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第二章 便利屋として

016 リサという女性

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「準備はいいか?」
「任せてくれ。僕は女性の扱いは得意なんだ」
「……………………」
「なんだその顔は。ジョークだよ」
「ジョークで良かった。信じるところだった」
 軽く小突きながら、ウィルはバーのドアを押した。
 アルコールの香りと共に、いつも以上に騒がしい。ハッピーバースデーと野太い声が聞こえ、日付は間違っていなかったとリックは安堵した。
「いらっしゃいませ……あら? リック?」
「やあ、リサ。誕生日おめでとう」
「嬉しいわ。覚えていてくれたのね。そちらは?」
 初めに入ったウィルにもにこやかに対応した。
 空いているカウンター席に座り、まずはお酒と適当なつまみを注文する。
「リサ、誕生日おめでとう。これプレゼント」
「ふふ……ありがとう。覚えていてくれたのね?」
「まさか忘れるとでも?」
「忙しいでしょうしね。来てくれるとも思っていなかったわよ」
「心外だなあ」
「隣はウィリアム」
「リックの友人のウィルだ。よろしく」
 ウィルはリサと握手を交わすと、回りの男性たちは押し黙った。
 新参者を見回す目、ゲイバーにやってきた意味を探っている者と様々だ。
 ウィルは痛々しい視線をものともせず、気軽にリサへ話しかけた。
「リックから大事な友人が誕生日だと相談を受けてね。気に入ってもらえると有り難い」
「開けたいところだけど、今は仕事中なの。終わってから開けるわ」
「そうしてくれ。早く感想を言ってくれないと、リックが眠れない夜を過ごすことになる」
「やけにリサと仲良く話すね」
「女性には優しいんだ」
 ウィルは迷わず選んだビールを飲む。カクテルよりビールが似合う男だ。
「連絡先を教えてくれ」
 いきなりの告白まがいな態度だ。 
 リックは美しいカクテルを口から吹き出しそうになり、テーブルを小汚くするところだった。
「あら、口説いてるの? 出会って十分も経っていないのに」
「時間は関係ないだろう? 美しいものや人は好きなんだ」
 リサは満更でもないようで、頬を染めている。
 ウィルの新しい一面だ。恋愛映画が好きで、美しいものに目を惹かれる。ロマンチストの固まりだ。
「そうね……リックから聞いて」
「おいおい……いいのか? ウィルのこと何も知らないんだろ?」
「ええ、知らないわ。でもあなたのお友達なら悪い人はいないでしょうし」
「僕だってウィルのことは何も知らないようなものだよ。いいか、ウィル? リサは僕の大事な友達なんだ。手を出すなよ」
「手を出すかお前の許可を求めなきゃいけないのか?」
 仕方ない、と渋々リックは端末を出した。断じて受け入れていないと、あくまで嫌々だ。
「リサ、俺の連絡先も送っておくよ。今度デートしよう」
「ふふ……デートは考えておくわ。それよりお店に来てくれる方が嬉しい」
「俺はゲイじゃないが、来てもいいか?」
「ええ、ぜひ。女性だって来てくれるお店よ」
 ウィルはつまみを追加で注文する。
 他の男性たちは、リサを取られ悔しそうな顔をしている。リックは知らないふりをして、今度は甘めのカクテルを注文した。
 一時間ほどの滞在でウィルが腕時計を気にしたので、飲み干して帰りの合図にお礼を告げる。
「今日は最高の誕生日よ。ふたりともありがとう。お礼は今度ね」
「楽しみにしてるよ」
「ああ、こちらこそ楽しい時間だったよ」
 今日はリックが支払い、店を出た。
「やけにリサにご執心だな」
 シートベルトをしたタイミングで、リックは口を開いた。
「あのバーは個室はあるのか?」
 ウィルは質問に質問で返す。
「ないんじゃないかな? ストーカー事件のときに防犯カメラを見せてもらうために奥の部屋に入ったことがあるけど、特になかったよ」「特に怪しげな男はいなかった。ご執心といえば、客はみんなリサの虜だな」
「まさか薬の売買の現場になってるんじゃないかと疑ってたのか?」
「仕事柄、癖のようなものだ。別に彼女を疑っちゃいないさ」
「呆れた」
 車が発進すると、一気に眠気が襲ってくる。ウィルの運転は見た目に反して、安全運転だ。さすが警察官だと口にする途中で、リックは意識を手放した。
 寝ていてもそれほど時間は経っていないと感覚で分かる。
 運転席の男はじっとリックを見つめていた。
「起こしてくれたらいいのに」
「彼女とはどこで知り合ったんだ?」
「リサのこと? 大学時代だよ。いつも一人でいて、寂しそうだった。けど今の姿が彼女の本来の姿だと思うけどね。いきいきしていて、本当は人と話すのが好きで好きでたまらない。まさか興味あるのか?」
「お前の人間関係を知りたかっただけだ」
 しれっと言われ、戸惑ったのはリックだ。
「じゃあな、おやすみ」
「寄っていかないのか?」
「今日は止めておく。おやすみ」
「ああ……おやすみ」
 ウィルは片手を上げ、車を発進させる。見えなくなるまで見送り、アパートに戻った。
 飲み足りなかったが、睡魔に負けてしまいそうだ。
 結局勝てずにリックはベッドに横になったまま、眠りについた。

 リサからの電話で目が覚め、カラカラの声のまま電話に出ると、彼女は呆れた声を出す。
『もしかしてあなた、まだ寝ていたの?』
「モーニングコールどうもありがとう」
『今日ランチでも一緒にどうって思ったけど……その様子じゃ無理そうね』
「いや、行くよ」
『じゃあ待ってるわ。ショッピングモールにあるカフェにしましょう』
「分かった」
 リックは早急に身支度を整え、家を出た。
 ロサンゼルスにある商業施設は、デートスポットとしても利用される。カフェだけでなく、映画館やハイブランド、手頃で購入できるブランドも数多く並ぶ。一日で回るとなると、広すぎて疲れてしまうほだ。
  リックはすれ違う男性カップルを一瞥した。あんな風に隣を歩けたらどんなに素敵か。付き合わなくてもいい。自分の将来に影響があるような、絶対的なパートナーと隣を歩いていけたらいいのに。
 カフェにはすでにリサがいて、彼女は気づいていない。リックは手を上げて隣に座ると、リサはにこやかに微笑んだ。
「グッモーニングの時間じゃないわ」
「そうだね。朝と昼の兼用なんて一石二鳥だよ」
「ちゃんと栄養は摂ってるの? 野菜ばかりではダメよ」
「食べてるよ。肉も魚も」
 野菜サンドが食べたかったが、チキンたっぷりのサンドイッチに切り替えた。それとコーヒーを注文した。
 申し訳程度の野菜が挟まった、主に肉サンドだ。これはこれで美味しそうだが、起きたての胃にはずっしりとくる。リサはローストビーフサンドを美味しそうに頬張っている。
「彼のことなんだけど、」
 彼を差す相手は一人しかいない。
「ウィルと何かやりとりした? 良い男だろ? 自画自賛してるよ」
「確かにかっこいい人だったわ。けどなんなの、彼は」
「ご不満かい?」
「まるで尋問されているみたい。合法なものであっても薬の販売を行うような人はいなかったかとか、リックを捜しているような人はいなかったか、とか。最後にはタトゥーの画像が送られてきて、見かけたらすぐに連絡をくれって。んもう、私の連絡先を知りたいって言うから、もっとロマンチックな雰囲気に浸れると思ったのに!」
 要は、例の宗教集団を追うために顔の広いリサと知り合いになりたかったのだろう。とことん仕事人間な男だ。女心が分からないのはどちらなのか。弱みを握れたようで、リックはほくそ笑んだ。
「リサのこと綺麗だって褒めてたよ。誕生日プレゼントだってアドバイスくれたしさ」
「そうそう、とても気に入ったわ。ちょうどコーヒーメーカーが欲しかったのよ」
「喜んでもらえて良かったよ」
 後でウィルに相当文句を言おうと心に決めた。まさか初対面でリサの期限を損ねるようなことをしているとは思わなかったのだ。
「ねえ、この後買い物に付き合ってくれない?」
「ああ、もちろん。僕も欲しいものがあるしね」
 残りのコーヒーも飲み、会計はリサが財布を出す。そこそこ良い値段のもので女性に払わすなんて気が引けると言うと、
「女性と思ってくれるのね」
 寂しそうに微笑むので、リックはそっと肩に手を置いた。
「リサはリサだよ。まだ気にしているのか?」
「やっぱり肩幅は広いし、声は低めだしね。どうやっても本物には勝てない」
「声が低い方がセクシーで好きだけどね。仕草も魅力的だし、努力している人はそれだけで素敵に見えるんだよ」
「ふふ……ありがとう」
 リサはチップも出し、店員に渡した。
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