薫る薔薇に盲目の愛を

不来方しい

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第一章 盲目の世界

018 終わりと始まりは同時に

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 まるまるとして色つやの良いスイカを抱えて、かずとの住むマンションへ帰った。
「ジェットコースターに乗ってた気分でした……! 先生のお母さん、全然驚かなかったですね。話してたんですか?」
「うん。結婚しないのかって聞かれて、実は男が好きだからできないって答えた。ちっとも彼女を連れてくる気配がないから、そうじゃないかって思ってたみたい」
「そういうことに理解がある方なんですね」
「拍子抜けしたっていうか、親に否定されるのはつらい。だからこそ感謝だよ。多分、いろいろ言いたいことはあったと思うけど」
「わかります。僕は絶対に言えないです。多分、親倒れる。でもおばあちゃんたちには先生を紹介させて下さい」
「ありがとう。いつか分かり合えるといいよね。その人の思想まで変えたいとは思わないけど、やっぱり家族なんだから」
 かずとの言うことはごもっともだ。けれどあのような親で、分かち合うことは不可能に思えた。
 スイカはそのままでは冷蔵庫に入りきらないので、氷水で冷やすことになった。
「蓮君に触発されて俺も菜園やってみたくなったよ。次会えるときまで、何か育てようかなあ」
「先生が作った野菜とか果物、食べたいです」
「わかった。楽しみにしてて」
 夜になると外ではどこからか花火が上がって、よく冷えたスイカを切って食べた。甘みがしっかりしていて色もあざやかだ。
 深夜近くになるとふたりでベッドに入り、裸のまま眠った。特に何をするわけでもなく、クーラーの利いた部屋で人肌のみで寝るのは寝心地が良かった。



 春、桜が舞う中で宮野蓮は大学を卒業した。
 友人もできたし、充実した毎日を送ることができた。
 真新しいスーツに身を包み、まったく慣れないがどこか誇らしかった。
「蓮君」
 蓮の顔が桜以上に咲き誇る。
「かずと先生だ!」
「会いたかったし声も聞きたかった」
 人前だというのに、一薫は蓮の背中に手を回す。
「昨日電話しましたよ」
「そういう問題じゃないんだって。やっぱり生の声はいいね。はい、これ。卒業おめでとう。そして入学おめでとう」
「どっちもありがとうございます。オレンジのバラだ! 本物は初めて見たかも」
「桜ばっかり見るだろうし、負けたくなくて色が濃いめの花を選んだ」
 かずとの目はスイカの種を取るときくらい真剣だった。
「もっと涙するかと思ったけど」
「あくびしてちょっと出ました。卒業式って感じがしないんですよね。また大学入り直しますし」
 蓮は薬学部のある大学へ入学することを決めた。本格的な道を決めてからは勉強漬けの日々を送り、かずととはほとんど連絡を途絶えていた。たまにメッセージを送り合うおはよう、おやすみが心の支えだった。
「おばあちゃんがお寿司買ってますから、帰りましょう。先生の好きないなり寿司もありますよ」
「それは楽しみだな」
 薔薇の香りに包まれて、蓮は帰り道はずっと薫の手を握っていた。
 祖母と祖父が大いに出迎えてくれ、かずとは少し照れくさそうにしている。
 ふたりには男性と付き合っていると話した。いつもと変わらない笑顔で「よかったねえ」とお茶をすすっていた。涙が出ないようにすると、目鼻の奥に淡い痛みが走る。
「あらためて、一薫と申します。蓮君とお付き合いをしております」
「まあ、まあ……良い男ねえ」
 祖母の頬はほんのりと赤い。
「お孫さんの大学ご卒業とご入学、とても嬉しく思います。同時に、遠い京都へ来てくれることも感涙するほどでありながら、大事なお孫さんと引き離してしまうので、心苦しくも思います」
 かずとは正座を正し、深々と頭を下げた。
 これは蓮が選んだ道だ。薬学部へ入り、なおかつかずととも一緒にいたい。不埒な理由かもしれないと悩んだが、結局どの大学だろうが一生懸命励むことに意味がある。
「蓮が選んだのだから、私たちは嬉しいよ。どうか、蓮をよろしくお願いします」
 ありきたりな言葉でも、心に突き刺さった。祖母の声が震えている。言葉とは裏腹に目が光っていた。
 祖父は祖母の肩を何度か叩いた。愛されている者、愛する者、どちらも幸福でこんなふたりになりたいと改めて思う。
「さあ、お寿司食べようか。いなり寿司はねえ、ばあちゃんが作ったんよ。いっぱい食べて」
 食べきれないほどの寿司が並んだテーブルは、華やかで門出にふさわしい。
 祖父もビールを飲んで上機嫌になり、かずとと歌を歌っていた。

「うちのおじいちゃん、あんまり喋らない人なんです。こんなにお話ししてるの初めてみました」
「そうなの? 陽気な人だなあって思ったよ」
 蓮は彼が泊まっているホテル近くへ送っている最中だ。
「おばあちゃんはいなり寿司作るの上手だね。手作りって初めてだよ。いつもスーパーで買ったりすし屋で食べたりするくらいで」
「すごく喜んでくれると思います。甘いの好きなんですね」
「うん。お寿司屋行ったら、必ずデザート食べるタイプ。これもホテルへ戻ったら食べるね。感想はメールで送るから、伝えてほしい」
 かずとは小さな紙袋を下げている。祖母が渡したもので、中には水ようかんが入っていた。
 事前に蓮は味見をさせてもらったが、世界中の水ようかんの中で一番だと思っている。
「蓮君」
 いつの間にかホテルの前に来ていた。彼といると時間が経つのがあっという間だ。
 かずとは身を屈めた。反射的に蓮は目を瞑る。
 車のヘッドライトに照らされ、ふたりの影が伸びた。
 重なった唇は一瞬で離れ、物足りない。
「じゃあ、またね」
「今度はすぐに会えますよね」
「もちろん。一年後とか言わずにね」
 数週間後には京都へ引っ越しだ。かずとと新しい生活が待っている。
 喜ばしい反面、社会人と学生である身が一緒になるとうまくやっていけるか不安もある。
 それでも今はかずとの視線を独り占めし、誰にも渡したくなかった。
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