薫る薔薇に盲目の愛を

不来方しい

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第一章 盲目の世界

012 ふたりの想い出

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「マサ? ごめん、連絡できなかった」
『連絡できなかった? 何回したと思ってんだよ』
「ミカが来てたんだ」
『あー、それで』
「用件って?」
『夏に帰るから、そっちの日程聞きたかっただけだ』
 控え室のカレンダーを見た。丸が連続してついている週がある。
「お盆なら空いてるよ」
『もう墓参りの時期か……』
「一緒に行く?」
『そうだな。じゃあその週に合わせて帰るわ。ミカは元気にしてるか?』
「ああ。また大きくなったよ。言葉を覚えるのが早いね」
『あいつらが死んで、もう二年経つんだな。そういや、この前あのクソガキに会ったぜ』
「クソガキ?」
『お前が面倒見てた、目の見えなくなったガキだ。名前はなんてったかな』
「もしかして、蓮君?」
「ああ、そいつ」
「いつ? どこで会った?」
『駅前の家電量販店。女と一緒にいるのは見かけたぜ。仲良さそうだったな』
 恋人ではないはずだ。仲良くしているであろう、天文サークルの先輩かもしれない。
 彼のからかいを込めた含んだ言い方は、昔から変わらない。相手にしていたら、弱みに付け込まれるだけだ。
『壁に寄りかかってたから声かけたらあいつだったんだ。無駄なことしたぜ』
「仮にも医者なんだから、無駄なんて止めてくれ。目は大丈夫そうだった?」
『普通に見えてたっぽい。なんかあったら主治医に頼るだろ』
 側にいて、支えられたらどんなにいいか。だが彼の告白を一度拒絶した自分に、何ができるというのか。
 自分の置かれた環境、彼への気持ち、天秤にかけたときに何を優先しなければならないのか明白だった。
「……大人って、なんで天秤を持たされるんだろうな」
『意味わかんねえよ。なんだよ急に』
「たまには起きて遊んでご飯食べて寝て……っていう生活を送ってみたいよ」
『まるでミカだな』
「俺は……いろんな人を騙してる。ミカの天使の笑顔を見るたびに、罪悪感が溜まり続ける」
『お前が選んだ道だろうが。だから正直になれって言ったろ。ここまできたなら貫き通せよ。それと、蓮っつったか? あのガキにも肩入れすんな。どうせ振るつもりなら、もう二度と会わない方がいい』
「そうだね」
『心のない返事だな。俺言ったからな。じゃあ切るぜ』
 はっきり言う人間は雅人しかいない。彼しかかずとの秘密を知らないからだ。心の最奥に隠された気持ちは、話したわけでもなく雅人にはばれていた。
「……わかってるよ」
 廊下で足音が聞こえる。すでに仕事開始まであと十分を切った。
 かずとは白衣に身を包み、扉を開けた。



 久しぶりに会った蓮は少し背が伸び、大人びた気がした。
 まだ成長期であり、これからもっと身長が伸びるかもしれない。そんな姿を側で見つめられたら、どんなに嬉しいことだろう。
「どうかしました?」
「中学生の頃から見てるから、大きくなったなあって思って」
 蓮は俯いた。真っ白な首が赤く見える。
「おばあちゃんもおっきくなったって言うんですけど、よくわからなくて。褒められてるんだと思ってるんですが」
「間違いなく褒めてるし、幸せだって思ってるよ。さあ、もうすぐ着く」
 池袋にあるプラネタリウムは、あまり人が入っていなかった。
 貸し切りのようだと思えば、つい大胆な気持ちが生まれてくる。席に着き、そとっと手に被せると、蓮の肩が縮こまる。
 彼を見ると、暗いフロアの中で目が光っている。
「ごめん、嫌だった? 目は見える?」
「目は……大丈夫です。嫌なわけじゃなくて、気持ちが揺らぎそうで」
 気持ちが揺らぐ。ああ、そうかと、かずとは納得した。
 会ったときから目つきが違うなと思っていたが、彼は今日、覚悟を決めている。
 彼が出す決断に、納得してこちらも腹をくくらなければならない。彼の人生のために、彼の幸せを願うのなら。
 腕には、十二月に渡したブレスレットがついている。彼の純粋な想いに目元が痛くなった。目の奥がつんとして、熱が上昇する。
 春の空から始まり、季節が巡っていく。彼と観た冬の大三角も、今は隠れている。時が経つのが早い。
 二の腕に重みを感じ、彼を見るとすっかり寝入ってしまっている。起こすのも可哀想というのは自分勝手な言い訳で、単に彼の熱を感じていたかった。
 重ねた手を恋人繋ぎにしてみても、彼は起きない。
 薄暗い明かりがつくと、蓮の瞼が開いた。ばつが悪そうな顔をして、さらに握られた手を見ては固まっている。
「行こうか」
「はい……」
「そんなしょんぼりしなくて大丈夫だよ。俺も寝そうになったし」
「しょんぼりっていうか、手が……」
「手?」
 知らないふりをして、聞き返した。
「いえ、なんでもないです」
 ほんの少しだけ、手に力がこもった。繋いだままでいてほしいとの願いだと受け取り、かずとはプラネタリウムを出ても離さなかった。
「先生」
「ん?」
 蓮は急に立ち止まる。あやうく手を離しそうになった。
「想い出がほしいです」
「想い出?」
「先生と僕にしか判らないような、想い出」
 そういうことか、と納得した。
 彼は決着をつけようもしている。永遠の別れを告げようとしている。
 すべては自分のせいなのに。あやふやな態度で彼を傷つけ、遠ざけたのに。
「うん。作ろう、想い出。どこか行きたいところある?」
「ホテルがいいです」
 かずとは目を見開き、茫然としてしまった。
 恋人同士の先にあることをしたいと、彼は訴えている。
 答えないわけにはいかなかった。
「探してみよっか」
 かずとが笑いかけると、蓮は驚愕して瞬きすら忘れている。
 かずとは蓮が歩き出すのを待った。彼から言い出したことだが、しっかりと意思を確認したかった。
 プラネタリウムから出てくる女性たちは、ふたり手を繋ぐ姿を見て緊張感を漂わせている。あざ笑う者はいないが、異様だと雰囲気を醸し出していた。
「ちょっといい感じのホテルがいいです」
 やがて蓮は足を踏み出した。ちゃんと前を向いている。
 彼の意思が固まった瞬間だった。

「部屋に紅葉があるホテルって初めてです。ホテル自体も初めてですけど」
「俺もだよ。遊郭をイメージしているらしいね」
 蓮は何か言いたそうにこちらを見ている。
 ベッドとシャワールームがあるシンプルな部屋だが、朱色と黒で統一されている。本物ではなく作り物の紅葉だが、和の雰囲気を漂わせていた。
「遊郭ってよくわからないですけど、京都っぽいなあと思いました」
「京都?」
「なんとなく、勝手なイメージですけど」
「そっか。蓮君は京都のイメージか。確かに秋になれば、紅葉は綺麗かも」
 シャワーを浴びた身体は熱がこもっていて、バスローブの上からも熱を感じる。
「抱きたい? 抱かれたい?」
 一応聞いてみると、蓮は太股に手を置いた。
「痛みも含めて、全部ほしいです」
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