便利屋リックと贄の刑事

不来方しい

文字の大きさ
上 下
25 / 36
第二章 便利屋として

025 違和感の正体

しおりを挟む
 ホテルへ戻ると、まずは細かく撮った写真と部屋の様子を徹底的に見比べた。
「閉まってる……」
 ほんの少し開けていたカーテンは開いていたのに。違和感しかない。写真と見比べてみると、間から見える窓の幅が微妙に違うのだ。光の加減のせいではない。
──あきらかにおかしいよね?
 頼みの警察官に写真付きのメールを送り、返事を待つ間にバスルームやトイレも確認した。
 二部屋におかしな点は見当たらない。やはり違うのは、ベッドルームだ。
「勘弁してくれよ……」
 こうなると、盗聴器などの心配も出てくる。余計なことは喋れない。
 メールの返事の代わりに、ウィルから電話がかかってきた。すぐさま出ると、弾丸トークの如くまくし立てられた。
『黙って話を聞け。イエスなら一度電話を叩け。ノーなら二回』
 リックは人差し指で一度叩く。こういうことに関しては、プロ中のプロだ。想像を絶する修羅場を潜り抜けてきた彼が頼もしく思えた。
 ウィルの声が所々途切れている。
『聞こえづらいか? 音が途切れるとか、雑音が入るとか』
 イエスだ。彼は心を読めるのかと、おどけてやりたかった。
『ベッドの下かテレビか……どこかにつけられている。気づかないふりをしろ』
 渋りながらも、一回叩いた。
 電話を切り、こちらからメールを送る前に一通届いた。
──お前の考えを聞こうか。
──殺されるかもしれない。
──突っ込むわりには危険への恐怖心が欠けているのかと思ってた。ようやく気づいたか。お前は少しくらい、殺される心配をしろ。
 説教されてしまった。なんてことだ。
──今日、撮影する場所で実際に段取りを教えてもらったんだ。うまく言えないけど、嫌な予感がする。
──話してくれ。
 リックは現場であったことをメールにまとめた。まさか演技で死が見えたなんて、ウィルも思わなかっただろう。しばらく返って来なかった。
 その間にシャワーを浴びて出ると、たった一言「撮影場所は?」とメールが届いていた。
 場所を送り、リックは夕食も食べる気になれなくてそのまま眠りについた。枕が変わったせいか、目を瞑っても意識を手放すのに時間がかかった。



 今日は濁った天気で、リックの心をそのまま表したようだった。ゾンビが出るのでイメージを大事にするならちょうどいい。
 本番まであと数日。うやむやしたまま稽古場所に行くと、いきなり目の前にゾンビが現れて、リックは声を失った。
「ハ、ハロー…………」
 ゾンビも挨拶を交わす。特殊メイクを施した人間だと分かっていても、いざ目の前にいるとくるものがある。
 手を胸に当てると、心臓は動いている。早すぎるくらいだ。
 現場の指揮を取る男性に声をかけると、彼も片手を上げて答えた。
「今日は本番と同じように、衣装に着替えてもらいます。筋肉痛はどうですか?」
「片方が良くなれば、片方がおかしくなります。今は背中が痛いですね」
「生きている証拠だ。撮影が終える頃には筋肉がついて、街中のレディーの注目の的になっているよ」
「はは、それはいいですね」
 ゲイです、とは言わないでおいた。どうせ撮影が終われば縁が切れる間柄だ。わざわざ言う必要はないだろう。
「それにしても、すごいメイクですね」
「だろう。さっきしてもらったんだ」
「メイク班も来てるんですか。せっかくだからご挨拶がしたいですね」
「隣の部屋さ。君もその衣装に着替えてくれ」
 見るのも嫌な患者衣だ。今まで何度着たことか。
 着替え終わって戻ろうとした矢先、奥から女性の話し声が聞こえた。
 開けっ放しのドアを開けると、数人の女性が談笑していた。小麦色の肌の女性が二人と、リックと同じアジア系の女性だ。
「急遽映画に出ることになった、リックです」
「よろしく。私はアリーで、彼女はナンナ、こっちはメオよ」
 メオと呼ばれた女性は両手を合わせて微笑んだ。リックも同様の仕草をする。
 『ジョアン』という名前の女性はいない。聞いてみるべきだろうか。
「あのさ、ここに……」
 肩を叩かれてリックは振り返った。
 ゾンビ顔がアップで目の前にあり、声を上げて後退った。
 ゾンビは親指を立てて後ろへ向け、早くしろと促す。
「すごいメイクでしょう? 本番と同じようにしたんだから 」
「え、ええ……変な声が出ました」
「これでもああしてくれ、こうしてくれって注文だらけよ」
「メイク業界も大変なんですね」
 ゾンビと共に廊下に出ると、彼はリックの肩を強く掴んだ。
「余計なことはするな、リック。嗅ぎ回るな」
 特殊メイクのせいで相手が誰なのか見当もつかない。だが、警戒すべき相手であると、リックは身構えた。
「これの以上余計な真似をすれば、お前は死ぬぞ。止めておけ」
「アンタ……何者だ?」
「ただのスタントマンさ。リックの元クラスメイトの」
「え…………?」
 まじまじと顔を見ても、ゾンビでしかない。ヒントになりそうな部分と言えば、目元のでっぱりだ。イボのような膨らみがあり、特殊メイクをしていても近くで見ればけっこう目立つ。
 過去のクラスメイトの映像が流れていき、ある一人の男性で止まった。
「まさか……ヒル?」
「正解。よく分かったな」
「君は有名だったじゃないか。スタントの道に進んだのか。懐かしいよ」
 彼はスペイン系アメリカ人だ。数多いクラスメイトがいて入退院も繰り返しているとなると、記憶なんてほとんどない。名前すら出てこないことが多い。だが彼は、体操の選手としてテレビにもよく出ていた。学生の彼というより、メダルをかけてマイクを向けられているヒル・ハンセンの方が記憶に焼きついている。
「大きなケガで選手は挫折したんだ。けど、身体を動かすのは好きだ。どうしても諦めきれなくて、この道に進んだんだ。今、便利屋をしてるんだって?」
「ああ。そのうち探偵に戻るつもりでいるけどね。今の仕事も楽しいけど。映画の俳優にまで抜擢されたし」
「それだ、リック。お前は撮影が終わったらすぐに手を引け」
「どういうことだ?」
「お前、ジョアンを捜してるんだって?」
「どうしてそれを?」
「スタントマンの仲間から聞いた」
 確かに、初日にジョアンについて聞いた。きっと彼も気になって仲間に聞いて回ったのだろう。
 曲がり角の向こうから、誰かがやってくる足音がする。
 ヒルはリックに顔を近づけた。
「今日、夕食でも一緒にどうだ?」
「もちろん」
「OK。ならお前の泊まっているホテルにしよう」
 ヒルはリックの肩を叩き、何事もなかったかのように歩き出した。少し遅れてリックもついていく。
 稽古は夕方には終え、リックは誰よりも早く現場を後にした。タクシーに乗り、ホテル手前で下ろしてもらう。
 こっそり渡された紙には電話番号が記されていて、歩きながらリックは番号を入力する。
「ハロー?」
『よう。こっちもすぐに向かう。今どこからかけてる?』
「ホテルの前だよ」
『ホテルに個室の中華屋があっただろう? そこで食べよう。本名で予約してくれ。偽名だとかえって怪しまれる』
「分かった」
 電話を切り、命はまだあるという意味も込めて今度はウィルにメールをした。
──元体操選手だった同級生と偶然あった。名前はヒル・ハンセン。ゾンビ役で出る。これからホテルで夕食を取ることになった。
──本当に偶然か?
 警察官として、彼は疑い深い。だが身を案じているのも伝わる。
──ケガで挫折して、選手は引退したけどスタントの道に進んだって言ってた。一対一で会うから、何かあっても逃げられる。
──そいつについて、調べてみる。
 ホテルの中にある中華屋に行き、個室を予約した。
 適当に頼んでしばらく待っていると、料理が運ばれてきた頃にヒルがやってきた。
「やあ、まだ少し頬のあたりに残ってるよ」
「急いでメイクを取ってきたからな」
 消し切れておらず、ヒルの頬には灰色と血が混じった色が残っていた。
 まずはビールを頼み、ふたりでグラスを持ち上げた。あまり酔えないリックは、二口だけを飲みテーブルに置く。
「さて……ジョアンについてだったな」
 そう言いつつも、ヒルは中華料理から目を離さない。
 まずは腹ごしらえだと、リックも箸に手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

あやかし薬膳カフェ「おおかみ」

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
キャラ文芸
\2024/3/11 3巻(完結巻)出荷しました/ \1巻2巻番外編ストーリー公開中です/ 【アルファポリス文庫さまより刊行】 【第3回キャラ文芸大賞 特別賞受賞】 ―薬膳ドリンクとあやかしの力で、貴方のお悩みを解決します― 生真面目な26歳OLの桜良日鞠。ある日、長年続いた激務によって退職を余儀なくされてしまう。 行き場を失った日鞠が選んだ行き先は、幼少時代を過ごした北の大地・北海道。 昔過ごした街を探す日鞠は、薬膳カフェを営む大神孝太朗と出逢う。 ところがこの男、実は大きな秘密があって――? あやかし×薬膳ドリンク×人助け!? 不可思議な生き物が出入りするカフェで巻き起こる、ミニラブ&ミニ事件ストーリー。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

マリーゴールドガーデンで待ち合わせ 〜穏やか少女と黒騎士の不思議なお茶会

符多芳年
キャラ文芸
おばあちゃんの家には【別の世界からのお客さん】がやってくる不思議な庭がある。 いつかそのおもてなしをする事を夢見ていた《加賀美イオリ》だったが その前におばあちゃんが亡くなり、家を取り壊そうと目論む叔母に狙われる羽目になってしまう。 悲しみに暮れるイオリの前に、何故か突然【お客さん】が現れたが それは、黒いマントに黒い鎧、おまけに竜のツノを生やしたとても禍々しい様子の《騎士様》で…… 穏やか少女と、苦労性黒騎士による、ほのぼの異文化交流お茶会ラブストーリー。 第4回キャラ文芸大賞にエントリー中です。面白いと感じましたら、是非応援のほどよろしくお願い致します。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

処理中です...