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第6章 おでかけ
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「今日はご苦労だった。」
オズモンド家の邸宅から帰る馬車の中で、レインはユミルを労わるように言った。
「ありがとうございます。人生で忘れられない1日になりそうです。」
「そうか。…予想どおり、私の家族にも気に入られたようで安心したよ。」
「はい、使用人として認められて良かったです。
お呼ばれしたときは、仕事が無くなってしまうのかと思いました。」
(本当に、追い出されなくて良かった。
こんなにもゆったりとした時間を過ごせて、お給金も良いなんて、他にはないし。)
ユミルは安心で顔を綻ばせると、レインは少し変な顔をした。
「…そう捉えるのか。」
ぼそり、と小さく呟かれたその声には、少し残念そうな気配が漂っている。
「…え?何か言いましたか?」
「別に、何でもない。」
「そうですか…。この馬車、どちらに向かっているんですか?レイン様の邸宅とは少し方向がズレているようですが。」
ユミルは車窓から見える景色を眺めながら首を傾げた。
大きく帰り道から外れているわけではないが、少し遠回りになりそうだ。
「この後、少し街に寄る。」
「何かお買い物ですか?」
「そうだ。」
なるほど、では大人しくついていこう、とユミルは思っていると、馬車は予想外の場所に着いた。
高級チョコレートを売っているお店の前だ。
「誰かへの贈り物ですか?」
ユミルがレインと過ごしていてわかったことだが、レインは甘いものでも何でも食べるが、こだわりは薄い。先日の遠征のときもそうだが、平民が食すレベルの食べ物でも、何でも食べる。
だから、わざわざ高級チョコレートを購入するなんて、誰かにあげるためだと思ったのだ。
「君だ。」
「え?」
「この前、言っていただろう。」
ユミルはふと最近レインに話したことを思いだす。
レインとの恒例のメンテナンス中の会話で、エイドリアンと街に出たときに見つけたチョコレート店の話になった。その店のチョコレートは、到底我々の給金では購入できないほど、目が飛び出る価格で、いつか食べてみたいものだ、と冗談交じりに言った覚えがある。
(よくよく見てみたら、このお店はそのときお話ししたお店だ!)
お店の名前は憶えていなかった。だから、レインにも伝えていない。
しかし、どこにお使いに行ったときに見かけたかを話していたので、きっと探してくれたのだろう。
「えっ!良いのですか?」
「今日も、兄上の杖の修復を引き受けただろう。…現金支給の方が良ければそうするが。」
折角連れてきてもらったのだ、ユミルは首を横に振ると、レインの後ろをついて入店した。
店内にはたくさんの種類が美しくショーケースの中に並べられており、ユミルは目移りしてしまう。
「全ての種類をもらおう。」
「ダメです!!」
きょろきょろして決めあぐねているユミルを見たレインは恐ろしいことを口にする。
(最近、ただでさえフクのことを言えないくらい太ってきてしまったのに…!)
しかも、ここのチョコレートは1粒でユミルの昼食代4~5回分に値する。
ざっと見ただけでも30種類くらいはありそうだ。
チョコレートにそんなにもお金を使うなんて、ユミルはぎょっとした。
対して、レインは少し不満そうな顔をしている。
「迷っているなら、全て買えばいい。」
「悩むのも、楽しいから良いんです。」
レインはユミルの言葉を理解できていないようだったが、ユミルはお構いなしにショーケースに向き直った。
「じゃあ、このピスタチオと、オレンジをください。」
「2つしか買わないのか。」
「はい。」
(帰ったら、エイディーと一緒に食べようっと!)
ユミルはエイディーの喜ぶ顔を思い浮かべてニヤニヤする。
レインは不満そうにユミルを見つめた後、それぞれを2つずつ購入してくれた。
「ありがとうございます、本当に今日は忘れられない1日になりそうです。」
「礼を言うのはこちらの方だ。ありがとう。
今日は疲れただろうから、杖のメンテナンスは不要だ。」
「しかし…。」
「兄上の杖の件もあるだろう。」
「…そうですね、ありがとうございます。」
ユミルが会話しながらも、何度もチョコレートの入った紙袋を空けたり、くるくると外見を眺めたりするので、レインは口元に手を当てて、静かに笑った。
「…子供っぽいと仰りたいのですか。」
(わ!笑った!めっちゃ珍しい…!)
ユミルはむくれたふりをしてみせたが、内心はとても珍しいレインの笑顔に胸をぎゅぎゅっと掴まれていた。
「そうじゃない。随分お手軽だとは、思ったが。」
「…貴族様に比べたら、お手軽で当然です。」
「そう嬉しそうにされると、気分が良い。」
レインが満足そうに頷くので、ユミルは恥ずかしくて俯いた。
そうこうしているうちに、馬車はレインの邸宅についてしまった。
ユミルとしてはもう少し長く乗っていたかったような、いや、これ以上一緒に居ては心臓が壊れてしまいそうな、もやもやとした心境だ。
「そういえば、こちらの服はいつお返しすればいいですか?」
「それは君のものだ。」
レインと別れる直前にユミルが尋ねると、レインは平然と言ってのけた。
「え?アクセサリーは?」
「それも、君のだ。」
ユミルは驚きのあまり立ち尽くしてしまう。
この服も、アクセサリーもユミルでは買えないほど高価なものに違いない。
先ほど、チョコレートを贈ってもらったが、それ以上のものをいただいてしまった。
レインは呆然としているユミルを見て口元に少しだけ笑みを浮かべると、ユミルに背を向けて、自室に向かってしまった。
「あ、ありがとうございます!!」
ユミルは我に返ると、慌ててレインの背中に大きな声でお礼を言う。
レインは振り向かずに軽く片手を上げて返してくれた。
(また、宝物が増えちゃったな…。こんなにも良くしてもらえてとっても嬉しいけど…勘違いが加速しそう…!)
ユミルはドキドキする胸をおさえながら、自室へ向かって走った。
きっとフクに話をして、エイドリアンとチョコレートを食べて和めば、この気持ちは落ち着くはずだ。
オズモンド家の邸宅から帰る馬車の中で、レインはユミルを労わるように言った。
「ありがとうございます。人生で忘れられない1日になりそうです。」
「そうか。…予想どおり、私の家族にも気に入られたようで安心したよ。」
「はい、使用人として認められて良かったです。
お呼ばれしたときは、仕事が無くなってしまうのかと思いました。」
(本当に、追い出されなくて良かった。
こんなにもゆったりとした時間を過ごせて、お給金も良いなんて、他にはないし。)
ユミルは安心で顔を綻ばせると、レインは少し変な顔をした。
「…そう捉えるのか。」
ぼそり、と小さく呟かれたその声には、少し残念そうな気配が漂っている。
「…え?何か言いましたか?」
「別に、何でもない。」
「そうですか…。この馬車、どちらに向かっているんですか?レイン様の邸宅とは少し方向がズレているようですが。」
ユミルは車窓から見える景色を眺めながら首を傾げた。
大きく帰り道から外れているわけではないが、少し遠回りになりそうだ。
「この後、少し街に寄る。」
「何かお買い物ですか?」
「そうだ。」
なるほど、では大人しくついていこう、とユミルは思っていると、馬車は予想外の場所に着いた。
高級チョコレートを売っているお店の前だ。
「誰かへの贈り物ですか?」
ユミルがレインと過ごしていてわかったことだが、レインは甘いものでも何でも食べるが、こだわりは薄い。先日の遠征のときもそうだが、平民が食すレベルの食べ物でも、何でも食べる。
だから、わざわざ高級チョコレートを購入するなんて、誰かにあげるためだと思ったのだ。
「君だ。」
「え?」
「この前、言っていただろう。」
ユミルはふと最近レインに話したことを思いだす。
レインとの恒例のメンテナンス中の会話で、エイドリアンと街に出たときに見つけたチョコレート店の話になった。その店のチョコレートは、到底我々の給金では購入できないほど、目が飛び出る価格で、いつか食べてみたいものだ、と冗談交じりに言った覚えがある。
(よくよく見てみたら、このお店はそのときお話ししたお店だ!)
お店の名前は憶えていなかった。だから、レインにも伝えていない。
しかし、どこにお使いに行ったときに見かけたかを話していたので、きっと探してくれたのだろう。
「えっ!良いのですか?」
「今日も、兄上の杖の修復を引き受けただろう。…現金支給の方が良ければそうするが。」
折角連れてきてもらったのだ、ユミルは首を横に振ると、レインの後ろをついて入店した。
店内にはたくさんの種類が美しくショーケースの中に並べられており、ユミルは目移りしてしまう。
「全ての種類をもらおう。」
「ダメです!!」
きょろきょろして決めあぐねているユミルを見たレインは恐ろしいことを口にする。
(最近、ただでさえフクのことを言えないくらい太ってきてしまったのに…!)
しかも、ここのチョコレートは1粒でユミルの昼食代4~5回分に値する。
ざっと見ただけでも30種類くらいはありそうだ。
チョコレートにそんなにもお金を使うなんて、ユミルはぎょっとした。
対して、レインは少し不満そうな顔をしている。
「迷っているなら、全て買えばいい。」
「悩むのも、楽しいから良いんです。」
レインはユミルの言葉を理解できていないようだったが、ユミルはお構いなしにショーケースに向き直った。
「じゃあ、このピスタチオと、オレンジをください。」
「2つしか買わないのか。」
「はい。」
(帰ったら、エイディーと一緒に食べようっと!)
ユミルはエイディーの喜ぶ顔を思い浮かべてニヤニヤする。
レインは不満そうにユミルを見つめた後、それぞれを2つずつ購入してくれた。
「ありがとうございます、本当に今日は忘れられない1日になりそうです。」
「礼を言うのはこちらの方だ。ありがとう。
今日は疲れただろうから、杖のメンテナンスは不要だ。」
「しかし…。」
「兄上の杖の件もあるだろう。」
「…そうですね、ありがとうございます。」
ユミルが会話しながらも、何度もチョコレートの入った紙袋を空けたり、くるくると外見を眺めたりするので、レインは口元に手を当てて、静かに笑った。
「…子供っぽいと仰りたいのですか。」
(わ!笑った!めっちゃ珍しい…!)
ユミルはむくれたふりをしてみせたが、内心はとても珍しいレインの笑顔に胸をぎゅぎゅっと掴まれていた。
「そうじゃない。随分お手軽だとは、思ったが。」
「…貴族様に比べたら、お手軽で当然です。」
「そう嬉しそうにされると、気分が良い。」
レインが満足そうに頷くので、ユミルは恥ずかしくて俯いた。
そうこうしているうちに、馬車はレインの邸宅についてしまった。
ユミルとしてはもう少し長く乗っていたかったような、いや、これ以上一緒に居ては心臓が壊れてしまいそうな、もやもやとした心境だ。
「そういえば、こちらの服はいつお返しすればいいですか?」
「それは君のものだ。」
レインと別れる直前にユミルが尋ねると、レインは平然と言ってのけた。
「え?アクセサリーは?」
「それも、君のだ。」
ユミルは驚きのあまり立ち尽くしてしまう。
この服も、アクセサリーもユミルでは買えないほど高価なものに違いない。
先ほど、チョコレートを贈ってもらったが、それ以上のものをいただいてしまった。
レインは呆然としているユミルを見て口元に少しだけ笑みを浮かべると、ユミルに背を向けて、自室に向かってしまった。
「あ、ありがとうございます!!」
ユミルは我に返ると、慌ててレインの背中に大きな声でお礼を言う。
レインは振り向かずに軽く片手を上げて返してくれた。
(また、宝物が増えちゃったな…。こんなにも良くしてもらえてとっても嬉しいけど…勘違いが加速しそう…!)
ユミルはドキドキする胸をおさえながら、自室へ向かって走った。
きっとフクに話をして、エイドリアンとチョコレートを食べて和めば、この気持ちは落ち着くはずだ。
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(※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)
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