閻魔ちゃんと数えるぼくの罪 ~過去に戻って生前の罪をすべて精算しないと、ぼくは地獄に落ちるらしい~

ジェロニモ

文字の大きさ
上 下
44 / 46

これもまたぼくが選択した結果の一つ

しおりを挟む
「なんで、ここに。だって、仕事だって言ってたのに」

 春風さんは混乱しているようで、 歯切り悪くそう言った。

「この間来たふたりとぼたんちゃんが教えてくれたの。本当はあなたが劇に出るんだって……」

 その言葉に、春風さんはぼくらをまるで裏切り者のように見てきた。


「春風さんのお母さんに、劇を見せたいんだ」

 大助がそんなことを言い出したんは、文化祭前日のことだった。。春風さんは今回の劇で、明らかに彼女のお母さんが偏見を持っている声優のような役割を担っているのに、それを見せたいとか頭大丈夫かこいつ?と、ぼくは正気を疑った。

 しかし、「声優という仕事への偏見を無くしたいんだ。きっと、説明してもわかってもらえるもんじゃない。だから、直接見せるのが一番早いと思うんだ。見ればきっと、わかってくれると思うから」という理由を聴いて、一応は納得した。ただ……

「もし失敗したら、最悪春風さん家の親子関係が大変なことになるぞ。それでも呼ぶつもりなのか?」

 その未来を想像したのか、大助は顔を青くして、ごくりとつばをごくりと飲み込んだ。

 しかしそれでも、「うん」と確かに頷く。

「一番身近な人に夢を否定されるなんて、そんなに辛いことってないよ。春風さんの夢を、夢を追う春風さんを、認めてあげてほしいんだ」

 結局大助の熱意に押されて、春風さんの母親を劇に呼ぶことにしたのだ。春風さんに気づかれないように連絡を取るのは案外大変だった。七瀬という春風家に詳しい協力者がいたのでなんとかなったけど。

 春風さんのお母さんと話したら、劇をやるという話は聞いていたらしい。ただ、春風さんは怪我をしたから代役を立てて、自分は出ないと嘘をついていたようだ。そのため、文化祭を見に行くつもりはなかったらしい。

 ぼくらはお母さんに、春風さんが嘘をついた理由は聞かず、劇を見に行くのも悟られないようにとお願いしたのだが、今日春風さんにおかしい素振りはなかったということは約束を守ってくれたのだろう。

 正直大助の意見には賛成だった。声優を「恥晒し」の職業だなんて偏見を持っている人に、どんなに説明しても言葉だけじゃあきっと伝わりやしない。なら直接見せるしかない。勝負をするなら、きっとその後が一番確率が高いのだと思う。

 もう仕事を入れてしまったので、時間内にいけるかわからないと困ったように言われたのだが、どうやらギリギリ間に合ったらしく、ラスト一回というところで、なんとか来てくれた。

「じゃあ、劇、見たの」

 恐る恐る春風さんが尋ねると、「ええ見たわよ」と、春風さんのお母さんは答えた。

 親子の間に気まずい沈黙が流れる。そこに、大助が間を割って入った。

「あれが、あなたの娘さんが目指している声優という仕事です。あなたがまっとうじゃない、恥ずかしいものだとなるのを反対したらしい職業です。見ていたならわかるでしょう。ぼくのへタックソな演技だろうと、声でキャラクターに魂を吹き込む、とても立派な仕事です」

 そして、春風さんの母親にそう啖呵を切った。

「声優になるのが、夢?でも渚、あなたずっと前に声優は諦めて女優を目指すことにしたって言ってたじゃない。どうして……」

 春風さんのお母さんは意味がわからないとでも言うように春風さんを問い詰める。

「それはえっと……。あの時はたしかに、その、そう言ったけど……」
「春風さん」「渚!」

 しどろもどろになる春風さんのことを、大助とぼたんが呼ぶ。彼女がふたりの方を見ると、ふたりはそれ以上なにも言わず、ただこくりと頷いた。

 その間にどんな意思疎通がなされたのかはわからないけど、ふたりの春風さんに向ける目線は、まるで逃げるなと言っているように感じた。

 それが合っているかはわからないが、それまで目を泳がせていた春風さんが、ブレることなくお母さんと目を合わせた。

「女優になりたいっていうのは、嘘。私はずっと、昔から変わらず声優になりたかったっ!」

 そして、絞り出すように、そう叫んだ。

「嘘だったって……どうしてそんな嘘……」
「だってホントのこと言ってたら、お母さんは許してくれなかったじゃない!」
「それは……だって自分の子供にまっとうな仕事を目指してほしいと思うのは当たり前じゃない」

 春風さんのお母さんはそう言って、おそらく小さい頃から知っているであろう七瀬の方を見た。


「ぼたんちゃんは、知ってたの?渚の女優になりたいって夢が嘘だって」
「知ってました」

 と、七瀬はあっさりと答える。

「ならどうして……」

 春風さんのお母さんは、すこし責めるように七瀬にそう言う。

「わたしもおばさんが毛嫌いしてる、オタク文化が好きだから。渚は特にアニメとか、声優が好きで。わたしは夢とは違うのかもしれないけど、自分以外のキャラクターになりきるのが好きです。いわゆる、コスプレってやつですね」
「それはもちろん。どういうものかは知っているけど……」

 決して良い印象があるわけではない、とでも言うように、春風さんのお母さんは顔を歪めた。

「渚と違って、夢とかとは違うかもしれないけど、わたしはコスプレが好きです。でも多分それは、おばさんの言うまっとうな夢じゃないですよね。でも、やめる気はないし、止められても続けると思います。渚の声優になりたいって気持ちも、同じだと思います。いや、きっとわたしよりずっと強い」

「そうでしょ?」と七瀬が春風さんの方を見ると、春風さんはこくりと頷いた。

「でも……声優とかコスプレとか。あなたたちは恥ずかしくはないの?」
「少なくともわたしは、恥ずかしいどころかコスプレをすることに誇りを持っていますよ。……今日の劇で声を当てる渚も、本当におばさんさんから見て恥ずかしいって感じるものでしたか?」

 七瀬がそう投げかける。春風さんのお母さんは思案するように頬に手を添えて、眉間にシワを寄せた。

 そして、ため息をついて「……歳を取ると、頭が固くなるのかしらね。」と呟いた。

「わたしはね。今でも声優を諦めるよう言ったことは後悔してない。諦めろって言われて諦めるような覚悟なら、きっとやめさせるのが正解だから」
「わたしはそんな半端な覚悟なんかじゃ!」

 まるで春風さんには覚悟がないとでも言いたげな言い草に、春風さんは声を荒げて反論した。

「確かにそうだったみたいね」「え……?」

 しかし、あっさりと反論を認められて、春風さんは気の抜けた声をもらした。

「確かに渚は諦めなかった。反対してからいったい何年経ったと思ってるのよ。あなたはわたしがどんなに認めなくても、きっと諦めないんでしょね。ならコソコソ続けられるより、せめてわたしの目の届く範囲でやってくれた方がずっといいわ」

「ホントそういうとこ、誰に似たんだか」春風さんのお母さんは再度大きなため息をついて
 そう呟く。

「認めて……くれるの?」

 春風さんはまるで信じられないとでも言うような、ふわふわとした様子でそう口にした。

「だから認めるしかないじゃない。あなた諦めないんだもの」
「うん。わたし、諦めないよ。お母さんにどんなに反対されても絶対に」

 春風さんは力強く頷いた。

「正直、まだ声優だとか、そういう文化にいい感情は持てない。でもわたしも、理解しようとする努力はやめないようにするから。あなたの夢をちゃんと心から応援できるように、そういう文化を好きになれるように頑張るから。すこし、時間はかかるかもしれないけど……。とりあえず、渚」
「なに、お母さん」
「……今日の劇、素晴らしかったわよ」

 そう微笑んだ母親を見て、春風さんは涙を流す。そして、「うん」と笑顔で答えた。

 それを見て、七瀬も大助も、まるで自分のことのように、七瀬さんの夢が認められたことに嬉しそうにしている。

「おまえは以前、もし自分が大助のことをけしかけなければどうなったかとおまえは聞いたな。だがその未来に、春風渚が怪我をしなかった未来には、この結末はなかったぞ」

 閻魔ちゃんが、笑い合う春風さんと、その母親を見て、ぼくにそう告げた。

「あ、安心してください!今度は本当ですから!嘘じゃありませんから素直に受け取ってください」

 青鬼さんがどこか慌てたようにぼくにそう言う。どうやらあの時真実を伝えたことをまだ気にしているらしい。

「そっか……」

 そう答えたぼくは、自然と自分の頬が緩むのを感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない

みずがめ
恋愛
 宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。  葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。  なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。  その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。  そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。  幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。  ……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...