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とんでもなく印象的なお胸

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 翌日になってもぼくの心配とは裏腹に、七瀬が「やっぱり協力するのやーめた」と言うことはなかった。ぼくらは結託して、特定の場所で大助と春風さんから逸れて、彼らをふたりっきりにすることに成功した。

 逸れたら何時にどこに集合するかは決めておいたし、大助には直前に作戦について伝えてたので問題ないだろう。

「で?なんでついてくるのよ。私今日は普通に会場回るんだけど」

 後ろについて歩くぼくを見て、七瀬は嫌そうな顔を隠しもしなかった。

「まあまあ透明人間とでも思って好きにしてくれよ」
「透明人間はこんなに目障りでも耳障りでもないけどね」

 七瀬はぼくにそう言い捨てた。その毒舌に早くも心が折れそうである。

「……ちょっと聞きたいことがあるんだよ。おまえはなにを根拠に春風さんが大助に気があるって思ったんだ?」
「なによそれ」
「いや、少なくとも春風さんが嫌がらないってわかってないとおまえは二人をくっつけるのに協力なんてしてくれなかっただろ?だから、その根拠が知りたいんだよ」

 それはつまり、春風さんの大助への想いについて、七瀬はなにかぼくの知らない情報を持っているではないかと思ったわけだ。

「それをあんたに教えるメリットって私にある?」

 メリットメリットって、この損得人間め。

「そんなことよりあんた、ちょっと手出して」

 そう言われて、ぼくは「ほい」と素直に手のひらを出した。手相とか見てくれるんだろうか。で、敬太君の手、おっきーねーってやってくれるんだろうか。

「そうじゃなくて、こう手のひらを前に突き出す感じでやって」

 言われるがままにすると、手首を掴まれる。そして、ぐいっと七瀬の方へと引っ張られた。トンとぼくの手のひらが七瀬の平たい胸に押し付けられる。同時にカシャッと音がした。気づくと、七瀬はもう片方の手でスマホを構えていた。

「これでよし」

 彼女は撮れた画像を眺めて満足げにつぶやく。

「えーっと、これはどういう?」
「私に対してセクハラした証拠を作っとこうと思って」

 ああ、ようやく脳が事態を飲み込み始めた。

「つまり証拠捏造ってことか」
「実際に触れたんだから捏造ではないんじゃない?」
「どうだろ。特に柔らかい感触はしなかったから、位置がずれてたか、触ってないという可能性も……」
「無いわよ。張り倒されたいの?というか、人の胸を触ったくせに冷静すぎて腹が立つんだけど」
「そう言われましても」

 だって一瞬すぎてなにがなんだかわからなかったんだもの。

「おまえ、改めて見てもやっぱ学校とは別人だな」

 服が違うのは当たり前として、髪型から顔から、そして言葉遣い。なにもかもが違う。

「このまえ言ったでしょ。学園生活は捨ててんのよ」
「悪いものを良く見せようとするならまだしも、なんで良いものをわざわざ悪く見せようとすんのかね」
「変な男に言い寄られても困るでしょ?男と違って女子にはいろいろあんのよ」

 その発言を自意識過剰と馬鹿にできないほどに、彼女の顔面偏差値は高かった。確かにこれだと面倒な男からのアプローチや、女子からのやっかみがあるだろうなと納得してしまうほどに。

「つーか、あのもっさりとした髪の毛はどこにいったんだよ。明らかに髪量が合わなくないか?」

 今の彼女は学校の顔を半分覆うようなもったりヘアーではなく、すっきりとしたショートボブへと髪型を変えていた。

「いつもつけてるあれは、学校で目立たない用のウィッグ。あの前髪、どう考えても日常生活に支障出るでしょ。前見づらいし」

 そうなると、今目の前にいる彼女の髪が、本来の地毛ということだろうか。

「うちの学校、ウィッグっていいんだっけ」

 ウィッグと聞いて、そんな素朴な疑問が浮かんできた。

「そりゃあ、校長だってカツラつけてるんだからいいに決まってるでしょ。髪ガンガンに染めてるやつらがいるのになにを今更」
「それもそうか」

 そういえば、当時は全校集会のたびに校長の頭を眺めていた気がする。

「あっちは今頃会話はずんでんのかなあ?まあ、どっちもオタクなんだから、話題が合わないってことはないと思うけど」
「ふーん。あんた、渚がオタクって気づいてたんだ。本人は誤魔化した気になってたみたいだけど」

 意外だったのか、七瀬がすこし驚いたように目を見開いた。

「そりゃ、同じごまかし方で隠そうとしてるやつが身近に一人いるものでしてね。むしろ当の本人たちが互いをオタクだと気づいてなさそうなのが不可解でならないよ」
「まあ、それはたしかに言えてるわね。渚も、オタク丸出しの西宮のオタクじゃないっていう嘘をよく信じるもんだわ」

 やはり大助は傍から見るとオタクオーラ全開らしい。

 その後、「うざ」とか「きも」とか吐き捨てられながらも、同人誌を買い漁る七瀬について行った。平然と18禁の本を買っていたときはなんとも言えない空気になったけども。胸を触らせることといい、羞恥心などはないのだろうか。ああ、ぼくが男ではなく置物とでも認識されてる可能性もあるのか。

「いたっ」

 急に人混みから飛び出してきた人影が、七瀬へとぶつかった。七瀬の持っていた手提げバックと、ぶつかってきた相手が持っていた紙袋の中身が、ドサーっと地面に散乱する。

「ちょっと気をつけなさいよ!」

 ぶつかってきた人に向かって、七瀬が怒鳴った。いやこっわ。

 ぼくは七瀬なんかにぶつかってしまった不幸な御仁を確認する。

 そこにいたのは帽子を深くかぶってマスクとサングラスを着けた、どこか既視感のある服装の女性がいた。

 似たような格好をしてる人が一人いたなあ。

「ご、ごめんなさい」

 彼女は落とした紙袋をひろうと、逃げるように立ち去っていった。

 同じような格好だったけど、声からして春風さんではなかったようだ。

「ん?」

 あれ?これって……。

 ぼくは、その場に落ちていた本を見つけて拾い上げた。七瀬には「私のじゃないわよ」と言われたので、おそらくさっきの子の紙袋からこぼれ落ちてしまったものだと予想される。

 ペラペラとページをめくってみる。男同士が濃密に絡み合っていた。見なかったことにした。

「それランドール様じゃない」
「なんて?」

 そんなことも知らないのかと、これ見よがしなため息をつかれた。

「あんたでも分かるように言うとソシャゲのキャラの同人誌ってことよ。ほら、うちの担任もお熱をあげてるスマホゲーム」

 うわあ、担任教師の一ミリもためにならない情報が追加でついてきた。

「あの先生、相当に課金してるって話だけどね。この前校内で高レベル限定でフレンド探ししてて、他の先生に叱られてたし」
「あの人いい年だろ。その熱意を二次元じゃなくて三次元の男に向けて、はやく寿退社すればいいのに」
「わたしは色々とゆるくて楽だから好きだけどね。教師としては失格だと思うけど」

 ちなみにぼくは教師どころか人としても失格寸前だと思ってる。

「そのランドール様ってのはどういうキャラなんだ?」
「そうね、クールで孤高な無口キャラって感じ」
「ふーん。なるほど。小川さんにそっくりって感じだな」
「はあ?どこが。あんなのとランドール様は全然違うから。二度と一緒にしないで」
「そ、そうなんだ……」

 軽い気持ちで言っただけなのに、物凄い剣幕で否定され、ぼくは思わず後ずさった。

「ていうか、なんで急に小川の話になんのよ」

 小川さんの名前を呼ぶときの、吐き捨てるような言い方からして、彼女は小川さんのことがあまり好きではないようだった。

「いやだって、あれ多分小川さんだし」
「……それ本気で言ってる?アレが?顔全部隠してたじゃない。そう思った根拠は?」
「胸のサイズと形。あと声」
「わたしの時といい、あんた人を胸で判断してるの?きっしょ」
「「同感」」「だな」「ですね」

 ここぞとばかりに、今日は静かだと思っていた鬼共が七瀬の意見に賛同するためだけに姿を現した。なぜぼくを貶そうとするときだけ息ピッタリなんだろう、こいつら。

「いや、さすがのぼくと言えどとんでもなく印象的な胸でも無い限り個人なんて特定できないからな」
「誰の胸がとんでもなく印象的に小さいだ!」

 淀みない動作で七瀬が繰り出したローキックが、ぼくの右足を蹴りぬいた。そこまで言ってないのに……。いや思ってはいたけども。

「じゃあ、とりあえず探しましょ。あの全身クソダサ女」

 その発言、君の親友である春風さんにもぶっ刺さってるわけだけども。ちなみに本日も春風さんは昨日と同じくあの不審者スタイルでコミケに参加している。好きな気持も冷めそうなクソダサコーデだが、大助はデレデレしていたようなので大丈夫だろう。

 それにしても……

「この本、届ける気なのか?」
「なによその意外って顔は」
「てっきり小川さんのこと嫌いかと思ってたから」
「まあそれは合ってるわね」

 そこはあっさりと認めるのか。なら、余計に七瀬の行動は理解できなかった。

「でももし小川がランドール様が大好きでこの本を買ったなら、届けなきゃファン失格でしょ。小川のことは嫌いだけど、キャラに罪はないから」

 七瀬はこのキャラのファンらしい。まぁ、様をつけてる時点で察してたけど。

「ま、そうだな。同人誌一冊にしても、学生からしたら大金だろうし。さすがにかわいそうだ」

 それから二人で小川さんのことを探したのだけど、結局大助たちと合流するまでの間、小川さんを見つけることはできなかった。
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