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第一章 大学生とバーテンダー
007 神様光臨
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背後から化け物が襲ってきたら、どんな反応をするだろうか。決まっている。全力で逃げるだけだ。実にシンプル。ホラー映画のワンシーンにあるような、背後を確認する余裕なんてない。こっちは命の危機だ。こめかみの鈍痛なんて気にしている場合ではない。
どの方角に逃げているのか、無意識の中に意識はあって、先輩の家にいたときからぼんやりしたものが浮かんでいたためだ。池袋駅を通り過ぎ、俺は直線に走り続けた。
交番が見える。立ち寄ればいいものを、足は止まれなかった。
道路を渡り、コンビニを直進し、しばらく走って右に曲がる。地下への階段を下りると、滲んでいた汗が首筋に落ちた。ここが開かなければ逃げ場はない。
神様はそう簡単に振り向いてはくれなくて、鍵はかかったままだ。地上では足音が聞こえる。先輩のものかは定かではないが、恐怖でしかなかった。裏口から入ることもできる。けれど、立ち上がる勇気もない。
「……何をしているんだ」
逆光で顔は見えない。地上には、買い物袋を持った男性が立っている。
「…………神様、」
「神など存在しない。……どうした?」
後半はやけに切羽詰まった声で、階段を下りてきた。
ここに来て、迷惑なんじゃないかと思い始めた。立ち上がろうとするが、足が震えて力が入らない。二の腕を掴まれた。
「中に入れ」
「ごめ……ほんとに」
二重になっている鍵を開け、俺は半分引きずれるように中に入った。店は休みなのか、内側から鍵をかけた。
「今日は……休み?」
「緊急で、な。新しいカクテルを作らねばならん」
「俺に払う給料ある? 大丈夫なの?」
「何の心配をしている。控え室に行くぞ。ついでにシャワーも浴びてこい。臭う」
「ご、ごめん。バイト帰りでさ。汗臭いよな」
「……………………」
ここに入るのは二度目となる。ファイルが開きっぱなしになっていて、ルイは閉じて本棚に戻した。
無言でシャワー室に押し込められた。体臭は自分では分からないものだ。加齢臭も、気をつけないといけない。
シャワーを浴びて外に出るとバスローブが置いてある。有り難くお借りした。
「腹は空いているか?」
「うん……空いてます」
コンビニのパンと、手作り感満載の肉野菜炒めだ。
「これ、ルイのご飯じゃないの?」
「私は食べてきた。この材料は明日に食べようと思っていたものだ」
「なんか、ごめんなさい」
「構わん」
座れと促され、おとなしソファーに腰を下ろした。大皿の横には万能調味料である焼き肉のタレ。分かる。俺もよくやる。焼き肉のタレは、ご飯にかけても美味いんだ。
確かイギリスでは、人から作ってもらったものにいきなり味変をすると失礼にあると聞いた。ラーメンに胡椒や、唐揚げにマヨネーズなどは典型例だ。イギリス人でなくとも、やはりいきなりかけるのも失礼なので、試しに食べてみた。キャベツや肉の甘みがしっかりある。塩はかかっていない。
「……なぜかけん」
「いや、ほら、せっかく作ってくれたし、塩胡椒の味がするなら止めておこうと思って」
「…………油で炒めただけだ」
「それじゃあ、遠慮なく」
千切りキャベツの炒めものは、俺もたまにやる。割引セールで売っていたら、肉と炒めれば豪華な一品が出来上がるのだ。大きく切ったものより食べやすく、最後に皿に張りついてしまうのが難点だ。
「ルイは、焼き肉のタレを活用する人?」
「原材料を見たら、野菜やフルーツを煮詰めて作られていた。塩だけよりいいだろう」
「めちゃくちゃ美味しいよ」
「焼き肉のタレは偉大だな」
「それもあるけど、人の手料理を食べるのって久しぶりすぎて」
言われる前に、外食は手料理に入らないと付け加えた。手料理ではあるが、あれは対価があってこそのものだ。材料費を出すと言っても、ルイは眉間に皺を寄せるだけだろう。それならば、美味しいと素直に伝えたい。
「食べながらがいいか、それとも食べてからの方がいいか?」
「何を?」
「いろいろ質問はあるが、まずはお前のやっていたアルバイトについてだ」
「できれば、食べてからがいいかな」
「だろうな」
もしかして。もしかして。もしかして。
「すまないな。キャベツの他に、肉しかなかったんだ」
「いやいや! すげー美味いよ! 美味いしか言えないくらい美味い! 美味すぎて、バイトのことなんか頭から抜けてたくらい」
俺は現金な奴だ。あんなことが起こったのに、シャワーを浴びて肉野菜炒めを食べたら記憶が飛んでいたなんて。ちょっと思い出してしまい、コンビニのパンは気持ちだけ受け取った。
ルイはミネラルウォーターを渡してくれた。冷蔵庫の中身が見えたが、飲み物は水しか入っていない。普段から酒を飲まないのか、ここには置いていないだけなのか。
半分近く飲み干して、俺は一番にアルバイトについて語ることにした。
「もしかしてだけど、俺の体臭きつかったですか?」
「お前の体臭というより、身体や衣服に染みついた死臭が漂っていた。目も、おかしなくらい淀んでいる」
「鼻、いいですね。確かに、あんな現場じゃ臭いも取れない。石鹸で身体を洗っても、まだ腐りかけの臭いはするんだ」
水ってこんなに美味しかったのか。良く冷えていると、甘みが増す気がする。
「聞き慣れない日本語ですけど、特殊清掃員って呼ばれているものです」
「Crime scene cleaners」
「横文字い……」
「慣れろ」
カタカナ語で発音してみると、変質者を見るような目で見られた。そろそろ、俺が大学で国際言語を学んでいることも疑われるかもしれない。残念ながら履歴書には嘘は書けない。
「最後のバイトは、四月だったし虫が沸いてないだけ良かった。真夏とか地獄です。臭いもですが、感染症がとにかく怖い。終わってから、いつもお世話になっている先輩がアイスを家でご馳走してくれるって言ったんです」
「なぜアイスなんだ」
「無性に食べたくなるんですよ。魚や肉は遠ざけたい。かといってご飯やパンは喉を通らない。たまたま六十円で買いだめしておいたアイスを頬張ったら、美味いのなんのって。それから、冷蔵庫にはアイスが必需品になりました」
「ラムレーズンか」
「ラム酒の話のときにしましたね。めちゃくちゃアイスは好きです。命の恩人というか、胃も心も救われた」
「ちなみに他の好きなアイスは?」
「チョコミント、ストロベリーチーズケーキ。抹茶も好きですけど、どちらかというとほうじ茶を推します」
「参考にしよう」
新しいカクテルにアイスクリームでも使うつもりなのか。できれば、抹茶の影に隠れてしまうほうじ茶アイスを使ってほしい。
「先輩の家で俺はアイスを食べて、先輩はお酒を飲んでいました。それで……」
体感では長く感じても、たった数分間の出来事だった。これを話すべきか、それとも。
ルイは手を伸ばし、俺の瞼に触れてきた。
「目の縁が赤くなっている。殴られた跡だ。正直に話せ」
彼の言葉は妙に馴染んで最奥に優しい火を灯す。任せて大丈夫、大人に任せろと、余裕を持たせてくれる。
「その……告白されて」
「そうか」
あっさりした返事だ。
「男性に告られるって縁のない世界だから、俺には理解できなくて。顔を近づけられたら、こいつじゃないって全身が訴えておぞましさも沸いた。つい手が出たんだ。沈んでいる間にリュックをひっつかんで逃げようとしたら、ここを拳でやられた」
ルイが目ざとく気づいた、炎症を起こしている箇所だ。
「人間の目じゃない。化け物の目だった。リュックで先輩の顔をさらに殴って怯んだ隙に逃げてきた。池袋駅に入れば良かったのに、止まれなかった。なんでだろうな、ルイの強さは証明されてるからかな」
「見知らぬ人間より、見知った人に助けを求めることは別におかしい行動ではない。ましてはお前は家族から離れて暮らしている。頼れる大人に頼るべきだ」
「後ろから追ってきたらどうしようって頭がおかしくなりそうだった。現れたのは神様みたいな彫刻でびっくりした。金色の髪がなびいてさ、神様もスーパーに行くんだなって思った」
「それほど私は無表情か」
「え? 違う違う。きれいってこと」
「………………え」
驚くと、こんな表情もするんだな。
普段はしっかり閉じている口は開き、白い歯が見えた。ぽやんとした顔は、いつもよりも数歳若く見える。俺とそんなに変わらないかも……やっぱり年上だ。足を組み、頭を抱えてしまった。
「視力低下と、殴られた箇所の損傷が見られる。病院に行くべきだ」
「なんでだよ。ルイはきれいだし……その、これからも一緒に仕事したいって思えた」
「履歴書は必須」
──頼れる大人に頼るべきだ。
俺はもうお酒の飲める年齢だけれど、子供扱いはくすぐったい。ちょっと……うれしい。
「向こうのアルバイトはもう辞めたのだろう? ならばその男にも二度と近づかないことだ」
「ルイは慣れてるの? こういう話。落ち着きすぎて俺は安心しますけど」
「私の国では同性婚ができ、別に珍しいものではない。偏見は未だにあるがな」
同性婚ができる国。どこだ。
「イギリス?」
「はずれ」
「ドイツ?」
「適当に言えば当たると思っているだろう? ドイツはある意味惜しい」
フィールなんとか。英語ではない言葉が出た。
「ヨーロッパかだけ教えて!」
「ヨーロッパだな。それと、中途半端な敬語は止めろ。慣れん」
「申し訳ございませんでした」
「敬語は止めろ」
「……こんなんでいいの?」
「ああ」
横顔は何を語るのか。こちらから聞いてもはぐらかされ、手の中をすり抜けていく。ヒントとして、ドイツ語は難なく話せる、と教えてくれた。
「でもドイツ人じゃないんだろ?」
「まあな。ちなみに時間にはうるさい。遅れるときは連絡するように」
「はーい」
時間にうるさいのは日本人やドイツ人じゃないのか。国よりも彼の性格の問題だろうし、同性婚ができるヨーロッパで検索した方が早いだろう。
ルイは送ってくれると言った。先輩は俺の住所も知らないし、アパートまで突き止められたわけではない。そう言ったのに、足りないものがあると買い物ついでについてきてくれたルイに、何度感謝をすればいいのか。
池袋駅まで来ると、そっけなく別れを告げルイは来た道を戻っていく。買い物はどこでするつもりなのか。
どの方角に逃げているのか、無意識の中に意識はあって、先輩の家にいたときからぼんやりしたものが浮かんでいたためだ。池袋駅を通り過ぎ、俺は直線に走り続けた。
交番が見える。立ち寄ればいいものを、足は止まれなかった。
道路を渡り、コンビニを直進し、しばらく走って右に曲がる。地下への階段を下りると、滲んでいた汗が首筋に落ちた。ここが開かなければ逃げ場はない。
神様はそう簡単に振り向いてはくれなくて、鍵はかかったままだ。地上では足音が聞こえる。先輩のものかは定かではないが、恐怖でしかなかった。裏口から入ることもできる。けれど、立ち上がる勇気もない。
「……何をしているんだ」
逆光で顔は見えない。地上には、買い物袋を持った男性が立っている。
「…………神様、」
「神など存在しない。……どうした?」
後半はやけに切羽詰まった声で、階段を下りてきた。
ここに来て、迷惑なんじゃないかと思い始めた。立ち上がろうとするが、足が震えて力が入らない。二の腕を掴まれた。
「中に入れ」
「ごめ……ほんとに」
二重になっている鍵を開け、俺は半分引きずれるように中に入った。店は休みなのか、内側から鍵をかけた。
「今日は……休み?」
「緊急で、な。新しいカクテルを作らねばならん」
「俺に払う給料ある? 大丈夫なの?」
「何の心配をしている。控え室に行くぞ。ついでにシャワーも浴びてこい。臭う」
「ご、ごめん。バイト帰りでさ。汗臭いよな」
「……………………」
ここに入るのは二度目となる。ファイルが開きっぱなしになっていて、ルイは閉じて本棚に戻した。
無言でシャワー室に押し込められた。体臭は自分では分からないものだ。加齢臭も、気をつけないといけない。
シャワーを浴びて外に出るとバスローブが置いてある。有り難くお借りした。
「腹は空いているか?」
「うん……空いてます」
コンビニのパンと、手作り感満載の肉野菜炒めだ。
「これ、ルイのご飯じゃないの?」
「私は食べてきた。この材料は明日に食べようと思っていたものだ」
「なんか、ごめんなさい」
「構わん」
座れと促され、おとなしソファーに腰を下ろした。大皿の横には万能調味料である焼き肉のタレ。分かる。俺もよくやる。焼き肉のタレは、ご飯にかけても美味いんだ。
確かイギリスでは、人から作ってもらったものにいきなり味変をすると失礼にあると聞いた。ラーメンに胡椒や、唐揚げにマヨネーズなどは典型例だ。イギリス人でなくとも、やはりいきなりかけるのも失礼なので、試しに食べてみた。キャベツや肉の甘みがしっかりある。塩はかかっていない。
「……なぜかけん」
「いや、ほら、せっかく作ってくれたし、塩胡椒の味がするなら止めておこうと思って」
「…………油で炒めただけだ」
「それじゃあ、遠慮なく」
千切りキャベツの炒めものは、俺もたまにやる。割引セールで売っていたら、肉と炒めれば豪華な一品が出来上がるのだ。大きく切ったものより食べやすく、最後に皿に張りついてしまうのが難点だ。
「ルイは、焼き肉のタレを活用する人?」
「原材料を見たら、野菜やフルーツを煮詰めて作られていた。塩だけよりいいだろう」
「めちゃくちゃ美味しいよ」
「焼き肉のタレは偉大だな」
「それもあるけど、人の手料理を食べるのって久しぶりすぎて」
言われる前に、外食は手料理に入らないと付け加えた。手料理ではあるが、あれは対価があってこそのものだ。材料費を出すと言っても、ルイは眉間に皺を寄せるだけだろう。それならば、美味しいと素直に伝えたい。
「食べながらがいいか、それとも食べてからの方がいいか?」
「何を?」
「いろいろ質問はあるが、まずはお前のやっていたアルバイトについてだ」
「できれば、食べてからがいいかな」
「だろうな」
もしかして。もしかして。もしかして。
「すまないな。キャベツの他に、肉しかなかったんだ」
「いやいや! すげー美味いよ! 美味いしか言えないくらい美味い! 美味すぎて、バイトのことなんか頭から抜けてたくらい」
俺は現金な奴だ。あんなことが起こったのに、シャワーを浴びて肉野菜炒めを食べたら記憶が飛んでいたなんて。ちょっと思い出してしまい、コンビニのパンは気持ちだけ受け取った。
ルイはミネラルウォーターを渡してくれた。冷蔵庫の中身が見えたが、飲み物は水しか入っていない。普段から酒を飲まないのか、ここには置いていないだけなのか。
半分近く飲み干して、俺は一番にアルバイトについて語ることにした。
「もしかしてだけど、俺の体臭きつかったですか?」
「お前の体臭というより、身体や衣服に染みついた死臭が漂っていた。目も、おかしなくらい淀んでいる」
「鼻、いいですね。確かに、あんな現場じゃ臭いも取れない。石鹸で身体を洗っても、まだ腐りかけの臭いはするんだ」
水ってこんなに美味しかったのか。良く冷えていると、甘みが増す気がする。
「聞き慣れない日本語ですけど、特殊清掃員って呼ばれているものです」
「Crime scene cleaners」
「横文字い……」
「慣れろ」
カタカナ語で発音してみると、変質者を見るような目で見られた。そろそろ、俺が大学で国際言語を学んでいることも疑われるかもしれない。残念ながら履歴書には嘘は書けない。
「最後のバイトは、四月だったし虫が沸いてないだけ良かった。真夏とか地獄です。臭いもですが、感染症がとにかく怖い。終わってから、いつもお世話になっている先輩がアイスを家でご馳走してくれるって言ったんです」
「なぜアイスなんだ」
「無性に食べたくなるんですよ。魚や肉は遠ざけたい。かといってご飯やパンは喉を通らない。たまたま六十円で買いだめしておいたアイスを頬張ったら、美味いのなんのって。それから、冷蔵庫にはアイスが必需品になりました」
「ラムレーズンか」
「ラム酒の話のときにしましたね。めちゃくちゃアイスは好きです。命の恩人というか、胃も心も救われた」
「ちなみに他の好きなアイスは?」
「チョコミント、ストロベリーチーズケーキ。抹茶も好きですけど、どちらかというとほうじ茶を推します」
「参考にしよう」
新しいカクテルにアイスクリームでも使うつもりなのか。できれば、抹茶の影に隠れてしまうほうじ茶アイスを使ってほしい。
「先輩の家で俺はアイスを食べて、先輩はお酒を飲んでいました。それで……」
体感では長く感じても、たった数分間の出来事だった。これを話すべきか、それとも。
ルイは手を伸ばし、俺の瞼に触れてきた。
「目の縁が赤くなっている。殴られた跡だ。正直に話せ」
彼の言葉は妙に馴染んで最奥に優しい火を灯す。任せて大丈夫、大人に任せろと、余裕を持たせてくれる。
「その……告白されて」
「そうか」
あっさりした返事だ。
「男性に告られるって縁のない世界だから、俺には理解できなくて。顔を近づけられたら、こいつじゃないって全身が訴えておぞましさも沸いた。つい手が出たんだ。沈んでいる間にリュックをひっつかんで逃げようとしたら、ここを拳でやられた」
ルイが目ざとく気づいた、炎症を起こしている箇所だ。
「人間の目じゃない。化け物の目だった。リュックで先輩の顔をさらに殴って怯んだ隙に逃げてきた。池袋駅に入れば良かったのに、止まれなかった。なんでだろうな、ルイの強さは証明されてるからかな」
「見知らぬ人間より、見知った人に助けを求めることは別におかしい行動ではない。ましてはお前は家族から離れて暮らしている。頼れる大人に頼るべきだ」
「後ろから追ってきたらどうしようって頭がおかしくなりそうだった。現れたのは神様みたいな彫刻でびっくりした。金色の髪がなびいてさ、神様もスーパーに行くんだなって思った」
「それほど私は無表情か」
「え? 違う違う。きれいってこと」
「………………え」
驚くと、こんな表情もするんだな。
普段はしっかり閉じている口は開き、白い歯が見えた。ぽやんとした顔は、いつもよりも数歳若く見える。俺とそんなに変わらないかも……やっぱり年上だ。足を組み、頭を抱えてしまった。
「視力低下と、殴られた箇所の損傷が見られる。病院に行くべきだ」
「なんでだよ。ルイはきれいだし……その、これからも一緒に仕事したいって思えた」
「履歴書は必須」
──頼れる大人に頼るべきだ。
俺はもうお酒の飲める年齢だけれど、子供扱いはくすぐったい。ちょっと……うれしい。
「向こうのアルバイトはもう辞めたのだろう? ならばその男にも二度と近づかないことだ」
「ルイは慣れてるの? こういう話。落ち着きすぎて俺は安心しますけど」
「私の国では同性婚ができ、別に珍しいものではない。偏見は未だにあるがな」
同性婚ができる国。どこだ。
「イギリス?」
「はずれ」
「ドイツ?」
「適当に言えば当たると思っているだろう? ドイツはある意味惜しい」
フィールなんとか。英語ではない言葉が出た。
「ヨーロッパかだけ教えて!」
「ヨーロッパだな。それと、中途半端な敬語は止めろ。慣れん」
「申し訳ございませんでした」
「敬語は止めろ」
「……こんなんでいいの?」
「ああ」
横顔は何を語るのか。こちらから聞いてもはぐらかされ、手の中をすり抜けていく。ヒントとして、ドイツ語は難なく話せる、と教えてくれた。
「でもドイツ人じゃないんだろ?」
「まあな。ちなみに時間にはうるさい。遅れるときは連絡するように」
「はーい」
時間にうるさいのは日本人やドイツ人じゃないのか。国よりも彼の性格の問題だろうし、同性婚ができるヨーロッパで検索した方が早いだろう。
ルイは送ってくれると言った。先輩は俺の住所も知らないし、アパートまで突き止められたわけではない。そう言ったのに、足りないものがあると買い物ついでについてきてくれたルイに、何度感謝をすればいいのか。
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