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第5章 ユミルの恋
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先日の騒ぎを除けば、エイドリアンはユミルにとても良くしてくれているし、ユミルが困ることなど何一つなかった。
ユミルは、エイドリアンを連れてきてくれたのはレインなので、レインに対して、エイドリアンのことを褒めるようなことをたくさん言った。
もしユミルに護衛が必要なくなったとき、エイドリアンに次の良い仕事を紹介してほしいと思ったからだ。
しかし、レインはユミルがエイドリアンを褒めれば褒めるほど、一緒に行ってもらった場所のことを話せば話すほど、つまらなそうに、不機嫌そうにする。
(オズモンド様はいつも忙しいから、使用人たちが昼間遊んですごしている話なんて、聞きたくないよね。)
ユミルはレインの不機嫌の理由はきっとこれだ、と思い、次第に報告を止めた。しかし、かえってレインから今日はどうしていたのか、と質問を受けるようになったので、ユミルは首を傾げながらも、杖のメンテナンスの際はその日の出来事を話すことが日課になっていった。
レインの杖の大きな損傷もなく、エイドリアンが来てから半月ほど経過したころのこと。
自室にこもっていたユミルを、バロンが慌ただしく呼びに来た。
バロンはいつも落ち着いている男なので、これはただ事ではない。
「ユミルさん、今すぐ応接室に来てください。来客です。」
「来客?」
「オフィリア・ワーグナー公爵夫人様、レイン様のお姉様です。」
「…私がお会いするの?」
「ワーグナー夫人がお会いしたいと、仰っています。」
アデレートから、レインには姉もいると聞いていた。
しかし、平民のユミルは、当然、オフィリアとの面識はない。
思わず傍に控えていたエイドリアンの方を見やったが、エイドリアンも困り顔で首を横に振るだけだ。
レインはいつもどおり魔法局に出勤してしまっている。
「私どもも、訳が分からないのです。ただ、ワーグナー夫人のご要望ですから、とりあえず顔を出してください。レイン様には急いでお姉様が来訪されたことを伝えます。」
バロンはユミルを応接室に急ぎ足で案内しながらユミルに説明する。
そして、応接室の前に着くと、ユミルの心の準備ができるのを待たずに、扉をノックした。
(バロンさん!!ちょっと待って!!まだ事情が呑み込めてないの!)
ユミルは心の中で絶叫するが、時は待ってくれない。
中から落ち着いた女性の声で入室を許可する旨の声が聞こえると、バロンは静かに扉を開けた。
「杖修復士のユミル・アッシャーをお連れいたしました。」
「ユミル・アッシャーでございます。2ヶ月ほど前から、こちらでお世話になっております。」
ユミルは気が動転していたが、昔、アデレートに教えられたとおりに頭を下げた。
「私はオフィリア・ワーグナー、レインの姉です。どうぞ、おかけになって。」
ユミルは促されるがままに、オフィリアの前のソファに腰をかけた。
オフィリアはレインにとても良く似た美しい女性だ。ユミルは目の前に座って思わずその美貌に見とれてしまう。
「平民と聞いていましたが、随分と綺麗にお辞儀をなさるのね。」
オフィリアの言葉は穏やかで、ユミルは少しだけ安心をする。
身に全く覚えはないが、レインのことに関連して、何かを怒られると思っていたからだ。
「ありがとうございます。学園時代の友人に教えていただきました。」
「そう。魔法学園を卒業しているのね。」
「はい。」
これはいったい何の問答なのだろうと、ユミルは内心冷や汗をかく。
怒られるわけではなさそうだが、目的が見えないのもまた怖いのだ。
「エイドリアンは随分と印象が変わったようね。」
オフィリアはユミルに付いてきていたエイドリアンに目を向けると、懐かしむように目を細めた。
「今日は、愚弟がエイドリアンをオズモンド家から護衛のために引き抜いた、と聞いたものだから、様子を見に来たの。」
なるほど、これが本題だったのかとユミルはごくりと唾を飲み込む。
「一介の杖修復士に、護衛など、過分な対応をいただいて、大変恐れ多いことでございます。」
「別に構わないのよ?レインのしたいようにすればいいと思っているわ。
でも、レインはエイドリアンを気に入っていながら実家にあえて残してきていたのに、わざわざ引き抜いたうえで護衛に付けさせるほどの女性がどのような方か気になってしまいましたの。」
(こんな女で、誠、申し訳ないです…。)
オフィリアの言葉に苛立ちや蔑みは滲んでいないが、貴族は感情を隠すのが上手いと聞く。
どのような意図で聞かれているのか、ユミルは注意深くオフィリアを観察する。
「そんなに、警戒なさらないで。」
オフィリアは、ユミルを安心させるように、その美しい顔に笑みを浮かべた。
「…申し訳ございません。」
ユミルは注意深く観察しようとしたせいで、顔が強張っていたか、とぎこちなく笑う。
しかし、ユミルはどうしても上手く緊張をほどくことはできない。
「ユミルさんが杖の修復がお得意だと伺って、本日はひとつ、お願いしたいことがあるの。」
オフィリアはユミルの前に1本の杖を差し出した。
「拝借いたします。」
ユミルは恐る恐るその杖を受け取ると、じっくりと杖を観察した。
大変よく使い古された杖で、年季が入っている。恐らく高齢の魔法使いの杖だろう。
折れるほどの損傷はしていないものの、持ち手の部分にもササクレが出来ていて、持ちづらそうだ。他にも少し削れたような箇所もあり、少しだけ新しく材木を足した方がよさそうな部分も見受けられる。
「大変良く使い込まれた杖ですね。このくらいの損傷でしたら、私でも1日程度で修復ができると思います。ただ、私は偶々オズモンド様に気に入っていただけただけで、皆様が私の修復に満足してくださるとは思えません。きっととても大事に使い込まれてきた杖でしょうし、暫く手入れがされていなそうなところを見ると、他の人に触れるのを嫌がっているようにも思います。」
修復の話になって、先ほどまでの様子と打って変わって饒舌に話し出したユミルに、オフィリアはにんまりと口角を上げた。
「この杖の使用者も、貴女に修復してもらうことを望んでいます。」
「…わかりました。ただ、私はオズモンド様との契約がございます。その中でこのご依頼を受けてよいか、判断を仰いでからでも良いでしょうか?」
「そうね。わかったわ。でも、その杖自体はレインに見せないで。」
「…?わかりました。それでは材木と、主な魔法の使途を教えていただけますか?」
ユミルは杖をレインに見せてはいけない理由が分からなかったが、見せても見せなくても、特に事情は変わらないと思い、話を続けた。
「材木はこちらに用意したのを使って。それから、昔は攻撃魔法が主な使途だったけれど、今は生活魔法などが多いわ。」
(杖の使用感から、ご高齢の方だろうし、昔魔法騎士だった方で、御隠居された方かしら?)
ユミルはオフィリアから材木を預かると、杖と一緒に渡されたハンカチに共に包んだ。
これで話しは終わりだろうか、とユミルがひと息を吐こうとしたとき、廊下が騒がしくなる。
「こちらの応接室にお通ししております!」
扉の向こうに控えていたバロンが、誰かに呼びかけるように声を上げた。
すると、廊下を走るような足音が近づいてきて、扉が勢いよく開いた。
ユミルは、エイドリアンを連れてきてくれたのはレインなので、レインに対して、エイドリアンのことを褒めるようなことをたくさん言った。
もしユミルに護衛が必要なくなったとき、エイドリアンに次の良い仕事を紹介してほしいと思ったからだ。
しかし、レインはユミルがエイドリアンを褒めれば褒めるほど、一緒に行ってもらった場所のことを話せば話すほど、つまらなそうに、不機嫌そうにする。
(オズモンド様はいつも忙しいから、使用人たちが昼間遊んですごしている話なんて、聞きたくないよね。)
ユミルはレインの不機嫌の理由はきっとこれだ、と思い、次第に報告を止めた。しかし、かえってレインから今日はどうしていたのか、と質問を受けるようになったので、ユミルは首を傾げながらも、杖のメンテナンスの際はその日の出来事を話すことが日課になっていった。
レインの杖の大きな損傷もなく、エイドリアンが来てから半月ほど経過したころのこと。
自室にこもっていたユミルを、バロンが慌ただしく呼びに来た。
バロンはいつも落ち着いている男なので、これはただ事ではない。
「ユミルさん、今すぐ応接室に来てください。来客です。」
「来客?」
「オフィリア・ワーグナー公爵夫人様、レイン様のお姉様です。」
「…私がお会いするの?」
「ワーグナー夫人がお会いしたいと、仰っています。」
アデレートから、レインには姉もいると聞いていた。
しかし、平民のユミルは、当然、オフィリアとの面識はない。
思わず傍に控えていたエイドリアンの方を見やったが、エイドリアンも困り顔で首を横に振るだけだ。
レインはいつもどおり魔法局に出勤してしまっている。
「私どもも、訳が分からないのです。ただ、ワーグナー夫人のご要望ですから、とりあえず顔を出してください。レイン様には急いでお姉様が来訪されたことを伝えます。」
バロンはユミルを応接室に急ぎ足で案内しながらユミルに説明する。
そして、応接室の前に着くと、ユミルの心の準備ができるのを待たずに、扉をノックした。
(バロンさん!!ちょっと待って!!まだ事情が呑み込めてないの!)
ユミルは心の中で絶叫するが、時は待ってくれない。
中から落ち着いた女性の声で入室を許可する旨の声が聞こえると、バロンは静かに扉を開けた。
「杖修復士のユミル・アッシャーをお連れいたしました。」
「ユミル・アッシャーでございます。2ヶ月ほど前から、こちらでお世話になっております。」
ユミルは気が動転していたが、昔、アデレートに教えられたとおりに頭を下げた。
「私はオフィリア・ワーグナー、レインの姉です。どうぞ、おかけになって。」
ユミルは促されるがままに、オフィリアの前のソファに腰をかけた。
オフィリアはレインにとても良く似た美しい女性だ。ユミルは目の前に座って思わずその美貌に見とれてしまう。
「平民と聞いていましたが、随分と綺麗にお辞儀をなさるのね。」
オフィリアの言葉は穏やかで、ユミルは少しだけ安心をする。
身に全く覚えはないが、レインのことに関連して、何かを怒られると思っていたからだ。
「ありがとうございます。学園時代の友人に教えていただきました。」
「そう。魔法学園を卒業しているのね。」
「はい。」
これはいったい何の問答なのだろうと、ユミルは内心冷や汗をかく。
怒られるわけではなさそうだが、目的が見えないのもまた怖いのだ。
「エイドリアンは随分と印象が変わったようね。」
オフィリアはユミルに付いてきていたエイドリアンに目を向けると、懐かしむように目を細めた。
「今日は、愚弟がエイドリアンをオズモンド家から護衛のために引き抜いた、と聞いたものだから、様子を見に来たの。」
なるほど、これが本題だったのかとユミルはごくりと唾を飲み込む。
「一介の杖修復士に、護衛など、過分な対応をいただいて、大変恐れ多いことでございます。」
「別に構わないのよ?レインのしたいようにすればいいと思っているわ。
でも、レインはエイドリアンを気に入っていながら実家にあえて残してきていたのに、わざわざ引き抜いたうえで護衛に付けさせるほどの女性がどのような方か気になってしまいましたの。」
(こんな女で、誠、申し訳ないです…。)
オフィリアの言葉に苛立ちや蔑みは滲んでいないが、貴族は感情を隠すのが上手いと聞く。
どのような意図で聞かれているのか、ユミルは注意深くオフィリアを観察する。
「そんなに、警戒なさらないで。」
オフィリアは、ユミルを安心させるように、その美しい顔に笑みを浮かべた。
「…申し訳ございません。」
ユミルは注意深く観察しようとしたせいで、顔が強張っていたか、とぎこちなく笑う。
しかし、ユミルはどうしても上手く緊張をほどくことはできない。
「ユミルさんが杖の修復がお得意だと伺って、本日はひとつ、お願いしたいことがあるの。」
オフィリアはユミルの前に1本の杖を差し出した。
「拝借いたします。」
ユミルは恐る恐るその杖を受け取ると、じっくりと杖を観察した。
大変よく使い古された杖で、年季が入っている。恐らく高齢の魔法使いの杖だろう。
折れるほどの損傷はしていないものの、持ち手の部分にもササクレが出来ていて、持ちづらそうだ。他にも少し削れたような箇所もあり、少しだけ新しく材木を足した方がよさそうな部分も見受けられる。
「大変良く使い込まれた杖ですね。このくらいの損傷でしたら、私でも1日程度で修復ができると思います。ただ、私は偶々オズモンド様に気に入っていただけただけで、皆様が私の修復に満足してくださるとは思えません。きっととても大事に使い込まれてきた杖でしょうし、暫く手入れがされていなそうなところを見ると、他の人に触れるのを嫌がっているようにも思います。」
修復の話になって、先ほどまでの様子と打って変わって饒舌に話し出したユミルに、オフィリアはにんまりと口角を上げた。
「この杖の使用者も、貴女に修復してもらうことを望んでいます。」
「…わかりました。ただ、私はオズモンド様との契約がございます。その中でこのご依頼を受けてよいか、判断を仰いでからでも良いでしょうか?」
「そうね。わかったわ。でも、その杖自体はレインに見せないで。」
「…?わかりました。それでは材木と、主な魔法の使途を教えていただけますか?」
ユミルは杖をレインに見せてはいけない理由が分からなかったが、見せても見せなくても、特に事情は変わらないと思い、話を続けた。
「材木はこちらに用意したのを使って。それから、昔は攻撃魔法が主な使途だったけれど、今は生活魔法などが多いわ。」
(杖の使用感から、ご高齢の方だろうし、昔魔法騎士だった方で、御隠居された方かしら?)
ユミルはオフィリアから材木を預かると、杖と一緒に渡されたハンカチに共に包んだ。
これで話しは終わりだろうか、とユミルがひと息を吐こうとしたとき、廊下が騒がしくなる。
「こちらの応接室にお通ししております!」
扉の向こうに控えていたバロンが、誰かに呼びかけるように声を上げた。
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