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第一章 ふたりの恋路
08 きらきらしたもの
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朝はあれほど食欲がなかったのに、大量の炭水化物は腹を満たした。
「大学生に奢ってもらうとはな」
「いいじゃん。今度僕が奢られるから」
「はいはい」
茶で喉を流し、一番聞きたかった質問をする。
「なんで星空散歩同好会なんだ?」
「すんごい恥ずかしい理由なんだけど」
「恥ずかしがることなのか」
「誰しもさ、中学とか高校のときとか、反抗期ってあるじゃない?」
「前置きからなんだな。OK、聞いてやるよ」
「いやそんな大それた話でもないんだけど。高校生のとき、自暴自棄になってとにかく家から解放されたくて、夜に徘徊してたんだ。家元は世間体が悪いってカンカンに怒っちゃって、あいだに春が入って助けてくれたんだよ。星空散歩同好会を作ってるから夜道の散歩中なんだって嘘並べてさ。大学に行ったら本格的にサークルも作るつもりでいるって言ってくれたんだ」
「それで星空散歩同好会なのか」
「春は恥ずかしいから変えたいって言ってたんだけど、僕はこれがいいって押し通した。あと一人はシュウって人がいて、この人は天体関係の仕事が希望だからって入ってくれた。バイトが忙しくてなかなか参加できないんだけど」
「お前にもそういう反抗的な時期があったんだな」
「アキさんだってあるでしょ?」
「まあな」
「アキさんはどんな感じだった? 親に対してクソババアとか言っちゃうタイプ?」
「とにかくふさぎ込んで部屋から出てこなくなるタイプだった」
「プログラマーやってると余計に部屋に閉じこもるイメージがあるよ」
「それな。部屋から出たくなくて、選んだってのも大きい。なんか、ちょっとすっきりした」
「ずっと溜め込んでた?」
「ああ。話すと楽になるもんだな」
「どんどん言っていいよ。病気のことも、ちゃんと聞くから」
「気にしてたのか」
「…………ほんのちょっとだけね」
と言いつつも、かなり気にしている様子だ。判りやすいほどに目が泳ぐ。
余計なことは言わなければ良かった。こんなに悩ませることもなかっただろうに。
「文化祭に招待してくれたお礼に、どこか連れていってやる」
「ほんと? アキさんの家に行きたい」
「ただのデートじゃなくなるぞ」
「ラブホでもいいよ」
「健全な大学生活を送ってくれ」
「もう無理じゃん。なに言ってんのさ」
ひとしきり笑うと、こんな大学生活を送りたかったと嘆きたくなった。
「……お前との関係だが、このままでいいとは思ってない。けど、勇気も出ない情けない俺がいるんだ」
「そうなの? アキさんはゼロかヒャクかでしか考えられない人?」
「お、人生論か」
「仕方ないなあ。語ってあげよう」
凜太は偉そうにせき払いをした。
「進むか下がるか、そのままか。答えが出ないなら現状維持も大切だよ。いずれ何とかなるときがくる。死にたくなるくらいつらいときも、ぱっと道が開けたりするもんだよ」
「なるほどな。ちなみに、お前が大学を卒業したら何をしたいんだ?」
「僕は茶道の先生をするの好きなんだ。継がなくていいし、一番甘い汁を吸ってる立場だと思う。でも副業もやりたい。外の世界を知りたいし。だからアキさんみたいな生き方は憧れる」
「パソコン扱えるならプログラミング言語を勉強してもいいかもな。判らなければ教えられる」
「ちょっと挑戦してみたいかも」
「お前は前向きでいいな。羨ましくもなるし、自分が情けなくもなる」
「身近にいる友達が強気で前向きだからね。まわりの影響ってすごいよ、ほんと」
「だな。春お嬢様は気の強さの固まりだ」
「何か僕のこと言ってた?」
「お前のことを心配していた。よほど大事なんだなって思ったよ」
「世界一の大事な友達なんだ」
「許嫁で大切な友達……か」
「あ、含みのある言い方。嫉妬?」
「かもな」
大人になれば、凜太は自由に解き放たれるのだろうか。
それとも、厳しい世界に閉じこめられてしまうだろうか。
彼を独占していいのかと考えると、将来をうやむやにしてはいけない。
「リン、今日はとても愉しかった」
キスしようとした直前で止めた。回りには人が大勢いる。
凜太はしたそうに不満顔だが、愛おしくて唇をそっと撫でた。
潤んだ瞳に噛みつきたくなるほど、狂おしくなる。
異常気象は日本中にいろいろな現象をもたらした。アスファルトはマグマを踏んでいるような暑さで、蝉は去年ほど活動的ではなかった。人にも虫にもあまりいい環境とはいえない。
夏を追いやり秋がやってきた。実りや読書の秋とはよくいうが、とにかく肌に突き刺さる寒風が襲う。住みやすい季節ではなかった。
凜太も真夏から秋の寒暖差により、風邪をひいてしまった。
胃の調子の悪さや頭痛から食事も取れなくなってしまい、病院で薬を処方してもらった。
──風邪ひいたのか?
アプリにメールが届いた。秋継からだ。
待ち時間の間に開くと、彼のアバターが家の中にいた。
──ひいたけど、どうして知ってんの?
──家元から聞いた。
祖母が話したのだろう。姉の愛奈も風邪をひいて寝込んでいる。
──兄弟揃ってダウンしたのかよ。今、家か?
──姉さんは家にいるよ。
──姉じゃなくて、お前は?
──僕は処方せん薬局でお薬待ち。
──場所は?
──まさか来てくれるの?
──ああ。
場所を告げると「そこで待ってろ」と一方的なメールと共にアバターが消えた。消える前にいいこいいことエモートをされた。
見覚えのあるワゴン車が停車した。中には秋継がいて、凜太は吸い寄せられるままに助手席へ乗り込む。
「文化祭ぶり」
「うん。久しぶり」
秋継の手が伸びてくる。そっと額に触れた。
「体調は?」
「熱はないんだ。喉の痛みと胃が調子悪くて最近はあまり食事できない」
「プリンなら食えるか?」
「わー、プリンだ」
「一応、洋菓子」
「洋菓子大好き」
前に家では和食や和菓子ばかりだと言ったことを覚えていたのだろう。
「美味しい。どうしよ、幸せ」
「簡単に手に入る幸せだな。アバターにもプリン送っておいた」
「本当? あとで食べる。多分だけど、風邪は姉さんから移されたんだよ」
「家元から聞いた話だと『愛奈さんが体調不良だから見舞いのメールや電話一つでも送りなさい。ご兄弟が体調が優れないそうだから』だとよ」
「送ったの?」
「証拠を残すためにご自愛下さいとだけ。お前も早く良くなれ」
「アキさんに会ったし、めちゃ良くなるよ。具合良かったらこのままホテルに直行したいのに」
「っ……お前な……よくそんなはっきり言えるよな」
「めろめろにしてやるって意気込んでるよ、僕」
「めろめろよりぐちょぐちょだろうが。ホテルに行けない代わりに、これもやる」
渡されたのは、べっこう飴だ。
「アキさんって、これ好きなの?」
「シンプルで美味いからな」
「前もくれたよね。流れ星を掴んだみたいですごくきれい」
「さすが星空散歩同好会。最近活動してるのか?」
「してるよ。次は冬の大三角を見に行く予定なんだ」
流れ星の正体はちりだ。ロマンの欠片もないが、べっこう飴のような輝く星を夢みたいとも思う。
「べっこう飴が降ってきたら、みんな幸せになれると思う?」
「頭に当たって死ぬだろ」
「なんて夢のない……」
「ほしかったらいつでもやる」
「それって、またこうして会ってくれるってこと?」
秋継はワンテンポ置いて、頷いた。
「まずは風邪を治してくれ。どこにも行けない」
「大学生に奢ってもらうとはな」
「いいじゃん。今度僕が奢られるから」
「はいはい」
茶で喉を流し、一番聞きたかった質問をする。
「なんで星空散歩同好会なんだ?」
「すんごい恥ずかしい理由なんだけど」
「恥ずかしがることなのか」
「誰しもさ、中学とか高校のときとか、反抗期ってあるじゃない?」
「前置きからなんだな。OK、聞いてやるよ」
「いやそんな大それた話でもないんだけど。高校生のとき、自暴自棄になってとにかく家から解放されたくて、夜に徘徊してたんだ。家元は世間体が悪いってカンカンに怒っちゃって、あいだに春が入って助けてくれたんだよ。星空散歩同好会を作ってるから夜道の散歩中なんだって嘘並べてさ。大学に行ったら本格的にサークルも作るつもりでいるって言ってくれたんだ」
「それで星空散歩同好会なのか」
「春は恥ずかしいから変えたいって言ってたんだけど、僕はこれがいいって押し通した。あと一人はシュウって人がいて、この人は天体関係の仕事が希望だからって入ってくれた。バイトが忙しくてなかなか参加できないんだけど」
「お前にもそういう反抗的な時期があったんだな」
「アキさんだってあるでしょ?」
「まあな」
「アキさんはどんな感じだった? 親に対してクソババアとか言っちゃうタイプ?」
「とにかくふさぎ込んで部屋から出てこなくなるタイプだった」
「プログラマーやってると余計に部屋に閉じこもるイメージがあるよ」
「それな。部屋から出たくなくて、選んだってのも大きい。なんか、ちょっとすっきりした」
「ずっと溜め込んでた?」
「ああ。話すと楽になるもんだな」
「どんどん言っていいよ。病気のことも、ちゃんと聞くから」
「気にしてたのか」
「…………ほんのちょっとだけね」
と言いつつも、かなり気にしている様子だ。判りやすいほどに目が泳ぐ。
余計なことは言わなければ良かった。こんなに悩ませることもなかっただろうに。
「文化祭に招待してくれたお礼に、どこか連れていってやる」
「ほんと? アキさんの家に行きたい」
「ただのデートじゃなくなるぞ」
「ラブホでもいいよ」
「健全な大学生活を送ってくれ」
「もう無理じゃん。なに言ってんのさ」
ひとしきり笑うと、こんな大学生活を送りたかったと嘆きたくなった。
「……お前との関係だが、このままでいいとは思ってない。けど、勇気も出ない情けない俺がいるんだ」
「そうなの? アキさんはゼロかヒャクかでしか考えられない人?」
「お、人生論か」
「仕方ないなあ。語ってあげよう」
凜太は偉そうにせき払いをした。
「進むか下がるか、そのままか。答えが出ないなら現状維持も大切だよ。いずれ何とかなるときがくる。死にたくなるくらいつらいときも、ぱっと道が開けたりするもんだよ」
「なるほどな。ちなみに、お前が大学を卒業したら何をしたいんだ?」
「僕は茶道の先生をするの好きなんだ。継がなくていいし、一番甘い汁を吸ってる立場だと思う。でも副業もやりたい。外の世界を知りたいし。だからアキさんみたいな生き方は憧れる」
「パソコン扱えるならプログラミング言語を勉強してもいいかもな。判らなければ教えられる」
「ちょっと挑戦してみたいかも」
「お前は前向きでいいな。羨ましくもなるし、自分が情けなくもなる」
「身近にいる友達が強気で前向きだからね。まわりの影響ってすごいよ、ほんと」
「だな。春お嬢様は気の強さの固まりだ」
「何か僕のこと言ってた?」
「お前のことを心配していた。よほど大事なんだなって思ったよ」
「世界一の大事な友達なんだ」
「許嫁で大切な友達……か」
「あ、含みのある言い方。嫉妬?」
「かもな」
大人になれば、凜太は自由に解き放たれるのだろうか。
それとも、厳しい世界に閉じこめられてしまうだろうか。
彼を独占していいのかと考えると、将来をうやむやにしてはいけない。
「リン、今日はとても愉しかった」
キスしようとした直前で止めた。回りには人が大勢いる。
凜太はしたそうに不満顔だが、愛おしくて唇をそっと撫でた。
潤んだ瞳に噛みつきたくなるほど、狂おしくなる。
異常気象は日本中にいろいろな現象をもたらした。アスファルトはマグマを踏んでいるような暑さで、蝉は去年ほど活動的ではなかった。人にも虫にもあまりいい環境とはいえない。
夏を追いやり秋がやってきた。実りや読書の秋とはよくいうが、とにかく肌に突き刺さる寒風が襲う。住みやすい季節ではなかった。
凜太も真夏から秋の寒暖差により、風邪をひいてしまった。
胃の調子の悪さや頭痛から食事も取れなくなってしまい、病院で薬を処方してもらった。
──風邪ひいたのか?
アプリにメールが届いた。秋継からだ。
待ち時間の間に開くと、彼のアバターが家の中にいた。
──ひいたけど、どうして知ってんの?
──家元から聞いた。
祖母が話したのだろう。姉の愛奈も風邪をひいて寝込んでいる。
──兄弟揃ってダウンしたのかよ。今、家か?
──姉さんは家にいるよ。
──姉じゃなくて、お前は?
──僕は処方せん薬局でお薬待ち。
──場所は?
──まさか来てくれるの?
──ああ。
場所を告げると「そこで待ってろ」と一方的なメールと共にアバターが消えた。消える前にいいこいいことエモートをされた。
見覚えのあるワゴン車が停車した。中には秋継がいて、凜太は吸い寄せられるままに助手席へ乗り込む。
「文化祭ぶり」
「うん。久しぶり」
秋継の手が伸びてくる。そっと額に触れた。
「体調は?」
「熱はないんだ。喉の痛みと胃が調子悪くて最近はあまり食事できない」
「プリンなら食えるか?」
「わー、プリンだ」
「一応、洋菓子」
「洋菓子大好き」
前に家では和食や和菓子ばかりだと言ったことを覚えていたのだろう。
「美味しい。どうしよ、幸せ」
「簡単に手に入る幸せだな。アバターにもプリン送っておいた」
「本当? あとで食べる。多分だけど、風邪は姉さんから移されたんだよ」
「家元から聞いた話だと『愛奈さんが体調不良だから見舞いのメールや電話一つでも送りなさい。ご兄弟が体調が優れないそうだから』だとよ」
「送ったの?」
「証拠を残すためにご自愛下さいとだけ。お前も早く良くなれ」
「アキさんに会ったし、めちゃ良くなるよ。具合良かったらこのままホテルに直行したいのに」
「っ……お前な……よくそんなはっきり言えるよな」
「めろめろにしてやるって意気込んでるよ、僕」
「めろめろよりぐちょぐちょだろうが。ホテルに行けない代わりに、これもやる」
渡されたのは、べっこう飴だ。
「アキさんって、これ好きなの?」
「シンプルで美味いからな」
「前もくれたよね。流れ星を掴んだみたいですごくきれい」
「さすが星空散歩同好会。最近活動してるのか?」
「してるよ。次は冬の大三角を見に行く予定なんだ」
流れ星の正体はちりだ。ロマンの欠片もないが、べっこう飴のような輝く星を夢みたいとも思う。
「べっこう飴が降ってきたら、みんな幸せになれると思う?」
「頭に当たって死ぬだろ」
「なんて夢のない……」
「ほしかったらいつでもやる」
「それって、またこうして会ってくれるってこと?」
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