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学校は燃えているか作戦

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 僕はせっせと化学室で破壊工作に勤しんでいた。ハンカチで指紋が付かないよう、全てのガスの元栓を開いた。そして一つを除いてそのほかのガスバーナーと元栓を繋ぐチューブを本体から取り外す。ガス漏れ放題である。
 チューブを外さなかったガスバーナーで火を出した。出した火を窓にかかっている暗幕に当てる。
 
 香ばしい香りが鼻をつく。……焦げ臭い匂いを嗅ぐと、これで僕も放火魔の仲間入りかぁという嫌な実感が湧いてきた。
 そうこうしているうちに暗幕に火が燃え移る。以前から暗幕って燃えやすそうだなぁと思っていたのだが、まさか実際に試すことになるとは。
 
 どんどん火が大きくなっていくのを見てこれなら簡単に消えやしないだろうと判断した僕は急いで化学室の外に出た。そして、外側から鍵を閉める。
 化学室付近に人が来ることはないのはもう何度もループを繰り返して確認済みだ。目撃されることはない。一応偽装工作として、人気のない化学室手前のトイレで手を濡らし、ハンカチで手を拭う仕草をしながら教室に戻った。僕トイレ行ってましたアピールである。
 この間5分。何度も失敗してやり直しては効率化を繰り返しただけのことはある。

 僕が平然と自分の席で寝たふりに勤しんでいると、「アレ?なんか向かいの教室燃えてね?」と廊下から声が聴こえてきた。どうやら成功したらしい。
「は? マジ?」とクラスの皆も気になったようで、ぽつぽつと廊下に出ていきだした。

 僕もその流れに乗って人でわちゃわちゃした廊下に出る。
「マジじゃん!」「うわめっちゃ燃えてる。」「火事になってんじゃん!」「せ、先生呼ばないと!」と廊下では生徒達や数人の先生達が大慌てになっていた。
 そんなざわめきと共に火災警報機が鳴り響き、大音量だらけで耳がとても痛い。背伸びをしたり左右に動いたりして、どうにか窓に群がる生徒の隙間から火災の様子を確認すると、そこには予想以上に背の高い火がごうごうと燃え盛っていた。そして次の瞬間、轟音とともに爆発が起きた。熱気が中庭を挟んでこちらにも伝わってくる。火が漏れたガスに引火したんだろうか。
 周りの生徒たちはけたましい悲鳴をあげて、廊下を走って我先にと外への通路を走っていく。かの有名な災害時の鉄則「おはし」、いわゆる押さない、走らない、静かにのどれ一つとして守れていなかった。

 心臓がバクバクと音をたてる。自分のしでかした事が取り返しのつかないことになるかもしれないという恐怖からか急に手が冷たくなって、ピリピリと痺れ出した。額からは腹から込み上げてきたどろっとした冷や汗がふつふつと滲み出てくる。
 いや落ち着け、大丈夫だと自分に言い聞かせる。あそこには誰も来ることはない。何度も何度も確かめた。だから人は死んでいない……筈だ。大丈夫大丈夫大丈夫なんとかなる。
 心の中でそう唱えて平穏を装う。とりあえずこれで確実に合唱練習は中止になるはず。息を震えさせながら、深い深呼吸をする。

 もうすぐ十分。僕はみんなが逃げ惑う中で立ち止まって、正確に十分間を測れるようになった体内時計にしたがってカウントを始めた。

3、2、1ーーー

 目を開けたら時が正常に流れていて欲しい、けれど自分が引き起こした事件がなかった事になるのなら、時間が巻き戻っていて欲しい。相反した願いで思考をぐちゃぐちゃににしながら、僕は眼をギュっと瞑って最後のカウントをする。

0―――

 そして意を決して目を開けた視界には、星野先生が古典の授業を行なっている景色が飛び込んできた。

「はあぁぁぁ~~」

 張りつめていた全身が弛緩し、僕は情けない声を漏らしながら机にへたり込んだ。腐る程見たその光景に、僕は心の底からホッとしていた。マジで死ぬほど怖かったぁぁぁぁ。
 正真正銘、死ぬかと思ったからな。僕じゃなくて、他の誰かが。
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