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プロローグ 〜果てしない10分間のはじまり〜

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 高校一年目の秋。ごく普通の友達がいない系帰宅部である僕の学校における活動は大まかに分けて二つだ。

一つ、授業をやり過ごすこと。
二つ、休み時間は寝たふりをするか本を読ん
でいるフリをすること。

 二つ目は、対「あいつぼっちじゃね」と疑われること対策としてあまりにも有名である。
 
 ぶっちゃけた話、そんな面倒な対策をしなくたって僕がボッチだとバレることはまずないだろう。だってそもそも僕のことを気にしてる人なんて一人もいないから。

  アニメとかで教室のシーンだと、主要の登場人物の他に顔のないぼやけたモブがたくさん描写されることがある。僕の存在はあんな感じだ。

「この間新しくできたカフェ行った?」
「彼氏と行った。」
「死ね。」

 寝たふりは非常に暇なので高度な妄想と周囲の会話の盗み聞くスキルは欠かせない。今日も心の中で盗み聞きした会話にツッコミを入れて退屈を紛らわせた。

  今日は1限目早々、古典とかいう日本語の皮を被った英語より難しい語学の授業で精神をがっつり削られた。その為僕は机に突っ伏して寝たふりをして英気を養って、次の音楽の授業に備えているのである。
 二週間後にある合唱祭に向けて、最近の音楽の授業はもっぱら合唱祭で選んだ曲の練習に当てられている。
 正直言って僕は音痴であり、いわゆるゴミボイス。世間でいう所のゴミボであるから、人前で歌うのはあまり気がすすまないのだ。そんな僕の心情は知らんと言わんばかりに、無情にもキンコンカンコンと授業の開始を告げるチャイムが鳴った。

「はぁぁぁぁ。」

 盛大にため息をついて立ち上がって、男性パートの練習場である教卓を見る。するとそこには美人なことで有名な古典の教師であると同時に、僕たちのクラスの担任でもある新人教師、星野先生が腰に手を当ててこちらをつり目で睨んでいた。まだ居たのかよ。流石に次の授業が始まるまでには移動したらどうだろうか。新人とはいえそこら辺からしっかりしていかないと。というかなんで僕は睨まれているんだろうか。

「藤崎くん、チャイムは鳴ったけどまだ先生が授業をしている途中よ。着席しなさい。」

 僕は先生の指摘にはてな?と首を傾げた。意味がまったくわからない。
 周りを見渡すと、みんなが苦笑いしたりキョトンとしたりして僕に注目していた。そして、みんなの机の上には古典の教科書とノートを広げていた。目線を下にやれば、僕の机にも。

「あの。今日の古典の授業ってもう終わりませんでしたか?」

 僕のぽかんとすっとぼけたような間抜けな顔をみた先生はため息をついた。
 周りではクスクスと笑い声が聞こえてくる。
 つまり僕は今笑い物にされているわけである。なんだ?僕が何かおかしなことをしているというのか?

「はぁ。どうやら藤崎くんは寝ボケてるみたいだけど、先生の授業で寝るのはほどほどにして欲しいものね。じゃあ話も途切れちゃったし、今日はここまでにします。次の授業までにさっき読んだ部分の訳をやってくること。以上よ。ちゃんと課題をやってるかどうかチェックするから。そのつもりでしっかりやってきてねー。」

と、最後にキッとジト目で釘を刺された。確実に僕に向けて言ってたんだと思う。

 状況が理解できないまま、先生が教室を出て行くのを見送って、ゆっくりと椅子に腰掛けた。これはあれか。古典の授業が嫌すぎて授業が終わった夢を見てしまっていたというオチだろうか。

 僕はクラスの皆から向けられた視線を見ないようにして、机に突っ伏した。
 それにしてもリアルな夢だったなぁ。周囲の会話も鮮明だったし。

「この間新しくできたカフェ行った?」
「彼氏と行った。」
「死ね。」

 僕の耳に夢で聴いた会話と一言一句同じ会話が飛び込んできた。

 びっくりして顔を上げてそちらを見ると隣の席に色白い系ヤンキー女二人組がいた。それぞれ髪も明るめの茶髪と金髪に染めている。    
 ちなみに言っておくと我が校では髪を染めるのは校則違反である。
ヤンキー二人組は「あ?」と僕を睨みつけてきた。

「なんだよ。何見てんだよ。」
「なんか文句あんのか?」
「いえなんでもないですすいません。」

 喧嘩を売られそうになって超怖かったので速攻で謝罪。彼女たちは「はっ。キモッ」と暴言を吐いて僕の心を抉ってから会話に戻っていった。
 僕はまた机に突っ伏す。その後も聞き覚えのある会話がまた続いていった。
 これはあれか。 予知夢ってやつか。ついに未来視の能力にでも目覚めちゃったのだろうか。おいおいやったぜ。僕はそういう展開を待ってたんだよ。いやぁようやくかよ。ムフフフと能力の発露に喜んでいると、また「キモッ」という声がとなりの席から聴こえたので笑うのをやめた。

 とりあえず寝て予知夢でも試そうとした時、キンコンカンコンと間が悪く授業の開始を告げるチャイムがした。
 僕は若干不機嫌になりながらも立ち上がり、教卓へと歩き出して、教卓の前で教科書を持った星野先生と目があった。もう訳がわからん。
 先生は開いていた教科書をパタンと閉じて腰に手を当てて僕を睨んできた。その仕草はついさっき見たな。

「藤崎くん。チャイムは鳴ったけどまだ先生が授業してる途中よ。着席しなさい。」

 その言葉もさっき聴いた。そしてぼくは思った。これタイムループしてね?
 どうやら予知夢の能力に目覚めたわけじゃなかったらしい。とんだぬか喜びだったと僕はため息を吐いた。

「ちょっと藤崎くん!」

 そしてピキリとこめかみに血管を浮き上がらせた星野先生に超絶怒られた。
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