便利屋リックと贄の刑事

不来方しい

文字の大きさ
上 下
33 / 36
最終章 最後の事件

033 最後の事件2

しおりを挟む
 夕食は久しぶりに手の込んだものを作り、リックが帰ってくるまでは適当に暇を潰した。
 二十時を過ぎても帰ってくる様子はなく、気づいたときにはリビング中をうろうろしていた。これでは、動物園のトラだ。
 そうこうしているうちに、玄関で物音がした。リックは腕に食い込むくらいの紙袋を抱えている。
「なんだそれは」
「お裾分けだって言われたんだ。大量のフルーツ。……冷凍できるかな?」
「待て」
 アップル、オレンジ、キウイ、チェリー。調べた限り可能だ。さすが文明の利器。
「明日の朝食はスムージー確定だね」
「農家の手伝いでもしてたのか?」
「いや、子守り。可愛い女の子でさ、将来僕と結婚するなんて言ってくれて」
「天性の人たらしの才があるな、お前は」
「明日も来てほしいって頼まれて、夕食もあっちでご馳走になることになったよ」
「おい、大丈夫なのか?」
「僕がいなくて寂しいのか?」
「そりゃあ寂しいさ。お前がいないと俺の食生活はまた肉食に戻るしな。公私混同して、平気なのかって意味だ」
「今までもご飯ご馳走してもらうこともあったし、別に情は移ったりしないよ。僕が帰らなきゃって言ったら、ドーラがギャンギャン泣いちゃってさ」
「ドーラ?」
 まさか。いや。そんな。
 否定の言葉で祈りを捧げるが、願いは叶わない。
「赤髪の女の子で、絵本が大好きなんだ。僕の読み聞かせにすごい喜んでくれて」
「……俺も行っていいか?」
「え。なんで?」
「興味がある」
「子供に?」
「まあな」
「ドーラからすれば、遊んでくれる人がいるってだけで喜んでくれると思うけど……でも給料は俺の分しかでないぞ」
「給料より大事なことがある」
「分かった。僕から連絡しておくよ」
 これ以上、被害が出る前に。大事にしてきたものが壊されないように、祈るしかなかった。

 ブラウンの外壁で、形に特徴のあるマンションだった。つくづく、ブラウンには縁がある。
 エレベーターで向かい、いつもとは違いリックが前に出た。
 リックがインターホンを鳴らすと、連動するように俺の心臓も大きく蠢く。
 中から出てきたのは、モデルのような女性。長かった髪はばっさりと切り、奥からは子供が覗く。名前は知っている。エリー・ブラウン。
「……モリスさん、ありがとうございます」
 一瞬の間があったのは気のせいではない。彼女は俺の顔を見て、言葉を失いかけた。
「こちらは俺の友人のウィリアム・ギルバート。今日どうしても来たいって言うものだから。無理言ってすみません」
「いえ、構いません。お茶を入れます」
 魔女のように恐ろしい女だ。痛切にそう感じている。何の感情も出さず、出迎えができるとは。
  リビングは子供のおもちゃで散らばっていた。自我が芽生え始めたくらいの年齢では、一人で片づけるのは無理だ。これだけ足の踏み場がないくらいなのに、ドーラはさらに箱をひっくり返そうとしている。この子には何の罪はない。いろんな意味で。
「ドーラ、次のおもちゃで遊びたかったら、まずはここを片づけるんだ」
 名前を呼ばれたドーラは反応を見せるが『片づけ』という単語に無視を決めたようだ。子供は可愛い。この子に罪はない。
「なら、一緒に片づけよう。それでいいだろう?」
 縦なのか横なのか分からない首の振り方をし、ドーラはいやいや箱におもちゃを投げ入れた。
 エリーは三人分のコーヒーとジュース、皿に綺麗に並べたクッキーを持ってきて、テーブルに置いた。
 ドーラはむしり取るようにクッキーを奪い、口に入れる。
「こら、ドーラ止めなさい。あなたの分は別にあるから」
「いいですよ。たくさん動けばお腹が空きますし」
「ほんとにもう……」
「それで、今日はこの子の相手でいいんですよね?」
「え? そうね……モリスさんにはお願いがあるの。買い忘れたものがあって、それを買ってきてほしくて」
「買い物ですね。分かりました」
 ドーラはメモに走り書きをして、リックに渡した。
 リックは部屋を出ていく。ドーラは淡々とクッキーを口にしていた。
「どういうつもりだ?」
 当時の憎しみが沸いても沸いても止まることはなかった。悲しみに変わることもなく、無にもならず、ただ憎い。
「趣向が変わったなんて知らなかった。いつから男性を好きになったの?」
「あいつとはそういう関係じゃない。なぜマンションに来てメールボックスに写真を入れた?」
「私の子を見てもらおうと思って。可愛いでしょ?」
 可愛いのだ。自分の子であれば、もっと違う可愛がり方ができただろう。
「だって、私とあなたの子じゃない?」
 エリーは得意気に笑い、口の回りがべとべとになったドーラを抱きしめる。
「これからも、めいっぱい二人で愛情を注ぐのよ」
 駄目だ。
 彼女はもう壊れている。
「俺の子じゃないと決着はついたはずだ」
「この子には父親が必要よ」
「充分分かる。なかなか家に帰ってこない父に、俺は寂しい思いをした。けどな、俺は善人じゃないし、お前の望むままに動かない。お前とは終わったんだ。これ以上は、別々の道を歩むべきなんだ」
「私に対して、情はないの?」
「嫌な聞き方だな」
「エリーさん、買ってきましたよ!」
 大きな物音を立てて、リックが入ってきた。……少々わざとらしく。
 コンビニで買ったビニール袋を下げて、彼女に渡した。
「ドーラ、絵本を読もうか?」
「うん」
 ドーラは目を擦る。寝る直前だ。勢いよく食べていたクッキーはぼろぼろで、カスが下に落ちていた。
 リックはドーラを連れていく。ドーラの足取りはふらふらで、これならベッドに入ればすぐに寝息を立てるだろう。
「時間は元に戻せないし、どんどん先に進んでいく。でも私はあなたとやり直せると思うの」
「子供はいなかったことにはできない。可愛い子じゃないか。エリーにそっくりだ」
 玄関のドアが開く音がした。リックではない。あいつは部屋にいるし、足音が違う。
 リビングにやってきたのは、赤ん坊そっくりの髪色をした男性だ。
 男は俺を見るなり顔がこわばり、抱えた荷物に助けを求めるように強く掴む。
「別に牢獄にぶち込むために来たわけじゃない。ちょっとした野暮用でな。すぐ帰る」
「そ、そうですか……」
 赤毛の男はトイレを借りると言い残し、リビングを出ていってしまった。あの様子だと、俺が帰るまで出てこないだろう。俺にとって因縁の相手だが、別に取って食おうとしているわけじゃない。
 空気の読める相棒が入れ違いにきて、ドーラは寝たと報告する。
 仕事は終わりだ。リックを連れて出ようとすると、エリーは俺の裾を掴んだ。
「私は、ほしいものはどんなことがあっても手に入れるわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

マリーゴールドガーデンで待ち合わせ 〜穏やか少女と黒騎士の不思議なお茶会

符多芳年
キャラ文芸
おばあちゃんの家には【別の世界からのお客さん】がやってくる不思議な庭がある。 いつかそのおもてなしをする事を夢見ていた《加賀美イオリ》だったが その前におばあちゃんが亡くなり、家を取り壊そうと目論む叔母に狙われる羽目になってしまう。 悲しみに暮れるイオリの前に、何故か突然【お客さん】が現れたが それは、黒いマントに黒い鎧、おまけに竜のツノを生やしたとても禍々しい様子の《騎士様》で…… 穏やか少女と、苦労性黒騎士による、ほのぼの異文化交流お茶会ラブストーリー。 第4回キャラ文芸大賞にエントリー中です。面白いと感じましたら、是非応援のほどよろしくお願い致します。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~

束原ミヤコ
キャラ文芸
八十神薫子(やそがみかおるこ)は、帝都守護職についている鎮守の神と呼ばれる、神の血を引く家に巫女を捧げる八十神家にうまれた。 八十神家にうまれる女は、神癒(しんゆ)――鎮守の神の法力を回復させたり、増大させたりする力を持つ。 けれど薫子はうまれつきそれを持たず、八十神家では役立たずとして、使用人として家に置いて貰っていた。 ある日、鎮守の神の一人である玉藻家の当主、玉藻由良(たまもゆら)から、神癒の巫女を嫁に欲しいという手紙が八十神家に届く。 神癒の力を持つ薫子の妹、咲子は、玉藻由良はいつも仮面を被っており、その顔は仕事中に焼け爛れて無残な化け物のようになっていると、泣いて嫌がる。 薫子は父上に言いつけられて、玉藻の元へと嫁ぐことになる。 何の力も持たないのに、嘘をつくように言われて。 鎮守の神を騙すなど、神を謀るのと同じ。 とてもそんなことはできないと怯えながら玉藻の元へ嫁いだ薫子を、玉藻は「よくきた、俺の花嫁」といって、とても優しく扱ってくれて――。

処理中です...