あの夏をもう一度─大正時代の想ひ出と恋文─

不来方しい

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第一章 想ひ出

011 隠

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 昨日の夜に話した内容を柏尾に告げると、彼は興奮気味に何度も頷いた。
「俺たちで解決しようぜ。放課後に先輩がいた校舎へ行こう」
「三年の教室へか? その前にお前は部活動があるだろう」
「う…………」
「俺たちで聞き回るから、お前は野球に集中してくれ」
「進展があったら教えてくれよ」
「もちろんだ」
 授業を受けている間、窓から見える校庭を眺めた。
 事件が跡形もなくなったようで、校庭で体育の授業もしている。
 そう、跡形もないのだ。これがひどく悲しかった。
 人は簡単に死ぬし、生きた痕跡さえ消されていく。
「…………痕跡?」
「本田? どうした?」
「いえ、なんでもありません」
 教師に名前を呼ばれ、いらぬ注目を浴びてしまった。
 授業に集中しつつ、もう一度小屋を見やる。授業の終わりが近づき、生徒が片づけを行っている。
 現場検証はとうに終え、すべてが闇に葬られようとしていた。
「何かあったのか? 先生がお前のことをずっと見ていたぞ」
 気づけば、とっくに授業は終わっていた。
 幸一は心配そうに顔を覗き込んでくる。
「いや、とくに…………お前に嘘をついても仕方がないな。亡くなった生徒は無念だったろうなと思っていただけだ」
「無念を晴らすためにも俺たちで謎に挑もう」
「疑いが晴れたとはいえ、八重澤は当事者でもあるもんな」
 松葉杖が手放せない八重澤は、徐々に良くなってきているとはいえ痛々しい。
「ちょっと提案なんだが、三年の教室へ行くのと故人の部屋へ行くのと手分けしないか?」
「良い提案だと思うよ。どう分ける?」
「俺が三年の教室へ行く。本田は寄宿舎へ向かってくれ」
「了解」
 一番良い分け方だろう。人の心に入り込める幸一は三年相手に動き回れる。
「身体に気をつけてな」
「ああ、そっちも」
 自分よりも他人の心配をする幸一は相変わらずだ。
 幸一は松葉杖もうまく使いこなせるようになり、彼を見届けてから寄宿舎へ向かう。
 寄宿舎は一年から三年までそれぞれ別れており、基本的に部屋は変わらない。三年が卒業すると、彼らが使っていた部屋は新入生が使うことになる。これは入学するまで知らなかった事実だ。よほどのことがない限り三年間、幸一と共に過ごすことになる。
 玄関広間で管理人に許可をもらい、中へ入らせてもらった。
 亡くなった生徒の家族がすでに荷物を引き取りにきたためか、入学当初のようにきっちりと片づいている。
 残っているものは箪笥や机などだ。床には塵はまったくない。
 警察もこと細かに調べた後であり、望み薄だが、虎臣は一番下から箪笥を開けた。
 下着一つすら残っていない。念のため箪笥の裏も見るが、何もなかった。
 机の引き出しも同じだが、真ん中の引き出しを開けたとき、何かが擦れる音が鳴った。もう一度と引いてみると、紙の擦れる音だと判った。
 引き出しを抜いてひっくり返してみると、紙切れが貼られていた。
──窓の下。
 虎臣は窓を開け、地面をのぞき込む。
 土の一部に草が生えていない。直感的に掘り起こした跡だと感じた。
 ひと通り確認した後、虎臣は寄宿舎を出て裏口へ回る。
 土に触れてみると、草の生えている場所よりも柔らかい。
 手ですくって穴を広げていくと、柔らかい何かに触れた。
 袋だった。中には手帳が入っている。
 背中は発汗し、こめかみから汗が流れ落ちる。
 これは絶対に見つかってはならないものだ。死者が残した最後の足掻き。
 土を元に戻し、虎臣は踵を返し早歩きでその場を去った。

 部屋を施錠し、布団へ腰を下ろす。
 虎臣はまず幸一の話を聞くことにした。
「仲の良かった生徒が数人いて、いろいろ話してくれた。亡くなった管野進には、悩んでいたことが二つあったらしい。一つが将来について。もう一つが恋愛について。後者はよく判らなかったが」
「将来ってのは、就職か大学へ行くかの話か?」
「親の希望では高校を卒業したら働いてほしかったらしい。本人の希望では、大学を望んでいた」
「それが拗れて事件に繋がるなんて考えられないな。自死ならともかく。もう一つの恋愛っていうのは?」
「付き合っていた人がいたらしい。本人がそうほのめかしていたが、相手は絶対に明かさなかったと。休みの日に出かける様子もなく、本当に恋人がいたのか謎だと言っていた」
「言えない相手……」
 ふと、虎臣は幸一を見た。
 彼を人に紹介するなら、同じ高校に通う友人だと言うだろう。
 それ以外は、言えない。
 張り巡らされた糸が一本に繋がる。もし、彼も同じ立場でいたのなら。言えない相手、でも幸せを少しでも回りの人間に判ってほしい。だから中途半端に友人に漏らしたのだとしたら──。
「ねんごろな相手がいたとすれば、休みの日に会いに行かなくてもいい人ってことになる」
「同じ高校……か?」
「毎日会っているのなら、出かける必要はないからな。俺なら想う相手がいれば、少しでも話したくて手紙を出しにいくだろう。同室の人にも聞いたが、彼が手紙を書いているところは一度も見たことがないそうだ」
「っ………じゃあ、彼が嘘をついたかこの学校に相手がいるか……ってことか」
「友人にも言えない事情は、俺ならよく判る」
 幸一の手が伸びてきた。手のひらは怪我をした頬を撫で、離れていく。
 この学校には、男子しかいない。
「休日も部屋から出る様子はなく、勉強するか本を読むかだったそうだ。ってことは、同じ学年の可能性が高い」
「そうなるよな……。同室の人の可能性は?」
「嘘をついている感じではなかったし、恋人という様子でもなかった。近しい人が殺されたことに頭を抱えていて、彼もまた疑われているらしい」
 同室であるなら、なおさら警察官の監視は厳しくなるだろう。
「警察ごっこをするならさっさと解決しろ、と投げやりな態度だった。同室の人が死んで悲しんでいるよりは、犯人扱いは勘弁してくれという感じだった。警察官だけでなく、親や教師にも同じ話ばかりさせられてうんざりしていたな」
 疑われて助けてほしいと、藁にもすがる思いだったのだろう。
「ところで、それはなんだ?」
 幸一は虎臣の手の中にある袋を指差す。
「八重澤の話を聞いてから確認しようと思っていたんだ」
 虎臣も今日一日あった出来事を話した。
「故人が土に埋めた手帳か……開けてみよう」
 手帳の中身を見て、亡くなった管野進のものと思えなかった。それは幸一も同じく感じていた。
 前半は授業の日程、後半は走り書きで予定が書かれている。
──××月××日、Sと一階トイレ。
──××月××日、Sの体育。
──明日、Sに話す。
「S……? もしかして管野進のことか?」
「だろうな。名前も伏せなければいけなくて全学年の日程が体育ばかりなのは……」
 そこまで言いかけて、幸一は押し黙った。口にするのも禁忌な気がしているのは、虎臣も同じだ。
 ここから先は、慎重にならなければならなかった。
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