花氷のリン

不来方しい

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07 クリスマス

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 冬ざれの朝、冷ややかな隙間風がまとわりつき、凜太は目を覚ました。文明の利器を活用するため、凜太は早々に暖房機に手を伸ばす。暖かな空気に包まれた頃、ようやく布団から這い出した。
 縁側では四角い平らな板状のものが、上から吊されている。五個ほど同じ間隔で、白い板は風に揺れカーテンのように踊っている。凍み氷だ。水に付け、寒風の元に晒し乾燥させれば保存食になる。凜太の好物は、早くて一か月ほどで乾く。
 吊された凍み氷の向こうに塀があり、定期的に何度か叩く音がする。机の上の携帯端末は光り、予想通りに叔父からのメールだった。
──空でも見てるの?
──何をやっているのですか。風邪を引きますよ。
──ちょっと引いてる。
──中へ入りますか?
──家元いないよね?
──相変わらず、家元の不在情報は早いですね。裏口から入って下さい。
 裏口の扉を開けると、鼻の頭を真っ赤にした一馬がいた。
「メリークリスマス」
「まだ早いです。十二月の第一週目ですよ」
 裏口から庭を通れば、すぐに凜太の部屋へ辿り着く。錦鯉は騒ぎ出し、大きな波を立てていた。
「お、歓迎してくれてるのかな」
「余所者が来たと騒いでいるだけです。朝食は召し上がりました?」
「食べた」
「甘酒でいいですか?」
「おっけー」
 キッチンには春日と母の春子が朝食の用意をしている。挨拶を交わし、凜太は棚から茶碗をひとつ取り出した。
「若、甘酒なら私が温めます」
「いえ、客人が来ているもので。私がやります」
「まあ。どなた?」
「一馬兄さんです」
「また裏口からですか」
「責めないで下さい。私が開けました。朝食は食べたそうです。私は後で頂きます」
「そうしてちょうだい。本日は若の好きな煮凝りのお茶漬けですよ」
 温めた甘酒を持って部屋に行くと、一馬は卒業アルバムを覗いていた。
「けっこう熱めに入れました」
「付け合わせは塩昆布?相変わらず渋いね」
「春子さんが、持っていけと」
 わざと名前を出すと、一馬は顔をしかめた。しってやったりと、凜太は微笑した。
「喋ったのか」
「当然です。だいたい、朝食の時間ですよ。キッチンには母も春日さんもいます。ばれたくないのなら、時間帯を考えて下さい」
 米と米麹、そして湧き水のみで作られ、甘味料は一切入っていない。葉純家が良く買い付けに行く酒蔵であり、子供の頃から慣れ親しんでいる味だ。
「兄さん……少し痩せました?」
「やっぱり判る?体重計に乗ってびっくり」
「仕事疲れですか?」
「それはどの仕事でも疲れはあるよ。君だっていくらお茶を点てるのが好きでも疲労は溜まるだろう?だから癒されにきた」
「人を砂漠のオアシスか何かと勘違いしていませんか?構いませんけど」
「そういうところが俺に付け込まれるんだよ、リンちゃん」
 懐かしい呼び方に、下肢の内側が微かに震えた。
「今日は何のご用でやってきたのですか?」
「リンちゃんに会いに」
「まさか、本当にそれだけで?」
 凜太は喫驚するが、一馬はどこ吹く風で笑声を上げる。
「ちょっと寝かせてくれない?本当に眠いんだ」
「良いですけど……私は朝食を取ってきますよ」
「んー……」
 半分は夢の世界へ誘われ、手探りのまま布団に入る。その様子を見つめながら、凜太は襖を閉めた。
 朝食から戻る頃には、布団は蛻の殻で、凜太の男を刺激する香りが布団にまとわりついている。塵籠には見覚えのない紙が丸められていて、凜太は頭を抱えた。
「本当に、何しに来たのですか」
 呟いても、誰もいない空間では冷気に吸い込まれるだけだった。教科書を開き忘れようとするが、誘因された躯はどうにもならない。盛大にため息を吐き、 凜太は布団に潜り込むと着物の帯に手を翳した。

 十二月ともなれば赤や青などの灯がやどり、町全体は装飾で煌びやかに飾られた。家元は、決まってこの時期は機嫌が悪化する。あのような装飾品は好きではないと、食事の時間に小言を吐いた。
 新聞を目で追うと、十一月から騒がせているニュースが目に留まる。隣町で、変死体が相次いで見つかっているのだ。
「随分、恐ろしいことになりましたねえ」
 春日は凜太にお茶を差し出した。
「ええ、そうですね。新聞には、明け方にこの町でも見つかったとか」
「まあ、ほんとですか?あらやだわ」
「今度は女性ではなく、高校生の男子だそうです」
「凜太さん、どうかひとりで小道に入らないように」
「大丈夫ですよ。私は部活動もしていませんし、夕方には帰りますから」
 コートに暖かなマフラーを巻き、凜太は扉を開けた。余所の御家では寒椿が立派な花を咲かせている。生け垣に咲く桃色の花は、千歳緑色に浮かぶ小さな楽園だった。
 学校に近づくたびに、生徒たちが騒がしくなっていく。様子がいつもと違い、凜太は胸にざわめきを感じた。
「ここの生徒らしいぞ。変死体で見つかったの」
「テレビでやってた。ヤバいじゃん」
 席に着くが、会話が気になり本に集中出来なかった。やがて校内放送が鳴り、一限目の予定は急遽変更される。神妙な顔でやってきた特進クラスの教師は、眉間の皺をさらに深くさせた。
 体育館に集まると三年生はすでに並んでいて、反射的に目が追う。頭一つ分高いため、すぐに見つかった。
『残念なお知らせをしなければなりません』
 咳払いと共に始まった長い話は、マイクを通し後ろにいる凜太の耳にも良く聞こえた。集中できず、凜太は想い人をずっと見つめ続けた。

 校門前には警察が立ち並び、昨日と同じと思えないような空間になりつつある。携帯端末を片手に、凜太は想い人を見つけると軽く頭を下げた。
「お待たせしました。何やら異様な雰囲気ですね」
「校長の話が長すぎて倒れるかと思った」
「何度か欠伸をしていましたね」
「見てたのかよ」
「後ろにおりました」
「家に来ないか?親父いないんだ」
 凜太は微かに頷き、おとなしく後をついていった。
 岡田の表札に一瞥するが、淳之は何も言わなかった。
「レトルトの汁粉があるんだ。食べていけよ」
「……なんと」
「え?」
「汁粉は、とても、好物です」
 味を噛み締めるように、凜太は区切りながら言った。
「それは初耳だ。ホヤとどっちが好き?」
「それはホヤ」
「あ、そう」
 顔を合わせて大いに笑い、玄関の鍵を閉めると磁石のように吸い寄せ合い、唇を合わせた。舌を絡め、唾液を零さないよう吸い尽くした。それでもなお、抱き合おうとする淳之に、凜太は肩を押した。
「今日はねちっこいですね。好きですが、これ以上はよくない。あなたのお父上がいつ帰るか判らないのに」
「そうだな。悪い」
「お汁粉……」
「はいはい作るって。ちょっとリビングで待っとけ」
 八重澤家の匂いで満たされた居間は、何かの花とアルコールの匂いが入り混じっている。凜太はソファーの下に手を伸ばし、イヤリングを拾った。淳之の趣味でも、敦史のものでもない。
「どうした?」
 無言で手渡すと、淳之は渋い顔のままお盆を置いた。粒が残るお汁粉には、角張った餅がふたつ入っている。
「今日話そうと思ってたんだよ。この前、お袋が家に来たんだ。俺は顔を合わせた瞬間、ホテルのときみたく喧嘩になった」
「何のご用件だったのですか?」
「やり直したいって。後から親父に聞かされたんだ。俺が怒り始めたら、親父は部屋にいろって譲らなかった」
「でも、お父上は結論を出したのでしょう?」
「ああ」
「それでいいではありまけんか。夫婦間のことは、子供は口出しすべきでない事柄も多々あります。お父上がすぐに答えを出したのならば、悩む理由もないかと」
「親父は俺に、母親が必要かも聞いてこなかったんだ」
「怒るあなたを見て、必要性を感じなかったのでは?素敵なお父様じゃないですか」
「なんか話してすっきりした」
「それは良かった。そのイヤリングはどうするのですか?」
 赤々とした宝石の付いたイヤリングは、淳之の手の中だ。
「親父に渡しておく」
「ええ、その方がいいと思います。汁粉を頂きます」
 焦げ目の付いた餅は香ばしく、表面はぱりぱりで中はねっとりと柔らかい。
「これ、レトルトではないですよね?」
「餅は違う。一度フライパンで焼いたんだ。その方が美味いだろ?」
「とても美味しいです。数か月先になるでしょうが、お礼に今作っている凍み氷をぜひ食べて頂きたいです」
「凍み氷?」
 凜太は凍み氷の作り方を説明した。
「食べ方は餅と同じです。長期保存が出来るし、いつでも食べられるのでこの時期に作るのです。去年はいろいろあって作りませんでしたが」
 身体の調子や受験などが重なったため、凜太は一年持ち越したのだ。
「親の話もだけど、二十五日空いてる?」
「クリスマスですね。私は特に。家元も仕事でしょう。クリスマスに興味のない方ですから」
「映画でも観に行かないか?」
「行きます」
 小豆のひと粒も残さず、綺麗に空になったお椀をテーブルに置く。
「何の映画ですか?」
「特に、決めてない。恋愛ものは俺あんまり観ないんだよ」
「ホラーにしましょう。教会で起こる謎の怪奇事件」
「じゃあそれで」
 短日であるが故に、凜太はソファーを立った。
「家まで送ってく」
「それほど離れてはおりませんよ。それに帰りは淳之さんが遅くなります」
「俺はいいんだよ」
「もしかして……事件のことを気にしてます?」
 淳之は言い辛そうに口を開くが、視線を斜め下に向けただけで何も言わない。
「亡くなった高校生だけどよ、隣のクラスの奴なんだ。お前の背丈に似てて、おとなしい生徒だった」
「それを言われると、少々私も心配になってきます」
 凜太は優しさに甘え、家まで送ってもらうことにした。
 寒風が吹く中、いつもと変わらぬ制服に身を包み、自転車で通り過ぎる警察官は凜太たちを一瞥する。曲がり角を曲がり見えなくなると、淳之は困惑した表情で問う。
「何もしていなくても、警察官とすれ違うとどきっとする」
「判ります。本当に暗くなってきましたね」
「ああ」
 寒気に包まれては口を開けるのも億劫になり、ふたりは会話もままならず凜太の御家まで向かった。口の中に冷気が入れば体温も下がり、腕は鳥肌が立った。
「ありがとうございます。また学校で」
「おう」
「気をつけて帰って下さい。とても美味しいお汁粉をありがとうございました」
 最後に唇を奪おうと一歩前へ出るが、近隣の家の窓が開く音がし、凜太はおとなしく引き下がる。
「なぜ笑うんですか」
「考えることは同じだなって思っただけさ。じゃあまたな」
 自転車で岐路に就く淳之を見送り、凜太は玄関の戸を開けた。廊下にはあんこの甘い香りが充満していて、春日は嬉しそうにぜんざいを作っていると話す。凜太は笑みを作り、感謝の言葉を述べた。

 あと二日後にはクリスマスを控え、学校は事件のことなど忘れ浮き足立っていた。悲しみに暮れた校舎は一変し、高らかな笑い声が廊下に響く。壁には期末テストの順が貼られ、葉純凜太の名前は端に行かなければ見られなかった。
 冬木の下に、上背のある女性が立っていた。凜太を見るなり深々と頭を下げ、つられて凜太も腰を曲げる。思い出すまでに、少々時間を要した。
「凜太さん、お久しぶりです」
「ええ……そうですね」
 一馬の妻の紗英だ。お盆以来の再会だった。
「どうしたのです?お一人ですか?」
「はい……話がありまして」
 結婚式に見せた幸福に包まれた笑顔はなく、傷心しきった様子で目を伏せた。
「此処でお会いしたことは、誰にも言わないで頂きたいんです」
「私は、誰にも言いませんよ」
「良かった……」
 「私は」をいくらか強調し、相手を安心させるためではなく、自身を守るために凜太は約束を交わした。
 駅から小道に入った純喫茶店は、路地裏にあるためか人は少ない。煉瓦でできた外壁に、木の扉を抜けるとからんからんとベルが鳴った。一番奥に座るが、空調が効き過ぎるせいか空気が乾燥している。
「私がお金を払いますので、お好きなものを注文して下さい」
「最近、甘いものを食べ過ぎております。冬は餅や苺大福が美味しい季節です」
 ホットコーヒーを注文し、紗英が話し始めるまで待った。
「勝手にお待ちしてしまって、すみません」
「構いません。部活動もしておりませんから」
「お勉強の邪魔ではありませんか?特進クラスだと伺いました」
 誰から、とは聞かなかった。
「期末テストは終了しておりますので、お気になさらず」
「そうですか」
 置かれたコーヒーに手を伸ばし、凜太は冷ましながら口に含んだ。
「最近、一馬さんの様子がおかしいのです」
「おかしいとは?」
「上の空というか、ご飯も残すことが多くなって。最初は外で食べているんだと思いました。けれど日に日に痩せて行く姿に、お声も掛け辛くなってしまって」
「夫婦でしょう?遠慮する必要はないと思いますが」
 紗英は目を伏せ、ティーカップを両手で包んだ。
「何か聞いていませんか?」
「そもそも、なぜ私に聞いてきたのです?」
「一馬さんと出会ったとき、あなたの話をよく聞いていたんです。新婚時代も変わらず話してくれました。凜太さんの話をする一馬さんは、とても穏やかな顔をなさっています」
 おもむろに口を開くが、凜太は止めた。次第に焦燥感が積もり、悟られないほどの強さでカップを握り締めた。
「仕事の疲れもあるのかもしれません。でも話して下さらないんです。私の力量不足なのは判りますが、妻として不甲斐ないです。私は一馬さんのことをよく知りません。凜太さんのおばあさま……千鶴子さんに紹介され、わずか数か月で結婚に至りましたから」
「……よく、それで結婚する気になりましたね」
 凜太自身驚くほどに、唸るように低い声が出る。
「一馬さんは……お医者さんなのですよね?」
「病院で働いていると聞いています」
「話せないこともたくさんあるのでしょうね……」
「個人情報に関わりますから、言えないことの方が多いと思います」
 紗英の瞳には泪が溜まり、真珠のような輝きを放つ。
「私、子供が欲しいんです」
 夫婦ならばおかしくない、まっとうなことだ。男女が結婚し、子を作る。人として課せられた使命は、凜太は花咲かせられない。
「女から誘うなどはしたないことです」
「決してそのようはことは」
「それとなく、そのような雰囲気になったことはあります。でもわざとらしく欠伸をして、疲れているから寝ようと言い、応じてはくれないのです」
 凜太は何も言わず、真っ直ぐに紗英を見る。
「私の両親も孫を楽しみにしています。この間、四人で食事をしたとき、酔った勢いで孫が欲しいと父が言ってしまったんです」
 会うたびに凜太の身体をいやらしい目つきで触れる男は、一馬にも一種の性を匂わせていた。
「そのときの一馬兄さんは?」
「無言の食事会となってしまい、家に帰ってからも何も話してはくれませんでした。次の日からは普通に接してはくれましたが、床に入ってくれないのです」
「本当に疲れているだけかもしれません」
「結婚して一年以上経ちます。私に触れたのは一度だけです」
「元々性欲が少ない方もいます」
 凜太は一馬の性欲の強さをよく知っている。この前現れたときも、人の布団の中で雄の匂いを漂わせていたのだ。
「とにかく、お子さんの件は夫婦で話し合うべきです。いくら叔父といえど、私は口を挟める問題ではありません」
 虚言に胸を痛めるが、頬を伝う泪に息を吐くしかなかった。
「……一馬兄さんにいつ会えるか判りませんが、それとなく聞いてみましょうか?」
「ありがとうございます……」
 紅茶を飲み干した紗英は勘定し、一礼して扉のベルを慣らした。
 潤したはずの喉は暖房機具のせいか、いやに痛みを訴えていた。

 燦とした装飾の下を潜り、ふたりはエレベーターに乗ると七階を押す。誰も乗っていない狭い空間の中で、自然と手が繋がれた。上に付いた防犯カメラの存在を思い出し、凜太は恥ずかしいと目で訴える。訴えが効いたかどうかは判らないが、ドアが開くタイミングで熱が消えた。
 クリスマスにホラー映画を観たがる変わり者はふたりだけではないようで、残りの座席は数少なかった。
 映画の最中、女性の悲鳴が起こる中、淳之はそっと小さな手を握った。凜太も握り返したせいか、こそばゆさが背中を這う。
「映画どうだった?」
「なかなかの、ハッピーエンドでした」
「あれで?」
「幽霊は成仏出来たのです。ずっと苦しんでいましたし、あれが最高の終わり方だったと思います」
「幽霊の立場からするとそうかもな。半分以上人は死んだけど」
 夕食は食べ放題の店に入り、三十分ほどで席にありついた。脂の香りが充満し、揚げ物が上がる音が食欲を掻き立てる。
「串カツって、初めてです」
「俺も。好きな具材……海老かな」
「ホヤはないのでしょうか」
「さすがにないと思うぞ」
 淳之は海鮮を中心に、凜太は色物を数種類皿に盛り付けた。
「パイナップルの揚げ物ってなんだよ。大丈夫なのか?」
「何事も挑戦です」
 淳之は宙に視線を彷徨わせた後、串を何度かひっくり返した。
「何かあったか?ずっと上の空だな」
「そうでしょうか」
「気になることがあるなら話してくれ」
 凜太は頭を振るだけで、答えるつもりはなかった。これには淳之はむっとし、揚げたての海老を荒々しくソースに絡める。
「一馬さんのことか?」
「一馬兄さんがなぜ出てくるのか判りません」
「凜太が悩むとなると、一馬さんだろ」
「淳之さん、私は喧嘩をしたいわけではありません。止めましょう、この話は」
「問題抱えたまま黙っているのは好きじゃねえよ、俺」
「私の態度が悪かったのです」
「話してくれ」
 凜太にとって、淳之がここまで強情なのは計算外の出来事だった。譲らない淳之に、結局折れたのは凜太で、ソースを付けた状態だったが一度皿に置いた。
「一馬兄さんのことです。この前私の家に来たのですが、とても痩せていました。ご飯が入らないみたいなんです。理由を聞いたら仕事疲れだと言い張りました」
「言い張るって言い方。凜太は仕事のせいとは思ってないんだな?」
「半分は信じています。真実は本人にしか判りませんから、信じるしかない気持ちもあります」
「一馬さんは、奥さんのことを本当に好きなのか?」
 鋭い痛みが駆け抜け、台風に荒らされたように心が乱れた。
「好きだから、結婚したんでしょう。結婚式でも、お二人はとても幸せそうでした」
「ふうん」
 ソースに付けた串はほとんど冷めている。林檎にソースが混じり、串を持ち上げると衣が簡単に剥がれてしまった。

「送って下さり、ありがとうございます」
「まだ犯人も捕まってないしな」
 変死体は見つかる一方で、警察の失態ばかりが取り上げられている。
 淳之は紙袋を凜太に手渡した。
「クリスマスプレゼント」
「ありがとうございます。私もあります。どうぞ」
「今開けるべき?」
「お互い開けましょうか」
 霜夜では闇がふたりを包み、街灯の明かりが頼りだ。
「マフラーだ」
「凜太っぽいイメージにした」
「藍色ですね。とても好きな色です。ありがとうございます」
 淳之の手の中には、数枚のスポーツタオルだ。
「大学生になっても、ご活躍を期待しています」
「ありがとう」
 沈黙の間を氷のような冷たさの風が吹き抜ける。目を瞑るのと同時に、淳之は相手の頬に手を添え、唇を重ねた。柔らかだが乾燥した唇を舐め、もう一度触れる。
「一月はちょっと忙しくなるから、なかなか会えないかも」
 返事の代わりに手を握った。
「受験生ですし、むしろクリスマスに会えたのが奇跡に近いです。送って下さりありがとうございます。どうか、気をつけて」
「おう」
 応援の意味も込め、凜太は握手を交わし、家の中へ入った。部屋の明かりを付けると池の錦鯉たちはぱしゃぱしゃと水を跳ねる。いつもの光景だが、今日はいやに長い。月明かりを頼りに窓を開けると、枯れ果てた桜の木に何かが引っかかっている。手を伸ばすと枝が揺れ、木の葉が池に落ちた。錦鯉は餌だと勘違いをし、さらに水面を揺らした。
 ビニール袋の中には白い箱に緑と赤のリボンが付いた小包が入っている。白い息を吐きながら開けると、歪んだケーキが入っていた。
 淳之ではない。彼ならば、直接渡せばいいだけだ。それに、わざわざ木にぶら下げたりしない。消去法で、一人しかいなかった。
 
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