便利屋リックと贄の刑事

不来方しい

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最終章 警察官として

029 警察官としての仕事

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 渡されたバッジを黙って見つめていると、警部と名乗ったルパート・ドーソンは咳払いをする。
「あくまで特別措置だ」
 鼻を鳴らした男は、全身で不機嫌オーラを放っていた。それはそうだろう。なんの義理があって便利屋風情がチームに入ったのかと、納得なんてするわけがない。
「これが新しい手帳だ」
 黒い手帳には、ルイ・アーモンドと書かれていた。
「偽物の手帳だ。潜入してもらう可能性もあるため、日系だと聞いたが中国にもルイという呼び名がある。アメリカ人にもいるため呼びやすいだろう」
「アーモンドってのも覚えやすくていいね」
「それはどうも」
 考えてくれたのはドーソンらしい。キリッとした目が緩めると、少しは話しやすい雰囲気になった。
「だいたいはシン・オーズリー刑事からは話を聞いている。ギルバート警部からも詳しい事情を聞いた」
「警部?」
「階級のことだ」
 そんなことも知らないのか、という目を向けられたが、階級を知らなかったのではなくまさか階級が上がっているとは知らなかった。気を使ったのかわざわざ言うほどではないと思っていたのか。
 リックは無性に腹が立った。教えてくれてもいいのに、と後で山ほど八つ当たりをしよう。
「君はオーズリーと組んでもらう。ギルバートはいかにも警察顔だからな。潜入捜査ならオーズリーが適任だろう」
 警察顔というのはよく分かる。線の細いオーズリーとは年齢も近く、友達同士にも見えるだろう。
「銃は扱えないと聞いたが……」
「持たない主義なんだ。僕の家族もうるさいしね。元々病気がちで入退院を繰り返していたせいか、命を奪うものには厳しいんだ」
「命を奪うものか……。ものは言いようだな。命を守るためのものだと思っているが」
「ドーソン警部と夜通し飲み歩いても決着がつかないだろうね」
 ドーソンは肩をすくめた。彼も同じ気持ちらしい。
「映画のパーティーに誘われたんだ。きっとそこで何かあるんじゃないかと、僕は探りを入れるつもりだ」
「オーズリーと共に中に入れるようにうまくやれるか? 彼は頭の回転と視野の広さは随一だ。きっと力になる」
「一緒に参加できるように、うまく立ち回ってみるよ」

 映画の撮影が終わったと電話が来たのは、およそ三か月後のことだった。
 フレンドリーに接してくる映画監督のイアン・エドニーに、横で聞いていたシンは無表情のままイヤホンを耳にしている。冷静沈着で頼れる刑事だ。
 オーズリー刑事のことは、今はシンと呼んでいる。親しい間柄だと普段からアピールの意味も込めて、名前で呼び合おうということになった。当時横にいたウィルは、こめかみをがひくついていたが何も言わなかった。
「ええ、ぜひ参加したいですね。パートナーも連れていってよろしいですか? そうです……将来結婚を考えている相手です」
 口から出任せを言いまくっても、シンは眉一つ動かさない。元々の性格なのか、計算として鍛え上げられているのか。
 リックは電話を切り、うんとおもいっきり伸びをした。
「人を騙すのはお得意分野ですか?」
「まさか。心が痛いよ。けどときには必要なだけ。警察だって騙し合いは得意分野だろ」
「プラスして、必要なことは言わないだけです」
「計画を立てようにも、情報が少なすぎるなあ」
「会場についてはこちらで調べます。何かあなたの身に起こるとすれば、間違いなくここです」
 シンの端末が鳴る。今日はやけに自己主張する日だ。すでに五回は鳴っている。
 シンは画面を見やると、興味なさそうにすぐポケットにしまう。
「出なくていいのか?」
「ただの野暮用ですから問題ありません。それより、パーティーの格好ですが、スーツはお持ちですか?」
「上質なものじゃないけどね。一応あるよ。それと会場はこっちでも調べておくよ」
「結構です」
「じゃあ、今日は解散ってことで」
 シンは立ち上がると、一度リックを振り返った。
「それと、あなたの同居人に過保護は身を滅ぼすと伝えて下さい」
「ウィルに?」
「では」
 表情を変えることなく、シンは会議室を後にした。
 家に帰る前に途中でマーケットに寄り、足りない材料を買い足した。
 同居してからはミルクと卵の減りが早い。筋肉を落とさないようにしているためか、ウィルは卵や肉をよく食べる。リックの倍は食べている。うまいこと筋肉のご飯となっているので、体質の違いを羨ましく思う。リックは線が細く、なかなか筋肉がつきにくい体質だ。
 キッチンからは良い香りがする。火は止まっているが、フライパンの中にしっかりと焦げ目がついたビーフが焼かれていた。
「おかえり」
 誰かと電話中だったのか、ウィルは端末を持っている。
「さっき上司と話して、復帰できそうだ」
「良かったじゃん。筋トレも普通にできてるし、そろそろかなあとは思ってたよ。寿司でも買ってくれば良かった」
「俺はステーキの方が好きだ。硬めのな」
 ステーキとパン、そしてワインで乾杯をし、夕食にありついた。
 ウィルは弾力のある肉を好む。リックはあまり得意ではなかったのか、数か月暮らしていると食べ物の好みも不思議と似てくる部分がある。とはいえ、彼ほど量は入らない。
「今日さ、シンと打ち合わせしていた最中に、イアン・エドニーから電話があった。パーティーに誘われたし二人で行ってくるよ。会場が俺の墓場にならないといいけど」
「警察も待機している。心配するに越したことはないが」
「あとそれと、過保護は身を滅ぼすって伝えてくれってさ」
「……………………」
 ウィルは硬めのステーキにぐっさりとナイフを入れ、やや大ぶりに切り分けた。フォークで刺すが、皿に落ちてしまいソースが飛ぶ。
「俺はな、」
「うん」
「過保護じゃない」
「一応、そういうことにしておくよ。食べたらパソコン作業するから」
「何を調べるんだ?」
「パーティー会場。地下室だったり隠し部屋だったり……いろいろ。万が一の逃げ場を確保しないといけないしね。会場に出入りする人間では、僕とシン以外は全員敵ってことも考えられるし」
「俺も調べよう」
 夕食の後はひたすらパソコン作業に打ち込んだ。ウィルも部屋から出てこない。
 このところ、ウィルの様子がおかしいのだ。仕事の電話であれば部屋にこもるのは分かるが、雰囲気であきらかに違うときもある。家族というわけではない。友人とも言い難い。一見穏やかに電話で話していても、悲しそうな目で遠くにいるだれかを見つめている。
 彼女かと冗談めかして聞いたが、んなわけあるかと完全否定だ。
「相談くらいしてくれたっていいのに」
「何がだ?」
 ちょうど部屋からウィルが出てきた。数枚の紙をテーブルに置き、コーヒーメーカーに手を伸ばす。
「ウィルの様子がおかしいことだよ」
「俺の心配より、自分の心配をしろ。命がかかってるんだぞ」
 普段なら軽い言い合いであっても、なぜかこのときはカチンときた。
 リックは身を乗り出すが、口を開く前に両手を上げてお手上げだと降参する。
「言っておくがな、お前と喧嘩したいわけじゃない。同じ家に住んでいて、どうせなら美味い飯も食いたいしおはよういってきますも普通に言える関係でいたい」
「それは僕だって同じさ。仕事なら仕方ないけど、秘密事を作って隠されるのは気になる。電話がかかってくるたび、ウィルは様子がおかしくなる」
「言えるときが来たら言う。今は仕事に集中してくれ」
 こればかりが原因ではないが、この日はリックもウィルも苛立ちを募らせていた。
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