ぼくと彼女が自殺をやめた理由

ジェロニモ

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こうしてわたしは嫌なやつになっていく

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girlside


 わたしは、それからも自殺をしようとする「ふり」を続けた。男が来て、すこし話して、そして家に帰る。

 一日の終わり、日課にしていたストレス解消用ノートをふと見返す。いまではクラスメイトや家族ほとんど無くなって、あの男に対する不満や愚痴ばかりになっていた。

 それを見て、自殺に失敗したトラウマが無くてももうわたしは死ねないだろうなと悟ってしまった。

 
……わたしの嘘は、いつまで続くだろうか。あの男は馬鹿だから、わたしの嘘になんて気づかず、夜な夜なわたしの自殺を止めにくるだろう。多分、先に限界が来るのは私の方だ。あの男を騙しているという事実に、日ごとに罪悪感が膨れていく。そして、いつか膨れ上がったそれが破裂してしまう時がくるだろう。


※            ※      ※


「俺と付き合ってください」

 放課後、校舎裏に呼び出して頭を下げてきたのは、サッカー部の吉野だった。

 彼が告白をしてきたのは、別にわたしを好きだったというわけじゃないだろう。だってつい最近、他の子を好きだっていう噂を聴いた事がある。

 そういえばこの間、可奈子に好きな人を聞かれた際、彼の名前を出したなと思い出した。

 たぶん、というか確実に可奈子がばらしたに違いない。別に秘密を守ってくれるなんて思っちゃいなかったので、そのことについてとくに驚きはしないが……。まさか告白されるとは思わなかった。

 わたしの持つ彼への好意はゼロだ。なんならマイナスだ。「おまえ俺のこと好きなんだろ?ほら告白してやったぜ」、顔にそう書いてあるようで、わたしは気持ち悪さしか感じなかった。

 しかし、OKされること確信しているだろう彼の告白を断ると角が立つのは目に見えていた。

 以前可奈子に彼が好き、と言ってしまったのが完全に悪手になっている。

 丸く収めるには、ここはOKするべきだ。そう判断したのに、わたしの口から声が出ない。彼と付き合うということをたまらなく嫌だと感じている自分がいた。

「ごめん。わたし他に好きな人いるから」

 自然と、口が勝手にそう言葉を紡いでいた。

 同時に脳裏を過ぎった、あの男。なんどもわたしの自殺を止めた、空気の読めないあの男。


 なぜ、ここであいつの顔が浮かぶのか。

 ……ちょっと待てよ。そういえばわたしは、あの男との関わりが無くなるのが嫌だという理由で自殺をしようとする振りを続けている。

 それは言い換えるのならつまり、嘘をついてまであいつとの時間を作ろうとしてるということで。

 ……それってつまり。わたしがあいつのことが好きってことじゃないの?

 今思えば、わたしはあの男と話す時、いつもどうにかして会話を引き伸ばそうだとか考えたりして。……わたしは乙女か!

 一度そうだと気づいてしまうと、なぜ今までこんなわかりやすい自分の気持ちに気づかなかったんだと疑問が湧くほどに「好き」、という気持ちが膨れ上がって、わたしは猛烈に恥ずかしくなった。

「でも、可奈子のやつ、蒼井が俺のこと好きって言ってたって……」

「話が違う」とでも言いたいのだろう。断られるなど欠片も考えていなかった吉野がぽかんとした顔をしている。

 そうだ。そういえばわたし、告白されてたんだった。すっかり忘れていた。

「確かに言ったけど、気持ちって変わるものでしょ?」

 やっぱりあの女のせいだったかと思いながら、わたしは会話を早く終わらせたくておざなりな反応をする。

 そんなことより、わたしは考えなきゃいけないことがあるのだ。

「でもそれ聴いたの、ついこの間でっ」「チッ」

 思わず舌打ちが漏れた。……まったく、もう振られたというのに往生際の悪いやつだ。たしかに顔は良い。そしてそれを自覚しているのだろう。自分は絶対に振られないという自信があったのだろう。その傲慢さを感じて、更に好感度がマイナスに振り切れた。

 いかに愚かなこの男も、今の舌打ちを投げキッスと勘違いするほど馬鹿ではなかったらしい。喋りかけていたセリフを途切れさせて、困惑したようにわたしを見る。

「おまえ、そんなにころころ好きなやつ変わるのかよ」

 ようやく自分が舌打ちされたのだと理解してイラッと来たのか、彼は責めるような口調でそう言ってきた。振られたから負け惜しみを言うなんて、本当に小さい男だ。

「吉野くんだって良子ちゃんのこと好きだったんじゃなかったの?」

 わたしの方へと投げられたブーメランは綺麗な弧を描いて投げた本人のところへと戻る。そして彼は顔を醜く歪ませた。どうやら噂は真実だったらしい。

「わたしに好きで居続けさせられなかった吉野くんの魅力不足が悪かったんだと思うよ」

 わたしは盛大なため息をついてそう告げた。今のわたしは吉野から見れば、さぞ嫌な女であっただろう。彼は憎しみに溢れたような眼でわたしを睨んでいた。それはとても好きな人に向ける視線ではない。

「私、図書委員の仕事あるから」

 その悪意を、わたしの心は素通りした。

 きっと今までのわたしは大事なものがなかったんだと思う。でも、今は違う。

 橙子と、あの男と。あのふたりさえいればわたしはもう何もいらない。そう思うと周囲の眼が、言葉が、どうでも良くなっていいくのを感じた。

 わたしはあの兄妹によって変えられてしまったのだった。もうどうでもいい存在のために気を使うなんてことは、やろうとしてもできやしないだろう。
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