ぼくと彼女が自殺をやめた理由

ジェロニモ

文字の大きさ
上 下
19 / 23

そうしてぼくは気づいてしまった

しおりを挟む
 
「はい」
「……なにこれ」

 テレビを見ていた妹に千円札二枚を差し出すと、何故か眼光が鋭くなった。

「明日仕事が休みなんだけど、職場の後輩と朝から遊びにいくことになってるんだ。だから食事代」
「別に要らないから。家にあるもので食べるし」

 妹は如何にも不機嫌、といった声でそう答えた。

「家にあるものって、チャーハンくらいしか作れないだろ」
「チャーハンが作れるなら上等でしょ。わたしもバイトしてるんだから、こういうのいらないって」

 妹はそう言って差し出した二千円を、ぼくの胸まで押し返した。

「そうか……」
「そうだよ」

 なんかちょっと悲しくなった。

「……ていうか、初めてじゃん、誰かと遊びにいくとか」

 落ち込んでいると、妹はテレビを観ながらそんなことを言ってきた。

 言われてみれば、そうかもしれない。

「なんていうかさ、自殺やめてからさ。ちょっと変わったよ兄ちゃん」

 そう言われるも、特に実感はない。ただ、妹と話すことは増えたかもしれない。そのことを嬉しいと感じられている自分がいることに、ぼくは嬉しくなった。

「おまえさ、彼方……ちゃんが自殺しようとしてるのって、知ってるんだよな?どう思ってるんだ?」

 初めて呼ぶ少女の名前に口ごもってしまった。蒼井彼方。それが自殺しようとしていた少女の名前……で、多分合っているはずだ。

 その証拠に、妹は特に名前について訂正をしてこなかった。

「あー死のうと思ってたのは知ってるけどさ、結果的に両方自殺をやめられたんだし。なんも思ってねーよ。むしろ彼方が自殺を考えなかったら、兄ちゃんが死んでたわけだし。感謝してるくらいだよ」

 それはつまり言外にぼくが生きていてよかったと言ってくれているわけで。ついつい頬が緩んだ。

「少なくともおまえが働いて生活が安定するまでは死なないつもりではあったけどな」

 ぼくがそう言うと、妹は持っていたテレビのリモコンでボコスカと肩を執拗に叩いてきた。

「だから、そういうことを言うな!思うな!」

 ひとしきりぼくを叩いた妹は、まるで獣のように息を荒げながらそっぽを向く。

「ん?」

 ――――両方自殺をやめられたんだし

 さっきぽろりと、妹が何気なく口に出した言葉にぼくは首をかしげた。

「両方……?」

 さっき確かに妹はそう言った。

「そうそう。兄ちゃんも彼方も……あ、やべ。えーっと、そのー。今の無しっ」

 妹は途中でハッとした様子で、あたふたとそう付け加えた。その様子を見て察してしまう。

 どんなことがあったからは知らないが、彼女は、蒼井彼方は死ぬのをやめたらしくて、どういうわけか妹はそれを知っていたらしい。本当に、仲が良いようだ。

 自殺を止める。それがぼくの目的だった。しかし自分が目的を達成したと知らされても、一欠片の快感も、達成感も湧いてこなかった。

 きっと、心のどこかで楽しんでいたんだと思う。少女との鬼ごっこのような関係を。でも彼女が自殺をやめたということは、それももう、終わるということだ。

「その、兄ちゃん……」

 きまりが悪そうな顔で、妹がこちらを見ていた。

「そうだな。自殺をやめるのは、良いことだよ」

 半ば自分に言い聞かせるようにそうつぶやくも、やはり心は晴れなかった。

 ぼくはきっと、いつのまにかあの少女との関係が続いてほしいと願っていたのだろう。

 最初に彼女と出会って、図らずも彼女が自殺をやめた時ぼくを襲った幸福感。あれは、誰かを救う喜びだと最初は思っていた。でも、たぶんそれは勘違いだったのだ。

 死なないでくれたのが彼女だったからこそ、ぼくは幸福感を感じたんだと思う。彼女を死なせたくない、彼女に生きてほしいという一心で、ぼくは彼女を追いかけ回していたのだと思う。彼女でなければダメだったんだ。

 ありていな言い方をすると、ひと目惚れしていたんだと思う。そんな自分の感情に、ぼくは今更ながらに気づいてしまった。

 他人の心だけでなく、自分の心にまでぼくは鈍感だった。そして気づいてしまった気持ちをなかったことにできるほど、ぼくの心は器用じゃない。

 だから今、ぼくの胸は苦しくてたまらないのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仮の彼女

詩織
恋愛
恋人に振られ仕事一本で必死に頑張ったら33歳だった。 周りも結婚してて、完全に乗り遅れてしまった。

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

最愛の彼

詩織
恋愛
部長の愛人がバレてた。 彼の言うとおりに従ってるうちに私の中で気持ちが揺れ動く

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

一夜の男

詩織
恋愛
ドラマとかの出来事かと思ってた。 まさか自分にもこんなことが起きるとは... そして相手の顔を見ることなく逃げたので、知ってる人かも全く知らない人かもわからない。

一目惚れ、そして…

詩織
恋愛
完璧な一目惚れ。 綺麗な目、綺麗な顔に心を奪われてしまった。 一緒にいればいるほど離れたくなくなる。でも…

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

処理中です...