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第二章 フィアンセとバーテンダー
040 純粋無垢の少年
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ユーリの教えは、あれこれ口を動かすより俺に作らせることを重点に置いた。師と弟子の関係ではまだまだ道具に触れさせなかったりするが、ユーリは普段から使用している道具も触らせてくれるし、どんどん使えとすすめてくる。俺がしたいことをまだ早いと片づけることもせず、バースプーンの持ち方回し方や、リキュールの開け方、ミキシンググラスの使い方も徹底的に教えてくれた。俺は、教科書を開くよりカクテルを作る方が好きだった。
学校から帰ってくると、カウンターに女性が一人座っている。アンティークのドアベルも同時に鳴り、女性は後ろを向いた。
「あの子なの?」
「ええ」
挨拶をすると、一応返してくる。一応とつくほど素っ気ない。二階に行こうとする俺をユーリは呼び止めた。
「ルイ、しばらく私は留守にします。代わりに彼女があなたの面倒を見てくれますので……そんな不安な顔をしなくても大丈夫です」
「別に不安な顔はしていない。どうかお元気で」
「今生の別れみたいな言い方は止めるように。二週間ほど家を開けます。理由は仕事で、お土産を買って帰ります。他に聞きたいことは?」
「ない」
「何かあったら、スマホに連絡を下さい。どんな小さなことでもいいです。早く帰ってきてほしいでも、会いたいでも、愛してるでも」
「……勝手に道具を使ってもいいか?」
「どうぞ。せっかくですから、まだ作ったことのないカクテルに挑戦してみてはいかがです? そちらの女性はお酒が大好きですから」
「私が味見役になれって? この子が作るの? まだ未成年でしょ?」
「未成年でも作れますし、大人でも作れない人は大勢います」
女性はこらえ、黄色の液体を煽るように飲み干した。
「この人は私の妹です。こき使って構いませんので、仲良くしてあげて下さいね」
「ちょっと」
「妹がいたのか。努力する」
「生意気ね……聞いていたのと全然違うじゃない」
「おや? そうでしたか?」
「私には純粋無垢で飲み込みも早く、花のような可愛い笑顔を撒き散らす子供って言ってたけどね。なにこの仏頂面」
「純粋無垢のまだ子供だ。二週間よろしく頼む」
「っ……ええ、よろしくね!」
女性はカウンターを叩いて立ち上がると、荷物を取ってくると言い残し、出ていってしまった。何をそんなに怒っているのだ。
「怒りっぽいところは少々玉にきずですが、面倒見は悪くない人ですから」
「……………………」
ユーリはカウンターの席に座るよう促すと、特性のレモネードとクッキーを出してくれた。
ユーリも自分の分を入れると、横に座った。
「二週間も離れるなんて、今までなかったですね。寂しいですか?」
ユーリの手が伸び、私の頭に触れる。伸びてきた髪を撫で、時折指先で遊ぶようにくすぐる。
「ちゃんとメールも電話もします」
「迷惑だろう」
「ではできるだけ控えるようにして、帰ってきたときに土産話として話しましょうか」
「違う。そうではなくて……」
ユーリは強めに頭を撫で、肩が揺れて落ちそうなほど強かった。
「段々と、気持ちを出してくれるようになりましたね。私はとても嬉しい。ではこうしましょうか。ルイは作ったカクテルを送る。私はそれに対して返事をする。その他の業務連絡や何か相談事があるなら、追加で送る」
そもそも、用があってもなくても連絡をするのは苦手だ。カクテルならば遠慮なく送れる気がする。
ユーリはよく俺にハグをする。答えることはできないけれど、背中に手は回せないけれど……いつか俺の望んでいるものを伝えたい。彼は受け止めてくれるだろうか。
ユーリの妹であるアネットとの共同生活が始まった。とはいっても、朝と夜の時間帯しか会わず、今のところそれほど支障もない。ユーリのように学校での詳細を聞いてくるわけでもなく、明日は天気が悪いとか食事はどうだとか当たり障りのない話で、それぞれのプライベートに関する話題には一切触れない。傷には触れ合うつもりもなかったので、思っていたより居心地は悪くない。ユーリの血筋の人間といえど、タイプが違う。性格の違いもあるだろうが、ユーリは平気で傷口をえぐろうとする。
夕食後は、フロアに入り浸って専らカクテル作りだ。最初は立ち入らなかったアネットは、ドアの隙間から覗き、俺と目が合うと入ってきてカウンター席に座った。
「作れるものを一つ」
「……………………」
「飲みたい気分なのよ」
どういう風が吹いたらプライベートの時間に入り込んでくるのだろう。今までまったく興味を示さなかったのに。
氷を入れたタンブラーにウォッカとオレンジジュースをそれぞれ注いで撹拌する。
「スクリュードライバーの語原は?」
「知らない」
「ねじ回しよ。昔はバースプーンじゃなくてねじ回しで混ぜて飲んだから、カクテルの名前にそのままついたの」
アネットは口をつけた。渋い顔をしているが、そんな顔をさせたいわけじゃない。もっと、俺は……。
「作るだけじゃダメ。裏にあるものも覚えていきな」
「裏にあるもの?」
「カクテルの語原やカクテル言葉のこと。例えは、スクリュードライバーのカクテル言葉は『あなたに心を奪われた』。キールは『陶酔』、ジントニックは『強い意志』。意味を知りながら作れば、味も変わってくる」
もう一口飲むと、今度はあまり美味しくない、と呟いた。
「アネットはどんな仕事をしているんだ?」
「土地の管理よ」
「嫌な仕事だな」
「私はけっこう気に入ってるわ。親から受け継がれたものでも、子供の頃からやりたかったし。ちょっといろいろ、大変なこともあるけど」
アネットは二杯目を注文した。同じスクリュードライバーだ。同じ作り方をしてもきっと不味いと言われてしまう。
俺は何が美味しくないのか聞いた。すると、混ぜすぎだと言われた。軽くでいいと。
今度は回数を減らしてみた。これでいいのか、大丈夫かと不安になるが、アネットの渋い顔は消え、つまみもほしいと訴える。
冷蔵庫にチーズが入っていて、切り分けて皿に並べると、アネットは呆れて下手くそだと暴言を追加で添える。
苛立ちもあったが、俺にはっきり道をくれた人はこれで二人目だ。
アネットは毎晩、フロアに顔を出し、カクテルを注文してくる。本人が言うには「タダ酒が飲めるから」らしい。それなら俺は俺で利用しようと思う。飲んで率直な感想をくれるのは、こちらとしても有り難い。
アネットの感想はカクテルのように決まった色はなくて、無限にいろんな言葉が飛び出てくる。ユーリは前に桜餅をたべて「味が美しい」と言った。それに近い感覚で述べる。
次に感じたのは、味に対する違和感だった。ユーリもアネットも、甘いや苦い、酸っぱいなど以外のことを口にするが、それは俺の知識が足りずにうまい感想を述べられないだけだと思っていた。
チーズの切り方の伝授されたとき、アネットは切り方で風味が変わると意味の分からないことを言った。
俺の切ったチーズと彼女の切ったチーズを食べ比べても、まったく変わらない。酸っぱいだけだ。彼女はそれはおかしいと否定しかしない。
──チーズの味は同じにしか思えない。
愚痴を吐き出したくてユーリに送ると、
──ロックフォールとロカマドゥールを食べ比べてみなさい。
と、すぐに返事が来た。
前者は青カビチーズで、後者はヤギのミルクを使ったチーズだ。薄めに切って癖の少ないロカマドゥールから食べてみて、一度水で口の中を洗う。続いてロックフォールを口に入れる。
「………………同じだ」
フランスはチーズの種類が豊富だが、何か違いがあるのか疑問しか湧かない。
──ユーリ、同じだ。
──え?
──え、とはなんだ。同じだ。
──間違いなく、ロックフォールを食べましたよね? まさかパッケージの綴りが読めないとか、そんなことあるわけがありませんね?
──失礼だな。ちゃんと二種類食べた。
日付が変わりそうだったので、カウンターに出したリキュールの瓶や道具を片づけていると、その日、ユーリからは返信は来なかった。
代わりに、店の扉を何度も叩く音がして、ユーリなわけがないのに鍵を開けてしまった。
「子供か?」
「……何の用だ」
大柄な男性は付きまとうボディガードたちで見慣れているはずなのに、得体の知れない生き物が側にいるようだ。にこやかな笑みも握手を求める手も、全力で拒否をしろともう一人の俺が訴えている。
「ユーリ・ドヌヴェーヌさんはご在宅ですか?」
「いない」
会いにきたというより、いないタイミングを見計らっての訪問に見えた。
「他には誰かこの家に……」
「何の用?」
裏からアネットが出てきて、俺の袖を後ろへ引っ張った。
「例の件でお話が……」
男たちは俺を一瞥し、すぐにアネットに向く。
俺は構わないと彼女に告げ、中に招き入れようとするが、アネットはそれを制止する。
「話すことはないから帰って。しかもこんな遅くに。子供もいるのに何考えてんのよ」
「ドルヴィエのお坊ちゃんも、ぜひ話を聞いて頂きたい」
「ルイだ」
アネットと男の言い方に腹を立ててしまい、私は名乗り出た。子供扱いはいやに鼻につく。
「私は不動産業もしておりましてね、ここは私たちが買収した土地なんですよ。何度も話をしているのですが、ユーリ氏は立ち退いてくれないんです。非常に困っているのですよ」
「立ち退き……? そんな話、ユーリは一言もしていなかった」
「ちょっと待って、まだ数年猶予はあるはずでしょ?」
「どうしてもここの土地が欲しいという方がいらっしゃいましてね」
アネットが拳を握りしめると、指の軋む音がする。
数年猶予がある。俺は驚いてアネットを見入る。立ち退きの話すら知らない俺は完全に蚊帳の外だった。
あえて話さなかったユーリと、知っている様子だったのに、俺を外に追いやろうとしたアネット。苦しい気持ちを吐き出したいのに、家族になれない不透明な関係と子供だからというどうにもならない差が広がっていく。
アネットは出ていけと力強く言い放ち、ドアを閉めて鍵をかけた。
掴まれた手首が痛い。けれど痛みを訴える術は俺にはない。してはいけない。これは俺の罪だから。
「夜遅くにドアを開けてもいいって、ドルヴィエ家ではそう習ったの?」
「出たくても出られなかった」
これでは不幸自慢をしているみたいで、言ってから後悔した。けれどアネットは強く怒鳴り、本気で俺を叱った。駄目なものは駄目だと、容赦がない。初めはユーリの妹だと聞いてもピンとこなかったが、この二人は間違いなく兄弟だ。
学校から帰ってくると、カウンターに女性が一人座っている。アンティークのドアベルも同時に鳴り、女性は後ろを向いた。
「あの子なの?」
「ええ」
挨拶をすると、一応返してくる。一応とつくほど素っ気ない。二階に行こうとする俺をユーリは呼び止めた。
「ルイ、しばらく私は留守にします。代わりに彼女があなたの面倒を見てくれますので……そんな不安な顔をしなくても大丈夫です」
「別に不安な顔はしていない。どうかお元気で」
「今生の別れみたいな言い方は止めるように。二週間ほど家を開けます。理由は仕事で、お土産を買って帰ります。他に聞きたいことは?」
「ない」
「何かあったら、スマホに連絡を下さい。どんな小さなことでもいいです。早く帰ってきてほしいでも、会いたいでも、愛してるでも」
「……勝手に道具を使ってもいいか?」
「どうぞ。せっかくですから、まだ作ったことのないカクテルに挑戦してみてはいかがです? そちらの女性はお酒が大好きですから」
「私が味見役になれって? この子が作るの? まだ未成年でしょ?」
「未成年でも作れますし、大人でも作れない人は大勢います」
女性はこらえ、黄色の液体を煽るように飲み干した。
「この人は私の妹です。こき使って構いませんので、仲良くしてあげて下さいね」
「ちょっと」
「妹がいたのか。努力する」
「生意気ね……聞いていたのと全然違うじゃない」
「おや? そうでしたか?」
「私には純粋無垢で飲み込みも早く、花のような可愛い笑顔を撒き散らす子供って言ってたけどね。なにこの仏頂面」
「純粋無垢のまだ子供だ。二週間よろしく頼む」
「っ……ええ、よろしくね!」
女性はカウンターを叩いて立ち上がると、荷物を取ってくると言い残し、出ていってしまった。何をそんなに怒っているのだ。
「怒りっぽいところは少々玉にきずですが、面倒見は悪くない人ですから」
「……………………」
ユーリはカウンターの席に座るよう促すと、特性のレモネードとクッキーを出してくれた。
ユーリも自分の分を入れると、横に座った。
「二週間も離れるなんて、今までなかったですね。寂しいですか?」
ユーリの手が伸び、私の頭に触れる。伸びてきた髪を撫で、時折指先で遊ぶようにくすぐる。
「ちゃんとメールも電話もします」
「迷惑だろう」
「ではできるだけ控えるようにして、帰ってきたときに土産話として話しましょうか」
「違う。そうではなくて……」
ユーリは強めに頭を撫で、肩が揺れて落ちそうなほど強かった。
「段々と、気持ちを出してくれるようになりましたね。私はとても嬉しい。ではこうしましょうか。ルイは作ったカクテルを送る。私はそれに対して返事をする。その他の業務連絡や何か相談事があるなら、追加で送る」
そもそも、用があってもなくても連絡をするのは苦手だ。カクテルならば遠慮なく送れる気がする。
ユーリはよく俺にハグをする。答えることはできないけれど、背中に手は回せないけれど……いつか俺の望んでいるものを伝えたい。彼は受け止めてくれるだろうか。
ユーリの妹であるアネットとの共同生活が始まった。とはいっても、朝と夜の時間帯しか会わず、今のところそれほど支障もない。ユーリのように学校での詳細を聞いてくるわけでもなく、明日は天気が悪いとか食事はどうだとか当たり障りのない話で、それぞれのプライベートに関する話題には一切触れない。傷には触れ合うつもりもなかったので、思っていたより居心地は悪くない。ユーリの血筋の人間といえど、タイプが違う。性格の違いもあるだろうが、ユーリは平気で傷口をえぐろうとする。
夕食後は、フロアに入り浸って専らカクテル作りだ。最初は立ち入らなかったアネットは、ドアの隙間から覗き、俺と目が合うと入ってきてカウンター席に座った。
「作れるものを一つ」
「……………………」
「飲みたい気分なのよ」
どういう風が吹いたらプライベートの時間に入り込んでくるのだろう。今までまったく興味を示さなかったのに。
氷を入れたタンブラーにウォッカとオレンジジュースをそれぞれ注いで撹拌する。
「スクリュードライバーの語原は?」
「知らない」
「ねじ回しよ。昔はバースプーンじゃなくてねじ回しで混ぜて飲んだから、カクテルの名前にそのままついたの」
アネットは口をつけた。渋い顔をしているが、そんな顔をさせたいわけじゃない。もっと、俺は……。
「作るだけじゃダメ。裏にあるものも覚えていきな」
「裏にあるもの?」
「カクテルの語原やカクテル言葉のこと。例えは、スクリュードライバーのカクテル言葉は『あなたに心を奪われた』。キールは『陶酔』、ジントニックは『強い意志』。意味を知りながら作れば、味も変わってくる」
もう一口飲むと、今度はあまり美味しくない、と呟いた。
「アネットはどんな仕事をしているんだ?」
「土地の管理よ」
「嫌な仕事だな」
「私はけっこう気に入ってるわ。親から受け継がれたものでも、子供の頃からやりたかったし。ちょっといろいろ、大変なこともあるけど」
アネットは二杯目を注文した。同じスクリュードライバーだ。同じ作り方をしてもきっと不味いと言われてしまう。
俺は何が美味しくないのか聞いた。すると、混ぜすぎだと言われた。軽くでいいと。
今度は回数を減らしてみた。これでいいのか、大丈夫かと不安になるが、アネットの渋い顔は消え、つまみもほしいと訴える。
冷蔵庫にチーズが入っていて、切り分けて皿に並べると、アネットは呆れて下手くそだと暴言を追加で添える。
苛立ちもあったが、俺にはっきり道をくれた人はこれで二人目だ。
アネットは毎晩、フロアに顔を出し、カクテルを注文してくる。本人が言うには「タダ酒が飲めるから」らしい。それなら俺は俺で利用しようと思う。飲んで率直な感想をくれるのは、こちらとしても有り難い。
アネットの感想はカクテルのように決まった色はなくて、無限にいろんな言葉が飛び出てくる。ユーリは前に桜餅をたべて「味が美しい」と言った。それに近い感覚で述べる。
次に感じたのは、味に対する違和感だった。ユーリもアネットも、甘いや苦い、酸っぱいなど以外のことを口にするが、それは俺の知識が足りずにうまい感想を述べられないだけだと思っていた。
チーズの切り方の伝授されたとき、アネットは切り方で風味が変わると意味の分からないことを言った。
俺の切ったチーズと彼女の切ったチーズを食べ比べても、まったく変わらない。酸っぱいだけだ。彼女はそれはおかしいと否定しかしない。
──チーズの味は同じにしか思えない。
愚痴を吐き出したくてユーリに送ると、
──ロックフォールとロカマドゥールを食べ比べてみなさい。
と、すぐに返事が来た。
前者は青カビチーズで、後者はヤギのミルクを使ったチーズだ。薄めに切って癖の少ないロカマドゥールから食べてみて、一度水で口の中を洗う。続いてロックフォールを口に入れる。
「………………同じだ」
フランスはチーズの種類が豊富だが、何か違いがあるのか疑問しか湧かない。
──ユーリ、同じだ。
──え?
──え、とはなんだ。同じだ。
──間違いなく、ロックフォールを食べましたよね? まさかパッケージの綴りが読めないとか、そんなことあるわけがありませんね?
──失礼だな。ちゃんと二種類食べた。
日付が変わりそうだったので、カウンターに出したリキュールの瓶や道具を片づけていると、その日、ユーリからは返信は来なかった。
代わりに、店の扉を何度も叩く音がして、ユーリなわけがないのに鍵を開けてしまった。
「子供か?」
「……何の用だ」
大柄な男性は付きまとうボディガードたちで見慣れているはずなのに、得体の知れない生き物が側にいるようだ。にこやかな笑みも握手を求める手も、全力で拒否をしろともう一人の俺が訴えている。
「ユーリ・ドヌヴェーヌさんはご在宅ですか?」
「いない」
会いにきたというより、いないタイミングを見計らっての訪問に見えた。
「他には誰かこの家に……」
「何の用?」
裏からアネットが出てきて、俺の袖を後ろへ引っ張った。
「例の件でお話が……」
男たちは俺を一瞥し、すぐにアネットに向く。
俺は構わないと彼女に告げ、中に招き入れようとするが、アネットはそれを制止する。
「話すことはないから帰って。しかもこんな遅くに。子供もいるのに何考えてんのよ」
「ドルヴィエのお坊ちゃんも、ぜひ話を聞いて頂きたい」
「ルイだ」
アネットと男の言い方に腹を立ててしまい、私は名乗り出た。子供扱いはいやに鼻につく。
「私は不動産業もしておりましてね、ここは私たちが買収した土地なんですよ。何度も話をしているのですが、ユーリ氏は立ち退いてくれないんです。非常に困っているのですよ」
「立ち退き……? そんな話、ユーリは一言もしていなかった」
「ちょっと待って、まだ数年猶予はあるはずでしょ?」
「どうしてもここの土地が欲しいという方がいらっしゃいましてね」
アネットが拳を握りしめると、指の軋む音がする。
数年猶予がある。俺は驚いてアネットを見入る。立ち退きの話すら知らない俺は完全に蚊帳の外だった。
あえて話さなかったユーリと、知っている様子だったのに、俺を外に追いやろうとしたアネット。苦しい気持ちを吐き出したいのに、家族になれない不透明な関係と子供だからというどうにもならない差が広がっていく。
アネットは出ていけと力強く言い放ち、ドアを閉めて鍵をかけた。
掴まれた手首が痛い。けれど痛みを訴える術は俺にはない。してはいけない。これは俺の罪だから。
「夜遅くにドアを開けてもいいって、ドルヴィエ家ではそう習ったの?」
「出たくても出られなかった」
これでは不幸自慢をしているみたいで、言ってから後悔した。けれどアネットは強く怒鳴り、本気で俺を叱った。駄目なものは駄目だと、容赦がない。初めはユーリの妹だと聞いてもピンとこなかったが、この二人は間違いなく兄弟だ。
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