黄金色の星降りとアキの邂逅

不来方しい

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第一章 ふたりの恋路

011 同窓会

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 芸能人でもないのに帽子を深く被り、こそこそとホテルから出た。
 知り合いとすれ違わないかと目に見えない誰かの手で心臓を鷲掴みにされた。
「どうした?」
 秋継の手を握ると、優しく覗き込んできた。
 暖かな手が離れていく。解いたのは秋継だ。
「相沢…………」
 ちょうどホテルから出たところで、見知らぬ男性がこちらを凝視している。正確には秋継を、だ。
「行こう」
「あ……うん」
 どう見ても知り合いなのに、秋継は知らないふりをして素通りした。「相沢」と呼ばれても、目を合わそうともしなかった。
 車に乗り、秋継はすぐにアクセルを踏む。
 いつもより乱雑で、凜太は少しだけ恐怖を感じた。
「さっきの人……知り合い?」
「かもな」
「言いたくない感じ?」
「そうだな」
 秋継はきっぱりと告げる。
 それ以降、駅まで会話はほとんどなかった。
 変わりゆく景色を眺めるしかない。
 犬の散歩をした老人、子連れの母親、走り回る子供。幸せがつまった世界が外には広がっている。
「リン、今日のことは忘れてくれ」
「……判った」
 これが答えだ。秋継と一番近い距離にいたはずなのに、世界一遠くなってしまった。
「送ってくれてありがと。じゃあね」
「リン」
「さようなら」
 またね、とは言えなかった。遠くなった距離をうめる術を知らない。彼の知り合いも、どんな友達がいるのかも、何も知らないのだ。
 誰しもが触れたくない過去だってある。理解と心は反比例だ。
 一度も振り返らずにとにかく走った。アスファルトを踏みしめて、家まで一直線に全力を出した。
 自室に閉じこもるとベッドに身体を預けた。
「ああ、もう。なんであんな言い方しかできないんだろ」
 冷静に考えれば、誰だって言いたくないものを抱えているのは判りきっている。恋人になりきれない立場であり、ただの嫉妬だ。
 謝ろうと端末を見ると、メッセージが届いていた。
──さっきはごめん。
 彼は謝る理由は微塵もないのに、なぜか謝罪の内容だった。
──悪いのは僕。嫉妬しました。
──素直な良い子だ。言えない話じゃない。動揺しすぎて平常心を保つのに必死だっただけだ。さっきの男性は俺の好きだった人。
 好きだった人。頭の中が混乱し、画面をタップする指がさ迷う。
──中学のときの話だ。告白したら、いろいろと広まって、当時の担任に呼び出された。病気だとも言われた。
──それって、アキさんが言ってた病気と関係ある?
──ある。だからいろんな薬を手当たり次第に飲んだり温泉に行ったりした。不幸中の幸いなのは、家族でもごく一部の人間しか知らないってこと。
 いろんな薬というのは気になったが、過去形だ。苦しくて、薬を服用していないのに口内と胃に苦みが増していく。
──家元は知らないからこそ許嫁をあてがわれたりしてる。けどお前の姉貴で助かった。向こうは俺と結婚する気はさらさらないし、かえってそういう相手なのは楽。
──うん。判るよ。僕もおんなじだから。
 春は凜太に対して恋愛感情はない。さっぱりとした間柄なので、生まれたときからずっと仲良くできるのだ。
──本当に、行き詰まったままだ。将来が見えない。お前とも一緒にいたい。
──アキさんも素直な良い子だねー。よしよし。
 秋継のアバターを撫で撫でした。身を委ねる姿は大きな子供だ。
──とりあえず過去と決別してくる。
──決別ってなに? どうするの?
──実は同窓会の葉書が来てたんだ。会ってくる。
──それ大丈夫なの? 学校の先生も来るんでしょ?
──来るからこそ行く。俺を病気だと言った人だから。
──アキさんは病気なんかじゃないよ。キス魔でねちっこいだけだよ。
──何の慰めにもなってないがありがとう。
 プレゼントが届いた。リボンを解いてみると、小鹿の置物だった。
──狼と勘違いした? これ小鹿だよ?
──棚にでも飾っとけ。
 棚に飾ると、ハートマークが追加された。
 むこうからまたメッセージが来る。
──なんだこのハートは。
──これね、恋人になれますよってやつ。ハートを押して相手に送るんだ。今、アキさんがやったみたいに。
──俺が置物を送ったからか?
──そう。何度かメッセージのやりとりして、プレゼントをあげたりすると、こういうのが出る。恋人になってもいいの?
──ああ。
──なんでアバターが先なのさ。恋人になるけど。
 新しいエモートも追加された。
──キスとベッドでいちゃいちゃできるよ。
──リアルすぎて怖いな。それはまた次の機会にとっておこう。
──なんで? 今はしたくない?
──俺が勇気を出したご褒美にしたい。
──わかった。応援してるからね。
 がんばれー、がんばれー、と旗を持って応援のエモートを送った。
 地球時間は進んでも、被害を受けた人は時間が止まる。彼の時計が再び動き出せるよう、心から願った。



 時間は再び動き出そうとしていた。
 いつもより少し服装に気合いを入れて、髪をきっちりとかき上げる。
 鞄を持って出ていこうとするが、思い直し、デスクのペン立てに入れておいたお守りを両手で握りしめる。
 どうか勇気を下さい──そう願い、再びペン入れへ戻した。
 表千家に生まれ、回りから良くも悪くも注目を浴びてきた。男で生まれたことに後悔はないが、それなりに窮屈な思いはしてきている。跡継ぎをつくれない身である中、家を継ぐのは姉であり、抜け道を掻い潜れたのはただ運が良かった。
 どんな思いで葉書を出してきたのだろう。出さないという選択肢があっただろうに。
 秋継は車に乗り、ハンドルを握った。いつもよりも握力が強く、手が微かに震えている。
 居酒屋の出入り口で中学校と同窓会であると告げると、個室へ案内された。
 目に飛び込んできたのは、見知らぬ顔だった。だが徐々に過去を辿っていき、制服を着た昔の姿が浮かんでくる。
「もしかして相沢か? 大きくなったなあ!」
 皺は増えたがあのときの笑顔のまま、担任は笑顔を振りまいた。
 懐かしさと絶望で胸が張り裂けそうになる。
「……お久しぶりです」
 一揖し、秋継は靴を揃えた。集まっているのは十人ほどだ。
「今は何をしているんだ?」
「茶道を教えながら、プログラマーもしています」
「そうだった、お前は茶道のとこの息子さんだもんなあ」
 熱血で、誰の相談も真面目に聞いてくれる人だった。誰に聞いても「良い先生だった」と言うだろう。
 ただ、秋継には寄り添わなかった。病気だと呪いの言葉を口にした男が目の前にいる。悲しみと憎しみは一切風化していなかった。
「酒は飲まんのか?」
「ええ、車で来ましたから」
 ウーロン茶を注文した。他の同級生にも軽く挨拶を交わし、当時の話で盛り上がった。
 斜め前にいる広田一馬──例の秋継が告白した男は、秋継を盗み見しながら酒をちびちびと飲んでいる。
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