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第一章

04 定め

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 孤島へ来るには、海底にあるトンネルを抜けて来なければならない。絶壁には白い塀が立てられ、外の世界とは切り離されている学園は、牢獄そのものだ。生徒を中へ閉じこめているのにもかかわらず、学園の中には獄舎があるのだから、鼻で笑うしかない。
 初めてこの学園に足を踏み入れたとき、生徒の笑い声が聞こえてきてほっとしたのを覚えている。思っていたよりは不自由な暮らしはしておらず、むしろ生徒たちを将来の教団一員に仕上げるために徹底的な管理と教育、自由に見せかけた不自由が与えられている。
「リチャード様、ご機嫌麗しゅう」
「気持ち悪い話し方をするな」
「そう言うなって。お前の方が位は上なんだから」
 サイラスは頭の切れる男であった。いつも笑っているが、目の奥には秘めた刃があり、切っ先を常に敵へと向けている。敵であるなら厄介だが、目的が同じであり結託した仲だ。リチャードとしても身内を呼ぶより繋がりのないサイラスを呼んだのは都合が良い。
「教祖様はどのようなご様子だった?」
「あの方も本音を話すようなへまはしないさ。ただ俺を呼んだのは妙案だとおっしゃっていた。なんたって俺は儀式の成功率百パーセントの男だからな」
「運が良いのは認める」
 隊服を着て部屋を探索するサイラスに鬱陶しくも感じるが、目的よりも好奇心が勝っているためだ。特に害はないので、リチャードは放っておいている。
「クリスは大きくなっているだろうなあ。会うのが楽しみだなか」
「お前が見た写真は三年前のものだ。成長はしているだろう。どのみち会うことになるが、他の生徒には不審に思われないようにしてくれ」
「判っているさ」
 リチャードはグラスを回し、ワインを煽るように喉へ流す。
「今年、間違いなくクリスが神の御子に選ばれる」
「選ばれないかもしれない。俺がいれば儀式の成功率百パーセントと言っても、例外が起こるかもしれない。それに今年は優秀な子が多いから」
「俺には判る。選ばれる」
 断言するだけの確信はあった。過去に目の前で起きた事件は、偶然では済まされない。
「神っていると思う?」
「どちらかというと悪魔だろう」
「こらこら。怒られるぞ。少しでも仲間がほしいなら、あの子と仲良しのウィルなんてどうだ?」
 『仲良し』をやけに強調するのが鼻につくが、ポーカーフェイスのままグラスを傾けた。
「現状ではウィリアムも視野に入れてはいるが、教祖の息子だ。しかも溺愛されている。弟であるクリスと父。片方を選ばなくてはならない場合、どちらに傾くのだろうな」
「弟を裏切る可能性がある……か。俺はそうは思わんがね」
「教団のお偉いさんと話をしていたたが、陰でウィリアムが盗み聞きをしていた」
「何を聞かれたんだ?」
「今年の選ばれた予備生についてだ」
「それは教団連中が悪い。そんな大事な話を他の生徒が聞き耳を立てられるようなところで話してたんだからな」
 サイラスはばっさりと切り捨てる。
「大学部なのにふらふら出歩くウィリアムも悪いがな。クリスの名前が上がっていたことを問いつめられた。発表がある前に話しても構わんと伝えた」
「……絶望してないといいがな」
「死にたくなるような気持ちで暗闇をさまよっているはずだ。予備生に選ばれて喜ぶようなタイプではない。だがクリスなら乗り越えられる。俺はそう信じている」
 生まれたときからの定めのようなもので、クリスは悪魔から目をつけられている。おそらく一度目の儀式で彼は神の御子になるだろう。
「問題は、どう守り抜くか、だ」
「そのために俺を呼んだんだろ? 大船に乗れとは言わないが、なるようになるさ」
 室内の電話が鳴った。内線はロビーからで、リチャードは受話器を掴んだ。
「どうした?」
『リチャード様……教団の方がお見えになられていますが……』
「少し待たせてくれ。こちらから行く」
 向こうの立場が上だ。こちらから出向かねばならなかった。
「お前は部屋に戻れ」
 リチャードの言葉に、サイラスははっとして肩をすくめた。
「なんでまた教団の方がいらっしゃってるんだ?」
「知らん。どうせろくでもない話だろう」
 サイラスを部屋から出し、リチャードはロビーへ向かう。
 相手は教祖に近い付き人の一人だ。厄介な相手ではあるが、仏頂面のまま彼に一礼をした。
「このような遅い時間に一体いかがなさいましたか? 教団の方々は全員お帰りになられたと聞いていますが」
「やはり一度は予備生を見ておきたいと思いましてね。まだ数人、見ていない生徒がいるでしょう?」
「なりません」
 男は片眉を上げ口を開くが、リチャードは言わせまいと立て続けに言問う。
「消灯時間はとっくに過ぎています。そもそも教団の者が生徒たちと会うのはあまりよろしい行為ではありません」
「何も話そうとしているわけではない。外から少し眺めるだけだ」
「なりません」
 リチャードは断固として男の言い分を拒絶した。
 どうせ狙いはクリス一択だ。数人などと言いごまかそうとしても、見え透いている。
「生徒の管理は我々の仕事です。さあ、本日はどうかお帰り下さい」
 客室への案内もせず、リチャードは早急に追い返した。本日の話は教祖へ伝わるだろう。白にはならない行為はおそらくグレーと見られる可能性が高い。
 踵を返すと、部屋の前にはサイラスがいた。
「戻れと言ったはずだ」
「まあまあいいじゃん。あっちも電気がついているみたいだし?」
 矩形の枠から見える十三年生─クリスがいる寄宿舎─だが、一部の部屋が明るく人工の光が照らされていた。
 リチャードは一度部屋に戻ると、上着を肩にかけて腕を通した。
「大変だねえ……寮長も」
「そう思うならお前も手間をかけさせるな」
「はいはーい。クリス君によろしくね」
「よろしくされても、仲が良いわけではない。むしろ嫌われているだろう」
「えっなんで?」
「いきなり初日から獄舎へ放り込んだんだ。嫌われて当然だ」
「あれま。元気出してね」
 心にもない言葉を残し、サイラスは今度こそ自室へ入った。
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