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タイムスリップ編

液体窒素な中学生

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 やっちまったのか。過去改変しちゃったか。
 おろおろとその場でぐるぐると歩き回りながら、僕は現在進行中でパニクっていた。

 僕自身、意気揚々と自分の人生を人生勝ち組ルートへと過去改変しようとしていたわけだが、他人の人生を狂わせるとなると話が違うのだ。
 僕にも良心というものがある。いや、人より大分小さい自覚はあるけれど。とにかく他人の未来をぶち壊してしまったのかと思うとそりゃあパニクるってもんだ。

 いや落ち着け。まだ慌てる時ではないはずだ。可能性が濃厚であることは確かではあれど、まだあの女子中学生が星野先生だと確定したわけではない。だからまずはその確証を得る必要があるだろう。
 僕は気持ちを落ち着けて、アパートへと歩いた。そして彼女の入ったドアの前で立ち止まり、コンコンコンとノックする。

「はい、ってあんたさっきの……なに?」

 しばらくして出てきたのは母親ではなく娘の方、8年前の星野先生(仮)だった。
 彼女は僕の姿を確認するや否や、途端に視線と声が冷たくなった。そして開いていたドアが彼女の顔の幅程度に閉められる。
 まるですぐさまドアを閉められるようにと言わんばかりに。……対応が完全に不審者に対するそれだった。もしくは宗教の勧誘か。

「あのー、星野さんのお宅で合ってるでしょうか」
「そうだけど」

 僕の質問に、彼女は「さっさと帰れこのゴミ」という意思を隠そうともせず、ぶっきらぼうに短い返答を返した。しかし一応僕の質問には答えてくれたので、彼女の苗字は星野ということがわかった。

 僕との同じアパートに住んでいて、星野という苗字の女の子で、おまけに顔も声も似ている。……どうやら確定してしまったようだ。星野先生(仮)が星野先生(真)に変わった。

「あのさ、何か用ならさっさと済ませてくれる?」

 客人だろうが慈悲もなし。目の前の中学生が星野先生の8年前の姿だと分かって戸惑う僕のことなど知ったことかと、彼女は冷たい言葉を重ねてきた。

……ちょっと星野先生の学生時代、尖りすぎてやしないだろうか。反抗期なのか。
 そりゃあ未来の方もクールな感じではあったけども、芯の部分にはしっかりとした暖かみがあった。

しかし目の前の彼女はどうか。クールを通り越してドライアイス、いや液体窒素じゃないか。
 近づくものを問答無用で氷漬けにし、睨みだけで人を五回は殺せそう。
 僕の目が彼女から漂う冷気と、目から発せられる殺人ビームを幻視してしまうほどに、彼女は近づきがたい雰囲気を放っていた。
 しかしこんな死ね死ね光線を両目から出すような奴が将来生徒に大人気の教師になるというのだから、世の中分からないもんだ

……まぁ、僕のせいで彼女が教師になる未来が無くなりそうなんですけども。
 胸をチクチクと刺す罪悪感を取っ払う為にも、これはなんとしてでも彼女をもう一度公園に出向かせなければ。手遅れになる前に過去を修正しなくてはならないのだ。

「ほほ、ほら、さっきブランコを譲ってもらったわけだけどさ。結局奪ったような形になったし、やっぱり歳上として恥ずかしい行いをしてしまったと考え直して、君にブランコを譲り返しに来たんだ。好きに遊んでくれ。むしろ日が暮れるくらいまで漕ぎまることをオススメする」

 僕は早急に彼女を公園に行かせるための華麗なロジックを披露した。

「歳上として恥ずかしいって、あんなへこへこした態度取ってた奴が今更なに言ってんの。」

 彼女は僕の親切を鼻で笑いながらそう指摘してきて、僕はぐぅの音も出ない。だって金髪だし、態度怖いし、そりゃヘコヘコしちゃうだろう。今だって普通に怖いし。

「はぁ。だからもういいって。公園はあんたみたいなのがいない時に行くから。じゃあさようなら」
「あ、ちょっと待っ」

 止める間もなく、僅かしか開いてなかったドアがあっという間に力強く閉じられた。
 残されたのは彼女を呼び止めようとドアへ向かって中途半端に手を伸ばした僕一人だ。

 きっと僕が何か発言できていたとしても、彼女はドアを閉めることをやめなかっただろうと思わせるくらいに完全な拒絶だった。

 なんだろう。腹が減ってるからか、そもそもファーストコンタクトからして物珍しい公園への来訪者に驚いて注目していただけであり、突っかかってきたのは彼女の方ではないのかとか。
 ジロジロ見られたくないと言うくせにたいそう目立つ金髪をしやがってとか。   
 何もあそこまで拒絶することはないじゃないかとか。彼女に対してフツフツと怒りが湧いてきた。
 しかしビュウっと吹き抜けた冷たい風で急速にその沸いていた怒りが萎えていく。

……怒ったところで、変えてしまった過去は元には戻らない。腹も満たされない。
 外は寒いわ財布の中身も寒いわ、人間くらい暖かくたって良いじゃないか。さっきまで怒っていたはずなのに、何故だか今度は涙がこぼれそうになった。

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