薫る薔薇に盲目の愛を

不来方しい

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第一章 盲目の世界

08 存在価値

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 大学二年に上がり、蓮はサークル活動の一環として宇宙博物館へ来ていた。
 本当はひとりで来る予定だったが、メンバーに話したところ「絶対についていく」と小泉が名乗りを上げた。他のメンバーは遊ぶ約束やアルバイトがあり、ふたりで出かけることになった。
「宇宙って音がないって言いますけど、実際にはちゃんと音しますよね」
「ガスが爆発する音とか、ブラックホールの音とかあるんだよね」
「ブラックホール! 聴いたことあります。女性と男性が混じり合ったような、獣の声というか」
「女性の声ってのは判る気がするわ。不気味なんだけどね、なんだろうあの中毒性は」
「心まで呑み込まれる音ですよね。心地良い声じゃないのに、ずっと聴いていたくなる」
 展示物をひと通り回り、館内のカフェで休憩を取ることになった。
「すごい、宇宙にちなんだものばっかじゃん。私、ブラックホールケーキにする」
「僕はオリオンパフェにします」
 冬にかずととデートをして、冬の大三角を見た。甘くて切ないデートだった。必ず来る別れに名残惜しさを見せず、いい子のまま車を降りるのは至難の業だ。
 無意識にかずとからもらったブレスレットに触れていると、小泉は目ざとく注視した。
「アクセサリー一切つけないのに、珍しいね」
「プレゼントだってもらいました」
「例の好きな人から?」
「はい。誕生日だったから、偶然でも余計にびっくりしました」
「偶然? 誕生日プレゼントじゃないの?」
「相手は僕の誕生日知らないはずなんです。だからたまたまなんですよ。次の日はクリスマス・イヴで、多分プレゼントしてもおかしくない日だったからだと思います」
「そういうもんかね……クリスマスでも気のない人に贈り物なんてする?」
「あまり喜ばせないで下さい」
 切ない気持ちに蝕まれるかと思いきや、オリオンパフェは甘さとさっぱりで口の中が幸せを訴えた。
「次はいつデートするの?」
「五月四日です」
「もうすぐじゃん。……なんでそんな暗い顔してんのよ」
「前に告白して振られてるんです。好きでいたいって伝えましたが、新しい恋を見つけてほしいって言われてしまって」
「それでもデートしてくれるって残酷だなあ。でも優しいし、よくわかんない人だね」
「区切りをつけるために、あと一回だけは告白しようって決めてます」
「恋愛できない理由があるとか? れんれんだから断ったっていうより、誰でも断らなきゃいけない事情があるパターンね」
 星形のビスケットを咀嚼し、コーヒーで流し込んだ。
「結婚してるとか? ……自分で言ってショックを受けました」
「例えばの話よ」
「でもそれだと諦められるかも。今度会ったら、聞いてみます」
「がんばれ」
 第三者の目線のおかげで、他の可能性を視野に入れることができた。
 デートも数か月という期間が空く理由も、なかなか会えない理由も、結婚していれば納得がいく。あれだけすてきな人は、回りが放っておくわけがない。ただそうなると、プレゼントの意味が理解できなかった。
 帰りは宇宙食をいくつか買い、ブレスレットのお礼にと彼に渡す分も購入した。



 待ち合わせの日にちと時刻を何度も復唱して、蓮は傘を持ち直した。
 あいにくの雨であるが、心はすっきりと晴れていた。だが時間が過ぎてもかずとは現れなくて、灰色のもやがかかっていく。
 五月四日であるし、時刻も昼を過ぎている。彼の身に何かあったのではないか、と連絡先を聞けない自分の愚かさが突き刺さる。
 時計塔の短針は、二時を差していた。蓮は太陽が落ちるまでは待つつもりだった。
「おい」
 顔を上げると、不機嫌そうに苛立ちを募らせている大男が目の前に立っていた。
 肌の浅黒い男で、思い出すまでに数秒かかった。かずとのことをカズと呼び、親しげに地下のバーへ肩を並べて入った男だ。
「お前が宮野蓮だな」
「はい……そうです」
 男は蓮を上から下まで見回し、わざとらしく嘆息を漏らす。
「カズから連絡だ。今日来られないだとよ」
「え…………」
「子供が熱出して面倒みてるから……って、これは秘密だったな。ともかく、連絡したから」
 男は踵を返そうとし、慌てて蓮は腕を掴んだ。
「待って下さい。子供ってどういうことですか?」
「……聞かなかったことにしてくれ。プライベートだ」
 またプライベートだ。魔法の言葉は残酷で、中学生のときもかずとの行方を教えてもらえなかった。
「ああもう、だから子供が熱出したっつってんだろ。手離せ」
 男は力いっぱい蓮の腕をはねのけた。
 傘を差すのも忘れ、男が小さくなるまで動けないでいた。
「子供……子供…………」
 かずとは既婚者で、子供もいた。こどもの日に会えない理由も今ようやく気づいた。
 子供がいれば、ゴールデンウィークは家族が優先になる。他人と遊んでいる暇などないだろう。
 蓮の認識ではデート、かずとの認識ではお遊び。その程度だったのだ。
 駅から出てくる人は、みな蓮を振り返りながら進んでいく。
 気づくとひどい格好だった。全身は雨に濡れ、シャツは肌に張りつき、口の中は泥のような味がする。
「れんれん? なにやってんのよそんな格好で!」
 いつもより地味な格好の小泉が目の前に立っていた。
「小泉さん……僕……」
「ほら、こっちに来な。休める場所探そう」
 小泉と共にやってきたのは、休憩所だ。数時間潰すにはいい場所だが、誤解が生まれるところでもある。彼女に申し訳がない。
「変な気起こさないでよ」
「女性には起きないんで大丈夫です」
「そうはっきり言われると傷つくわ」
「あ、小泉さんは魅力的で優しい人です」
「判ってんじゃん。とっととシャワー浴びてきな」
 今のホテルは乾燥機もあり、服を中に押し込み、シャワールームへ入った。
 バスローブを羽織って部屋に戻ると、彼女はオレンジジュースを飲んでいた。
「何か飲む? 注文するけど」
「僕、ジンシャーエールが飲みたいです」
 頼んでもいないフライドポテトも注文して、少し豪華なパーティが始まった。
「天文サークルへようこそ」
「ここで歓迎会ですか」
「そそ。雨のときは少しでも明るい気持ちで。それで、何があった? 今日は好きな人とデートじゃなかったの?」
「代理の方がやってきて、子供が熱出したから来られないだそうです」
「子供」
「子供です。僕の気持ちなんてとっくに相手は知ってるし、僕は遊ばれていました」
「いやいや、ちょっと待ってよ。相手の人に聞いたの? 代理人が勝手に言ってるだけでしょうが」
「小泉さんの言う通りですけど、嘘つく理由もないかと思います。これでもう、二度と連絡が途絶えました」
「電話したらいいじゃん」
「連絡先を交換してません」
「まだ交換してなかったの?」
「本当に好きだと、怖くて聞けないんです」
「諦められるわけ? 中学生の頃から好きだったんでしょ?」
「時間が解決してくれるって信じます。既婚者相手じゃ、どうにもならない」
 気持ちを吐き出せば、ぶわっと滝の涙が溢れてきた。
 そもそも無理があった。性別の壁や年齢差、相手のことを何も知らない。これでよく一縷の望みを叶えようとしたものだ。
 「はいはい、今日はおもいっきり泣け。その後で、どうしたらいいか決めたらいい」
 
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