ちょっと! 何するのよ!」
扉が勢いよく開くと、部屋に警察と薫が入ってきた。夢ではない。薫は「蓮!」と名前を呼び、こちらに向かって走ってくる。
「良かった……本当に良かった」
薫に強く、とても強い力で抱きしめられた。蓮の身体はいろんな意味で身体が震える。
ロープを解いてもらうと、一目散にトイレへ駆け込んだ。
感動の再会にならなかったが、目の前で漏らすのは避けたかった。
「大丈夫? 他に身体は痛くない?」
「ちょっと意識が朦朧としてました……。首、締められちゃって」
「赤くなってる。すぐに病院へ行こう」
薫はそっと蓮の首に触れる。
「薫さん……どうして判ったんですか……」
「蓮の様子がおかしかったから。蓮の実家に電話かけたんだ」
「まさか……母と話したんですか?」
「ん? おばあちゃんが出て、てっきり蓮が俺に今日のこと話してるものだと思ってた」
薫の中では、蓮の実家は祖父母の家という認識らしい。
警察も近寄ってきて、まずは病院だときつめの声で忠告してくる。
パトカーに乗せてもらい、すぐに総合病院へ向かった。
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