黄金色の星降りとアキの邂逅

不来方しい

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第一章 ふたりの恋路

03 許嫁と親友と

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「………………は?」
「凜太さん、仲良くしなさいね。休憩が終わりしだい、入れ替わりに秋継さんを紹介しますので、愛奈さんを呼んできてちょうだい」
「ちょっと待って。お見合い? 姉さんはこのこと知らないんじゃ……」
「本人にはお見合いのお相手を紹介しますと事前に伝えてあります。会わせるのは今日が初めてですが」
 気の強く大きなイベントでも臆せずこなす姉が、いやにぴりぴりしていたのは気になっていた。こういうことかと、納得する。
「せっかくだし、凜太さんと一緒に食事でもしたいのですが」
 何を言っているのだと凜太は小刻みに首を横に振った。
「あら、良い考えですね。では、私はフロアに戻ります。凜太さん、失礼のないのうに」
「ご案内ありがとうございました」
 祖母の足音が遠退いたのを見計らって、先ほどの態度とは打って変わり、秋継はどっかりと椅子に腰を下ろした。
「っ…………、最悪だ…………!」
「こっちだって最悪。なんで……こんな」
「いいか。絶対にあの日のことは言うな。忘れろ」
「嫌だ」
「今、うんと言ったな。よし、いい子だ」
 綺麗な笑顔をへし折りたくなった。
「っていうか、あんまり驚いてないよね。知ってた?」
「知ったのは家に帰ってからだ。見合いの話が平野家から来ていてな。愛奈さんのプロフィールや家族構成や家族写真まで同封されていた」
「うわあ…………」
「俺も同じリアクションをした」
「似たもの同士じゃん」
「まったくだ。お前だってばれたくないだろ?」
「男の人が好きなのはばれたくない。家元が知ったら勘当どこじゃないよ。多分、倒れる」
「うちも同じ事情だ」
「っていうか、キャラ作ってたわけ? ホテルではあんなに優男だったくせに」
「お前もキャラ作ってただろうが」
「僕はこのまんまですー」
「どうするか……これから」
 秋継が背もたれに背中を預け、椅子が嫌な音を立てる。心の不穏の声だ。
「見合い、受けるの?」
「とりあえずは」
「……………………」
「なんだよ」
「断って」
「それができたらここにはいない。なに、そんなに姉が好きなのか?」
「なんでそうなるのさっ。人の気持ちも知らないでっ」
「お前だって同じだろ」
「同じ? なにが?」
「…………もういい」
 深い深い、とてつもなく深いため息だ。凜太も同じくらい息を吐いた。
「なんだ、それ?」
「マッサージ器」
「桜田……春?」
 秋継は差出人の名前を見て呟いた。
「僕の親友」
「桜田って、地主の娘さんか」
「知ってるの?」
「雑誌にもよく載ってるからな。典型的なお嬢様だろ」
「お嬢様ねえ……今度会わせてあげたいよ。あ、お弁当食べようよ。お腹空いた」
「のんきだな……午後は仕事か?」
「ううん。僕のお稽古は終わった。午後は姉さんがお茶を点てるんだ。アキさんは?」
 アキ、と名を呼んだだけなのに、彼は咀嚼を止めて物言いたげにこちらを見ている。
「アキはないだろう。俺たち『初対面』だぞ」
「じゃあメールの中だけにするから、連絡先教えて」
「お前な……。なんで俺がアプリごと消したと思ってる」
「僕がどんだけ泣いたか知りもしないで」
「…………それは悪かった」
「だから連絡先教えてほしい」
「それは無理」
「どうして?」
 凜太は悲壮な声を上げる。
「お前とのやりとりを万が一見られでもしたら……」
「ならゲーム内でやろう」
「もう一度インストールしろって?」
「うん」
 一度は破れたと思った。縁があってか、また彼が目の前にいる。最悪な出会い方だが、なりふり構っていられなかった。
「インストール中」
「やった」
「条件つきだ。あの日のことを誰にも言わないこと」
「忘れろ、じゃないんだね」
 涙が流れそうになる。忘れられるはずがない。あんなに優しく抱いてもらえて、世界一の幸せ者だと思っていたくらいだ。
「でも親友には喋っちゃった。大丈夫、口は重くてべらべら喋る人じゃないから」
「……もう判った。これ以上は広めるな。……IDは?」
「えーとね…………」

 後ろでは猫被り系の秋継と愛奈が穏やかに挨拶を交わしている。うまくいかなければいいと呪いつつ、凜太はフロアへ戻った。
 特にやることもないので、他のフロアを見て回ることにした。
 人だかりができているのは、飴細工職人のコーナーだ。
 ウサギ、金魚、アニメのキャラクターなど、飴細工が次々と売れていく。
「すみません、飴細工を作って頂きたいのですが」
「ここにあるものならいいよ」
「じゃあ……これとこれで」
 軟体な飴が次第に形になり、あっという間に出来上がった。
「早い。すごい」
「早く作らないと冷めちゃうからね。お坊ちゃんはどこから来たの?」
「向こうのフロアで茶道をしています」
「ああ、それで袴なんだね。はいよ、もう一つ」
「ありがとうございます」
 生きている宝石だ。臨場感がある。世界に同じものは存在しないだけで、とんでもない価値が込められている代物だ。
 茶道のフロアに帰ると、秋継が表に立っていた。長身で姿勢の良い彼は、立っているだけで人の目を引く。黙っていれば優男。彼そのものが芸術だ。
 表千家は縁があるようで遠い存在だ。裏千家とは作法も異なる。体験してみたくて予約の紙に平野凜太と書いた。
 凜太の番が回ってきたとき、秋継の笑顔が凍った。そして形式的な質問をする。
「どちらからいらっしゃいましたか?」
「隣の裏千家から参りました」
 見ていた客人からはどっと笑いが起こる。
「ではこちらへどうぞ」
「はい」
 他の客人へはそれはもうご丁寧な作法を教えていたが、凜太へは特にない。
 見ていたのだから判るだろ、と挑発の眼差しを向けてきた。
 歩き方、座り方も異なる。見よう見まねでやるしかない。
「正客の位置」
 結局は教えようとする、こういう小さな優しさに後ろから蹴りたくなった。正客は上位に値し、亭主の一番近くの位置だ。
 茶を点てる仕草も無駄がなく、雑誌のモデルのようだった。
 彼が点てた茶は泡立ちが少なく、水色は夏の鮮やかな若葉色をしていた。
「……時計回りに二度回す」
 秋継は小声で言った。凜太は言われた通りに回し、茶碗を口にした。
 まろやかで後味がすっきりしている。人差し指で口をつけた部分を拭った。
「反対方向に二度回し、畳へ置く」
 慣れないならがも茶碗を置くと、秋継は声には出さず唇のみで会話をした。
──完璧。
 いじわるなのか優しいのか、凜太の心はひどく脅えた。
 夢中になってはいけないのに、これは恋だと自覚するのに充分だった。

「九点」
 生徒のお見送りが終わりあとは帰るだけの状態で、秋継は控え室へ入ってきた。
「突然なに?」
「今日の点数」
「十点満点中?」
「いや、百点満点中」
「ひどい! さっきは完璧だって言ったのに!」
「でもまあ悪くはなかった」
 秋継目線を外した。
「でしょ? あ、そうだ。プレゼントあげる」
 凜太は購入していた飴細工を彼に渡した。
「どうしたんだよこれ」
「向こうのフロアで飴細工のコーナーがあったんだ」
「へえ……。でもなんでハリネズミ?」
 秋継は棒を回して小さなハリネズミを眺めている。光の当たり方によって色が変わった。
「臆病だから」
「なんだって? かっこいいって言ったか?」
「じゃーん。僕は狼」
「なんで狼だよ」
「かっこいいじゃん」
「小鹿の間違いだろ」
 とか言いつつ、彼は鞄の隣に置いていた紙袋を差し出してきた。
「やる」
「いいの? なあに?」
「お前の好きそうなもの」
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