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第7章 レインの不可思議な行動

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魔法局に言った次の日の晩、ユミルはいつもどおりレインの執務室を訪れていた。
レインの眉間には皴が寄っていて、明らかに機嫌が悪そうだ。

(昨日は魔法局に泊まりの仕事になっちゃったから、寝不足なのかな?)

ユミルはぼんやりとそう考えながらいつもどおり、レインから杖を受け取ろうと手を差し出すが、レインは全然杖を渡そうとしない。

「…あの?」

ユミルが不思議そうに声をかけると、レインは更に眉間の皴を深くした。

「昨日はご苦労だった。」

顔と言葉が一致しない。
ユミルは差し出していた手を降ろして、レインの瞳を不思議そうにのぞき込んだ。
レインの瞳は相変わらず瞳の中で星が瞬いているようで、怒っている顔も美しい。

「…私、何かやらかしましたか?」

ユミルは慎重に昨日から今に至るまでの記憶を振り返る。

「…別に、そうではない。」

レインは苛立たし気にため息を漏らした。
ユミルはますますわからなくなって、思わずエイドリアンに目線をやるが、エイドリアンは昨日から引き続き拗ねたような顔で強く頷いている。どうやらエイドリアンはこの不機嫌の理由をわかっているようだ。

「…あ。」
「何だ。」
「いや、お伝えしておこうと思ったのですが、」
「ああ。」
「次のお休みに、魔法局の魔法騎士の方にお会いする約束をしました。」

確か、あのとき、レインには自分から伝えると、ユミルはエイドリアンに言ったはずだ。
レインの部下と個人的に関係を持つのはまずかったか、とユミルはレインの表情を窺う。

「…どうして会う約束をしたんだ。」
「だって…。」
「だって、何だ。」

ユミルはもじもじと自分のつま先を見つめた。
ユミルも女の子なので、好きな人に食いしん坊だとは思われたくなかったのだ。

「お礼がしたいって、言うから?」

ユミルがそう言うと、エイドリアンが視界の端で激しく首を横に振るのが見えた。
「全く嘘というわけではないでしょう!?」とユミルは思わずエイドリアンを睨みつけるが、レインは既にエイドリアンのジェスチャーを見た後だ。

「本当は?」
「……パエリアを食べさせてくれると言うので…。」
「パエリア?」

レインの頭の上に「はぁ?」と吹き出しが見えそうなほど、レインは怪訝な顔をしている。

「そりゃあ、レイン様は食べ慣れているかもしれませんが…平民では海鮮のお料理を滅多に食べられないんですよ?」
「1回も食べたことが無いのか?」
「…1度だけ、魔法学園の卒業式のパーティーのときに海鮮料理は出てきました。でもでも!パエリアは食べたことがありません!」

ユミルは首都内でよく見かける高級レストランの看板やチラシを見るのが好きだ。
中でも、今度ウィリアムが御馳走してくれるというパエリアは、豪華でボリューミーな見た目から、ユミルがぜひ食べてみたいもののひとつだ。

「そうか。」

レインはそれだけ言うと、むっすりとした顔のまま、ユミルに杖を差し出した。

(さすがに、呆れたのかな…?)

ユミルは居心地が悪そうにその杖を受け取ると、その日は無駄話もほどほどに、さっさとレインの部屋を退散した。
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