窓辺へ続く青春に僕たちの幕が上がる

不来方しい

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第一章 桜色の日から

02 鶏の七不思議

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 夏休みを迎えても、部活動は休みがない。
 動物相手では放っておけはしないし、なにより窓夏自身も動物たちに会いたくて仕方なかった。
 鶏小屋に向かうと、扉が空いているのに気づく。
「一、二、三、四……」
 五羽いたはずの鶏が、一羽いなくなっていた。
 待ちわびて鳴き続ける鶏に餌をやり、活動教室へと向かう。
「鶏が一羽いなかったんだけど知らない?」
 今日の活動は料理だ。何を作るかは女子が決めていたため、与えられる材料でうまくできるか試行錯誤するのも、活動の醍醐味だ。
「鶏? 五羽いなかったの?」
「うん。何度も数えたし見間違いじゃない。うわっああ……」
 まな板の上には鶏肉の塊が乗っている。
 窓夏は手をついて首を振った。
「変な誤解はやめてよ。これ買ってきたやつだって」
「ほんとに? 羽むしってない?」
「そんなわけないでしょうが。とりあえず鶏の確認しに行こっか」
 もう一度鶏小屋に行って数を数えると、四羽しかいなかったのに五羽に増えている。
「いるじゃん」
「おかしい。ちゃんと数えたよ」
「しかも鍵かかってたよね?」
「僕が餌やりしてからかけた」
「なら勘違いじゃないの? 鍵かけたんなら鶏は戻れないし」
 女子生徒は訝しむ目で見てくる。
 鶏たちは、いつものと変わらない様子で餌をつついていた。
「……かも。ごめん」
 数は足りている以上、窓夏が謝るしかなかった。
 今日の昼食は、炊きたてのご飯と鶏肉の照り焼きだ。
 レシピ通りに作ったので味は申し分ないが、先ほどの出来事もあり
、調理された肉に対して申し訳ない気持ちが残る。
 小さな疑問を残したまま帰ろうとすると、歓声が聞こえた。
 教室を覗いてみると、チェス部の活動中だった。
 真ん中に座っているのは、クラスメイトの藤宮秋尋だ。
 夏休み前にテストが戻ってきたとき「すごいじゃん」と褒めてくれたのが印象に残っている。今回は平均を上回ったのだ。
「すっげー! お前こんなにチェス強かったんだな」
「たまたまだ」
「たまたまでここまでできるかよ」
 チェス部の人は窓夏に気づくと、他のメンバーも一斉に振り返る。
「……倉木」
「知り合い?」
「まクラスメイト。俺帰る」
「おう! またな。たまには顔出せよ」
 秋尋は窓夏の背中を押し、ドアを閉めた。
「まさか夏休み中に会うとは」
「だね。久しぶり。チェス上手なんだね」
「少しだけな。帰る?」
「うん」
 自然な流れで一緒に帰ることになった。
 不思議な感覚だ。
「なんか食べた? いい匂いがする」
 秋尋は窓夏に顔を近づけた。
「う、うん……鶏肉の照り焼き。あ」
「どうした」
「そうだ。謎だよ。鶏が一匹いなくなったんだ」
 窓夏は一連の流れを説明した。秋尋は疑うわけでもなく、何度か相づちを打って耳を傾けてくれた。
「でも同じ部活の人と確かめに行ったら、ちゃんと五羽いたんだ」
「四羽のとき、鍵は?」
「そういえば……空いてた」
「出るときは?」
「僕が閉めて、見に行ったらちゃんとしまってて五羽に増えてた。特別な鍵は必要なくて、外から誰でも開けられるようになってるんだ。もしかして、信じてくれるの?」
「見間違いって可能性も捨てきれないが。ともかく今はちゃんといたんなら、様子を見たら? ケガしたわけじゃないんだろ?」
「うん……自信なくなってきた」
「自信持つのは大事。鶏肉の照り焼きもなかなかだったんだろ」
「めちゃくちゃ美味しかった」
「ちょっと付き合って」
「え」
 窓夏は立ち止まる。
「買い食いしたい。腹減って死にそうなんだ」
「びっくりした」
「何が?」
「付き合って、とか言うから」
「『付き合って』」
 演技口調で朗らかに、秋尋は口にする。
「もう! なんなのさっ」
「はは、パンくらい奢ってやるよ」
「やたー!」
 買い食いは厳禁なので、学校から離れたコンビニに寄り、菓子パンを奢ってもらった。
 ただのメロンパンではなくパンダの形をしていて、黒い部分はチョコレート味だ。
「もしかして、動物好き?」
「ばれちゃった。実は生活部に入ったのも、動物たちと一緒にいたいから」
「へえ」
 秋尋は焼きそばパンだ。中にハムカツも挟んである。
「ヤバい。美味すぎ」
「焼きそば好きだったりする?」
「あんまり食べないからな。ハムカツも」
「家でも?」
「そういうの、食卓に上がらない」
 複雑な家庭なのかもしれないと、これ以上聞くのは止めた。
「食べる? 耳の部分」
 千切って渡そうとしたが、秋尋は窓夏の手首を掴み、そのまま耳にかぶりついた。
「ちょっ……」
「耳、美味い」
「目も食べた!」
「全部美味い」
 正面から、初めて彼の笑顔を見た。
 一言二言しか会話をせず、人との距離に線を引く人。
 大人びた顔が子供に戻り、窓夏は頬を染めて今度は自らパンを差し出した。
「美味いよ」
 あまりに言い方が穏やかで、喉がつまる感覚になった。
 鶏肉の照り焼きを食べたからだ、と言い訳を並べ、食べかけの残りを彼に渡した。

 夏休みが終わり、久しぶりのクラスメイトと顔を合わせた。日焼けをしている者、眠そうに机に突っ伏している者と、様々だ。
 すでに秋尋は来ていて、本から顔を──ついでに口角も──上げた。
「………………」
 なんだか恥ずかしくなり、窓夏は視線を落とした。秋尋が首を傾げているのが見える。そのまま椅子に腰を下ろす。
「ねえ、知ってる? 鶏小屋の話」
「ああ、分かるよ。一羽消えたんでしょ? 次の日はまた五匹に戻ってたって」
「それそれ。本当なのかな」
「さあ。でも見たって人、何人もいるって。学校七不思議じゃんこれ」
 クラスが静まり返った。噂話が好きなのはたいていの人に当てはまる。窓夏にとっては噂ではないが。
「見に行ったら先生に見つかって怒られたよ。とっとと教室に戻れつてさ」
「先生が食べようとしてんじゃないの?」
 クラスメイトの冗談は、夏休みに食べた鶏肉の照り焼きが頭に浮かぶ。美味しかったのだから、なおさら罪悪感だ。
 担任の大きな声で一度は気持ちを切り替えたものの、放課後になるとまたもや噂話で持ちきりになった。
 鶏小屋は生徒で溢れていて、他の教師が対応している。
 教師は大きな口を開けてこちらを見たとき、
「僕、生活部です」
 と告げた。
 包囲網をかいくぐり、隣の建物から餌を出すと、鶏たちは待っていましたとばかりに鳴き声を上げる。
 数をかぞえると間違いなく五羽いるが、一羽元気がなかった。
 餌を見て立ち上がるが、どこか動きがおかしい。ゆったりしているというか、鈍い。
「体調が悪い?」
 声をかけてみると、鶏はこちらを見る。エサも一応つついてはいた。
「倉木」
 誰かに声をかけられるが、教師たちは戻っていったため回りには人がいない。
 もう一度呼ばれる方へ向くと、二階から秋尋が手を上げていた。
「よ」
「藤宮君」
「鶏の調子は?」
「うーん」
「倉木の調子は?」
「それはばっちり」
「そっちに行く」
 秋尋は一度顔を引っ込めると、一分足らずでやってきた。ほんのりと顔が赤い。
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