黄金色の星降りとアキの邂逅

不来方しい

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第一章 ふたりの恋路

012 脆い心

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「プログラマーって何するの?」
「アプリ作ったりとか。ずっとパソコンとにらめっこだな。そっちは?」
「病院の事務やってる。仕事変えようか悩んでるんだよね」
「なんで?」
「同じ作業ばっかでつまらなくて」
 よく話す彼女は誰にでも分け隔てのない人だった。それは今も変わっていない。秋継も昔と同じように自然と話ができた。
 広田は酒を飲み終わり、ウーロン茶を注文している。
「相沢は結婚しているのか?」
 元担任は上機嫌に聞いてきた。広田も含め、息を呑み空気が一気に凍りついた。
 過去の記憶がないのは元担任だけ。当然といえば当然だ。生徒にとって担任はたった一人。けれど担任は多数の生徒を受け持つ。
「俺、病気ですから。結婚できません」
「病気? どうかしたのか?」
「病気です──俺、男性が好きですから」
 そこまではっきりと言いきり、元担任は言葉を失った。
 取り戻した記憶の中で、厄介な生徒はどのように映っているのだろう。
 秋継はウーロン茶を飲み干し、ごちそうさまとだけ伝えて立ち上がった。
「今日、来たのはそういう理由です。先生から言われた病気という言葉は、二十代後半になっても人生の瓦礫みたいに積み上がっています。呪いの言葉は一生解けることはないですが、徐々に前を向いて歩いています。少しでも立派になった姿を、あなたに見せたかった。お邪魔しました。次の同窓会があっても俺は顔を出すことはしません。どうか、お元気で」
 生まれた時代が違う。そう言い聞かせながら騙し騙し生きてきた人生だった。元担任が生きた時代と自分自身が生きた時代は何もかもが変わりすぎている。
 お金だけを置いて秋継は外へ出た。アルコール類は一切飲んでいないのに、身体がやけに熱い。吐く息は白かった。
「相沢」
 遅れて出てきたのは、広田だった。
「どうしたんだ?」
「どうしたって……もう帰るのか?」
「ああ。用はもうないからな。ラーメンでも食べて帰る」
「俺も一緒でいいか?」
「なんでまた?」
「お前と話したいんだ」
 冷たい空気の酸素がなくなり、息苦しさを感じた。
 冷ややかなのは外気だけではなく、心もだ。
「断る理由が見つからない」
「断りたかったのか?」
「正直言うと、腹が減りすぎている。車に乗れよ」
 昔と変わらない男だった。ずけずけと人のテリトリーに入ってきて、荒らしていく。昔は嫌いではなかった。むしろ好ましく思っていて、告白をした。好きだと伝えた。
 ラーメン屋に入り、食べたかった味噌ラーメンを注文した。
 トッピングにバターを入れてもらい、まずはスープをひと口飲む。麺もすすった。冷えた身体が徐々に温まっていく。
「この前、ホテルから出てきた人って恋人か?」
「まあな。恋人以外とホテルは行かないだろう」
 つい刺々しくなってしまったが、これくらいは許されるだろう。
 厳密に言うとまだ恋人ではない。可愛い嘘だ。
「そっちは? 結婚したのか?」
「まだだよ。一応、付き合ってる人はいる」
「そうなのか。お幸せに」
「なあ、中学の頃の話しだけど、」
 そう言いつつ、広田は箸を置いた。
「ごめん」
 広田は頭を下げた。
 彼の中で葛藤はあったのだろう。大切な人ができて、自分のした行いがいかに愚かだったか知ったからこそ、頭を下げる行為に至った。
「今の彼女、二回振られてるんだよ。振られた瞬間にお前の顔が頭に浮かんで、なんて酷いことをしたんだって気づいた」
「それを言うなら、告白をした俺だって身勝手な行いだろう」
「お前は何も悪くない。その後、俺は気持ち悪いとか言いながら回りに言いふらした。それで担任にも知れ渡って、お前が生徒指導室に呼ばれた。俺じゃなくお前がだ。謝って済む問題じゃない。高校も遠いところを選んだのも、関係があるんだろう?」
「ある。自分以外のすべてが敵に思えて、狭い世界から抜け出したかった。もうこの際だから言うが、どっちが悪いとか言うのはやめて、それぞれ生きよう。広田、会えてよかったよ。ありがとう」
「相沢……すまない。今日来たのも、もしかしたらお前が来るんじゃないかと思ってたんだ」
「俺も同じだ。お互いに成長していこう。幸せを願ってる」
 呪いの言葉を吐いた元担任はこれっぽっちも覚えていなかった。
 広田とは判り合えたように見えても、二度と人生を交差することはない。ただ彼はホテルから凜太とともに出てくる姿を見ても、気持ち悪いとは言わなかった。彼の些細な成長だ。凜太を傷つけなければそれでいい。
 帰りは振り返らずに車を走らせた。意識したわけではないが、彼を気にかけず早く家へ帰りたかった。
 ベッドに身体を投げ出し、早急に目を閉じた。



 大学三年に上がった頃、祖母が倒れたと連絡が入った。
 凜太は急いで祖母が運ばれた病院へ行き、なんとか面会へこぎ着けた。
 真っ白な肌を上下に揺らし、祖母は眠っていた。
「疲労が原因で倒れたのよ。前から注意していても、自分は若いつもりだからね。本当に困った人。夏になると冷房は身体に悪いだの昔は水はあまり飲まなかっただの、とにかく頑固な人だから」
 母の目に隈がうっすら浮かんでいる。いたたまれなくなり、俯いた。
「姉さんは?」
「愛奈は外で仕事の電話よ」
 どくん、と心臓が苦しみを訴え始めた。
 いつだって子供のままではいられないのだ。誰もが平等に年齢を重ねていく。姉もいずれは祖母の立場を継がねばならない。
 今、まさに人生の岐路に立っている。何をしたらいいのだろう。これからすべきことは山ほどあっても、何から手をつけていくべきなのか。
「僕、ちょっと席外す」
 病院から一度出ると、凜太はゲームアプリを開いて彼へメールを送った。
──家元が倒れた。
 するとすぐに返事が届いた。
──さっき親から聞いたばかりだ。どうだ?
──身体は安定してる。どうしよう。
──まずは落ち着いて水でも飲め。
 言われた通りに鞄から飲みかけのペットボトルを取り出し、口につけた。
──姉さんが仕事の電話してて、すごく怖くなった。いやでもそういう時代が来るんだって思った。大人になるって怖い。今、何をしたらいいのかわからない。
──先を見すぎるなよ。足下を見ろ。お前がすべきことは勉強に励むことだ。進級おめでとう。
 もがいていた心臓が嘘のように満ち足りていく。
──一つ一つゆっくりでいい。時間はどうせ待ってくれないんだ。なら流れに任せて、普段通りの生活をして、とにかくテストで良い点をとれ。
──うん、がんばる。
──そのうちそっちに行くことになる。良い子で待ってな。
──ありがと。かなり落ち着いた。
 彼は病気と戦っている。心の病を植えつけた過去の人間と対峙したそうだが、お互いに話し合い、過去と決別したらしい。けれど心は物ではない。簡単には捨てられない。今ももがき苦しんでいる。
 そんな彼を頼るしかない自分はなんて弱い生き物なのだろうと嘆息を漏らした。
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