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第二章 新生活
024 未来を歩む
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薫はソファーに座り、茶封筒を開けている。
「ヒロのやつ、律儀に日記を書いてるなんて思わなかったな」
邪魔をしてはいけないと思い、蓮は同じソファーに腰かけるが距離を空けた。
一枚、また一枚と紙の擦れる音が響く。紙はこんなに音を立てるものだと知った。蓮はイチジクを少しずつ口の中へ運んだ。
「ふー…………」
「読み終わりました?」
「うん……知ってよかったのか、一生知らないままでいるべきだったのか。読む?」
「僕が目を通して大丈夫ですか?」
「正直、蓮君の心次第ではある。俺の気持ちは蓮君にしか向いてないし、やましい気持ちは微塵もない」
「……読みたいです」
「多分、ふたりでいるときにあえてヒロの母親が渡してきたのは、意味があったんだろうとは思うよ」
封筒ごと受け取った。数枚かとおもいきや、そこそこの枚数がある。
──○月△日。薫と一緒に出かけた。ふたりきりは久しぶりだ。薫はおとなしいけど、俺といるときはけっこうはっちゃけるときがある。それが嬉しい。
──マサがまた薫をいじめている。からかいもいじめと同じだ。俺はそれが気に食わない。
──夏になって、薫とプールに行った。薫は泳ぎがあまりうまくない。だから俺が教える。楽しい時間だ。
──今日は卒業式。結局、俺は薫に告白できなかった。
紙に指が食い込んだ。告白──つまり、そういうことだった。
胸が張り裂けそうで、鼻の奥も痛いしまぶたに熱が集中する。
──薫を探していると、アイカから呼び出された。告白された。俺は返事を保留にした。叶わない恋をずっとしていた。アイカを利用できない。でもこれは神様からの諦めるチャンスなのかもしれない。
──高校に入学。俺はアイカと付き合った。友達はお似合いだと言ってくれた。俺たちを見て、薫は笑っている。とても傷ついた。
──高校を卒業して、アイカと結婚した。男が好きだなんて、親や薫には言えない。薫は東京へ行ってしまった。告白したかった後悔と、このままで良かったという安堵がある。俺はアイカも生まれてくる子供も裏切り続ける。ごめん。
──ミカが生まれた。子供は可愛い。薫は「ヒロに似てる」とだけ返ってきた。おめでとうともなく、それだけ。ほんの少し、救われた。好きだよ、薫。
日記はここで終わっていた。どっと疲れが襲ってきて、頭を背もたれに預ける。
もし彼が生きていたら、もし自分自身が目の病気を抱えていなかったら──たらればばかりが襲ってきて、不安がどうしても解消しきれない。
「何度だって言うけど、ヒロはいない。俺も告白できなかったし、ヒロも俺に告白しなかった。どの道ヒロとは交わることはなかったんだよ。逆に、蓮君とはどんな形であれ出会っていたと思う」
「ちょっとだけ、ぎゅってしてほしいです」
「ちょっとだけじゃなく、ずっとしてよう」
押し倒され、ふたりで横になった。腕枕つきのスイートルームだ。
「俺とヒロが付き合う世界線すら存在しなかった。こんなに近くにいても、縁がなかったんだな」
薫は独り言のように言う。
「ヒロさんの想い、全然気づかなかったんですか?」
「ちっとも知らなかった。ヒロは誰にでも優しかったから。特別優しくされた覚えはないよ」
「この件は、ふたりだけの秘密にしましょう。優子さんも知るべきじゃないと思います」
「そうだね。同性愛に対して理解が難しそうだったし」
「ああ、もう。本当に人生って判らないな」
「泣いていいですよ」
薫が口を開く前に、蓮は彼の頭を抱きかかえた。薫が好きな体勢だ。ベッドの中でこうされたくてたまらなくなり、薫は頭を押しつけてくる。
おとなしく収まる頭を撫で、髪の毛をいじり、子供のように可愛がった。
「小さかった子供が、こんなに大きくなったんだな……蓮君が生きていてくれて良かった」
「僕も……薫さんと出会えて良かった」
どさくさに紛れて薫は服に頭を突っ込んできた。今日はしたいようにさせよう、と思うがいつものことだと思い直す。
大学二年に上がった頃、薫と蓮は引っ越しをした。蓮が社会人になるまで待つつもりでいたが、知り合いから古い一軒家の借り手がいないと聞き、ふたりで見に行きほぼ即決だった。
庭は広く、家庭菜園ができるスペースがある。すでに何かの木が植えられていて、白く小さな花を咲かせている。
「ブルーベリーの木だね」
「これがブルーベリーなんですね。花がちっちゃくて可愛い」
「収穫は夏手前くらいかな。ほっといても育つから、手入れが楽なフルーツだよ。あとは何を育てたい?」
「春に蒔く野菜だと、ほうれん草とか?」
「あとはトマトもいいね。害虫対策に唐辛子も植えようか」
何度か改築はされているらしいが、大正時代に建てられた建物だ。年季は入っているが、トイレや風呂は最新のものになっていて、あべこべが歴史を感じさせる。
春休みにふたりで引っ越しをしたのだが、人手がほしいと薫はぼやき誰かに電話をかけていた。やってきたのはマサだった。
蓮は反射的に身を固くする。彼のおかげで薫と再び会えた恩もある。
『あのときは、ありがとうございました』
マサはあーだのうーだの返事にもならない喚きで返してくる。
『気にしなくて大丈夫だよ。たまに電話してるんだけど、俺がのろけまくってるから目の当たりにして照れてるだけだよ』
『薫さん……なんてことを……』
『暑苦しいんだよお前ら。ほれ、さっさと運ぶぞ』
荷物を運んだ後は料理を振る舞ったり、三人でゲームをして遊んだりした。むきになってゲームに没頭する薫は子供に戻ったようだった。
「ふきのとうって、天ぷらにすると美味しいんだっけ?」
「独特の苦みがあるので、それが好きになれば……採ってきたんですか?」
「ちょうど庭に顔を出してたから」
「じゃあ天ぷらを作って、そばも茹でましょうか」
冷蔵庫にあった舞茸も揚げて、ふたりで食べた。
ちゃぶ台を使うのは久しぶりだ。祖父母の家で使用していた以来なので、懐かしくもある。
午後は薫に買い物を任せ、蓮は蔵の掃除をすることになった。
米を蓄えるのに使っていたという立派な蔵だ。せっかくあるのだから使い道を考えてはいるが、良い案がまだ出ていない。
明け渡す前に掃除をしてくれていたようで、あまり目立った汚れはなかった。壁と床を拭いていき、最後に床の汚れを落とした。
背後で物音がし、蓮はほうきを放り投げるほど飛び退けた。
耳を澄ませると、何か音がする。
重なる木板が小刻みに揺れ、蓮はこの世の声とは思えない奇声を上げて蔵を後にした。
「ヒロのやつ、律儀に日記を書いてるなんて思わなかったな」
邪魔をしてはいけないと思い、蓮は同じソファーに腰かけるが距離を空けた。
一枚、また一枚と紙の擦れる音が響く。紙はこんなに音を立てるものだと知った。蓮はイチジクを少しずつ口の中へ運んだ。
「ふー…………」
「読み終わりました?」
「うん……知ってよかったのか、一生知らないままでいるべきだったのか。読む?」
「僕が目を通して大丈夫ですか?」
「正直、蓮君の心次第ではある。俺の気持ちは蓮君にしか向いてないし、やましい気持ちは微塵もない」
「……読みたいです」
「多分、ふたりでいるときにあえてヒロの母親が渡してきたのは、意味があったんだろうとは思うよ」
封筒ごと受け取った。数枚かとおもいきや、そこそこの枚数がある。
──○月△日。薫と一緒に出かけた。ふたりきりは久しぶりだ。薫はおとなしいけど、俺といるときはけっこうはっちゃけるときがある。それが嬉しい。
──マサがまた薫をいじめている。からかいもいじめと同じだ。俺はそれが気に食わない。
──夏になって、薫とプールに行った。薫は泳ぎがあまりうまくない。だから俺が教える。楽しい時間だ。
──今日は卒業式。結局、俺は薫に告白できなかった。
紙に指が食い込んだ。告白──つまり、そういうことだった。
胸が張り裂けそうで、鼻の奥も痛いしまぶたに熱が集中する。
──薫を探していると、アイカから呼び出された。告白された。俺は返事を保留にした。叶わない恋をずっとしていた。アイカを利用できない。でもこれは神様からの諦めるチャンスなのかもしれない。
──高校に入学。俺はアイカと付き合った。友達はお似合いだと言ってくれた。俺たちを見て、薫は笑っている。とても傷ついた。
──高校を卒業して、アイカと結婚した。男が好きだなんて、親や薫には言えない。薫は東京へ行ってしまった。告白したかった後悔と、このままで良かったという安堵がある。俺はアイカも生まれてくる子供も裏切り続ける。ごめん。
──ミカが生まれた。子供は可愛い。薫は「ヒロに似てる」とだけ返ってきた。おめでとうともなく、それだけ。ほんの少し、救われた。好きだよ、薫。
日記はここで終わっていた。どっと疲れが襲ってきて、頭を背もたれに預ける。
もし彼が生きていたら、もし自分自身が目の病気を抱えていなかったら──たらればばかりが襲ってきて、不安がどうしても解消しきれない。
「何度だって言うけど、ヒロはいない。俺も告白できなかったし、ヒロも俺に告白しなかった。どの道ヒロとは交わることはなかったんだよ。逆に、蓮君とはどんな形であれ出会っていたと思う」
「ちょっとだけ、ぎゅってしてほしいです」
「ちょっとだけじゃなく、ずっとしてよう」
押し倒され、ふたりで横になった。腕枕つきのスイートルームだ。
「俺とヒロが付き合う世界線すら存在しなかった。こんなに近くにいても、縁がなかったんだな」
薫は独り言のように言う。
「ヒロさんの想い、全然気づかなかったんですか?」
「ちっとも知らなかった。ヒロは誰にでも優しかったから。特別優しくされた覚えはないよ」
「この件は、ふたりだけの秘密にしましょう。優子さんも知るべきじゃないと思います」
「そうだね。同性愛に対して理解が難しそうだったし」
「ああ、もう。本当に人生って判らないな」
「泣いていいですよ」
薫が口を開く前に、蓮は彼の頭を抱きかかえた。薫が好きな体勢だ。ベッドの中でこうされたくてたまらなくなり、薫は頭を押しつけてくる。
おとなしく収まる頭を撫で、髪の毛をいじり、子供のように可愛がった。
「小さかった子供が、こんなに大きくなったんだな……蓮君が生きていてくれて良かった」
「僕も……薫さんと出会えて良かった」
どさくさに紛れて薫は服に頭を突っ込んできた。今日はしたいようにさせよう、と思うがいつものことだと思い直す。
大学二年に上がった頃、薫と蓮は引っ越しをした。蓮が社会人になるまで待つつもりでいたが、知り合いから古い一軒家の借り手がいないと聞き、ふたりで見に行きほぼ即決だった。
庭は広く、家庭菜園ができるスペースがある。すでに何かの木が植えられていて、白く小さな花を咲かせている。
「ブルーベリーの木だね」
「これがブルーベリーなんですね。花がちっちゃくて可愛い」
「収穫は夏手前くらいかな。ほっといても育つから、手入れが楽なフルーツだよ。あとは何を育てたい?」
「春に蒔く野菜だと、ほうれん草とか?」
「あとはトマトもいいね。害虫対策に唐辛子も植えようか」
何度か改築はされているらしいが、大正時代に建てられた建物だ。年季は入っているが、トイレや風呂は最新のものになっていて、あべこべが歴史を感じさせる。
春休みにふたりで引っ越しをしたのだが、人手がほしいと薫はぼやき誰かに電話をかけていた。やってきたのはマサだった。
蓮は反射的に身を固くする。彼のおかげで薫と再び会えた恩もある。
『あのときは、ありがとうございました』
マサはあーだのうーだの返事にもならない喚きで返してくる。
『気にしなくて大丈夫だよ。たまに電話してるんだけど、俺がのろけまくってるから目の当たりにして照れてるだけだよ』
『薫さん……なんてことを……』
『暑苦しいんだよお前ら。ほれ、さっさと運ぶぞ』
荷物を運んだ後は料理を振る舞ったり、三人でゲームをして遊んだりした。むきになってゲームに没頭する薫は子供に戻ったようだった。
「ふきのとうって、天ぷらにすると美味しいんだっけ?」
「独特の苦みがあるので、それが好きになれば……採ってきたんですか?」
「ちょうど庭に顔を出してたから」
「じゃあ天ぷらを作って、そばも茹でましょうか」
冷蔵庫にあった舞茸も揚げて、ふたりで食べた。
ちゃぶ台を使うのは久しぶりだ。祖父母の家で使用していた以来なので、懐かしくもある。
午後は薫に買い物を任せ、蓮は蔵の掃除をすることになった。
米を蓄えるのに使っていたという立派な蔵だ。せっかくあるのだから使い道を考えてはいるが、良い案がまだ出ていない。
明け渡す前に掃除をしてくれていたようで、あまり目立った汚れはなかった。壁と床を拭いていき、最後に床の汚れを落とした。
背後で物音がし、蓮はほうきを放り投げるほど飛び退けた。
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