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第一章 桜色の日から
014 知らない世界
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デートしようと連絡がきたのは二週間前で、窓夏は落ち着かない様子で何度も腕時計を目にした。
「よ」
帽子とマスク着用ではあるが、声や身長ですぐ分かる。
「待ったか?」
「全然。少し前にきた」
本当は楽しみすぎて三十分も前にきたのだが、あっという間だった。
ばれないようにと太陽が顔を隠してからの秘密のデート開始だ。
「デートっていうより、秘密基地を探しにいくみたいでわくわくする」
「ああ、俺も」
「夜遅くに行くのって初めて」
「イルミネーションも綺麗でけっこう好きだな」
タクシーで遊園地に向かった。
ほとんど帰る人ばかりで、窓夏たちは逆に進んでいく。
それがかえって秘密基地を探索するようで面白かった。
「ジェットコースターとかいける?」
「平気。船に乗って落ちるのとか好き」
「じゃあそれも乗るか」
「あっくんは乗りたいのないの?」
「お前と一緒ならなんでもいいって言ったら、嬉しい?」
「嬉しい! どうしよ、舞い上がってるよ僕」
「手繋ぐ?」
少しだけ絡めてみるが、すぐに離した。
「回りの目がどうしても気になる。世界中の人が敵に回る感じ」
「誰が見てるか分かんないもんな」
と言いつつも、秋尋は窓夏の人差し指だけを掴んで離さない。
離れがたいのは窓夏も同じだ。
「ホテルに泊まりたくなってきた」
「明日仕事でしょ?」
「……そういう返しがくるとは思わなかった。意味分かってる? いてっ」
爪をくい込ませてやった。
「そもそも付き合ってないのによく誘えるよね」
「怒った?」
「まさか。僕は経験もないし誘い方も分からないから言われないと一生できないかも」
「普通に誘ったらいいんじゃないか?」
「セックスしようって?」
秋尋は辺りを見回した。
「したくないの?」
「したい」
即答だった。
「一寸の迷いもないね。清々しい。ミントくらいの清涼感みたい」
「誰でもってわけじゃないぞ。誤解するなよ」
「しないよ。あっくんは純粋だし」
窓夏たちの番がきた。暗くて手は繋ぎ放題だが、そうはいかない。
徐々に上へ上へと上がっていき、一度止まる。
女性たちの叫び声のあと、遅れて落下が始まった。
風を切るように身体は先に進むが、心は天辺に置いてけぼりだ。
後はうねるように何度も曲がり、浮いた直後にまた落ちる。
繰り返すとゆっくり進み始め、元の位置へ戻った。
「宇宙の中を走ってるみたいだったね。あとすんごい風。宇宙にも風ってあるの?」
「太陽風ってのがあるくらいだから吹いてるんじゃないか?」
秋尋は窓夏の乱れた髪を手櫛で直す。
「眼鏡しまっておいて良かった。吹っ飛んでたね」
「動物園でも外しているよな」
「キリンや象がイタズラしてくるし。象なんて真っ先に眼鏡狙ってくるんだもん。あとナマケモノとか」
「ナマケモノも担当なのか?」
「前に担当してたんだ。お客さんの眼鏡も気になるみたいで、かけている人を見るとゆっくり近寄ってきたりして」
途中でポップコーンを買い、ベンチに座ってふたりで食べた。
話すのはもっぱら窓夏で、動物の話をする彼を秋尋は黙って聞いていた。
「中学のときも、こうやって僕の話を聞いていたよね」
「ああ。俺も動物は嫌いじゃないんだ。家では飼えなかっただけで。仕事でも接して、家でも動物の世話って嫌じゃないか?」
「大変なことももちろんあるだろうけど、幸せだよ」
「なら、頑張らないとな」
なにが、と聞き返したかったが、秋尋はベンチから腰を上げて聞きそびれてしまった。
手を差し出された。合法的な重ね方だ。これだと後ろ髪を引かれるような思いはしない。暖かく大きな手のひらに乗せ、窓夏も立ち上がる。
すぐに離れるが、まだ感触が残っていた。あの大きな手で身体中を撫で回されたらと想像し、小さな震えが起こる。
人混みに紛れても手を繋がれることはなく、目の前を通り過ぎるパレードをぼんやりと眺めていた。
「疲れたか?」
「ううん」
「次会うときも、日中は人が多いところはあまり会えないかもしれない。夜とかなら大丈夫だと思うが」
「次はあっくんの家に行きたい。だめ?」
「だめじゃないが……多分泊まりになるぞ」
タクシーの運転手とミラー越しに目が合った。
小声で話していたが、聞かれてはいないかとはらはらする。
話しているうちにマンションの前についた。
ただの友達と別れるように、軽く手を上げてすぐに降りた。
窓越しに秋尋と目が合う。
目が笑っていて、窓夏も微笑みながら手を振った。
バックライトが点滅し、何か伝えているようにも見えた。
窓夏はさっさとシャワーを浴び荒ぶった心を身体を冷ますべく、ベッドに伏せた。
休憩室でお弁当を広げながら、テレビに映る芸能の世界へ意識が飛んでいた。
近いようで遠すぎる世界。そこに彼は飛び込んだ。
才能に恵まれ、努力を惜しみなく注ぎ続け、夢を叶えた人。
彼はテレビ越しで口角を上げていた。口を大きく開いて笑うタイプでもないが、微かに笑う目がとろけている。クールに振る舞っても、中の穏やかさは隠しきれるものではない。
一か月も前に遊園地へ行ったきりだ。連絡はとっているものの、会えない寂しさは簡単にうめられない。
前に高田が座り、テレビと窓夏を交互に見やる。
「倉木君、ちょっとお願いがあるんだけどいい?」
「なんでしょうか」
「今週の土曜日だけど、仕事終わりにちょっと時間作れないかな」
「何があるんですか?」
「食事会の集まりがあって、人数が足りていないんだ。ちょこっとだけ顔を出してほしくて」
土曜日は一か月ぶりに秋尋と会う約束があった。
念願の泊まりで、美味しい肉を用意して待っているという。
「夕方から一時間くらい顔を出すだけでいいから」
「それくらいなら大丈夫です」
「ありがとう、助かるよ」
秋尋とは二十一時に待ち合わせをしている。夕方から一時間であれば、充分に間に合う。
窓夏は勘違いをしていて、食事会というのは職場の集まりのことだと思い込んでいた。
秋尋にも職場のメンバーで少しお酒を飲んでから向かうと連絡を入れ、指定された場所へ向かった。
宴会場ほど広くはないが、住人は座れるスペースに高田がいた。
あ然としながら回りを見回す。
職場の人どころか、知っている人がほぼいないのだ。
「あの……高田さん? これって……」
「すまない、合コンに一人来られなくなってしまってさ」
「合コン」
窓夏は目を丸くする。
「この人、俺と同じ仕事で後輩なんだ」
高田が紹介すると、女性たちは一斉にこちらを向いた。
「よ」
帽子とマスク着用ではあるが、声や身長ですぐ分かる。
「待ったか?」
「全然。少し前にきた」
本当は楽しみすぎて三十分も前にきたのだが、あっという間だった。
ばれないようにと太陽が顔を隠してからの秘密のデート開始だ。
「デートっていうより、秘密基地を探しにいくみたいでわくわくする」
「ああ、俺も」
「夜遅くに行くのって初めて」
「イルミネーションも綺麗でけっこう好きだな」
タクシーで遊園地に向かった。
ほとんど帰る人ばかりで、窓夏たちは逆に進んでいく。
それがかえって秘密基地を探索するようで面白かった。
「ジェットコースターとかいける?」
「平気。船に乗って落ちるのとか好き」
「じゃあそれも乗るか」
「あっくんは乗りたいのないの?」
「お前と一緒ならなんでもいいって言ったら、嬉しい?」
「嬉しい! どうしよ、舞い上がってるよ僕」
「手繋ぐ?」
少しだけ絡めてみるが、すぐに離した。
「回りの目がどうしても気になる。世界中の人が敵に回る感じ」
「誰が見てるか分かんないもんな」
と言いつつも、秋尋は窓夏の人差し指だけを掴んで離さない。
離れがたいのは窓夏も同じだ。
「ホテルに泊まりたくなってきた」
「明日仕事でしょ?」
「……そういう返しがくるとは思わなかった。意味分かってる? いてっ」
爪をくい込ませてやった。
「そもそも付き合ってないのによく誘えるよね」
「怒った?」
「まさか。僕は経験もないし誘い方も分からないから言われないと一生できないかも」
「普通に誘ったらいいんじゃないか?」
「セックスしようって?」
秋尋は辺りを見回した。
「したくないの?」
「したい」
即答だった。
「一寸の迷いもないね。清々しい。ミントくらいの清涼感みたい」
「誰でもってわけじゃないぞ。誤解するなよ」
「しないよ。あっくんは純粋だし」
窓夏たちの番がきた。暗くて手は繋ぎ放題だが、そうはいかない。
徐々に上へ上へと上がっていき、一度止まる。
女性たちの叫び声のあと、遅れて落下が始まった。
風を切るように身体は先に進むが、心は天辺に置いてけぼりだ。
後はうねるように何度も曲がり、浮いた直後にまた落ちる。
繰り返すとゆっくり進み始め、元の位置へ戻った。
「宇宙の中を走ってるみたいだったね。あとすんごい風。宇宙にも風ってあるの?」
「太陽風ってのがあるくらいだから吹いてるんじゃないか?」
秋尋は窓夏の乱れた髪を手櫛で直す。
「眼鏡しまっておいて良かった。吹っ飛んでたね」
「動物園でも外しているよな」
「キリンや象がイタズラしてくるし。象なんて真っ先に眼鏡狙ってくるんだもん。あとナマケモノとか」
「ナマケモノも担当なのか?」
「前に担当してたんだ。お客さんの眼鏡も気になるみたいで、かけている人を見るとゆっくり近寄ってきたりして」
途中でポップコーンを買い、ベンチに座ってふたりで食べた。
話すのはもっぱら窓夏で、動物の話をする彼を秋尋は黙って聞いていた。
「中学のときも、こうやって僕の話を聞いていたよね」
「ああ。俺も動物は嫌いじゃないんだ。家では飼えなかっただけで。仕事でも接して、家でも動物の世話って嫌じゃないか?」
「大変なことももちろんあるだろうけど、幸せだよ」
「なら、頑張らないとな」
なにが、と聞き返したかったが、秋尋はベンチから腰を上げて聞きそびれてしまった。
手を差し出された。合法的な重ね方だ。これだと後ろ髪を引かれるような思いはしない。暖かく大きな手のひらに乗せ、窓夏も立ち上がる。
すぐに離れるが、まだ感触が残っていた。あの大きな手で身体中を撫で回されたらと想像し、小さな震えが起こる。
人混みに紛れても手を繋がれることはなく、目の前を通り過ぎるパレードをぼんやりと眺めていた。
「疲れたか?」
「ううん」
「次会うときも、日中は人が多いところはあまり会えないかもしれない。夜とかなら大丈夫だと思うが」
「次はあっくんの家に行きたい。だめ?」
「だめじゃないが……多分泊まりになるぞ」
タクシーの運転手とミラー越しに目が合った。
小声で話していたが、聞かれてはいないかとはらはらする。
話しているうちにマンションの前についた。
ただの友達と別れるように、軽く手を上げてすぐに降りた。
窓越しに秋尋と目が合う。
目が笑っていて、窓夏も微笑みながら手を振った。
バックライトが点滅し、何か伝えているようにも見えた。
窓夏はさっさとシャワーを浴び荒ぶった心を身体を冷ますべく、ベッドに伏せた。
休憩室でお弁当を広げながら、テレビに映る芸能の世界へ意識が飛んでいた。
近いようで遠すぎる世界。そこに彼は飛び込んだ。
才能に恵まれ、努力を惜しみなく注ぎ続け、夢を叶えた人。
彼はテレビ越しで口角を上げていた。口を大きく開いて笑うタイプでもないが、微かに笑う目がとろけている。クールに振る舞っても、中の穏やかさは隠しきれるものではない。
一か月も前に遊園地へ行ったきりだ。連絡はとっているものの、会えない寂しさは簡単にうめられない。
前に高田が座り、テレビと窓夏を交互に見やる。
「倉木君、ちょっとお願いがあるんだけどいい?」
「なんでしょうか」
「今週の土曜日だけど、仕事終わりにちょっと時間作れないかな」
「何があるんですか?」
「食事会の集まりがあって、人数が足りていないんだ。ちょこっとだけ顔を出してほしくて」
土曜日は一か月ぶりに秋尋と会う約束があった。
念願の泊まりで、美味しい肉を用意して待っているという。
「夕方から一時間くらい顔を出すだけでいいから」
「それくらいなら大丈夫です」
「ありがとう、助かるよ」
秋尋とは二十一時に待ち合わせをしている。夕方から一時間であれば、充分に間に合う。
窓夏は勘違いをしていて、食事会というのは職場の集まりのことだと思い込んでいた。
秋尋にも職場のメンバーで少しお酒を飲んでから向かうと連絡を入れ、指定された場所へ向かった。
宴会場ほど広くはないが、住人は座れるスペースに高田がいた。
あ然としながら回りを見回す。
職場の人どころか、知っている人がほぼいないのだ。
「あの……高田さん? これって……」
「すまない、合コンに一人来られなくなってしまってさ」
「合コン」
窓夏は目を丸くする。
「この人、俺と同じ仕事で後輩なんだ」
高田が紹介すると、女性たちは一斉にこちらを向いた。
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