幽閉された美しきナズナ

不来方しい

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最終章 解放

エピローグ─未来を繋ぐ─

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「ニャン」
 顔に乗る重みに耐えられなくて、僕は横を向いて圧迫感から逃れた。
 けれどそれは諦めを知らず、今度はお腹の上に乗ってくる。
「…………ニャ」
 直訳すると「ご飯求む」だ。
 サビ猫のココは、まん丸の目を僕から一切背けず、三度目の訴えをする。
「待って……ココ……さむくて……しんじゃう……」
「ニャ」
「起きるよ……今……」
 外では屋根の雪が落ちる音がした。北海道では日常茶飯事で、初めての冬は珍しくて何時間でも外を眺めていられたが、今では毎年、今年は雪が少なめでありますようにと祈るばかりだ。
 全裸の身体に衣服を身につけ、ココの先導でリビングに行くと、天国が待ちかまえていた。
「……あったかい」
 多分、僕が寒さに弱いのを見越してつけていてくれたのだろう。
 ココは餌の入っている棚の前を陣取り、目を細めて訴えかけていた。
 ぷくぷくしてきた胴体を気にして、きっちりと計量し、いつもの定位置に皿を置いた。捨て猫だったためか、最初は餌に対する警戒心むき出しだったが、今はこっそりおやつの棚も開けるほどがめつくなった。
 時刻はもうすぐ正午を回る。キッチンにはダンボールに入ったままの大量のじゃがいもがまだ残っていた。安かったのでまとめ買いをしたが、ふたりではなかなか消費しきれない。今日は芋餅を作ることにした。本来はおやつに食べるものらしいが、僕がえらく気に入ってしまい、こうして時折昼食にも食べたりする。
 じゃがいもの皮を剥いて一口大に切る。ボウルに入れてレンジで温め、柔らかくなったじゃがいもを潰す。牛乳と片栗粉を入れ、これを混ぜる。
 お昼なので食べ応えがあるものがいいと、中にチーズを入れて平たくする。バターを溶かしたフライパンで、焦げ目がつくくらいに焼けば完成だ。
 ココが耳を動かし、大きなあくびをすると立ち上がる。廊下に出てしばらくすると、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま」
「おかえりなさい、京介さん。あ」
 買い物袋と、有名店のビニール袋。まさしく芋餅の専門店だ。僕の好物で、気を利かせた彼の優しさの固まりだ。
「え、まさか昼食って……」
「大丈夫です。僕が作ったものはチーズ入りです。京介さんが買ってきてくれたものは、みたらし風ですから」
「では、こちらはおやつにしましょうか。ココは……」
「おやつは禁止です。ひもじい顔してますけど、さっき食べたばっかりです」
「この子は僕からももらえるものだと思っているんでしょうね」
 元々買うつもりで話し合っていて、トイレやらキャットタワーやらすでに準備を終えていた。あとは餌と生体待ちだったところ、京介さんが拾ってきた。僕もすぐに飼うと決め、一年も経てば我の家だと言わんばかりに家主顔だ。
 昨日の残った肉と野菜の切れ端を炒めて、今日の昼食の出来上がり。
 もらえないと分かるとココは京介さんの膝に乗り、寝始めてしまった。
「もうすぐ年越しですけど、なずな君の家では何かしますか?」
「個人的に、おしるこが食べたいです。うちでは鉄板のおせちですけどね」
「ふたりで作ってみます?」
「あ、それいいですね。明日、実家から荷物が届くんです。もち米も送ってくれたみたいなので、作りましょう」
 京介さんの箸が止まる。
「そこからですか? てっきり切り餅と缶入りのあんこを買ってきて、作るものだと……」
「いいえ、小豆も煮込みます。やるからには徹底します」
「作ったらお母様に画像を送りましょうか。後でお礼の電話も」
「そうですね」
 年末年始は僕たちの仕事は休みになるし、引っ越ししてきてからはしみじみとしたを日々を迎えている。けれど今年はそうもいかない。
 ふたりで片づけをしてソファーでまったりしていると、人恋しいのかココは京介さんに甘えっぱなしだ。
 テレビをつけると、考古学について、言い慣れていない言葉を懸命に使うアナウンサーが映った。僕たちの通う研究室も映り、どちらかというと、あまり映してほしくないという保守的な僕だ。生徒からしたら誇らしいらしく、映るたびに話題になっている。
 僕たちの研究チームは僕が学生だった頃から研究している巻物について、結果が出たのだ。
 巻物に書かれていたインクは、すでに絶滅してしまった植物から取ったもので、文字を書くためにエキスを取るなど労力を使っていたと論文を書き、結果を残すことができた。まだまだ研究は山積みで、ふたり揃っての丸一日の休みなんて、来年は何日取れるだろう。
「大みそかと元旦に取材が入っているんでしょう?」
「終わったらすぐに帰ってきますから」
「ほんとに?」
 寂しいと訴えると、頭をこつんと当て、優しいキスを何度もくれる。
 ラブラブな僕たちの間に入ってきたのはココだ。おやつをもらえない不満からか、今日はやけに邪魔をしてくる。
「明日なんですが、夕食を外で食べませんか? 実は、兄がごちそうしてくれるらしいんです」
「僕もですか?」
「もちろん。奥様と喧嘩したらしくて、話を聞いてほしいみたいです」
 家族とは分からないものだ。いがみ合っていても、こうして寄り添うこともできる。血の繋がりは見えない何かで繋がっていて、赤い糸のようなものがあると思う。僕はまだ父と心から話せる間柄ではないけれど、いずれ肩を並べて食事がしたい。そう思えたのも、家族になってくれた京介さんのおかげだ。
 僕たちはパートナーになった。紙で結ばれた関係でも、家族を持つ重みと母がここまで育ててくれたことに、素直に感謝した。
 甘えてくるのはココだけじゃなく、京介さんも膝枕をしてくる。彼の甘えはしばらく続く。
「幸せすぎた先って、何が待っているんでしょうね」
「僕と京介さんが通った後ろには蜂蜜を撒き散らしたようなべっとべっとの甘い道が残ってますけど」
 京介さんは笑って、キスをせがんだ。かがんだら、首と肩甲骨に痛みが走った。
 膝の上の京介さんは動かなくなり、聞こえてくるのは寝息だけだ。
 ココも大きなあくびをし、太股に片足を乗せたまま豪快にひっくり返った。
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