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第一章 想ひ出
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かち、と音が聞こえないように鍵をかけた。
いつものことであるのに、音が聞こえるのがいやに恥ずかしかった。
「全部脱ぐのか?」
「上も下も汗で気持ちが悪いんだ」
幸一はすでに下着一枚になっている。
浴場であればそれほど意識はしないが、今はふたりきりだ。
「八重澤…………」
確実に大人への階段は上っているとはいえ、まだ未熟な身体だ。中心を際立たせ、指揮も取れない波打つ欲だ。
幸一は下着に手をかけた。ゆっくりと下ろしていく。
虎臣自身も、若い芽が伸びかけているような感覚に襲われる。成長途中で必死に抗い、けれどそれが無意味だと知っている。
息を吐いて緊張をほぐし、幸一の肌に手拭いを当てた。
幸一はしたいようにさせている。
「背中まで蹴られたのか」
「どうなっている?」
「痣ができている。一番痛々しく見える」
背中を拭くと、微かに震えた。幸一は痛みをこらえているのだ。
「膝立ちはできるか?」
幸一は素直に応じ、臀部や太股も手拭いをすべらせた。
「さすがに前は……」
「判ってるよ。自分でやる」
じっくり見るものでもないので、幸一は手拭いを渡して後ろを向いた。
「っ……勘違いするなよ。お前に触れるのが嫌だとか、そういう意味じゃないからな」
幸一から「うう……」といううなり声が漏れた。
診察の結果、幸一の肋骨にヒビが入っていた。椅子に座っての授業は普通に受けられるが、体育は休まざるを得なかった。
「その状態でよく立って歩けたな」
虎臣は呆れながらも肩に手を回しやすくさせるよう、少し屈む。
部屋が同じということもあり、虎臣は担任から世話係を命じられた。
犯人は捕まっていないが、いつまでも休校となるわけにはいかず、学校側は生徒に対して複数人での移動、部活の禁止令を出した。
「ほら、食堂に行こう」
「こうしてお前に世話をしてもらえるのなら、ずっと怪我したままでいいかもな」
「いいのか? いろんなところへ行って好きな絵も描けなくなるんだぞ」
「早く良くならないかなー」
食事も普通に取れるようになり、このまま順調に行けばそう長い時間は要しないだろう。
遅れて柏尾が食堂へ入ってきた。帳面に鉛筆を走らせ、松岡と親密そうに何かを話している。
「あいつら、犯人を捕まえようとしているんだ」
「警察ごっこか?」
「俺の怪我を見て、あんな暴力集団に任せておけないって張り切っているのさ」
「任せておけないのは同意だ。けれど嗅ぎ回ればあいつらだって怪しく見られる。おとなしくしているべきだ」
「怪我といえば、お前の怪我はどうだ? 痛みは?」
幸一は自分の頬を人差し指で差した。
警察に殴られ、薬を塗ったものの痛みはなかなか引かなかった。
「大したことじゃない。痛みもほとんどないんだ」
「なら良かった」
他の生徒より早めに食堂から出て、すぐに自室へ戻った。
布団を並べて、そこに座ってとりとめのない話をするのが日課となっている。
「第二の家みたいな感じ。ここが落ち着くよ。心が弱ってるときは側に誰かいてほしいものだからな」
「俺も……そう思う。家が落ち着くってこんな気持ちなんだな」
「将来、一緒に住もうか」
はっきりとした返事は出せなかった。
代わりに、彼との生活を想像してみる。大学はきっと通うことになるだろう。彼の進路はどうなるのだろうか。
「嘘でも約束がほしいなんて、甘やかされてきた証拠かな」
「嘘でもいいのか? 守られない可能性だってあるんだぞ」
「約束や契約だって破る人間はいる。守る人間もいる。少なくとも本田は、夏に手紙の返事はくれただろ。それに約束が生きる糧になることもある」
「そんな大げさな……。僕は、とても臆病なんだ。明日のことだって何が起こるか見当もつかないのに、数年後なんて考えられない。それでも……八重澤とは長く続いていきたい」
「今はそれで充分だ」
「ごめん、うまく言えなくて。この気持ちがなんなのか、もやもやするんだ。お前を見ていると、妙な胸騒ぎがするし、他の男と話しているのを見ると、どうしようもない喪失感が沸く。一緒に過ごせば過ごすほど、八重澤を失う感情が強くなる。家族よりも側にいるのに、どうしたって消えないん……」
影が覆い被さり、顔を上げると幸一の顔が目の前にあった。
何をされるかなんて判っている──。
虎臣は目を閉じて、微かに震える手を握った。
「今も、喪失感はある?」
胸に手を当ててみると、生涯分の鼓動が鳴っていた。
「今は……大丈夫。でも心臓がけたたましい」
「それは俺もだ。異常じゃなことじゃない。ただ一つ、約束がほしい。俺はお前と一緒に過ごす日を夢見てるってことを。これはきっとこの先も変わらない。だから本田は、俺のことを信じてほしい」
「判った。信じる」
事件から五日が経ち、ようやく生徒側にも情報が伝わってきた。
被害者は三年の生徒で、クラスメイトは名前を聞いても誰も知らないとう。
ただ情報は警察ごっこをしていた柏尾から大方聞いていたので、担任から伝えられる情報に驚くふりはした。
「管野進……管野進……。全然聞いたことがないな」
「目立たない生徒だったそうだ」
「事件は夕方から深夜にかけて。ただ十七時くらいまでは校庭で八重澤が絵を描いていたから、それより後になる」
「まさか俺の絵が証拠になるとはね」
「一体、どんな殺され方だったんだ?」
柏尾は自分の首を指差した。
「惨いな……なんでこんなことを」
「松岡と聞いて回ったんだぜ。全生徒は宿舎に戻ることになってたが、中には校舎に残ってた生徒もいた。勉強するという名目なら残っててもよかったらしい」
「他には何を聞いたんだ?」
「怪しい奴は見なかったかって。全員首を横に振ったさ。警察といっても暴力しか脳がない集団だぞ? あいつらに解決できるのか?」
柏尾はは痛々しい目で幸一を見やる。松葉杖はまだ手放せない。
消灯を知らせる音が鳴った。あと五分で全員が部屋にいなければならない。一人でもかけていたら、全員が罰則を受けることになる。
「柏尾、もう戻れ」
「ああ、そうさせてもらう。おやすみ」
「おやすみ」
柏尾が出ていったあと、廊下が暗闇に包まれた。
しばらく勉強していると、教師が見回りにやってくる。
部屋からは出てはいけないが、勉強時間は自由だ。特に咎められはせず、教師が隣の部屋へ行くとすぐに内側から鍵をかけた。
幸一の帳面を見ると、ほとんど真っ白なままだった。
「全然集中できていないじゃないか」
「ちょっと気になることがある」
「事件の話?」
「ああ。学校で怪しい奴を見たかと聞かれて、いると答えられるか?」
どういう意味だろう、と虎臣は眉をひそめた。
「例えばの話だ。本田が犯人だったとする。小屋付近をうろうろしていても俺目線は怪しい奴とは思わない。同室だし、友人だからだ」
友人という言葉にえらく心が暴発した。
「そうか。だから怪しい奴と聞かれても、そこにいたのが友人もしくは教師であれば、怪しくは見えない」
「誰か人がいなかったかどうか、で確認すれば、もしかしたら別の話が出てくるかもな」
腰を上げようとするが、窓から見える月に見張られている気がしてもう一度座り直した。今日はもう遅い。
いつものことであるのに、音が聞こえるのがいやに恥ずかしかった。
「全部脱ぐのか?」
「上も下も汗で気持ちが悪いんだ」
幸一はすでに下着一枚になっている。
浴場であればそれほど意識はしないが、今はふたりきりだ。
「八重澤…………」
確実に大人への階段は上っているとはいえ、まだ未熟な身体だ。中心を際立たせ、指揮も取れない波打つ欲だ。
幸一は下着に手をかけた。ゆっくりと下ろしていく。
虎臣自身も、若い芽が伸びかけているような感覚に襲われる。成長途中で必死に抗い、けれどそれが無意味だと知っている。
息を吐いて緊張をほぐし、幸一の肌に手拭いを当てた。
幸一はしたいようにさせている。
「背中まで蹴られたのか」
「どうなっている?」
「痣ができている。一番痛々しく見える」
背中を拭くと、微かに震えた。幸一は痛みをこらえているのだ。
「膝立ちはできるか?」
幸一は素直に応じ、臀部や太股も手拭いをすべらせた。
「さすがに前は……」
「判ってるよ。自分でやる」
じっくり見るものでもないので、幸一は手拭いを渡して後ろを向いた。
「っ……勘違いするなよ。お前に触れるのが嫌だとか、そういう意味じゃないからな」
幸一から「うう……」といううなり声が漏れた。
診察の結果、幸一の肋骨にヒビが入っていた。椅子に座っての授業は普通に受けられるが、体育は休まざるを得なかった。
「その状態でよく立って歩けたな」
虎臣は呆れながらも肩に手を回しやすくさせるよう、少し屈む。
部屋が同じということもあり、虎臣は担任から世話係を命じられた。
犯人は捕まっていないが、いつまでも休校となるわけにはいかず、学校側は生徒に対して複数人での移動、部活の禁止令を出した。
「ほら、食堂に行こう」
「こうしてお前に世話をしてもらえるのなら、ずっと怪我したままでいいかもな」
「いいのか? いろんなところへ行って好きな絵も描けなくなるんだぞ」
「早く良くならないかなー」
食事も普通に取れるようになり、このまま順調に行けばそう長い時間は要しないだろう。
遅れて柏尾が食堂へ入ってきた。帳面に鉛筆を走らせ、松岡と親密そうに何かを話している。
「あいつら、犯人を捕まえようとしているんだ」
「警察ごっこか?」
「俺の怪我を見て、あんな暴力集団に任せておけないって張り切っているのさ」
「任せておけないのは同意だ。けれど嗅ぎ回ればあいつらだって怪しく見られる。おとなしくしているべきだ」
「怪我といえば、お前の怪我はどうだ? 痛みは?」
幸一は自分の頬を人差し指で差した。
警察に殴られ、薬を塗ったものの痛みはなかなか引かなかった。
「大したことじゃない。痛みもほとんどないんだ」
「なら良かった」
他の生徒より早めに食堂から出て、すぐに自室へ戻った。
布団を並べて、そこに座ってとりとめのない話をするのが日課となっている。
「第二の家みたいな感じ。ここが落ち着くよ。心が弱ってるときは側に誰かいてほしいものだからな」
「俺も……そう思う。家が落ち着くってこんな気持ちなんだな」
「将来、一緒に住もうか」
はっきりとした返事は出せなかった。
代わりに、彼との生活を想像してみる。大学はきっと通うことになるだろう。彼の進路はどうなるのだろうか。
「嘘でも約束がほしいなんて、甘やかされてきた証拠かな」
「嘘でもいいのか? 守られない可能性だってあるんだぞ」
「約束や契約だって破る人間はいる。守る人間もいる。少なくとも本田は、夏に手紙の返事はくれただろ。それに約束が生きる糧になることもある」
「そんな大げさな……。僕は、とても臆病なんだ。明日のことだって何が起こるか見当もつかないのに、数年後なんて考えられない。それでも……八重澤とは長く続いていきたい」
「今はそれで充分だ」
「ごめん、うまく言えなくて。この気持ちがなんなのか、もやもやするんだ。お前を見ていると、妙な胸騒ぎがするし、他の男と話しているのを見ると、どうしようもない喪失感が沸く。一緒に過ごせば過ごすほど、八重澤を失う感情が強くなる。家族よりも側にいるのに、どうしたって消えないん……」
影が覆い被さり、顔を上げると幸一の顔が目の前にあった。
何をされるかなんて判っている──。
虎臣は目を閉じて、微かに震える手を握った。
「今も、喪失感はある?」
胸に手を当ててみると、生涯分の鼓動が鳴っていた。
「今は……大丈夫。でも心臓がけたたましい」
「それは俺もだ。異常じゃなことじゃない。ただ一つ、約束がほしい。俺はお前と一緒に過ごす日を夢見てるってことを。これはきっとこの先も変わらない。だから本田は、俺のことを信じてほしい」
「判った。信じる」
事件から五日が経ち、ようやく生徒側にも情報が伝わってきた。
被害者は三年の生徒で、クラスメイトは名前を聞いても誰も知らないとう。
ただ情報は警察ごっこをしていた柏尾から大方聞いていたので、担任から伝えられる情報に驚くふりはした。
「管野進……管野進……。全然聞いたことがないな」
「目立たない生徒だったそうだ」
「事件は夕方から深夜にかけて。ただ十七時くらいまでは校庭で八重澤が絵を描いていたから、それより後になる」
「まさか俺の絵が証拠になるとはね」
「一体、どんな殺され方だったんだ?」
柏尾は自分の首を指差した。
「惨いな……なんでこんなことを」
「松岡と聞いて回ったんだぜ。全生徒は宿舎に戻ることになってたが、中には校舎に残ってた生徒もいた。勉強するという名目なら残っててもよかったらしい」
「他には何を聞いたんだ?」
「怪しい奴は見なかったかって。全員首を横に振ったさ。警察といっても暴力しか脳がない集団だぞ? あいつらに解決できるのか?」
柏尾はは痛々しい目で幸一を見やる。松葉杖はまだ手放せない。
消灯を知らせる音が鳴った。あと五分で全員が部屋にいなければならない。一人でもかけていたら、全員が罰則を受けることになる。
「柏尾、もう戻れ」
「ああ、そうさせてもらう。おやすみ」
「おやすみ」
柏尾が出ていったあと、廊下が暗闇に包まれた。
しばらく勉強していると、教師が見回りにやってくる。
部屋からは出てはいけないが、勉強時間は自由だ。特に咎められはせず、教師が隣の部屋へ行くとすぐに内側から鍵をかけた。
幸一の帳面を見ると、ほとんど真っ白なままだった。
「全然集中できていないじゃないか」
「ちょっと気になることがある」
「事件の話?」
「ああ。学校で怪しい奴を見たかと聞かれて、いると答えられるか?」
どういう意味だろう、と虎臣は眉をひそめた。
「例えばの話だ。本田が犯人だったとする。小屋付近をうろうろしていても俺目線は怪しい奴とは思わない。同室だし、友人だからだ」
友人という言葉にえらく心が暴発した。
「そうか。だから怪しい奴と聞かれても、そこにいたのが友人もしくは教師であれば、怪しくは見えない」
「誰か人がいなかったかどうか、で確認すれば、もしかしたら別の話が出てくるかもな」
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