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第一章 探偵として
009 探偵として最後の仕上げ
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親友が人殺しに加担する人物だった場合、どうするべきか。答えは一つだ。だがそれは想像の心の内だけの話で、実際にそうなる人物はどれほどいるのだろうか。同じ局面を味わった人間は、圧倒的に少ない。
「これ以上、罪を重ねるな」
「弟には俺しかいない。あの子の苦しみをなぜ分かってやれない? 身体が弱く学校に行けなかったのも、ゲイで偏見の目で見られたのも、同じ苦しみを味わっていただろう! なのになぜお前だけ先に進むんだ!」
「身体が弱くても家で勉強はできるし、ゲイだからって恋愛ができないわけじゃない。悪いけど、くよくよ立ち止まってるのは性に合わないんだ」
ジローは僕を床に押し倒したまま、両手を首にかけた。
力では圧倒的に敵わない。だからと言って、どうすべきかも案が浮かばない。拳銃の一つや二つ持っておけばいいが、僕の細腕が握ったところでFPSが得意なそこらのゲーマーより当たらないだろう。
打開策は向こうからやってきた。階段が乱暴に駆け上がる音が聞こえ、蹴り破るほど強い力で扉が開く。
「ミスター・スミス、そこから離れろ」
ギルバート刑事とコンビを組むキム刑事だ。僕に向けているわけではなくても、小さな銃口が見えひやりとする。
首にかかる力が一瞬だけ強くなるが、徐々に弱まる。
やがて腰に乗る大柄な男は離れていき、両手を上げた。
すべでが終わった。何もかもがなくなった。ストーカー事件も探偵も、友情も。
なだれ込んできた警察がジローの手に手錠をかけると、さっさと事務所から出ていく。この間、わずか数分の出来事だった。
「大丈夫か?」
「……なんとか」
「首は?」
「少し力が入っただけだよ。骨はなんともない」
「ならこのまま一緒に警察署へ来てもらいたいんだが」
「まさか僕までムショにぶち込むのか?」
「ジョークを言う元気があって何よりだ。いろいろ書いてほしい書類がある。死の覚悟はしなくていいが、山積みだからそっちは覚悟してくれ」
「……ギルバート刑事は?」
「別の用件で外している」
ここに来る前に一緒にいたが、僕と一緒にいたとは伝えていないらしい。ギルバート刑事はジローの弟の所へ行ったのだろう。
「いつ、ジローが怪しいと思ってたんだ?」
「君の相棒というより、ジローの弟に前科があった。奴は過去に爆弾を作り、いろいろやらかしている。その線で辿っていたんだ。知っていたか?」
「弟の話はさっきジローから聞いて思い出したくらいだ。名前すら忘れていたよ。そもそもスミスなんてファミリーネームはどこにいても存在している。もし警察から聞かれたとしても、どこのスミスさんですかってしか、答えられない」
口は良く動いた。残念ながら足も手も動かないが。
手足を動かせと脳に鞭を打ち、なんとか立ち上がった。
僕はふと、思っていたことを口にする。
「どうして僕のピンチが分かったんだ?」
「……口うるさい相棒がいてだな」
「奇遇だな。僕もいたよ。過去形になっちゃったけどね」
事件から一週間ほど過ぎれば、男が男にストーカーなどという新聞の記事は、当事者以外は誰も覚えていないだろうし、軽蔑を含んだ目をしていたテレビのニュースキャスターも、すでに忘れているだろう。僕も忘れたい。なかったことにしたい。
玄関のインターホンが鳴ると自然に身体が強張ってしまう。母親につけろとしつこく言われたインターホンは役に立った。
俺の姿を目に焼きつけろと言わんばかりに、わざと映るように立っているとしか思えない。短髪のがたいの良い刑事様は、ビニール袋を手にしたまま、モデル顔負けの風貌で画面に映っていた。
「一週間ぶりだね。まさか僕を逮捕しに?」
「そんな簡単な事件は抱えてないさ。難事件ばかりだよ。一つ朗報がある」
探偵事務所近くのビルで起こった、空き巣被害が解決したとぶっきらぼうに言う。犯人は近くに住んでいた住人で、手口から余罪を追求したところ、そこそことんでもない事件が出てきたらしい。
ギルバート刑事の買ってきた中華弁当を食べ、僕はコーヒーを入れた。僕の分はブラックで、彼の分はミルクをたっぷりと入れた。
「ジローはどう?」
「奴は弟に洗脳されている。本人は認めちゃいないがな」
「それは僕も思ったよ。そろそろ病院で何があったのか教えてくれないか?」
「俺の仲間が患者のふりして待機していたんだ。身体中にオイルの入った小瓶を巻きつければ、俺が撃たないと思ったんだろうな」
「撃ったのか?」
「ああ。俺は容赦がない。もう後悔はしたくないんだ」
撃ったのは足めがけてだ、と付け足す。銃声を合図に、隣で待機していた警察官もかけつけ、即御用となった。
「小瓶の中身はただの水だった。精神を揺さぶって撃たせないようにしたんだろう」
「けどオイルが入っていて、火が広がる可能性もあっただろう?」
「ま、賭けだったな。おい、そんな顔をするな。俺だって毎度毎度賭けに徹してるわけじゃない。状況や犯人の顔色を伺う。お前よりジローを疑っていると言ったのもいい線いっていただろう」
「助けてくれたことは感謝してるよ。キム刑事がいなかったらヤバかった。念のため病院にも行ったけど、跡が残ってるだけでそのうち消えるし骨にも異常はないってさ」
ギルバート刑事は僕の首にそっと触れる。チカチカと一週間前の出来事が光っては消え、僕は距離を取る。
鋭い目つきに耐えきれなくなり、身振り手振り否定をした。トラウマになってたまるかと、暗示をかけて。
「前から思ってたけどさ、今回の事件が初対面だよな?」
「なぜ?」
「会ったことがあるようなないような……そんな顔をするなって、前にも誰かに言われた気がするんだよ」
「気のせいだ。コーヒーお代わり」
一滴残らず空のカップは、見ていて気分がいい。僕はお茶を入れるのが上手い。父にもよく褒められた。
「なあ、これからどうするつもりだ?」
「探偵業のことか?」
「言われたくないことかもしれんが、薬を常備しているほど喘息が酷いのであれば、いっそ別の職業に就くって手もあるぞ」
「……薬を常備しているなんて、話した記憶がないんだけど」
「医者に聞いた」
僕が容疑者扱いだったとき、根ほり葉ほり医者に聞いたらしい。
「薬を変えても、あまり効果がないらしいな」
「僕のプライベートにそんなに興味があったとは知らなかったよ」
「便利屋なんてのは?」
日本では便利屋。アメリカではタスカー。将来に描いたことのない職業を言われ、口が開けっ放しになってしまう。
「アメリカでは立派な職業だ。登録制度もあって、興信所で働いていた経験を生かせば、仕事の幅は広がる。プライバシー保護の観点からも、相手の信頼が勝ち取りやすくなる」
「また夢を諦めろって?」
「また?」
「子供の頃はプロのバスケットボール選手だったんだよ」
「それは諦めろ」
ばっさりと切り捨てた。なんて奴だ。
「タスカーをやってみて、その経験も生かしてまた興信所を設立したらいい。どのみちひとりじゃやっていけないだろう?」
「ジローの存在は大きかった。あいつは僕の兄貴で、それは今も変わらない」
「殺されそうになってもか?」
無意識にそっと首元へ手をやる。縛るものは何もないはずなのに、ずきんと喉の奥が痛みを発した。
「言いすぎた」
ジョークの一つでも言ってやろうとしたら、先にギルバート刑事が謝罪をする。渾身のアメリカンジョークが行き場を失う。
「お前は何も悪くない。弟に憔悴しきったジローの誤った生き方だ。あいつにとっちゃ、正しい生き様なんだろうが、人を殺めようとしたあいつは確実に間違っている」
「そう言ってもらえると、少し心が楽になるよ」
ギルバート刑事と目が合う。刑事としていつも眉間に皺を寄せているかのような鋭い目つきだが、こうしてみると優しい父の目に似ている。
「ギルバート刑事」
「ウィルだ」
「…………僕はリック」
彼の口元に笑みが浮かぶと、自然と僕も頬が緩む。年齢は違えど、ますます父に似ていた。イライラもするし、ほっともする。
「僕の父の血縁者じゃないよな?」
「んなわけあるか。腹減った」
「何か作るよ」
「何が作れる?」
「ベーコンがある」
「焼いてくれ」
パンに挟んでお手軽なサンドイッチにしよう。確かチーズも残っていたはずだ。
アメリカでは、ベーコンはカリカリになるまで焼く。日本とは大きな差だ。母の作るベーコンと店で食べるベーコンとは食感の違いがあり、大変驚いたものだ。
今ではアメリカン式の焼き方が圧倒的に好きで、ほど良い大きさにカットしたベーコンをフライパンに並べた。
手伝う気のない彼には、後で皿洗いでもしてもらおう。
「これ以上、罪を重ねるな」
「弟には俺しかいない。あの子の苦しみをなぜ分かってやれない? 身体が弱く学校に行けなかったのも、ゲイで偏見の目で見られたのも、同じ苦しみを味わっていただろう! なのになぜお前だけ先に進むんだ!」
「身体が弱くても家で勉強はできるし、ゲイだからって恋愛ができないわけじゃない。悪いけど、くよくよ立ち止まってるのは性に合わないんだ」
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力では圧倒的に敵わない。だからと言って、どうすべきかも案が浮かばない。拳銃の一つや二つ持っておけばいいが、僕の細腕が握ったところでFPSが得意なそこらのゲーマーより当たらないだろう。
打開策は向こうからやってきた。階段が乱暴に駆け上がる音が聞こえ、蹴り破るほど強い力で扉が開く。
「ミスター・スミス、そこから離れろ」
ギルバート刑事とコンビを組むキム刑事だ。僕に向けているわけではなくても、小さな銃口が見えひやりとする。
首にかかる力が一瞬だけ強くなるが、徐々に弱まる。
やがて腰に乗る大柄な男は離れていき、両手を上げた。
すべでが終わった。何もかもがなくなった。ストーカー事件も探偵も、友情も。
なだれ込んできた警察がジローの手に手錠をかけると、さっさと事務所から出ていく。この間、わずか数分の出来事だった。
「大丈夫か?」
「……なんとか」
「首は?」
「少し力が入っただけだよ。骨はなんともない」
「ならこのまま一緒に警察署へ来てもらいたいんだが」
「まさか僕までムショにぶち込むのか?」
「ジョークを言う元気があって何よりだ。いろいろ書いてほしい書類がある。死の覚悟はしなくていいが、山積みだからそっちは覚悟してくれ」
「……ギルバート刑事は?」
「別の用件で外している」
ここに来る前に一緒にいたが、僕と一緒にいたとは伝えていないらしい。ギルバート刑事はジローの弟の所へ行ったのだろう。
「いつ、ジローが怪しいと思ってたんだ?」
「君の相棒というより、ジローの弟に前科があった。奴は過去に爆弾を作り、いろいろやらかしている。その線で辿っていたんだ。知っていたか?」
「弟の話はさっきジローから聞いて思い出したくらいだ。名前すら忘れていたよ。そもそもスミスなんてファミリーネームはどこにいても存在している。もし警察から聞かれたとしても、どこのスミスさんですかってしか、答えられない」
口は良く動いた。残念ながら足も手も動かないが。
手足を動かせと脳に鞭を打ち、なんとか立ち上がった。
僕はふと、思っていたことを口にする。
「どうして僕のピンチが分かったんだ?」
「……口うるさい相棒がいてだな」
「奇遇だな。僕もいたよ。過去形になっちゃったけどね」
事件から一週間ほど過ぎれば、男が男にストーカーなどという新聞の記事は、当事者以外は誰も覚えていないだろうし、軽蔑を含んだ目をしていたテレビのニュースキャスターも、すでに忘れているだろう。僕も忘れたい。なかったことにしたい。
玄関のインターホンが鳴ると自然に身体が強張ってしまう。母親につけろとしつこく言われたインターホンは役に立った。
俺の姿を目に焼きつけろと言わんばかりに、わざと映るように立っているとしか思えない。短髪のがたいの良い刑事様は、ビニール袋を手にしたまま、モデル顔負けの風貌で画面に映っていた。
「一週間ぶりだね。まさか僕を逮捕しに?」
「そんな簡単な事件は抱えてないさ。難事件ばかりだよ。一つ朗報がある」
探偵事務所近くのビルで起こった、空き巣被害が解決したとぶっきらぼうに言う。犯人は近くに住んでいた住人で、手口から余罪を追求したところ、そこそことんでもない事件が出てきたらしい。
ギルバート刑事の買ってきた中華弁当を食べ、僕はコーヒーを入れた。僕の分はブラックで、彼の分はミルクをたっぷりと入れた。
「ジローはどう?」
「奴は弟に洗脳されている。本人は認めちゃいないがな」
「それは僕も思ったよ。そろそろ病院で何があったのか教えてくれないか?」
「俺の仲間が患者のふりして待機していたんだ。身体中にオイルの入った小瓶を巻きつければ、俺が撃たないと思ったんだろうな」
「撃ったのか?」
「ああ。俺は容赦がない。もう後悔はしたくないんだ」
撃ったのは足めがけてだ、と付け足す。銃声を合図に、隣で待機していた警察官もかけつけ、即御用となった。
「小瓶の中身はただの水だった。精神を揺さぶって撃たせないようにしたんだろう」
「けどオイルが入っていて、火が広がる可能性もあっただろう?」
「ま、賭けだったな。おい、そんな顔をするな。俺だって毎度毎度賭けに徹してるわけじゃない。状況や犯人の顔色を伺う。お前よりジローを疑っていると言ったのもいい線いっていただろう」
「助けてくれたことは感謝してるよ。キム刑事がいなかったらヤバかった。念のため病院にも行ったけど、跡が残ってるだけでそのうち消えるし骨にも異常はないってさ」
ギルバート刑事は僕の首にそっと触れる。チカチカと一週間前の出来事が光っては消え、僕は距離を取る。
鋭い目つきに耐えきれなくなり、身振り手振り否定をした。トラウマになってたまるかと、暗示をかけて。
「前から思ってたけどさ、今回の事件が初対面だよな?」
「なぜ?」
「会ったことがあるようなないような……そんな顔をするなって、前にも誰かに言われた気がするんだよ」
「気のせいだ。コーヒーお代わり」
一滴残らず空のカップは、見ていて気分がいい。僕はお茶を入れるのが上手い。父にもよく褒められた。
「なあ、これからどうするつもりだ?」
「探偵業のことか?」
「言われたくないことかもしれんが、薬を常備しているほど喘息が酷いのであれば、いっそ別の職業に就くって手もあるぞ」
「……薬を常備しているなんて、話した記憶がないんだけど」
「医者に聞いた」
僕が容疑者扱いだったとき、根ほり葉ほり医者に聞いたらしい。
「薬を変えても、あまり効果がないらしいな」
「僕のプライベートにそんなに興味があったとは知らなかったよ」
「便利屋なんてのは?」
日本では便利屋。アメリカではタスカー。将来に描いたことのない職業を言われ、口が開けっ放しになってしまう。
「アメリカでは立派な職業だ。登録制度もあって、興信所で働いていた経験を生かせば、仕事の幅は広がる。プライバシー保護の観点からも、相手の信頼が勝ち取りやすくなる」
「また夢を諦めろって?」
「また?」
「子供の頃はプロのバスケットボール選手だったんだよ」
「それは諦めろ」
ばっさりと切り捨てた。なんて奴だ。
「タスカーをやってみて、その経験も生かしてまた興信所を設立したらいい。どのみちひとりじゃやっていけないだろう?」
「ジローの存在は大きかった。あいつは僕の兄貴で、それは今も変わらない」
「殺されそうになってもか?」
無意識にそっと首元へ手をやる。縛るものは何もないはずなのに、ずきんと喉の奥が痛みを発した。
「言いすぎた」
ジョークの一つでも言ってやろうとしたら、先にギルバート刑事が謝罪をする。渾身のアメリカンジョークが行き場を失う。
「お前は何も悪くない。弟に憔悴しきったジローの誤った生き方だ。あいつにとっちゃ、正しい生き様なんだろうが、人を殺めようとしたあいつは確実に間違っている」
「そう言ってもらえると、少し心が楽になるよ」
ギルバート刑事と目が合う。刑事としていつも眉間に皺を寄せているかのような鋭い目つきだが、こうしてみると優しい父の目に似ている。
「ギルバート刑事」
「ウィルだ」
「…………僕はリック」
彼の口元に笑みが浮かぶと、自然と僕も頬が緩む。年齢は違えど、ますます父に似ていた。イライラもするし、ほっともする。
「僕の父の血縁者じゃないよな?」
「んなわけあるか。腹減った」
「何か作るよ」
「何が作れる?」
「ベーコンがある」
「焼いてくれ」
パンに挟んでお手軽なサンドイッチにしよう。確かチーズも残っていたはずだ。
アメリカでは、ベーコンはカリカリになるまで焼く。日本とは大きな差だ。母の作るベーコンと店で食べるベーコンとは食感の違いがあり、大変驚いたものだ。
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