アレの眠る孤塔

不来方しい

文字の大きさ
27 / 38
第三章 親子

027 ドイル

しおりを挟む
 俺なりの成果を披露すると、決まってドイルさんは眉間に川を作った。これがちょっと感情が読めなくて、良いも悪いも言わないものだから無言の時間が流れていく。無駄な時間とは思わないけれど、アルネスとは違い、個性溢れる間の取り方だ。ほんの数秒でも、長い時間に感じられる。
「……まあ、悪くない」
「よしっ」
 記憶力はお墨付きで、こういう頭に叩き込めばいい単純作業は、集中力さえ続けばずっと本を読んでいられる。小難しいことを言われるより楽だ。
 地上にあるリビングで行われている勉強会だ。地下には入れるつもりはないらしく、専らここで先生と生徒の時間だ。
 今日は模型の心臓を使っての授業だった。
「ドイルさんって、俺のことをどこまで聞いてるの?」
「捜している息子がいる、くらいだな」
 あいつとは性に合わない、と悪態をつく。
「今回のことは、なぜ引き受けてくれたんですか?」
 垂れ下がった瞼が上がり、ぎろりと俺を睨む。
「ひよっこはこれからの未来はどうなると思う?」
 質問に質問で返されてしまった。
「うーん……まずは放射能だらけの世界をなんとかしないとなあ。今は魚もなかなか食べられなくなったし、出回ってるドラッグについても解明しないと」
「ドラッグは三区の奴らがしでかしたものだ。一区も二区も関係はない。三区にしか咲かない植物があり、恐らく彼らが作ったんだろう」
「詳しいんですね」
「情報はいやでも入ってくる」
「情報屋さんでもできそうですね。ついでなんですけど、それって政府は知ってるんですか?」
みなが三区から買い取っているわけではない。政府の中でも、ごくわずかの人間だろう」
「ハクについて、詳しく知りません?」
 眉間の川が深くなった。そう簡単には、ノリでは教えてくれないらしい。
「ダメ?」
「あやつのことを聞いて何になる」
「友達だから知りたいんです。アルネスが言うには、何か秘密を抱えていたとか何とか」
「ハクは異物だ。あやつは死人の臭いがする」
 よく分からない表現だ。
「あやつと関わったものは、不幸や謎の死を迎えている。神隠しにでもあったように、死体すら上がらずに消え失せる」
「なんだそれ。俺は関わってますけど、死んでませんよ。アルネスも、タイラーも、シルヴィエも」
 俺はここで一つの疑惑が頭に浮かんだ。不幸や謎の死。それは、アルネスたちと関わった人間やアンドロイドが、いろんな方法で消されていることを差しているのではないか。俺にも覚えのある話は、ここで言うべきことではないだろう。そして、アルネスにも消された彼らの居所を聞くべきじゃない。
 知らない方が幸せな場合もあると、ドイルさんにも黙っていることにした。というか、俺も詳しく知らない。
「そしてアルネスアーサーは、お前をいずれ不幸にする」
「今度はアルネスですか」
「死にたくなければあやつから離れろ。すぐにでも」
「お断りします。アルネスの側にいて不幸になるなら、喜んで不幸になります」
「心臓移植も、どうせアーサーにするために覚えようとしているのだろう。酔狂人め」
 ひよっこ、酔狂人ときて、次はなんと呼ばれるのだろう。ここにきてちょっとわくわくしてきた。
「なぜ、アルネスの側にいると不幸になるんですか? それって、昨日言ってた引き金を引くのにも躊躇しないってのに関係あります?」
「何百年も前の話だ。数で襲ってきた政府をひとりで片づけたことがある。身体が血に染まろうとも、骨が折れようとも、あいつひとりで、な」
 懐かしい想い出を慈しむというより、苦い薬を吐き出したいといった顔だ。
「……それって、誰も助けようとはしなかったんですか」
 怒り、悲しさ、どんな感情が一番近いかというと、激怒だ。そんなに怒りの沸点が低いわけじゃないけれど、一気に上昇していく。
 ドイルさんの瞼がぴくりと動いた。
「アルネスひとりで戦わせて、他のアンドロイドたちは?」
「皆があやつのように強いわけではない。死が訪れるか否かは、まったく別の生き物だ。儂らと化け物を一緒にするな」
「……もしかして、自分が許せないんですか?」
「なんだと?」
 タイラーお手製の椅子はぎしりと軋む。
 俺は本棚にあった、心理学の本を思い出していた。人は嘘を吐くと、何かしら表情や仕草に異変が現れる。片眉を動かしたり、瞬きがやたら多くなっている。この人は、心が目に宿る人だ。
「戦うって、別に武器を持って戦えって言っているわけじゃないです。サポートだとか、戦い方はそれぞれあります。手当てしたり、ご飯作ったり」
「手当てはあやつに必要ないだろう」
「あいつなら大丈夫、どうせ死なない、ひとりでも平気だとか、そういう考えがアルネスを追い詰めるんです。けど、心は傷つくし、神経は通ってるから痛い思いはするし、あいつにはご飯が必要です。あんまり料理上手じゃないし!」
 一度着火するとヒートアップし、誰かに水をかけて欲しいと思っても火は燃えさかる一方で、鎮火できるのは診察室で丁寧な治療を行う男しかいない。
「この世界の理に逆らえず、ドイルさんは諦めたから森に住んでいる。黙って死を迎えようとしている。でもここに来て俺に手術のやり方を教えてくれるのは、世の中を変えたい意思は残っているから」
「……それがひよっこの見解か」
 分解された心臓に弁をつけていくが、何かおかしい。それ逆じゃないですか、と指摘すると、アルネスのお説教くらい深いものが眉間に現れ、ドイルさんは無言で直していく。
「人が死ぬのは怖い。それは当たり前の感覚だ。だがな、儂はその当たり前が無くなるのは人の死を見るより怖かった。外を歩けば死体が転がっていて、どこからか銃声が聞こえる。慣れていく自分が怖かったんだ。失われつつあった感情は凍ってしまい、溶けることすらなくなった」
「それと手術をしなくなったのには何か関係あるんですか?」
 しばらく静寂が続く。俺とアルネスも口論をしていると、よく似た空気になるが、アルネスは辛抱強く待っていてくれる。だから、俺も我慢してみた。
「儂の家族もアーサーと同じように心臓を弄られた。あやつと異なるのは、失敗作だったことだ。唯一の救いは、儂が心臓移植のできる医師だったということ。不幸なのは、手術を失敗してしまったことだ。ど素人でも犯さないミスをやらかしてしまった」
「どんなものですか?」
 ドイルさんは握り拳を作った。微かに震えている。
「輸血の血を間違ったんだ。思い込んでいた家族の血液型は違っていた。儂は調べもせず、A型にB型の血を入れてしまった」
 A型にはB抗体があり、輸血をしてしまうと死に直結する。しつこいくらいに、血については何度もアルネスと勉強をした。
「全身悶えながら痛みに苦しむ姿を見ても、儂はなぜあのような反応になるのか分からないでいた。自分の過ちに気づいたのは、兄の心臓が止まった後だった。それから儂は医師を辞めて、人里離れた場所に家を建てた。儂は現実から逃れたかっただけだ」
 世界の不条理と兄の死。それがドイルさんを遠ざけたのだろう。水だって無限に入れられる器はない。不の感情も、溢れてしまえば心を蝕む。
「アーサーといれば不幸になると言った話だがな、人の命を生かすも殺すもできる職業の者とはいるべきでないという意味だ」
「……ドイルさんって、優しいんですね」
「上手いことを言ったものだ。優しいと臆病は紙一重だ」
「なら優しいでいいじゃないですか。俺の心配までしてくれて。けどそれを俺に言ったところで、俺はますますアルネスの側にいようって思うだけですよ」
 組み立てたはずの心臓は何かがおかしい。右心房にあるはずの上大静脈が、左の部屋に繋がれている。そのままにするのも間違えて覚えそうなので、元に戻した。気まずい。この人に教えてもらい、大丈夫なんだろうか。けれど間違いが分かるのは、少しずつ身についているからだと前向きに考える。
「わざわざアルネスがドイルさんに今回の件を頼んだのは、きっと乗り越えてほしいからだと思いますよ」
「フン。政府と繋がりがあるか、見張りたいだけだろう」
「あ、それはあるかも。何百って神経を張り巡らせている人だから。頭が良くて尊敬してるんですよね。かっこよくて知識も豊富で、大好き」
「心臓移植の知識より、言葉の語彙を増やした方がいいな」
 隣の診察室から、ゴンという鈍い音が聞こえた。心配だが今日は来るなと言われているから、様子を見に行けないのが何とも歯痒い。
「さて、続きをやろう」
 未だにひよっこ扱いされているけれど、やってきたときよりドイルさんは気持ち穏やかな顔をしているような気がする。心臓移植をしっかり身につける目的と、いずれはドイルさんに名前を呼んでもらう目的と二つに増えた。これがドイルさんなりの戦い方だろう。メスは持たなくても、腕を俺に伝授してくれる。オレは彼の闘志を、真っ正面から受け入れる。
 数時間に及ぶ熱心な授業を終えて彼が戻る頃、診察を終えたアルネスがリビングに入ってきた。
「お疲れ。なにそれ?」
「患者からもらった」
 密閉された透明な瓶の中には、虜になるほど魅力的な液体が入っている。
「ミルクだ……!」
「うちにいる山羊とは違う生き物から搾ったものだ」
 何の生き物かは言わないが、好きに使えと有り難いお言葉は頂戴した。
「なんか外が騒がしくないか?」
「この時期はアンドロイドたちも気持ちが浮き立つ。明日は祭りのようなものだ」
「祭り? そんな風習があるのか」
「年越しだからな。政府もシェリフも見回りをする。毎年の如く、私は外へは出ない」
 壁に貼られたカレンダーも、もう終わりを迎える。寂しい気もするが、きっと来年の分もアルネスが飾ってくれるだろう。
「アルネスは俺がいない間、何してたんだ?」
「特に何も。しいて言えば、読書だ」
「なあ、これで美味しいものを作っていい?」
「構わん」
 元々、そのつもりで渡してきたのかもしれない。普段は薬として使うので、食卓に滅多に上がらない。
「……私の作る料理は、好きではないか?」
「え、なんだよ突然。好きに決まってるだろ。一生懸命作ってくれたんだから」
「…………そうか」
 独特の間はいつものことであっても、アルネスの目は泳いでいる。
「アルネスの作る料理は……美味しいし、大好きだよ。いつも作ってくれて、ありがとう。仕事が忙しいんだし、無理しなくていいからな」
 かく言う俺の目も一瞬泳いだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

安全第一異世界生活

ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん) 新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

処理中です...