ぼくと彼女が自殺をやめた理由

ジェロニモ

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そうしてぼくに後輩ができた

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「おまえ、本当にわかってんのか?そんなんだから……」
「もうし、申し訳ありません」

 クソ上司の今日の犠牲者に選ばれたのは後輩だった。まだ入社してきて一年も経たない新入社員だ。

 別にぼくが指導係というわけでもないけど、デスクが隣のせいか、よく話しかけてくるやつだった。それに対してぼくはいつも面倒くさいなと思って、すげなく返事をしていた。

 彼からしたら、会話の続かない、さもやりにくい先輩だったことだろう。

 そんな彼は、今にもぶっ倒れるんじゃないかってくらい息を荒くして、クソ上司に震えた声で謝罪している。理由はぼくが叱られたときと同じイチャモンじみた理由だった。

 パニックになると過呼吸になることがあるというが、多分彼も今そんな感じだと思う。だというのに、クソ上司は彼の異変に気づく様子もなく、気持ち良さそうに怒りをぶつけていた。

 いや、気づいたとしても、どうせ心配なんてしやしないだろう。

 以前のぼくだったら、知らんぷりしていただろう。またやめるかもしれないなーと他人事のように考えていたと思う。

 なのに今日に限って、涙を流すあの少女の姿が頭をよぎった。


「沢村さん、そのくらいにしてあげてくださいよ」

 ぼくはぺこぺこと下手に出ながら、二人の間に入った。近くに来たことで、後輩の顔色の悪さや額にべっとりと浮かぶ脂汗がより一層目についた。

「なんだおまえ」
「見てください。今野くん、うまく息ができなくなってるじゃないですか。倒れたら問題になると思いますよ。そして問題になった時、矢先に立たされるのって誰でしょうね」
「倒れたとしたら体調管理のできて無いこいつの責任だろうが」
「ぼくはあなたって答えますけど」
「なっ、おまえ」

 神経を逆撫ですると、血管を浮かび上がらせてプルプルと震えるクソ上司。このまま血管が切れて、死んでくれればいいのになとふと思った。

「多分、この部署の全員が、あなたと答えると思います。だってみんなあなたのこと嫌いですから」

 ぼくがそう追撃すると、本当に血管が破裂するんじゃないかってくらい怒鳴り散らし始めたが、今までの僕に対する理不尽な罵倒を録音したデータを出したら嘘のように静かになった。

 本当は、自殺した時社内で精神的に追い詰められていたという証拠として使うつもりでいたのだが、遺書と一緒に処分しなくてよかった。

「あの、ありがとうございました。冷たい人だと思ってたけど、相浦さんって、結構優しいんすね」

 隣の席からまだ顔色の悪い後輩が頭を下げてきた。

 別に彼のために口を挟んだわけじゃない。彼を通してあの少女のことを思い出しただけだ。

 自分も人のことを気遣うことができるのだと、だから彼女をもう傷つけないこともできるのだと、そう証明したかっただけだ。

 そんな自分勝手な理由も知らず、ぼくに感謝をしてくる後輩に、胸がずきっと傷んだ。ああ、ぼくが以前あの少女に「優しい」と言ったとき、彼女もこんな思いをしたのかもしれない。

 あのときも、ぼくは彼女を傷つけていたのか。

「それは多分、普段悪いことしているやつがちょっと良いことをするだけで褒められるみたいな、そんな感じだよ。今回はたまたま助けただけで、いつも見て見ぬ振りをしてきたんだ。だから感謝なんてしなくていい」

 じゃないと、そのキラキラした目を向けられる度、罪悪感で押しつぶされそうになる。

 ああ、また面倒くさいことを言ってしまった。こういう余計なことを言ってしまうところも、空気が読めないというやつなんだろう。

「でも、何事も結果が大事じゃないっすか。相浦さんが助けてくれたのは事実なんだから、感謝くらい素直に受け入れてくださいよ」

 しかし、彼は気にする様子もなく屈託のない笑顔を浮かべた。

「……とりあえず善処はしてみるよ」
「ぜひお願いしますよ!」

 ぼくの逃げるような中途半端な答えに、しかし彼は笑顔をさらに輝かせた。

 いままでだってぼくの後に会社に入社したやつはたくさんいる。こいつだって、今までずっと隣のデスクで働いていたわけで。

 だけどぼくには本当の意味での後輩というものが、今初めてできた気がした。
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