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そうしてぼくは気づいてしまった
しおりを挟む「はい」
「……なにこれ」
テレビを見ていた妹に千円札二枚を差し出すと、何故か眼光が鋭くなった。
「明日仕事が休みなんだけど、職場の後輩と朝から遊びにいくことになってるんだ。だから食事代」
「別に要らないから。家にあるもので食べるし」
妹は如何にも不機嫌、といった声でそう答えた。
「家にあるものって、チャーハンくらいしか作れないだろ」
「チャーハンが作れるなら上等でしょ。わたしもバイトしてるんだから、こういうのいらないって」
妹はそう言って差し出した二千円を、ぼくの胸まで押し返した。
「そうか……」
「そうだよ」
なんかちょっと悲しくなった。
「……ていうか、初めてじゃん、誰かと遊びにいくとか」
落ち込んでいると、妹はテレビを観ながらそんなことを言ってきた。
言われてみれば、そうかもしれない。
「なんていうかさ、自殺やめてからさ。ちょっと変わったよ兄ちゃん」
そう言われるも、特に実感はない。ただ、妹と話すことは増えたかもしれない。そのことを嬉しいと感じられている自分がいることに、ぼくは嬉しくなった。
「おまえさ、彼方……ちゃんが自殺しようとしてるのって、知ってるんだよな?どう思ってるんだ?」
初めて呼ぶ少女の名前に口ごもってしまった。蒼井彼方。それが自殺しようとしていた少女の名前……で、多分合っているはずだ。
その証拠に、妹は特に名前について訂正をしてこなかった。
「あー死のうと思ってたのは知ってるけどさ、結果的に両方自殺をやめられたんだし。なんも思ってねーよ。むしろ彼方が自殺を考えなかったら、兄ちゃんが死んでたわけだし。感謝してるくらいだよ」
それはつまり言外にぼくが生きていてよかったと言ってくれているわけで。ついつい頬が緩んだ。
「少なくともおまえが働いて生活が安定するまでは死なないつもりではあったけどな」
ぼくがそう言うと、妹は持っていたテレビのリモコンでボコスカと肩を執拗に叩いてきた。
「だから、そういうことを言うな!思うな!」
ひとしきりぼくを叩いた妹は、まるで獣のように息を荒げながらそっぽを向く。
「ん?」
――――両方自殺をやめられたんだし
さっきぽろりと、妹が何気なく口に出した言葉にぼくは首をかしげた。
「両方……?」
さっき確かに妹はそう言った。
「そうそう。兄ちゃんも彼方も……あ、やべ。えーっと、そのー。今の無しっ」
妹は途中でハッとした様子で、あたふたとそう付け加えた。その様子を見て察してしまう。
どんなことがあったからは知らないが、彼女は、蒼井彼方は死ぬのをやめたらしくて、どういうわけか妹はそれを知っていたらしい。本当に、仲が良いようだ。
自殺を止める。それがぼくの目的だった。しかし自分が目的を達成したと知らされても、一欠片の快感も、達成感も湧いてこなかった。
きっと、心のどこかで楽しんでいたんだと思う。少女との鬼ごっこのような関係を。でも彼女が自殺をやめたということは、それももう、終わるということだ。
「その、兄ちゃん……」
きまりが悪そうな顔で、妹がこちらを見ていた。
「そうだな。自殺をやめるのは、良いことだよ」
半ば自分に言い聞かせるようにそうつぶやくも、やはり心は晴れなかった。
ぼくはきっと、いつのまにかあの少女との関係が続いてほしいと願っていたのだろう。
最初に彼女と出会って、図らずも彼女が自殺をやめた時ぼくを襲った幸福感。あれは、誰かを救う喜びだと最初は思っていた。でも、たぶんそれは勘違いだったのだ。
死なないでくれたのが彼女だったからこそ、ぼくは幸福感を感じたんだと思う。彼女を死なせたくない、彼女に生きてほしいという一心で、ぼくは彼女を追いかけ回していたのだと思う。彼女でなければダメだったんだ。
ありていな言い方をすると、ひと目惚れしていたんだと思う。そんな自分の感情に、ぼくは今更ながらに気づいてしまった。
他人の心だけでなく、自分の心にまでぼくは鈍感だった。そして気づいてしまった気持ちをなかったことにできるほど、ぼくの心は器用じゃない。
だから今、ぼくの胸は苦しくてたまらないのだろう。
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