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第5章 ユミルの恋
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「……非効率的だな。」
レインは少し考えた後、独り言のようにぼそり、とそう言った。
(え…?“非効率的”ってどういう意味?考えることすら、ってこと?)
「それでは、引き続き楽しんでほしい。私はこれで失礼する。」
ユミルとアデレートが絶句しているうちに、レインはその場を去ってしまった。
ユミルはレインの答えに混乱していた。
ただ、ユミルはこう理解した。ユミルはそういう対象としては“論外”だと。
「…ごめんなさいね、ユミル。でも、あの男はそういう男だから、先に分かった方が良いと思ったの。」
アデレートも同じように解釈したのか、申し訳なさそうにユミルの様子を窺っている。今日もわざわざレインの邸宅で会うことを勧めてくれたのだから、少なからずユミルに何かしらの情が芽生えているのでは、とアデレートは思っていたが、とんだ思い違いだったようだ。
「いいえ…大丈夫です…わかっていたことです。」
ユミルは呆然としたまま答えた。
(一瞬で散った恋だった…。身の丈を弁えていないとわかっていたけれど、こうもばっさりいかれてしまうとは…。最近は友好的な関係を築けていると思ったのに、甚だしいほどの勘違い…。)
あっという間すぎる恋の結末に、ユミルは涙も出なかった。
でも、アデレートの配慮はありがたいことだったかもしれない。
ユミルも結婚適齢期。結婚願望が強いわけではないが、ここで無駄な恋に時間を割く必要もない。レインとどうこうなりたかったわけでもないが、どうせ死ぬ恋なら、早めの供養がいいだろう。
「それに、オズモンド様にはきっと婚約者がいるでしょうし。」
ユミルはこの邸宅に来てから、他の使用人から一度もレインの婚約者の話を聞いたことが無かったし、女性の客が来たこともなかった。
しかし、オズモンド侯爵家と言えば、魔法を重んじる歴史ある家系のひとつだ。長男ではないとは言えども、特に魔力の強いレインに婚約者があてがわれていないはずがない。
「あら、知らないの?」
「何をですか?」
「レイン部隊長は既に3回も破談になっているのよ。」
「3回も?オズモンド様が気に入らなかったのですか?」
「いいえ、相手側から破談にされているのよ。」
ユミルは驚きで目を丸くした。
あの強さにあの容姿、オズモンド侯爵家の血筋、そして魔法局の立場もある。
爵位を継がず、領地が無いとしても、そして、レインに恋をしてしまったユミルの贔屓目を除いても、貴族令嬢にとっては十分魅力的な相手であるに違いない。
「あのような性格では、将来共に暮らすことができないと思われたのでしょうね。」
「…そうでしょうか?意外と話は聞いてくれますし、3回も破談になるほどとは到底思えないのですが…。」
ユミルがそう言うと、アデレートはあからさまに嫌そうな顔をした。
「恋は盲目とはよく言ったものね。」
「えっ、いや、そういうわけではなく…、怒ることもあまりないし…。」
「そうかしら?声を荒げないだけで、冷たい視線で射殺しているわよ。」
ユミルは面倒くさそうな視線を向けられることはあっても、凍てつくような視線を向けられたことはない。しかし、そのような様子のレインはユミルにも容易く想像できた。きっと魔法局では相当煩わしいことも多いのだろう。ユミルは困ったように笑った。
「でも、何人か婚約者候補がいる、という話しは聞いたことがあるわ。」
「候補、ですか?」
「そう。あまりにもレイン部隊長が無頓着だから、御両親とお兄様、お姉様が婚約者の決まっていない令嬢から選別しているらしいと、社交界で噂になっているもの。シルビア・グリッチ伯爵令嬢、先日の遠征で一緒だったでしょう?彼女もそのうちのひとりだったわ。」
ユミルはそれを聞いてなるほど、と思った。あのアピールの強さはそういう理由があったのか。
「そういえば、シルビア様はあの後どうなったのでしょう…。」
「勝手に転移魔法を使って、帰っていたらしいわ。解雇処分よ。そうなったからには、もうオズモンド侯爵家も含め、魔法第一主義の貴族の家系には嫁げないでしょうね。」
「貴族のご家庭にも色々あるのですね。」
「そういった意味では、わたくしのエバンズ伯爵家とオズモンド侯爵家は一応同じ派閥よ。」
「そうでしたか。」
「…ともあれ、あまり落ち込まないことね。要するにあのレイン・オズモンドは相手が誰であろうと、ああいう態度なのよ。」
「…わかりました。」
折角の報酬の良い勤め先だ。あのレインがユミルに靡いてくれるとも考えづらい。
ユミルは芽生え始めた自分の恋心にそっと蓋をした。
レインは少し考えた後、独り言のようにぼそり、とそう言った。
(え…?“非効率的”ってどういう意味?考えることすら、ってこと?)
「それでは、引き続き楽しんでほしい。私はこれで失礼する。」
ユミルとアデレートが絶句しているうちに、レインはその場を去ってしまった。
ユミルはレインの答えに混乱していた。
ただ、ユミルはこう理解した。ユミルはそういう対象としては“論外”だと。
「…ごめんなさいね、ユミル。でも、あの男はそういう男だから、先に分かった方が良いと思ったの。」
アデレートも同じように解釈したのか、申し訳なさそうにユミルの様子を窺っている。今日もわざわざレインの邸宅で会うことを勧めてくれたのだから、少なからずユミルに何かしらの情が芽生えているのでは、とアデレートは思っていたが、とんだ思い違いだったようだ。
「いいえ…大丈夫です…わかっていたことです。」
ユミルは呆然としたまま答えた。
(一瞬で散った恋だった…。身の丈を弁えていないとわかっていたけれど、こうもばっさりいかれてしまうとは…。最近は友好的な関係を築けていると思ったのに、甚だしいほどの勘違い…。)
あっという間すぎる恋の結末に、ユミルは涙も出なかった。
でも、アデレートの配慮はありがたいことだったかもしれない。
ユミルも結婚適齢期。結婚願望が強いわけではないが、ここで無駄な恋に時間を割く必要もない。レインとどうこうなりたかったわけでもないが、どうせ死ぬ恋なら、早めの供養がいいだろう。
「それに、オズモンド様にはきっと婚約者がいるでしょうし。」
ユミルはこの邸宅に来てから、他の使用人から一度もレインの婚約者の話を聞いたことが無かったし、女性の客が来たこともなかった。
しかし、オズモンド侯爵家と言えば、魔法を重んじる歴史ある家系のひとつだ。長男ではないとは言えども、特に魔力の強いレインに婚約者があてがわれていないはずがない。
「あら、知らないの?」
「何をですか?」
「レイン部隊長は既に3回も破談になっているのよ。」
「3回も?オズモンド様が気に入らなかったのですか?」
「いいえ、相手側から破談にされているのよ。」
ユミルは驚きで目を丸くした。
あの強さにあの容姿、オズモンド侯爵家の血筋、そして魔法局の立場もある。
爵位を継がず、領地が無いとしても、そして、レインに恋をしてしまったユミルの贔屓目を除いても、貴族令嬢にとっては十分魅力的な相手であるに違いない。
「あのような性格では、将来共に暮らすことができないと思われたのでしょうね。」
「…そうでしょうか?意外と話は聞いてくれますし、3回も破談になるほどとは到底思えないのですが…。」
ユミルがそう言うと、アデレートはあからさまに嫌そうな顔をした。
「恋は盲目とはよく言ったものね。」
「えっ、いや、そういうわけではなく…、怒ることもあまりないし…。」
「そうかしら?声を荒げないだけで、冷たい視線で射殺しているわよ。」
ユミルは面倒くさそうな視線を向けられることはあっても、凍てつくような視線を向けられたことはない。しかし、そのような様子のレインはユミルにも容易く想像できた。きっと魔法局では相当煩わしいことも多いのだろう。ユミルは困ったように笑った。
「でも、何人か婚約者候補がいる、という話しは聞いたことがあるわ。」
「候補、ですか?」
「そう。あまりにもレイン部隊長が無頓着だから、御両親とお兄様、お姉様が婚約者の決まっていない令嬢から選別しているらしいと、社交界で噂になっているもの。シルビア・グリッチ伯爵令嬢、先日の遠征で一緒だったでしょう?彼女もそのうちのひとりだったわ。」
ユミルはそれを聞いてなるほど、と思った。あのアピールの強さはそういう理由があったのか。
「そういえば、シルビア様はあの後どうなったのでしょう…。」
「勝手に転移魔法を使って、帰っていたらしいわ。解雇処分よ。そうなったからには、もうオズモンド侯爵家も含め、魔法第一主義の貴族の家系には嫁げないでしょうね。」
「貴族のご家庭にも色々あるのですね。」
「そういった意味では、わたくしのエバンズ伯爵家とオズモンド侯爵家は一応同じ派閥よ。」
「そうでしたか。」
「…ともあれ、あまり落ち込まないことね。要するにあのレイン・オズモンドは相手が誰であろうと、ああいう態度なのよ。」
「…わかりました。」
折角の報酬の良い勤め先だ。あのレインがユミルに靡いてくれるとも考えづらい。
ユミルは芽生え始めた自分の恋心にそっと蓋をした。
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