薫る薔薇に盲目の愛を

不来方しい

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第一章 盲目の世界

06 次の約束

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「大学の文化祭なんて久しぶりすぎるよ。俺はそんなに参加しなかったから」
「やっぱり勉強が忙しかったですか?」
「だね。サークルにも入れないほどだったから。でも常に成績トップの人は、合コンやサークル三昧で悔しい思いもした。……この後、どこに行くの?」
「……考えていませんでした」
 中庭までやってきて、蓮は立ち止まる。来てほしいと願ったが、肝心の歓迎コースは考えていなかったのだ。
「じゃあ、何か食べない?」
「食べます。お腹空きました。何が食べたいですか?」
「定番だと、焼きそばとかお好み焼きとか?」
「焼きそばいいですね」
「じゃあそれにしよう」
 目の前に見えていたのもあるが、焼きそばを二パック購入し、ベンチへ座った。さり気なく財布を出す姿に蓮は大人の色気を感じた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。さっきの迷子の放送だけど、」
「迷子じゃないです! 人を待ってるって話したら、二年の先輩が居場所示すために放送部へ頼んでくれたんです」
「そうだったんだ。助かったよ。お礼を伝えておいてほしい」
「わかりました」
「にしても、天文サークルなんて素敵だね。夜に星を見に行ったりするの?」
「僕は行かないです。夜に何らかの事故があって、目が見えなくなったときの対処が困りますから。メンバーにも理由を話して、写真を撮ってもらってるんです。天文サークルのブログがあって、僕もアップしたりしてます」
「ちょっと検索してみる」
 かずとは端末で検索し始めた。連絡先を交換したくても、勇気のない自分には喉にすら声が届かない。
「R……って、蓮君?」
「僕です」
「蓮君って柔らかい文章書くね」 
「柔らかい……素敵な表現ですけど、自分ではよく判らないです」
「あったかい文というか、堅苦しくもなく、素直さが出てる」
「それは……どこかでかずと先生も、おんなじ夜空を見ていてほしいなあって思いながら書いてるからだと思います」
 かずとの目が揺らぎ、蓮は視線を外した。告白じみた言い方に、少しだけ後悔した。一度は振られた身なのだ。あれから数年が経ち、成長がないと思われたくもなかった。
「蓮君、今度星を見に行かない?」
「かずと先生とですか?」
 蓮は驚き、胸の辺りを手で押さえた。
「もし嫌でなければ。医者と一緒なら安心だろう? でも深夜帯にだし、おばあちゃんたちから許可を得られるかな」
「ちゃんと説明すれば、大丈夫だと思います。どうしよ、夢みたい。一生こんな機会はないって思ってた」
「ただ、ちょっと仕事が忙しいんだ。そうだな……十二月二十三日は?」
「え……あ、その日は休みに入ってます」
「ならこの前、蓮君と偶然再会した駅前に、夜の七時集合。夕飯を一緒に食べて、出かけよう」
「はい、楽しみにしています」
 夢のような時間はまた少しだけ続き、焼きそばの後はわたあめを食べた。
 冬休みに突入し、クリスマス・イヴの前という中途半端な日だが、この日は蓮の誕生日だ。
 彼に話したこともないし、知るはずがない。三百以上ある日にちから偶然に選ばれた日でしかすぎないが、運命だと感じざるを得なかった。
 焼きそばを食べた後は、軽音サークルへ向かった。
 演奏している曲は一つに絞られておらず、今は誰もが知っているクラシックが流れている。
「病院でもかけていたよね」
「今、僕も思い出してました。前はあまり好きじゃなかったけど、今聴くと悪くないなあって思います」
「無理やり聴かせられるのと、自分の意思で聴こうとするのとでは全然違うからね」
 クラシックの次は、アニメの主題歌、ゲームの音楽と聴いたことのある曲が流れていく。
 隣のかずとは、アニメも観るのか口ずさんでいる。
 目が合うと、彼は穏やかに微笑んだ。
「残念だけど、そろそろ時間だ。このあと、人と会う約束があってね」
「そうなんですね……」
 がっかりした顔を隠せずにいると、かずとに前髪を弄られる。神経は通っていないのに、熱が頬にまで到達した。
「蓮君と会う話をしたら、どうしても今日しかないと言われてしまってね」
「それって……」
 ついでなのは知人と会う約束だということだ。あくまで主体は蓮との約束だった。
 かずとの人付き合いに口出しはできないが、それでも寂しさより嬉しさが少しは上だ。
「今日はありがとう。とても楽しかったよ」
「こちらこそ、お忙しいのに来てくれて嬉しかったです。送っていきます」
 次回の約束はしたとはいえ、名残惜しさは募るばかりだ。
 別れ際になってもまたもや気の利いたことは言えず、手を振るかずとに振り返すしかできない。
「十二月二十三日、楽しみにしてます」
「俺も。じゃあまた」
「はい。また」
 「また」があるだけいい。永遠の別れではないのだ。
 彼が見えなくなったとたん、目がかすみ始めるが、病気なのか涙なのかいまいち判らなかった。



 天文サークルのブログに載せた写真は、どれもこれも好評だった。いつもよりアクセス数が増えたのは、七夕と文化祭効果があったからだ。
「写真でも綺麗ですけど、実際に天の川見たら言葉を失いそうですね」
「そうそれ。そんな感じ。目が良くなったら、いつか行ってみたらいいよ」
 小泉は空になった缶のミルクティーを潰し、鞄を漁り始めた。
「うわ、ない。忘れてきた」
「よければ買ってきましょうか? 購買に行こうって思ってたんですけど」
「私もいく。後輩に頼むのは好きじゃないわ」
「意外。小泉って後輩はべらせるタイプかと思った」
 小泉は鳴瀬の背中めがけて拳を伸ばした。
「れんれん、チョコ奢ったげる」
「わーい。ありがとうございます」
 小泉はふんわりとした髪を指に巻いて弄っている。彼女の癖であるし、先ほどまで飲んでいたミルクティーの甘い香りがした。
「小泉さんってミルクティー好きですよね」
「一時はレモンティーもハマってたのよ。今はミルクティーだね。チョコは何がいい?」
「ほんとに買ってくれるんですか?」
「私も食べたいし」
 蓮はイチゴソースが入ったチョコレートをカゴに入れる。
「この前、悪かったわ」
「この前?」
「文化祭の話」
「何かありましたっけ?」
「れんれんの好きな人って、勝手に女の子だと思い込んで話してた」
「いや、普通はそう思うかと。別に気にしてないです」
「性別の話は難しいってあらためて思い知ったのよ。前に私、女の子から告白されたことがあって、無理だって断った。そしたらその子、次の日から学校に来なくなって、そのまま転校した」
「転校……親の都合とかじゃないんですか?」
「家の引っ越しはしてなくて、学校だけ転校。もう原因はそれしかないって感じ」
「けっこうキツいですね。告白した側も、された側も」
「でしょ? 普通じゃいられなくなった。でも好きでもないのに無理して付き合ったって、その先はなかったから。やっぱり女の子は恋愛対象じゃないし」
「どうしようもない問題だと思います」
 天文サークルへは戻らず、二人は中庭のベンチへ腰を下ろした。
「小泉さんって付き合ってる人いるんですか?」
「いた」
「いた」
「そう、いた」
「お別れした人は、この大学ですか?」
「あの人」
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