11 / 67
第一章 大学生とバーテンダー
011 占い師・レミ
しおりを挟む
様子がおかしい俺を気にしてか、何度かこちらを一瞥する。答える気のない俺の気配を察して何も言わなかった。直に分かる。心配してくれる人がいるのは嬉しいが、今は言えない。
十七時開店と同時に入ってきたのは、この前と同じ黒いローブを身につけた女性だ。ミステリアスと言えば聞こえはいいが、どちらかと言うと怪しい。同じ黒服でも、奥野さんとはちょっと違う。
「いらっしゃいませ」
ルイは気にする様子もなく、店主としての顔を振りまいた。
「花岡さん、お久しぶりね」
「本当に来ちゃったんですね……」
「今日は女難の相は出ていないわ。前回は災難だったようだけど」
今の会話で、ルイはすべての空気を読んでくれた。有り難い。一応知り合いなんです、と目で訴えた。
「カウンター席へどうぞ」
「……今度はあなたに女難の相が出ているわ」
「左様でございますね。メニュー表をどうぞ」
あっさり認めたルイは、にこやかな笑みを浮かべてメニュー表を渡した。
実は前回、ストーカーの如く追いかけてくる彼女に業を煮やし、アルバイト先を教えたのだ。彼女の手帳に手書きの地図と店名を書いた後、字に女難の相が出ていると忠告つきで俺たちは別れた。
「そうね……何が良いかしら」
「普段はどのようなお酒を召し上がりますか?」
「ビールやワイン、シャンパンよ。でももう少し度数は強くてもいいわ」
「甘口と辛口は、どちらがお好みですか?」
「甘口で、辛口なもの」
「かしこまりました」
意味が分からない。何をどうすれば了解と言えるのか。
俺の悩みの種など回収せず、ルイは緑の瓶を取り出した。ラベルには、クレーム・ド・ミント・グリーン。『クレーム・ド』がつくものは、糖分とアルコール度数が高いものだと説明を受けた。具体的な規定はもしっかりあるのだろう。
酒屋やスーパーなどでよく目にするテキーラ。そしてライムジュース。シェイカーにこれらを入れ、かっこいいルイの登場だ。
カクテルグラスに注ぐと、宝石のエメラルドのような液体が流れた。エメラルドをまんま溶かしたような色。そうとしか表現できない。それくらいに美しい。
「きれい……」
俺の呟きに、ルイは満足げに差し出した。
「モッキンバードでございます。リキュールは甘めのものを仕様しておりますので、辛さの中に甘みが感じられるかと思います」
占い師はしばらくカクテルを眺めてから、口にした。美味しい、と漏らして。
「なぜこれを?」
「失礼ですが、ラッキーアイテムとお見受けしましたので」
「まあ、まあ。嬉しい。その通りよ。今日のラッキーアイテムは、緑色のものなのよ」
耳には大きな緑色の石がついている。本物だとすればとんでもない額だ。前回会ったときは、石はついていなかった。
「なぜ分かったの?」
「初めに私を見て、女難の相が出ていると漏らした。あなたが占い師だろうと予測できました。そして目立つ耳飾り。ラッキーアイテムではないにしても、何かしらこだわりがあってお付けになっていると思いました」
「すごい、すごい」
はしゃぐ女性を見ていると、怪しい雰囲気は少し和らぐ。占い師として、雰囲気作りも彼女の仕事なのかもしれない。
「占い師のレミよ。池袋でも何度か仕事をしたことがあるの。エレティックは入り組んだところにあるけれど、ここら辺も来たことがあるわ」
「左様でございましたか。当店にお越しのお客様は、道に迷っていらっしゃる方が多いので」
「とても素敵な雰囲気ね」
レミさんはモッキンバードをすべて飲み干し、次は度数は高すぎず、辛口がいいと訴えた。
緑の葉と、物体Wこと砂糖が登場した。最悪の組み合わせに、まさか違うよな、そうじゃないよなと、疑わしき目で何度も見る。今日はお互い、視線で会話をする日だ。
「こちらはミントでございます」
レミさんに説明をするふりをして、入れ物をさり気なく俺に傾けた。ミントだと説明を受けると、鼻に届く香りも良い匂いとして受け取れた。
ライムの輪切りとミント、砂糖、それと少しの炭酸水をタンブラーに入れ、棒で潰していく。氷と何かのリキュール、炭酸水を注ぐ。ミントを飾り、出来上がりだ。モッキンバードとは違い、製法はビルドとなる。
「マンゴヤン・モヒートでございます。マンゴー・リキュールを使ったカクテルになります」
「あら素敵。これも緑色ね」
「カクテル自体は透明です。ミントとライムのおかげで、緑色に見えるのかもしれませんね」
「こういうやり方もあるのか」
歓喜の声を上げずにはいられない。感動しかない。見せ方が格好良すぎる。
半分ほど口にしたところで、ルイは口を開いた。
「さて……詳しい事情は存じ上げませんが、うちの花岡がお世話になったようで」
「ええ。私もお世話になったのだけれど。お人好しの彼にお願いがあるのよ」
「え、俺?」
「ある人の様子を見てきてほしくて」
レミさんはチラシを出し、俺に渡してきた。
「ここのバーなんだけれど、知っているかしら?」
「俺、エレティック以外のバーって行ったことがないですよ」
場所は新宿。新しくできたバーのようで、チラシにはアルバイト募集と書かれている。
「レミさんが行くんじゃダメなんですか?」
「私は行けない。お礼は……そうね、無料で占ってあげる」
「いや、俺は……」
「そちらのバーテンダーさんも含めて」
押しが強いというか、タロットカードを並べ始める彼女は聞く耳がまったくない。
「私の占いはけっこう当たるのよ。本名は花岡志樹さんでしたね」
今さら山田春男だとは言い難い。お巡りさんの前で本名を名乗ってしまっている。
レミさんは話のプロだ。奥に眠る確信には触れられたくなくて、話の方向転換が上手い。占い師として鍛え上げられた技だろう。ここはルイに任せるしかない。落ち着くまで、彼女の出方を伺っている。
「底が見えないほどの深い闇を抱えているわね。禍々しく、人懐っこい笑みの裏には鬼がある。なんとしても復讐してやろうという、狂気が渦巻いている」
「……………………」
確信をつかれた。これが占い師の実力だ。激しく動き出した心臓に、自然と胸を押さえた。
大きく息を吐くと、冷静な俺が待てと止める。深い闇を抱えている人間なんて、山ほど存在するのではないか。きっと、横で眉をひそめるこの男も。
「大丈夫。刺激のある飲み物を飲むと、運気が上がるわ。それと、寄り添ってくれる愛情深い男性。女性よりも男性ね」
「へ、へえ……そうですか」
「次はあなたよ、バーテンダーさん。お名前はなんて仰るの?」
「私の占いは結構。代わりに、調べてほしい人間と関係性、理由を知りたい。虚言を話すならば、この話は一切お断りだ」
バーテンダーのルイも終わりだ。本気と受け取ったのか、レミさんはカードを持つ手を下げた。
「関係性……それは話さなければならないのかしら?」
「当然だ。犯罪に巻き込まれたくないのでね」
耳の痛い話だ。
「……名前は秋元賢治という男性。花岡さんと同じくらいの年の子よ」
「あなたとの関係は?」
「ごめんなさい。言えないわ。なぜかというと、男性に私からの差し金だと察してほしくないからよ。必要最低限の条件の中、動いてほしいの」
言い分も分かる。動きがぎこちなくなると、感づかれる可能性もある。
「犯罪絡みではないの。信じて」
「引き受けましょう」
俺への依頼のはずが、ルイが受けたことになっていた。
女性は連絡先の書いている名刺を渡し、代金を払って帰っていった。すれ違いにお客さんがなだれ込んできて、彼女の話をすることもなく、フロアを忙しく動き回っていた。
片づけを終えた頃にはへとへとになっていて、控え室のソファーで休んでいると、ルイがペットボトルを渡してくれた。
「ありがとう」
一気に半分ほど喉を通す。炭酸水が弾け、口内と喉をほど良く刺激してくれる。
「連休がこんなに忙しくなるとは思わなかった」
「明日も休みだからな」
「秋元賢治さんだっけ? いつ行く?」
「お前は大学があるだろう」
遠回しな表現だ。ペットボトルに蓋をし、不満げに彼を見た。
「それって、ルイがひとりで行くってこと? 依頼されたの俺なんだけど」
「彼女はお前に依頼をするふりをして、ターゲットを私に絞っていた。開いた時間に行ってくる」
「俺も行く」
「犯罪絡みでないとは言い切れん。どんなバーなのか、調べもついていない」
「だったらなおさら行くよ」
ここは譲れない。火花が散ろうとも、新しい武器を駆使しようとも。
攻防戦になりかけたとき、折れたのはルイだ。ルイが折れるしかない。俺は絶対に折れる気はないのだから。
「月曜日の十七時以降は開いているか?」
「問題なし。というか連休だし、一日中暇してる」
「新宿駅で待ち合わせをしよう」
「やった。実はさ、バーに興味があるんだよ」
ルイの顔は、何を今さらと言っている。
「一歩引いた視点でってこと。バーテンダーはルイしか知らないし。そういや、バーテンダーって資格とかあるの?」
「ある」
「持ってる?」
「一応。地元で取った」
「なんか、地元って聞くと近所の兄ちゃんとザリガニを釣ってるイメージだけど、ヨーロッパなんだよな」
「エクルヴィスはあまり食さないな。出身国は分かったか?」
「エク……? 結構調べてはいるんだよ。何か有名なものってある?」
「ワイン」
「分かった、スペイン!」
「外れだ。だが良い線はいっている。マリファナもワインも、ヒントに当たる国ではある。あとは考えろ。さて……ビルを出る。電車が無くなるだろう」
ドイツとスペインではない。そしてワインが有名。ヨーロッパではほとんどの国でワインが有名な気もするが、そろそろいい加減当てたい。
池袋駅で別れを告げ、寄り道をせずにアパートに戻った。ベッドに寝そべりながら端末とに『ヨーロッパ』と検索し、はたと気づいた。
イギリスでもドイツでもスペインでもない。単純に『ヨーロッパ ルイ』と入れればいい。ルイという名前は、男性に多く、昔から使われている名前だ。
「フランス……」
有名なシャンパンもあり、多くのブドウ畑も存在している。フランスと入れるだけで、美しい景色が限りなく出る。
──ルイ、フランス!
ほとんど時間を跨がす、返事が来た。
──Très bien.
トレビアンだ。ようやく当たった。できれば、会ったときにまた言ってほしい。ルイのトレビアンは癖になるし、好きだ。
ルイについて、一つ知ることができた。まだまだ謎は多く残るが、少しずつ聞いて仲良くなれたらいい。
十七時開店と同時に入ってきたのは、この前と同じ黒いローブを身につけた女性だ。ミステリアスと言えば聞こえはいいが、どちらかと言うと怪しい。同じ黒服でも、奥野さんとはちょっと違う。
「いらっしゃいませ」
ルイは気にする様子もなく、店主としての顔を振りまいた。
「花岡さん、お久しぶりね」
「本当に来ちゃったんですね……」
「今日は女難の相は出ていないわ。前回は災難だったようだけど」
今の会話で、ルイはすべての空気を読んでくれた。有り難い。一応知り合いなんです、と目で訴えた。
「カウンター席へどうぞ」
「……今度はあなたに女難の相が出ているわ」
「左様でございますね。メニュー表をどうぞ」
あっさり認めたルイは、にこやかな笑みを浮かべてメニュー表を渡した。
実は前回、ストーカーの如く追いかけてくる彼女に業を煮やし、アルバイト先を教えたのだ。彼女の手帳に手書きの地図と店名を書いた後、字に女難の相が出ていると忠告つきで俺たちは別れた。
「そうね……何が良いかしら」
「普段はどのようなお酒を召し上がりますか?」
「ビールやワイン、シャンパンよ。でももう少し度数は強くてもいいわ」
「甘口と辛口は、どちらがお好みですか?」
「甘口で、辛口なもの」
「かしこまりました」
意味が分からない。何をどうすれば了解と言えるのか。
俺の悩みの種など回収せず、ルイは緑の瓶を取り出した。ラベルには、クレーム・ド・ミント・グリーン。『クレーム・ド』がつくものは、糖分とアルコール度数が高いものだと説明を受けた。具体的な規定はもしっかりあるのだろう。
酒屋やスーパーなどでよく目にするテキーラ。そしてライムジュース。シェイカーにこれらを入れ、かっこいいルイの登場だ。
カクテルグラスに注ぐと、宝石のエメラルドのような液体が流れた。エメラルドをまんま溶かしたような色。そうとしか表現できない。それくらいに美しい。
「きれい……」
俺の呟きに、ルイは満足げに差し出した。
「モッキンバードでございます。リキュールは甘めのものを仕様しておりますので、辛さの中に甘みが感じられるかと思います」
占い師はしばらくカクテルを眺めてから、口にした。美味しい、と漏らして。
「なぜこれを?」
「失礼ですが、ラッキーアイテムとお見受けしましたので」
「まあ、まあ。嬉しい。その通りよ。今日のラッキーアイテムは、緑色のものなのよ」
耳には大きな緑色の石がついている。本物だとすればとんでもない額だ。前回会ったときは、石はついていなかった。
「なぜ分かったの?」
「初めに私を見て、女難の相が出ていると漏らした。あなたが占い師だろうと予測できました。そして目立つ耳飾り。ラッキーアイテムではないにしても、何かしらこだわりがあってお付けになっていると思いました」
「すごい、すごい」
はしゃぐ女性を見ていると、怪しい雰囲気は少し和らぐ。占い師として、雰囲気作りも彼女の仕事なのかもしれない。
「占い師のレミよ。池袋でも何度か仕事をしたことがあるの。エレティックは入り組んだところにあるけれど、ここら辺も来たことがあるわ」
「左様でございましたか。当店にお越しのお客様は、道に迷っていらっしゃる方が多いので」
「とても素敵な雰囲気ね」
レミさんはモッキンバードをすべて飲み干し、次は度数は高すぎず、辛口がいいと訴えた。
緑の葉と、物体Wこと砂糖が登場した。最悪の組み合わせに、まさか違うよな、そうじゃないよなと、疑わしき目で何度も見る。今日はお互い、視線で会話をする日だ。
「こちらはミントでございます」
レミさんに説明をするふりをして、入れ物をさり気なく俺に傾けた。ミントだと説明を受けると、鼻に届く香りも良い匂いとして受け取れた。
ライムの輪切りとミント、砂糖、それと少しの炭酸水をタンブラーに入れ、棒で潰していく。氷と何かのリキュール、炭酸水を注ぐ。ミントを飾り、出来上がりだ。モッキンバードとは違い、製法はビルドとなる。
「マンゴヤン・モヒートでございます。マンゴー・リキュールを使ったカクテルになります」
「あら素敵。これも緑色ね」
「カクテル自体は透明です。ミントとライムのおかげで、緑色に見えるのかもしれませんね」
「こういうやり方もあるのか」
歓喜の声を上げずにはいられない。感動しかない。見せ方が格好良すぎる。
半分ほど口にしたところで、ルイは口を開いた。
「さて……詳しい事情は存じ上げませんが、うちの花岡がお世話になったようで」
「ええ。私もお世話になったのだけれど。お人好しの彼にお願いがあるのよ」
「え、俺?」
「ある人の様子を見てきてほしくて」
レミさんはチラシを出し、俺に渡してきた。
「ここのバーなんだけれど、知っているかしら?」
「俺、エレティック以外のバーって行ったことがないですよ」
場所は新宿。新しくできたバーのようで、チラシにはアルバイト募集と書かれている。
「レミさんが行くんじゃダメなんですか?」
「私は行けない。お礼は……そうね、無料で占ってあげる」
「いや、俺は……」
「そちらのバーテンダーさんも含めて」
押しが強いというか、タロットカードを並べ始める彼女は聞く耳がまったくない。
「私の占いはけっこう当たるのよ。本名は花岡志樹さんでしたね」
今さら山田春男だとは言い難い。お巡りさんの前で本名を名乗ってしまっている。
レミさんは話のプロだ。奥に眠る確信には触れられたくなくて、話の方向転換が上手い。占い師として鍛え上げられた技だろう。ここはルイに任せるしかない。落ち着くまで、彼女の出方を伺っている。
「底が見えないほどの深い闇を抱えているわね。禍々しく、人懐っこい笑みの裏には鬼がある。なんとしても復讐してやろうという、狂気が渦巻いている」
「……………………」
確信をつかれた。これが占い師の実力だ。激しく動き出した心臓に、自然と胸を押さえた。
大きく息を吐くと、冷静な俺が待てと止める。深い闇を抱えている人間なんて、山ほど存在するのではないか。きっと、横で眉をひそめるこの男も。
「大丈夫。刺激のある飲み物を飲むと、運気が上がるわ。それと、寄り添ってくれる愛情深い男性。女性よりも男性ね」
「へ、へえ……そうですか」
「次はあなたよ、バーテンダーさん。お名前はなんて仰るの?」
「私の占いは結構。代わりに、調べてほしい人間と関係性、理由を知りたい。虚言を話すならば、この話は一切お断りだ」
バーテンダーのルイも終わりだ。本気と受け取ったのか、レミさんはカードを持つ手を下げた。
「関係性……それは話さなければならないのかしら?」
「当然だ。犯罪に巻き込まれたくないのでね」
耳の痛い話だ。
「……名前は秋元賢治という男性。花岡さんと同じくらいの年の子よ」
「あなたとの関係は?」
「ごめんなさい。言えないわ。なぜかというと、男性に私からの差し金だと察してほしくないからよ。必要最低限の条件の中、動いてほしいの」
言い分も分かる。動きがぎこちなくなると、感づかれる可能性もある。
「犯罪絡みではないの。信じて」
「引き受けましょう」
俺への依頼のはずが、ルイが受けたことになっていた。
女性は連絡先の書いている名刺を渡し、代金を払って帰っていった。すれ違いにお客さんがなだれ込んできて、彼女の話をすることもなく、フロアを忙しく動き回っていた。
片づけを終えた頃にはへとへとになっていて、控え室のソファーで休んでいると、ルイがペットボトルを渡してくれた。
「ありがとう」
一気に半分ほど喉を通す。炭酸水が弾け、口内と喉をほど良く刺激してくれる。
「連休がこんなに忙しくなるとは思わなかった」
「明日も休みだからな」
「秋元賢治さんだっけ? いつ行く?」
「お前は大学があるだろう」
遠回しな表現だ。ペットボトルに蓋をし、不満げに彼を見た。
「それって、ルイがひとりで行くってこと? 依頼されたの俺なんだけど」
「彼女はお前に依頼をするふりをして、ターゲットを私に絞っていた。開いた時間に行ってくる」
「俺も行く」
「犯罪絡みでないとは言い切れん。どんなバーなのか、調べもついていない」
「だったらなおさら行くよ」
ここは譲れない。火花が散ろうとも、新しい武器を駆使しようとも。
攻防戦になりかけたとき、折れたのはルイだ。ルイが折れるしかない。俺は絶対に折れる気はないのだから。
「月曜日の十七時以降は開いているか?」
「問題なし。というか連休だし、一日中暇してる」
「新宿駅で待ち合わせをしよう」
「やった。実はさ、バーに興味があるんだよ」
ルイの顔は、何を今さらと言っている。
「一歩引いた視点でってこと。バーテンダーはルイしか知らないし。そういや、バーテンダーって資格とかあるの?」
「ある」
「持ってる?」
「一応。地元で取った」
「なんか、地元って聞くと近所の兄ちゃんとザリガニを釣ってるイメージだけど、ヨーロッパなんだよな」
「エクルヴィスはあまり食さないな。出身国は分かったか?」
「エク……? 結構調べてはいるんだよ。何か有名なものってある?」
「ワイン」
「分かった、スペイン!」
「外れだ。だが良い線はいっている。マリファナもワインも、ヒントに当たる国ではある。あとは考えろ。さて……ビルを出る。電車が無くなるだろう」
ドイツとスペインではない。そしてワインが有名。ヨーロッパではほとんどの国でワインが有名な気もするが、そろそろいい加減当てたい。
池袋駅で別れを告げ、寄り道をせずにアパートに戻った。ベッドに寝そべりながら端末とに『ヨーロッパ』と検索し、はたと気づいた。
イギリスでもドイツでもスペインでもない。単純に『ヨーロッパ ルイ』と入れればいい。ルイという名前は、男性に多く、昔から使われている名前だ。
「フランス……」
有名なシャンパンもあり、多くのブドウ畑も存在している。フランスと入れるだけで、美しい景色が限りなく出る。
──ルイ、フランス!
ほとんど時間を跨がす、返事が来た。
──Très bien.
トレビアンだ。ようやく当たった。できれば、会ったときにまた言ってほしい。ルイのトレビアンは癖になるし、好きだ。
ルイについて、一つ知ることができた。まだまだ謎は多く残るが、少しずつ聞いて仲良くなれたらいい。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
琥珀色の日々
深水千世
ライト文芸
北海道のバー『琥珀亭』に毎晩通う常連客・お凛さん。
彼女と琥珀亭に集う人々とのひとときの物語。
『今夜も琥珀亭で』の続編となりますが、今作だけでもお楽しみいただけます。
カクヨムと小説家になろうでも公開中です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
†レクリア†
希彗まゆ
キャラ文芸
不完全だからこそ唯一の『完全』なんだ
この世界に絶望したとき、世界中の人間を殺そうと思った
わたしのただひとつの希望は、ただあなたひとりだけ
レクリア───クローンの身体に脳を埋め込み、その身体で生きることができる。
ただし、完全な身体すぎて不死になるしかない───
********************
※はるか未来のお話です。
ストーリー上、一部グロテスクな部分もあります。ご了承ください
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
闇に堕つとも君を愛す
咲屋安希
キャラ文芸
『とらわれの華は恋にひらく』の第三部、最終話です。
正体不明の敵『滅亡の魔物』に御乙神一族は追い詰められていき、とうとう半数にまで数を減らしてしまった。若き宗主、御乙神輝は生き残った者達を集め、最後の作戦を伝え準備に入る。
千早は明に、御乙神一族への恨みを捨て輝に協力してほしいと頼む。未来は莫大な力を持つ神刀・星覇の使い手である明の、心ひとつにかかっていると先代宗主・輝明も遺書に書き残していた。
けれど明は了承しない。けれど内心では、愛する母親を殺された恨みと、自分を親身になって育ててくれた御乙神一族の人々への親愛に板ばさみになり苦悩していた。
そして明は千早を突き放す。それは千早を大切に思うゆえの行動だったが、明に想いを寄せる千早は傷つく。
そんな二人の様子に気付き、輝はある決断を下す。理屈としては正しい行動だったが、輝にとっては、つらく苦しい決断だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
いたくないっ!
かつたけい
キャラ文芸
人生で最大級の挫折を味わった。
俺の心の傷を癒すために、誰かアニソンを作ってくれ。
神曲キボンヌ。
山田定夫は、黒縁眼鏡、不潔、肥満、コミュ障、アニメオタクな高校生である。
育成に力を注いでいたゲームのキャラクターを戦死させてしまった彼は、
脱力のあまり掲示板にこのような書き込みをする。
本当に素晴らしい楽曲提供を受けることになった定夫は、
その曲にイメージを膨らませ、
親友二人と共に、ある壮大な計画に胸を躍らせる。
それはやがて、日本全国のオタクたちを巻き込んで……
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる