便利屋リックと贄の刑事

不来方しい

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第二章 便利屋として

028 警察への第一歩

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 車に乗る前にもう一度運転を変わろうか聞くが、シンは首を縦に振らなかった。
「あなたを無事に送り届けるのも私の仕事です。余計な真似はしないように」
 途中、休憩を挟みながらテキサス州へ入り、シンは家ではなく警察本部へ車を走らせた。
「ひとりで警察に来ていたら、きっと緊張感してうまく話せなかったと思う。ありがとう」
「あなたはひとりではありません」
 オーズリーの視線の方向には、大柄な男性が椅子に座って目を瞑っている。ジーンズにパーカーというラフな格好は、家でもよくしている。
 気配に気づき、男はこちらを見た。眠そうにしていたが、リックの姿を見るなり立ち上がる。
「感動的な挨拶は後にして、忘れないうちに話を伺いますので」
「ああ、分かってる。……ケガはないか?」
「問題ないよ。オーズリー刑事にも助けられた」
 心底ほっとした様子で、ウィルはどっかりと椅子に腰を下ろす。
 鞄からチョコレートを取り出し、彼に渡した。
「泣いて喜べ。テキサスのお土産だ」
「このチョコレートは好きだ。ロスのモールでよく買うからな」
「それでも食べて待っていてくれ」
 オーズリーに連れられ、リックは取り調べ室に入った。よくある事務所のようで、変な緊張感は沸かなかった。
 座り心地の悪い椅子に座ると、シンは外に出て代わりに別の刑事が二人入ってくる。
「テキサスから仕事帰りですぐに家に戻りたいでしょうが、もう少しお付き合い下さい。あなたはご存じでしょうが、我々はとある組織を追っています。映画の撮影で、何か気になったことがあれば教えて下さい」
 オーズリーにも話したが、被害妄想であっても殺されそうになったと話した。それと元体操選手であるヒル・ハンセンとの再会も。
 適当に促されるかと思ったが、刑事は地面の土が撤去されていた話に食いついた。
「間違いなく土はあったんですか?」
「本番前に一度落ちたんで間違いないです」
「ヒル・ハンセンについてですが、こちらでも調べてみます」
「あともう一つ。僕の泊まっていたホテルの部屋に誰かが入った跡がありました。知人と電話したら雑音がすごくて盗聴器でも仕掛けられてるんじゃないかと思うくらい」
「その件に関しても、こちらで調べましょう。宿泊したホテルを教えて下さい」
 渡されたメモ帳にホテルの場所を記した。
 こちらから聞いても何も教えてくれないだろうと、リックは聞かれたことに余計な口を挟まずに答えていく。軽いジョークも思い浮かばず、慣れない環境の変化が目まぐるしく起こったせいもあり、疲労はかなり溜まっていた。
「一つ、提案があるのですが、」
「なんでしょう?」
「警察に興味がありますか?」
「……まさかロス警察へ入れってことですか?」
「期間限定で雇いたいと考えています。あなたは組織の連中と何度も対面してきている。加えて探偵や便利屋も経験している」
「褒め言葉として受け取っておきます」
 言われたのは二回目だ。
「前向きに検討したいです。が、口うるさい同居人の意見も聞きたいところです。心配性なもので」
「ええ、ゆっくり考えて下さい」
 そうは言われたものの、一刻を争うような事件でもある。
 取り調べ室を後にしてウィルの元へ行くと、彼はオーズリーと何か話していた。
 リックがやってくるとオーズリーは手を上げ、どこかへ消えてしまった。
「ちゃんと生きて帰ったよ」
「そうだな……ええと……、言葉が出ない。いろいろ考えていたんだがな」
「とりあえず家に帰ろう」
「家でキャセロールを作ってる」
「いいね。ハンバーガーもホットドッグも食べたい気分じゃなくてね」
 車の中はウィルの香水の匂いで満たされていた。数週間ぶりの香りを鼻で感じると、家に帰ってきたと実感する。
「撮影はどうだ?」
「今になっては、使われる映像かも分からないけどね。僕を殺すためにあんな大掛かりなものを用意したって思ってもおかしくない」
「手術したばかりのお前を殺すなんて、人目につかない場所へ呼び寄せて銃弾一発でやれる。殺し屋を雇えばなお簡単だ。取り調べでは何を話した?」
「なんと、警察へ入らないかって誘われた」
 アクセルを踏もうとする足が止まる。
 小言を言われる前に、リックはまくし立てた。
「期間限定だし、それもありかと思うけどね。警察よりも情報を早く入手する場面も何度かあったし、誘いは運命のような気がする」
「偶然でも必然でも、警察はお前のことを駒の一つとしか思っちゃいない。何かあっても家族に金を払って終わりさ」
「それはウィルもだろう? 警察は全員駒だ」
「俺はいい。お前は駄目だ」
「暴挙だね。子供の頃、理由も聞かされずに薬を無理やり飲まされたときのことを思い出すよ。ここまで人手が足りないのか?」
「ロスは犯罪の温床だからな。それに組織と関わりがあってフットワークが軽いとなると、お前を引き抜きしたいのも分からんではない」
「僕が聞き入れないと分かっていて止めてるんだね」
「ああ、そうだ。お前は好奇心と正義感でどこまでも突っ走るからな」
 ウィルは笑い、車を走らせた。
 出発してからはほとんど無言だったが、悪い心地はまったくなく、同じ空気を味わえる安堵感で身を任せていた。
 家に帰ってキャセロールを食べた。白身魚のキャセロールだ。淡泊で食べやすく、もっと食べたくなっておかわりをした。ウィルは満足そうだった。
 ソファーでテレビを観ていると、画面に映るのは少年少女の笑顔だった。いなくなってから丸一日経過したと、著名人たちは神妙な面持ちで事件を語っている。
「子供の誘拐犯と関わりがあるって話」
「前もそれ言っていたな」
 マグカップを二つ持ったウィルがやってきて、隣に座った。
「人身売買のお金で薬の製作に関わってるとか、いい線言ってると思う。映画の展示会を観に行ったとき、オーズリー刑事もいただろう? あれがどうしても頭から離れないんだ。当然海外に精通しているだろうし」
「今回の撮影で出会った人たちの件は、どう思ってるんだ?」
 リックは間を置いて、話し出す。
「……ヒルは『宗教の勧誘みたいにあからさまじゃない。自然と輪の中に入っていて、気づけば組織に紛れ込んでいた』って言っていた。僕の手遅れか、の質問にははっきり答えなかった」
「ある意味お前も関わっていたがな。便利屋として箱を屋敷に届けるように依頼があったんだろう? 間接的に関わった人間なら、きっと山ほど出てくる」
「捜しようがない。どうすれば」
「お前の勘が働いてるのなら、人身売買の件で探ってもいいかもしれないな」
「その言い方だと、警察と手を組むのも肯定してるみたいだ」
 ウィルはリックの問いかけのような疑問に口を閉ざしたが、代わりにコーヒーをもう一杯飲むか、と聞いてきた。
「飲むよ。ミルクも入れて」
 ウィルは立ち上がり、二つのカップを持った。
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