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第二章 それぞれの人生へ
024 空
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「あーあ、ずっとこんな世の中ならなあ」
「服が汚れるぞ」
畑の横で、肇は大の字になった。仕方なく、虎臣も横に腰を下ろす。
肇は太股に頭を乗せてきた。
「幸せってこういうことを言うんだろうな。お前といると、心底落ち着く」
「嫁さんをもらって、毎日こうしてもらったらいいじゃないか」
「ん……それは俺の幸せじゃないが、そうか。そういう未来もあったのかもしれないな」
最後はよく聞き取れなかったが、肇は目を瞑って寝息を立ててしまった。
肇が帰る日、虎臣は大きめの握り飯を二つ作った。そして水筒にはたぷたぷになるまで山から流れる甘い水を入れて渡した。
「何も送ってくれなくていいのに」
「お前が来てくれて嬉しかったんだ。肇は僕の従兄弟だし、家族だ。わざわざ会いにきてくれて、くだらないことで笑い合えるのも、幸せなのかもしれない」
「虎臣」
両手に肇の大きな手が添えられる。はっきり伝わるほど、震えていた。
「肇? どうかしたのか?」
「お前と一緒に過ごした二日間、楽しかった」
「僕も同じ。楽しかったよ」
「やっぱり俺、お前が好きだ」
一世一代の告白だと思った。
今までも好意をそれとなしに伝えてきた肇だが、これほど真剣な目は初めてだった。
虎臣は目を閉じて、今までの人生と肇と過ごした日々を思い出してみる。
肇といる時間は本物で、とても楽しい日々だった。年が同じこともあり会話もはずみ、彼は話を引き出すのが上手い。話し下手な虎臣がおしゃべりになるほど、聞き上手だ。
肇と口づけを交わせるか、と考えるとできなかった。好意に好意で返せなくて、急に目の前の酸素がなくなった気がした。
諦めたはずの顔が浮かんできて、独りで闇の夜道を歩いている気分だ。肇と一緒にいる方が幸せになれる。虎臣が今、選ぼうとしている道は絶望でしかない。数歩歩けば崖しかない。
肩に力がこもる。虎臣は振り払わず、そっと手を重ねた。
「ありがとう。ずっと秘密にして、心に閉まっておいてくれたんだな。僕の秘密も打ち明けるよ。僕は、一二歳の頃からずっと好きな人がいる。馬鹿みたいだが、この気持ちはなくなったことがないんだ。向こうから連絡をくれると言ったのに、何一つないけど、それでも想い続けている」
「例の八重澤君か。あーあ、やっぱり勝てなかったか」
「本当に……馬鹿だよな」
「馬鹿でもいいさ。そんなお前を好きになっちまったんだから、俺も馬鹿だ。最初から勝ち目がないのに。ただ一つ言いたい。絶対に諦めるなよ。八重澤君はきっとお前のことを忘れたわけじゃない。俺の勘がそう言ってる」
「なんだよ。勘か」
「笑ったな。けど、俺の勘はそこそこ当たるんだぜ。連絡をくれなかったのも、女の人と一緒にいたのも、事情があるんだ」
「絶望的だな」
「それでも諦めるなよ、虎臣。俺はお前の恋愛を応援してる」
「今、振られたんだぞ? よく応援できるよなあ」
「できるさ。なんせ地球上でお前が一番好きなんだから」
肇の唇が近づいてくる。彼を信頼して、目を閉じた。
信頼通りに唇は頬に当たり、すぐに離れた。
船の汽笛が鳴った。あと少しで出発の合図だ。
肩から手が離れていく。今生の別れではないのに、名残惜しくて指先に触れた。
「握り飯と水もありがとうな。俺は世界一幸せ者だ」
「大げさなことを言うなよ。またいつでも来てくれ」
肇は振り返らない。他の家族は船の甲板へ出て別れを惜しんでいるが、肇は出てこなかった。
寂しかったが、これも肇らしいと思うことにした。
大きく汽笛が鳴り、船が離れていく。広い広い海へ旅立っていく。
小さくなり、やがて見えなくなる。
他の見送り客がいなくなっても、虎臣は青い海と空をしばらく眺めていた。
「服が汚れるぞ」
畑の横で、肇は大の字になった。仕方なく、虎臣も横に腰を下ろす。
肇は太股に頭を乗せてきた。
「幸せってこういうことを言うんだろうな。お前といると、心底落ち着く」
「嫁さんをもらって、毎日こうしてもらったらいいじゃないか」
「ん……それは俺の幸せじゃないが、そうか。そういう未来もあったのかもしれないな」
最後はよく聞き取れなかったが、肇は目を瞑って寝息を立ててしまった。
肇が帰る日、虎臣は大きめの握り飯を二つ作った。そして水筒にはたぷたぷになるまで山から流れる甘い水を入れて渡した。
「何も送ってくれなくていいのに」
「お前が来てくれて嬉しかったんだ。肇は僕の従兄弟だし、家族だ。わざわざ会いにきてくれて、くだらないことで笑い合えるのも、幸せなのかもしれない」
「虎臣」
両手に肇の大きな手が添えられる。はっきり伝わるほど、震えていた。
「肇? どうかしたのか?」
「お前と一緒に過ごした二日間、楽しかった」
「僕も同じ。楽しかったよ」
「やっぱり俺、お前が好きだ」
一世一代の告白だと思った。
今までも好意をそれとなしに伝えてきた肇だが、これほど真剣な目は初めてだった。
虎臣は目を閉じて、今までの人生と肇と過ごした日々を思い出してみる。
肇といる時間は本物で、とても楽しい日々だった。年が同じこともあり会話もはずみ、彼は話を引き出すのが上手い。話し下手な虎臣がおしゃべりになるほど、聞き上手だ。
肇と口づけを交わせるか、と考えるとできなかった。好意に好意で返せなくて、急に目の前の酸素がなくなった気がした。
諦めたはずの顔が浮かんできて、独りで闇の夜道を歩いている気分だ。肇と一緒にいる方が幸せになれる。虎臣が今、選ぼうとしている道は絶望でしかない。数歩歩けば崖しかない。
肩に力がこもる。虎臣は振り払わず、そっと手を重ねた。
「ありがとう。ずっと秘密にして、心に閉まっておいてくれたんだな。僕の秘密も打ち明けるよ。僕は、一二歳の頃からずっと好きな人がいる。馬鹿みたいだが、この気持ちはなくなったことがないんだ。向こうから連絡をくれると言ったのに、何一つないけど、それでも想い続けている」
「例の八重澤君か。あーあ、やっぱり勝てなかったか」
「本当に……馬鹿だよな」
「馬鹿でもいいさ。そんなお前を好きになっちまったんだから、俺も馬鹿だ。最初から勝ち目がないのに。ただ一つ言いたい。絶対に諦めるなよ。八重澤君はきっとお前のことを忘れたわけじゃない。俺の勘がそう言ってる」
「なんだよ。勘か」
「笑ったな。けど、俺の勘はそこそこ当たるんだぜ。連絡をくれなかったのも、女の人と一緒にいたのも、事情があるんだ」
「絶望的だな」
「それでも諦めるなよ、虎臣。俺はお前の恋愛を応援してる」
「今、振られたんだぞ? よく応援できるよなあ」
「できるさ。なんせ地球上でお前が一番好きなんだから」
肇の唇が近づいてくる。彼を信頼して、目を閉じた。
信頼通りに唇は頬に当たり、すぐに離れた。
船の汽笛が鳴った。あと少しで出発の合図だ。
肩から手が離れていく。今生の別れではないのに、名残惜しくて指先に触れた。
「握り飯と水もありがとうな。俺は世界一幸せ者だ」
「大げさなことを言うなよ。またいつでも来てくれ」
肇は振り返らない。他の家族は船の甲板へ出て別れを惜しんでいるが、肇は出てこなかった。
寂しかったが、これも肇らしいと思うことにした。
大きく汽笛が鳴り、船が離れていく。広い広い海へ旅立っていく。
小さくなり、やがて見えなくなる。
他の見送り客がいなくなっても、虎臣は青い海と空をしばらく眺めていた。
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