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第一章
016 誓いの刻印
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「来るなら連絡くらい寄越せよ」
七月の上旬に入ると、いよいよ夏が到来したと感じる。とはいえ、今年の夏はそれほど暑くはならないようで、庭のデッキチェアからタオルで少し休むつもりが意識が飛んでしまった。
彼は古い友人、または親友でもあり、シンヴォーレ教団直属の彫り師でもある。名はジルという。
直属の彫り師といっても「親が教団員だから無理やり入れられただけで、俺はまったく信仰深くない」と教祖自慢の直々の配下にも言ってのける男だ。そういう男だから、教団の事情は把握しているしリチャードとしても話しやすかった。
「紅茶を淹れるが、飲むか?」
「飲む」
「はいよ。茶菓子も何か持ってくる」
「いや、俺が中へ行く。話がある」
「なんだよ。聞かれちゃまずい話か? 愛の告白なんてやめろよな」
「ある意味似たようなものだ。聞かれたらまずい」
リチャードも同じくらい上背のある男は長い髪を一つにまとめ、キッチンの中へ入っていく。
「酒でもいい」
「ふざけるなよ。お前、車だろ」
ポットには紅茶だ。レモンまで切ってある。
リチャードはレモンを絞り、備えつけの砂糖を入れた。
「では、愛の告白とやらを聞こうか」
「刻印を刻んでくれないか」
ティーカップから紅茶が溢れそうになっている。ジルが動揺しているのはあきらかだ。
「ついに入れるのか。父の方が腕はいいが、俺でいいのか?」
「お前の父親はうまく入れられるだろうが、それは経験の差があってのことだ。潜む能力はお前が上だと思っている」
「嬉しいねえ」
「というより、どうしたってお前の父に頼めない」
「教団や教祖の名前じゃないから知られたくないってことか」
「ああ。いずれ知られることも想定済みだが、あの子が不自由な生活を送っている状態でばれるのはあまりよろしくはない。あの子が学園の外へ出たとき、またはなりふり構わず守らなければならなくなったときがやってくることを推定して、今入れるのがベストだと思った」
「なるほどね……。お前が過去の責任を感じるのは判るが、そこまでしなくても」
「責任だけでやっているわけじゃない」
ジルは訝しむ目を送ってくる。
「愛しさも生まれている」
「あー、はいはい。そういうことね」
「赤ん坊の頃から見守ってきたんだ。情も沸く」
「溺れないように気をつけろよ。神の御子になるかもしれないんだ。……手遅れ?」
「そうだな」
「マジかよ……俺に話してもいいのか。隠し通すなんて天罰が下るぞ」
「悪魔は信じていないんじゃなかったのか。今のところは天罰は下っていない。おそらくの話でしかないが、隠し通すことは問題ないと思っている。それより交合を行わずに託宣をしないのがまずい。一方的な話だが、共犯者になってくれ。七月はどうしても学園が荒れるんでな」
「何かあるのか?」
「祭りがある。本部から神の御子がやってきて、有り難いお話を聞いたりイベントが用意されている。教団からは七月に入ってもいまだに神の御子が誕生していないと不審に思われているんだ。何かアクションを起こされるとすれば、このタイミングだ」
「わかったよ。俺にできることは刻印をお前の身体に入れることだな」
「頼む」
教祖の息子であり、悪魔に魅入られたクリス。悪魔の好みそのものなのだろう。自分の息子を悪魔に売るなど、親としてより教祖として地位を揺るぎたくないのだろう。兄であるウィルは悪魔に好かれるようなタイプではない。期待をするならばもう一人の息子であるクリスだ。
このままクリスが神の御子ではないと知れ渡れば、教祖はクリスを息子として認めない。必要なのは教団に必要な人間かどうか。身体に負担がかかるため、予備生は十三年生のみと決められている。それを過ぎて学園を無事に出られれば、クリスは予備生の域を出ない生徒としてお払い箱となり、無事に自由の身だ。
クリスのような隠れた神の御子を永れ御子いうが、ばれたらただではすまない。関わった人間は鞭打ちか死刑、クリスは一生、男たちの玩具として扱われる。
教祖は月に数回、本部にいる神の御子の中から選ばれた一人とともに託宣の儀式を行い、神託を心待ちにしている。永れ御子がいないかどうか必死に探している。
悪魔が愛するクリスを悪魔自身が売るはずがないと確信しているが、教祖は悪魔に揺るぎない忠誠を誓っている。想いに負ければ、クリスはばれる。
「どこに入れる?」
「最悪、脱いでもばれにくいところがいい」
「臀部や腰のあたりは?」
「ではそこで」
「文字はどうする?」
「そうだな……」
七月中旬に入ると、教団から神の御子がたくさんの従者とともにやってきた。神の御子をたたえる祭りである。
演奏部隊が大きな音を奏でると、従者に挟まれながら数人の神の御子が姿を現した。クリスたちも大きな拍手を送る。ここ数週間、拍手の練習ばかりさせられて手のひらがガラスで切ったような痛みがある。
従者は普通生徒には勉学に励んで教団のために尽くすように、予備生には神の御子になれるようしっかりと儀式へ励むように、となぜかクリスを見ながら祝辞を読む。
神の御子は皆が美しい衣を身にまとっていた。長く伸ばした髪にはヴェールをつけ、生花を飾っている。
「おい、あれ」
横でアーサーが小声で話し、彼の目線をたどるとアメデオがいた。リチャードとサイラス囲まれ、神の御子以上に特別扱いだ。
ステージ上の神の御子の中には、アメデオを睨む者もいる。
クリスはリチャードと目が合った。アメデオが来るなんて聞いていない、なぜ罪人がここに、と責める目を向けるが、リチャードはステージの方向へ首を動かした。集中しろ、と言っている。
わざわざここへ来た狙いを考える。二度目の罪を犯さないだろうが、教祖と繋がりを持ったであろうことを考えると、何をしてもおかしくはない。
アメデオは手錠もかけられていないし、美しさに磨きがかかったように見える。
大聖堂から東区にある予備生専用の寄宿舎へと移動した。なぜかアメデオと従者つきだ。
監督官であるリチャードは来ないようにと命じられたが、リチャードは絶対に呑まなかった。
「予備生の管理を任されているのは私です。あなた方は管轄外であることをお忘れなく」
強い口調で言い放つリチャード。予備生の中でも生意気だと目をつけられているクリスは、壁にもたれてあえてやる気のない態度を見せた。
「どんなつもりで罪人がここにいるんだよ。帰れ」
「なっ……アメデオ様になんてことを!」
クリス吐き捨てるように言うと、従者は絶句している。
「僕がそいつに何をされたか、あなた方は知らないとでも?」
「アメデオ様は罪を償われた。お許しを請う姿に教祖様も心を打たれ、彼を側に置くようになられた」
「教祖様の趣味を疑いますね。それに僕はアメデオの罪を許していない」
「……リチャード卿、なぜ彼が予備生に選ばれたのです?」
「すべては神の意思です。私も不思議でなりません」
言いたい放題だな──視線を向けても、リチャードは知らん顔だ。
七月の上旬に入ると、いよいよ夏が到来したと感じる。とはいえ、今年の夏はそれほど暑くはならないようで、庭のデッキチェアからタオルで少し休むつもりが意識が飛んでしまった。
彼は古い友人、または親友でもあり、シンヴォーレ教団直属の彫り師でもある。名はジルという。
直属の彫り師といっても「親が教団員だから無理やり入れられただけで、俺はまったく信仰深くない」と教祖自慢の直々の配下にも言ってのける男だ。そういう男だから、教団の事情は把握しているしリチャードとしても話しやすかった。
「紅茶を淹れるが、飲むか?」
「飲む」
「はいよ。茶菓子も何か持ってくる」
「いや、俺が中へ行く。話がある」
「なんだよ。聞かれちゃまずい話か? 愛の告白なんてやめろよな」
「ある意味似たようなものだ。聞かれたらまずい」
リチャードも同じくらい上背のある男は長い髪を一つにまとめ、キッチンの中へ入っていく。
「酒でもいい」
「ふざけるなよ。お前、車だろ」
ポットには紅茶だ。レモンまで切ってある。
リチャードはレモンを絞り、備えつけの砂糖を入れた。
「では、愛の告白とやらを聞こうか」
「刻印を刻んでくれないか」
ティーカップから紅茶が溢れそうになっている。ジルが動揺しているのはあきらかだ。
「ついに入れるのか。父の方が腕はいいが、俺でいいのか?」
「お前の父親はうまく入れられるだろうが、それは経験の差があってのことだ。潜む能力はお前が上だと思っている」
「嬉しいねえ」
「というより、どうしたってお前の父に頼めない」
「教団や教祖の名前じゃないから知られたくないってことか」
「ああ。いずれ知られることも想定済みだが、あの子が不自由な生活を送っている状態でばれるのはあまりよろしくはない。あの子が学園の外へ出たとき、またはなりふり構わず守らなければならなくなったときがやってくることを推定して、今入れるのがベストだと思った」
「なるほどね……。お前が過去の責任を感じるのは判るが、そこまでしなくても」
「責任だけでやっているわけじゃない」
ジルは訝しむ目を送ってくる。
「愛しさも生まれている」
「あー、はいはい。そういうことね」
「赤ん坊の頃から見守ってきたんだ。情も沸く」
「溺れないように気をつけろよ。神の御子になるかもしれないんだ。……手遅れ?」
「そうだな」
「マジかよ……俺に話してもいいのか。隠し通すなんて天罰が下るぞ」
「悪魔は信じていないんじゃなかったのか。今のところは天罰は下っていない。おそらくの話でしかないが、隠し通すことは問題ないと思っている。それより交合を行わずに託宣をしないのがまずい。一方的な話だが、共犯者になってくれ。七月はどうしても学園が荒れるんでな」
「何かあるのか?」
「祭りがある。本部から神の御子がやってきて、有り難いお話を聞いたりイベントが用意されている。教団からは七月に入ってもいまだに神の御子が誕生していないと不審に思われているんだ。何かアクションを起こされるとすれば、このタイミングだ」
「わかったよ。俺にできることは刻印をお前の身体に入れることだな」
「頼む」
教祖の息子であり、悪魔に魅入られたクリス。悪魔の好みそのものなのだろう。自分の息子を悪魔に売るなど、親としてより教祖として地位を揺るぎたくないのだろう。兄であるウィルは悪魔に好かれるようなタイプではない。期待をするならばもう一人の息子であるクリスだ。
このままクリスが神の御子ではないと知れ渡れば、教祖はクリスを息子として認めない。必要なのは教団に必要な人間かどうか。身体に負担がかかるため、予備生は十三年生のみと決められている。それを過ぎて学園を無事に出られれば、クリスは予備生の域を出ない生徒としてお払い箱となり、無事に自由の身だ。
クリスのような隠れた神の御子を永れ御子いうが、ばれたらただではすまない。関わった人間は鞭打ちか死刑、クリスは一生、男たちの玩具として扱われる。
教祖は月に数回、本部にいる神の御子の中から選ばれた一人とともに託宣の儀式を行い、神託を心待ちにしている。永れ御子がいないかどうか必死に探している。
悪魔が愛するクリスを悪魔自身が売るはずがないと確信しているが、教祖は悪魔に揺るぎない忠誠を誓っている。想いに負ければ、クリスはばれる。
「どこに入れる?」
「最悪、脱いでもばれにくいところがいい」
「臀部や腰のあたりは?」
「ではそこで」
「文字はどうする?」
「そうだな……」
七月中旬に入ると、教団から神の御子がたくさんの従者とともにやってきた。神の御子をたたえる祭りである。
演奏部隊が大きな音を奏でると、従者に挟まれながら数人の神の御子が姿を現した。クリスたちも大きな拍手を送る。ここ数週間、拍手の練習ばかりさせられて手のひらがガラスで切ったような痛みがある。
従者は普通生徒には勉学に励んで教団のために尽くすように、予備生には神の御子になれるようしっかりと儀式へ励むように、となぜかクリスを見ながら祝辞を読む。
神の御子は皆が美しい衣を身にまとっていた。長く伸ばした髪にはヴェールをつけ、生花を飾っている。
「おい、あれ」
横でアーサーが小声で話し、彼の目線をたどるとアメデオがいた。リチャードとサイラス囲まれ、神の御子以上に特別扱いだ。
ステージ上の神の御子の中には、アメデオを睨む者もいる。
クリスはリチャードと目が合った。アメデオが来るなんて聞いていない、なぜ罪人がここに、と責める目を向けるが、リチャードはステージの方向へ首を動かした。集中しろ、と言っている。
わざわざここへ来た狙いを考える。二度目の罪を犯さないだろうが、教祖と繋がりを持ったであろうことを考えると、何をしてもおかしくはない。
アメデオは手錠もかけられていないし、美しさに磨きがかかったように見える。
大聖堂から東区にある予備生専用の寄宿舎へと移動した。なぜかアメデオと従者つきだ。
監督官であるリチャードは来ないようにと命じられたが、リチャードは絶対に呑まなかった。
「予備生の管理を任されているのは私です。あなた方は管轄外であることをお忘れなく」
強い口調で言い放つリチャード。予備生の中でも生意気だと目をつけられているクリスは、壁にもたれてあえてやる気のない態度を見せた。
「どんなつもりで罪人がここにいるんだよ。帰れ」
「なっ……アメデオ様になんてことを!」
クリス吐き捨てるように言うと、従者は絶句している。
「僕がそいつに何をされたか、あなた方は知らないとでも?」
「アメデオ様は罪を償われた。お許しを請う姿に教祖様も心を打たれ、彼を側に置くようになられた」
「教祖様の趣味を疑いますね。それに僕はアメデオの罪を許していない」
「……リチャード卿、なぜ彼が予備生に選ばれたのです?」
「すべては神の意思です。私も不思議でなりません」
言いたい放題だな──視線を向けても、リチャードは知らん顔だ。
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