上 下
23 / 36
第一章 ふたりの出会い

023 大切な家族

しおりを挟む
「並ばないのか?」
「冗談はやめろ。そんなつもりで来たわけじゃない」
「でも会いにきたんだろ? そうだ。裏口で待ち伏せてみようか」
「俺のこの見た目でか? 捕まるぞ」
「俺も一緒に待つよ」
「捕まるは否定しろよ」
 平賀は妹の姿を見つめ、唸った。
 家庭や兄弟の事情は様々だろうが、もし兄弟が待っていてくれたら嬉しいと思う。そう願う。
 写真撮影は近い距離で行われたが、密着するほどでもなかった。十二歳の子供へ並ぶ列が長蛇となり、まだかまだかと待つ大人たちは、闇深い。
 先に階段を上って地上へ出た。地下というだけで息苦しさがある。進んで地下での活動を行う彼女たちだが、追いやられた聖域に感じた。
 細い路地を抜けて裏口へと回ると、スタッフらしき人物が一人立って紫煙を燻らせているだけだ。
 帽子を被った少女たちが裏口から出てくる。音兎はまだ来ない。
「あいつ……さっきからこっちを見てる」
 気になったのは、建物の反対側にいる男性だ。グッズのピンクのシャツを着ていることから、ファンであるのは間違いない。
「俺らと同じく待ってるのかな」
 扉が開き、背の小さな少女が現れた。男性と一緒だ。
 音兎は男性の腕に手を絡め、仲つつまじい様子だった。
 少女と父親ほどの年齢。どのような関係か謎だが、端から見ればそういう風に見えてしまう。
 向こうにいる男が少女ににじり寄っていく。
 同時に平賀も飛び出した。遅れて優月も走り出す。
「後ろだ!」
 煙草を吸っていたスタッフは慌てて振り返る。突進してくる男を見て小さな悲鳴を上げた。
 スタッフでは太刀打ちできないと即座に反応し、優月と平賀は男の前に立ち、少女を背後に隠した。
 扉が開け放たれ、男性たちが外へ出てきた。
 音兎と一緒に出てきた男性は声を上げる。
「こっこの人たちが襲おうとしてきて……!」
「はあ? 俺たちは……」
「早く警察に通報を!」
「ちょっと待って下さい! ただその子に……」
 そう、同じなのだ。事情を知らなければ、少女に歩み寄る不審者にしかすぎない。勘違いされてもおかしくない。
「お待ち下さい」
 よく通る声が降りかかり、肩を掴まれた。
 ブロンドヘアーに光が集まると色の変わる瞳。小さなオーロラだ。
「リュカさん……どうしてここに……」
「うちの者が何かしましたか?」
 リュカは優月の質問に答えず、スタッフへ投げかけた。
「うちの者? 身内の方ですか?」
 スタッフの一人は怪訝そうに見やるが、リュカの風貌に恐れにも似た感情を抱いている。目が揺れ、動揺していた。
「ええ、身内です」
 さり気なくリュカは左手の薬指を見せた。
 意味あり気にリュカに見つめられ、優月も月の神子としての証を掲げる。
 人間は自分にない価値観を持つ者と出会うと固まるらしい。それが今、証明された。
 男同士の指輪の意味を勘違いしたスタッフたちは怯んでいる。その間に、
「お怪我はございませんか?」
 リュカは少女へ聞くと、脅える彼女は小さく頷いた。
「この者たちは私が引き取ります。大変失礼致しました」
 リュカは優月と平賀に目配せし、足早に去った。

「いろいろとご迷惑をかけてすみません」
 平賀はリュカに頭を下げ、夜道を歩いていった。
 大きな背中は悲しみを背負っている。あのような形で妹と対面など、望んでいなかっただろう。
 しばらく彼の後ろ姿を見つめていると、リュカの誘いで夕食はふたりで取ることになった。
 近くのファミレスへ入り、好きなものを注文しなさいというリュカだが、あまり食欲がない。
 お茶漬けとサラダを注文したら、訝しむような目で見られた。
「リュカさんは仕事帰りですか?」
 相変わらずスーツが決まっている。
「ええ、そうです。普段は通らない道なのですが、本日はなぜかあの道を通りたくなったんです。通らなければならないような……そんな気持ちでした」
 リュカの視線が落ちる。左手の薬指には真新しい指輪だ。仲にはムーンストーンが埋め込まれている。
 無理してつけなくていい、と言おうと口を開くが、リュカがあまりに嬉しそうに笑みを振りまくので止めた。
「どんなに遠くにいても、神子と贄は居場所が判り、引かれ合うって聞いたことがあります。神様への献上する供物を逃さないようにするための繋がりが指輪だとも」
「もし私がイギリスに閉じこめられても、すぐに見つけてもらえそうですね」
「え?」
「冗談です。さあ、まずは食べましょうか」
 リュカはいただきます、と手を合わせて箸を持った。
 箸の使い方も完璧なジェントルマンは、和食を好む。
「フィッシュアンドチップスとか食べたくなりません?」
「イギリスでもそれほど食べていたわけではありませんよ。ただ、懐かしくはあります。注文しますか?」
「俺はいいです。お腹いっぱいです」
 リュカは追加でソフトクリームを頼んだ。
「今日、助けて下さりありがとうございました」
 リュカは何も聞いてこないので、優月は自分から切り出した。
「あなたが少女を襲うような人間ではないと承知していますが、あの場面は誤解されても致し方ない状況でした」
「そうですね……裏口で待っていようなんて俺が出した案なんです。あの子は平賀の妹なんです。わけあって別に暮らしているみたいで、俺は誘われてライブ会場についていったんです」
「兄弟で離れ離れになる寂しさは、優月だからこそ理解できたのですね」
「オリバーさんと離れて暮らしていて、寂しくないですか?」
「清々します」
 リュカは間髪を入れずに答えた。
 オリバーの子犬のような顔が目に浮かぶ。
「彼のことは嫌いではありませんが、少々離れているくらいがちょうどいいのです。物理的な距離の問題もありますし、心の距離も含めてです」
「程々の距離感って難しいですね」
 優月はソファーにもたれ、天井を見上げた。
 月ほどの輝きはないが、照らす光は人工的な輝きを放っている。
 左手に生暖かいものが触れた。リュカが薬指の指輪を撫でている。
 優月はしたいようにさせた。
 しばらくそうさせていたが、リュカは一向に止めなかった。
 手を握ってきたので、握り返した。
「距離感とは……私の永遠の課題です」
 あまりに難しそうな顔をするので、どうしても笑いをこらえることができなかった。
「骨董品の鑑定をしているときも、そんな顔しないですよ。ただ、俺以外の人とこうするのは止めた方がいいです」
「優月としかしません」
 リュカは時折、子供みたいな仕草をする。
 今のように唇を尖らせたり、食べたかったケーキが売り切れていたときにむっとした表情を見せたり。
 母親の話をするときにも似た顔を見せる。
 もしかしたら、彼は母親を求めているのかもしれない。幼い頃に身体が弱かったらしいが、母とは一緒に住んでいなかった。弱る気持ちのときは愛する者に側にいてほしいのは誰でもそうだ。
 彼が落ち着くまで、したいようにさせていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キミに処刑場で告白をする

不来方しい
キャラ文芸
大学一年の夏、英田ハルカは沖縄へ来ていた。祖父が亡くなり、幼なじみとの関係に思い悩む日々を送り、手元に残されたのは祖父の遺品である青い宝石のついた指輪。自暴自棄になったまま、大切な指輪ごと海へ沈もうかと、指輪を投げた瞬間だった。 いとも簡単に海へ飛び込み、指輪を拾おうとする男が現れた。落ちた男を助けようとハルカも海へ飛び込むが、結局は彼に助けられてしまう。 彼はフィンリーと名乗り、アンティーク・ディーラーとして仕事のために沖縄へきたと告げる。 フィンリーはハルカに対し「指輪を鑑定させてほしい」と頼んだ。探しているものがあるようで、何かの縁だとハルカも承諾する。 東京へ戻ってからも縁が重なり、ハルカはフィンリーの店で働くことになった。 アルバイトを始めてからまもなくの頃、大学で舞台の無料チケットをもらえたハルカは、ミュージカル『クレオパトラ』を観にいくことになった。ステージ上で苦しむクレオパトラ役に、何かがおかしいと気づく。亡くなる場面ではないはずなのにもがき苦しむ彼女に、事件が発生したと席を立つ。 そこにはなぜかフィンリーもいて、ふたりは事件に巻き込まれていく。 クレオパトラ役が身につけていたネックレスは、いわくつきのネックレスだという。いろんな劇団を渡り歩いてきては、まとう者の身に不幸が訪れる。 居合わせたフィンリーにアリバイはなく、警察からも疑われることになり、ハルカは無実を晴らすべく独りで動こうと心に誓う。

坂本小牧はめんどくさい

こうやさい
キャラ文芸
 坂本小牧はある日はまっていたゲームの世界に転移してしまった。  ――という妄想で忙しい。  アルファポリス内の話では初めてキャラ名表に出してみました。キャラ文芸ってそういう意味じゃない(爆)。  最初の方はコメディー目指してるんだろうなぁあれだけど的な話なんだけど終わりの方はベクトルが違う意味であれなのでどこまで出すか悩み中。長くはない話なんだけどね。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。

薬膳茶寮・花橘のあやかし

秋澤えで
キャラ文芸
 「……ようこそ、薬膳茶寮・花橘へ。一時の休息と療養を提供しよう」  記憶を失い、夜の街を彷徨っていた女子高生咲良紅於。そんな彼女が黒いバイクの女性に拾われ連れてこられたのは、人や妖、果ては神がやってくる不思議な茶店だった。  薬膳茶寮花橘の世捨て人風の店主、送り狼の元OL、何百年と家を渡り歩く座敷童子。神に狸に怪物に次々と訪れる人外の客たち。  記憶喪失になった高校生、紅於が、薬膳茶寮で住み込みで働きながら、人や妖たちと交わり記憶を取り戻すまでの物語。 ************************* 既に完結しているため順次投稿していきます。

バリキャリオトメとボロボロの座敷わらし

春日あざみ
キャラ文芸
 山奥の旅館「三枝荘」の皐月の間には、願いを叶える座敷わらし、ハルキがいた。  しかし彼は、あとひとつ願いを叶えれば消える運命にあった。最後の皐月の間の客は、若手起業家の横小路悦子。 悦子は三枝荘に「自分を心から愛してくれる結婚相手」を望んでやってきていた。しかしハルキが身を犠牲にして願いを叶えることを知り、願いを断念する。個性的な彼女に惹かれたハルキは、力を使わずに結婚相手探しを手伝うことを条件に、悦子の家に転がり込む。  ハルキは街で出会ったあやかし仲間の力を借り、悦子の婚活を手伝いつつも、悦子の気を引こうと奮闘する。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

海の見える家で……

梨香
キャラ文芸
祖母の突然の死で十五歳まで暮らした港町へ帰った智章は見知らぬ女子高校生と出会う。祖母の死とその女の子は何か関係があるのか? 祖母の死が切っ掛けになり、智章の特殊能力、実父、義理の父、そして奔放な母との関係などが浮き彫りになっていく。

求不得苦 -ぐふとくく-

こあら
キャラ文芸
看護師として働く主人公は小さな頃から幽霊の姿が見える体質 毎日懸命に仕事をする中、ある意識不明の少女と出会い不思議なビジョンを見る 少女が見せるビジョンを読み取り解読していく 少女の伝えたい想いとは…

【完結】陰陽師は神様のお気に入り

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
キャラ文芸
 平安の夜を騒がせる幽霊騒ぎ。陰陽師である真桜は、騒ぎの元凶を見極めようと夜の見回りに出る。式神を連れての夜歩きの果て、彼の目の前に現れたのは―――美人過ぎる神様だった。  非常識で自分勝手な神様と繰り広げる騒動が、次第に都を巻き込んでいく。 ※注意:キスシーン(触れる程度)あります。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※「エブリスタ10/11新作セレクション」掲載作品

処理中です...